ダイビング

2006年10月 1日 (日)

グアム旅行記3日目~学科試験~

学科試験を現地で受けることにした私たちに、
宅急便が届いたのは8月の終わりころ。
袋の中に入っていたのは、教科書と問題用紙が
人数分、それとDVDが1枚。

DVDは1組1枚しか与えられず、しかもレンタル。
見たら旅行の出発日までに宅急便で送り返せと。
返却遅れたら1日300円取るぞと。

DVDって、普通2時間くらいだろ、早く見て早く
返そう、と思って再生ボタンを押すと、レッスン1~5までの
5章構成。

とりあえず、第1章をはじめてみる。

基本、ダイビングの講習でどんなことするか、という
講習ビデオなんだが、いたるところにショートコント
(しかもアメリカンジョーク系)が入っていて、とにかく
長い。
1章がだいたい1時間弱。

それでもまじめに3章くらいまでは見たと思う。
そこから先は、半睡眠学習。

旅行の前日に、なんとかDVDを返すだけ返し、
当日答え合わせするから、というプリントを
30分くらいで終わらせるだけ終わらせ、
夏休み明けみたいな勢いで、なんとかここまで
やってきた。

しかし。
昨日はプリントを持っていったのに、MASAは
一向に答え合わせする気配なし。
宿題やり損。

でも。
昨日の講習終了後、MASAがふと思い出した。
「今日教科書持って来た?」
いや。怖いマネージャーにプリントは持って来いと
言われたが、教科書はいらないってはっきり言われて、
だから教科書はいまだにスーツケースの中だ。

あせった様子の私たちに、MASAがポストイット
渡す。

「じゃあ、今からいうことをメモして。」

途端、MASAがいきなり丸暗記でページ番号を
唱え始めた。
「P12、P106、P42と49・・・、あと、計算問題は
できるようにしといてね」

なんて堂々とした山かけだ。

私たちはMASAがかけた山の通り、そこだけ音読して
就寝したのだった。

そんなこんなで迎えてしまった学科試験の時間。
大丈夫かこんな山掛けで。

ところで、これって、何問できれば合格なんだろう。
そんなことも知らずによくも試験なんて受けられるもんだと
自分で自分をあざ笑ってみる。

自習時間に、元テニサーインストラクターSAYAKAが
何でも聞けとできるおねいさん風を装っているから、
ためしに聞いてみる。
「これって何問できればいいんですか?」

意外にそんなことも知らずにやってくる者が結構いるのか、
SAYAKAは涼しい顔。
「ああ。50問中38問」

ついでに、またも山を教えてくれちゃったりする。
「あ。ジェスチャーが8問くらい出るよ」

だからさ、そんなはっきり教えちゃだめだって。

そうして配られたファイル。
「今日の試験はAです」

解答用紙を見ると、testA と testBの選択肢。
まさか、テストって2種類しかないのか。

驚いているうちにテストは始められ、スコールが
激しく降り始めた。
屋根はあるけどここは外。
うるさいよ、スコール。

全部選択式かと思いきや、ジェスチャーの8問は
記述式。
確実に覚えているのはOKとエア切れくらいなので、
あとは直感。
ここで5問くらい間違えてもまだ7問間違えられるしな。

このテスト、特に時間も決まっていない様子。
みんなが暇そうにし始めたところで、
「そろそろ終わろうか」とSAYAKA。

隣の人と答案を交換して、その場で答え合わせ。
あそこまで山を教えまくったら、さすがに落ちることは
なかろう。

案の定、全員めでたく合格し、臨時ライセンスをゲット。

Dsc00893

ありがとうMASA。
ありがとうSAYAKA。
ありがとうOLちゃん。
ありがとう女相撲母子。

さて、旅行もあと1日か。
明日はどこに行こうかな。
でもそれはまた、次の話。

2006年9月29日 (金)

グアム旅行記3日目~ラスト・ダイブ~

海猿方式でドブンと飛び込んで、ロープにつかまり
18m下まで潜行していく。
今日の1本目はクレバスという有名なダイビングポイント。

上のほうは軽くスコールが降り始めたけど、下のほうは
そんなの関係ない。
降ってるとはいえ太陽は出ているので、透明度も抜群だ。
水面から水底がばっちり見渡せる。

今日はコンパスナビゲーション。
腕時計みたいなコンパスをつけて、MASAが示す
方向へ、10キック。
10キックしたら、元の場所まで10キック。
昨日のマスク脱着よりはよほど楽。
ウェイトも昨日の4kgの半分にして、それでも沈んだ状態を
ある程度保っていられるようになった。

そんなこんなでこの深さに30分。
そろそろあがらないと、減圧症になってしまう。

といっても、急に上がってはだめ。
水深5mくらいで、3分くらい安全停止。
さようなら18m。

======3本目のログブック======
・場所:clevas
・深度:16.6m
・潜水時間:35分
・開始時タンク圧:200
・終了時タンク圧:65
・塩水 ボート
・ウェイト:2kg
・気温:30℃
・水面温度:29℃
・水底温度:28.5℃

・透明度:30m
============================

2本目はもう少し北のほうになるらしい。
移動しながら、水面休息

ポイントには15分くらいで着いたけど、
まだ潜ってはだめ。
1時間くらいは水面休息取らないと。

水面休息中。
インストラクターたちは無邪気にシュノーケル。

意気揚々と水に飛び込んだ船長のVAN。
あっという間にボートの上から姿が見えなくなった。
どこにいるのかと思って、マスクつけて水の中を
覗き込むと、まっさかさまに素潜りしていく巨体が見えた。

と。
急に茶色くなる水面。

何かを抱えて、VANが戻ってきた。

?????????
あ。

タコだ。

タコを素手で捕まえてきたらしい。
「これで
たこ焼きができる」
と無邪気に喜ぶインストラクター諸君。
・・・初心者は、引き気味で見つめるのみ。

さて。
2回目行くか。

2回目のポイントは、スパニッシュ・ステップ
あんまり有名ではないけど、小物のかわいらしい魚が
多いんだそうな。

まずは浅いところで、最後の講習。
その名も、「コントロールされた緊急スイミングアセット」

昨日、バックアップ空気源の浮上をやったけど、
バディの空気を借りようかと思ったら、バディが
いなくなっちゃってたとき。

そういうときは。
レギュレータを加えて、
「あああああああああああ」
と大きく叫びながら浮上する。
小さい声だと逆に息切れするから、大きな声で
しっかりと。

最後のダイブで教わるのはこれだけ。
あとは、MASAがホワイドボードで魚の名前を
教えてくれながらナビゲートしてくれた。

======4本目のログブック======
・場所:spanish step
・深度:17m
・潜水時間:35分
・開始時タンク圧:100
・終了時タンク圧:65
・塩水 ボート
・ウェイト:2kg
・気温:30℃
・水面温度:29℃
・水底温度:28.5℃

・透明度:30m
============================

さて。
ダイビング講習は終わって、一人旅OLちゃんは
めでたくライセンス取得。
あまり感情を表に出さないOLちゃんは、そんなに
うれしそうにするわけでもなく、淡々と臨時ライセンスを
受け取って帰っていった。

日本でさぼっていた私たちには、もう一仕事。
学科試験をやらないとライセンスがもらえない。

その前に、お昼でも食べよ。
続きはまた、次の話。

2006年9月24日 (日)

グアム旅行記3日目~ボートダイビング~

昨日の帰りのこと。
リタイア組が2人減って、車の中には、
私たちと、MASA、それと、グアム一人旅OL
(年齢・理由不明)。

その中で、MASAに、今日の感想を聞かれたOLちゃん。
その回答は。
「タンクを背負って歩くのが辛い」

確かに、確かに引き潮のビーチを、泳げるところまで
15kgのタンクを背負って歩くのは辛い。
だけど、ダイビングの感想として、それはメインの感想
ではないはず。
わざわざ1人でグアムまで来て、やる気まんまんかと
思ったのに、そういうわけでもないのね。

それでも優しいインストラクターMASA。
ちゃんと解決策を示してくれた。
「じゃあ明日は、ボートダイビングにしましょう。」

MASAの提案は、別にそんなこと思ってなかった私にも、
十分魅力的なものだったから、たなぼた的幸運であった。

同意を求められた私たちも、もちろん二つ返事で同意。

と。
同意を取り付けたあと、MASAは言ったんだ。
「じゃあ、明日追加で1人50㌦づつ持ってきてくださいね☆」

・・・。
そんなさわやかに言われたところで。
日本では、お金のかかることは先に言うのがルールだった
はず。
でも、OLちゃんは満足そうな顔してるから、今更断るのもなぁ。

とか思ってるうちに、OLちゃんのホテルに車は到着し、
その成り行きで、次の日、朝っぱらから、私たちは、
ボートに乗り込んだ。

ダイビングショップの向こう側は、そのまま入り江に
なっていて、そこからボートは出航。

ボートの船長は、VAN。
陽気なチャモロのおっちゃんだ。
アドバンスコースのお姉ちゃんたちから、マリオと
ニックネームをつけられて、ご機嫌だ。

隣のOLちゃんも、
「ボートだと、担いで歩かなくていいから楽ですよね~」
と、これまたご機嫌だ。
昨日からこればっかり。

今日は、なんだか人が多い。
オープンウォーターコースが私たちともう一組。
アドバンスコースが5人くらい。
ファンダイブの人たちがあわせて10人弱いただろうか。
それに、乗組員やらインストラクターやらで、
船の中はなにやらテンションが高い。
どうして、ダイビングの人たちはこんなにみんな
陽気なのか。

と。30分くらい南に行っただろうか。
ダイビングショップのあった位置からちょうど真南に位置する
海の真ん中で、ボートは止まった。

今日の一本目はクレバス。
どうやら、グアムでも有名なダイビングポイントらしい。
クレバスという名前だけに、要は溝である。
溝に入る前の浅いところは18mくらい。
溝の中は40mくらいあるらしい。

ちなみに、40mというのは、人間がもぐれる最深の
水域らしい。
だから、初心者は40mなんてところまで潜っては
いけない。
私たちのレベルでもぐっていいのは、18mまで。
18mっていうのは、水からあがるときにちょうど1分
くらいであがってこられる水深。

では、早速ダイブ。
とは言っても、ボートの上からダイブってどうするの?

と。
ボートによってやり方が違うらしく、今日のホスト、
SAYAKA(推定元テニサー)がタメ語でレクチャー。

今日の飛び込み方は、ジャイアントストライドエントリー。
片手はレギュレータ(呼吸器)を抑えて、もう片方の
手を後ろに回してゴーグルのストラップを抑え、
そうして前を向いたまま片足を大きく一歩前へ。
海猿のエントリーでよくやってた、あれだ。

みんなに続いて、私も大きく一歩前へ。

それが、今日のダイビングの始まり。
続きは、また次の話。

2006年9月19日 (火)

グアム旅行記2日目~アフター・ダイビング~

お母さんの反乱のおかげで、他のグループに大きく
遅れを取ってしまった。

気付けば、みんな2本目も終了に近い時間になっている。

でも、このコースには、時間が2日しかない。
妥協してこのまま帰るわけにはいかないのだ。

なんだか肩の荷もおりた気分で、2本目の海に入っていく。

2本目は、深いところでもう少し難しい練習。
・疲労ダイバー曳航
 -疲れたバディをひっぱって連れて行く。
・中性浮力
 -浮きも沈みもしない重力にするために、自分の
  浮力を調整。
・ウエイト脱着
 -水の中で、ウエイトをはずしたりつけたり。
・バックアップ空気源の浮上
 -自分の空気が切れちゃったときに、「エア切れ」サインを
  出して、バディの予備の空気源をもらって浮上

合間には、魚の名前を教えてもらったりして、
さっきまでのあの波乱含みの講習はなんだったのかと
思うくらい。

======2本目のログブック======
・場所:Piti channel
・深度:?
・潜水時間:51分
・開始時タンク圧:200
・終了時タンク圧:70
・塩水 ビーチ
・ウェイト:4kg
・気温:30℃
・水面温度:30℃
・推定温度:30℃
・透明度:15m
============================

お母さんたちの反省をしながら、インストラクターMASAの
運転でホテルに帰る。

リタイアの人なんて出てくると、どんだけ講習が厳しいのかと
思われるかもしれないが、MASA的にもリタイアする人なんて、
本当に久しぶりだったらしい。

そうして、リタイアは、年ともあまり関係がない。
65歳でも、このコースでちゃんとライセンスとった人も
いるらしい。

要は、やる気の問題ということだ。

でも、なんとなく、MASAには、
「こいつ、リタイアするかも」という懸念はあったみたい。
だいたい、同じこと5回も6回も聞かれるなんて言うのは、
よほど集中力がないということだ。

それにしても、このコースに来るまでに、あの親子は
相当な資金と労力を必要としているはず。

私たちは現地でやることにした学科試験を既に終え、
当日は早めにショップに行ってセッティング演習は
私たちの倍の時間行い、時間があまっていたからなのか、
ショップに超バカ高い値段で売っていた、ゴーグル&
シュノーケルセットまで買って準備万端だった。

それなのに。それなのにそれなのに。
それなのに、ちょっとゴーグルから水が出せない、
それだけの理由で、すぐにリタイアしてしまうなんて。

そんな風に、いろいろと考えをめぐらせていると、
もうホテルのそば。

と。
インストラクターMASAが、衝撃的な台詞をつぶやいた。

「そういえば、あのご家族も、このホテルですよ」

車から降りて、ホテルのロビーに行くと、
噂のお母さんが、現地の人に文句らしきことを
まくしたてていた。。。

・・・ステーキでも食べて、気を取り直して早く寝よ。

明日は8時にホテルを出てボートダイビング。
でも、それはまた、次の話。

<おまけ>
グアムの○ブン○レブンのロゴTシャツ
(子供用Mサイズ)

Dsc00876

2006年9月18日 (月)

グアム旅行記2日目~お母さんの反乱~

15kgのダイビング機材をしょって、
私たちはまるで入水自殺みたいに海に
そろそろと入っていく。

まずは、浅いところで、基本の練習。

沈めないと、深いところにはいけないから、
最初は沈む練習だ。
15kgのタンク背負ってるし、3kgほどの
ウェイトもつけている。
まさかこれで沈めないなんてこと、と思ったら
大間違い。
これが意外に沈まない。
機材が重過ぎて、くるっと反転してしまいそうだ。
もがけばもがくほど、どんどん浮いてしまう。
息を吐けば沈める、と言われるけど、水の中で
息を吐き続けるって結構難しい。
全部はいたらおぼれちゃうじゃない、っていう、
多分そういう潜在意識のせいだ。

ウエイトをさらに2つ付け加えて、ロングトーンの
要領で息を吐き続け、「もう無理、まじで」くらいまで
ずーっとやり続けたとき、やっと、手が底についた。
と言っても、ここはまだ水深1mくらいだけど。

そこから、この水深で、基本練習。
・レギュレータ(呼吸器)クリア
  -いったんレギュレータはずして付け直す。
・レギュレータリカバリ
  -レギュレータを体の後ろに離してから、手探りで
  とって、付け直す。
・マスククリア
   -マスクの中に水を入れて、鼻から息を出して水を
   出す。
・マスク脱着
  -水の中でマスクいったんとって、1分待って付け直す。

いうだけなら、なんてことないけど、どれも結構難しい。
特に、マスク脱着は恐怖だ。
コンタクトの人は、水の中で目を開けると、コンタクトが
取れてしまう。
だから、水の中で1分間、ひたすら目をつぶって待って
いないといけない。
慣れない水の中で何にも見えないと、1分というのは
もう永久かと思うくらい、ほんとに長い。怖い。
もうパニック寸前だ。

それでも30分も繰り返し練習しただろうか。
私たちは、一応合格をもらった。
約1名を除いては。

さて、残ったのは、お母さん(自称60歳)。

どうやら、課題はマスククリア。
鼻から息を吐けないらしい。

まぁ60歳だしねぇ。
最初はそりゃ大変だわな。
と、みんな温かい目で見守っていたんだ、
最初のうちは。

10分もみんなで待っていた頃だろうか。
ふと顔を上げると、聞こえてきたのは
お母さんの言い訳。

「先生、もう私は無理です。
鼻から、とか、口から、とか言われても、
どっちから吸ってるのか、吐いてるのか、
全然分かりません!!」

お母さんちょい切れ。

「頭でイメージしてからもう一度やってみましょう」

冷静なインストラクターMASA。
意外にこういう生徒、多いのかな。

その後、また10分くらいした頃。
聞こえてきたのはお母さんの叫び声。

「ぎゃーーーー!!
足つったーーー!!!
M子ちゃん助けてーーー!!!!」

・・・どうやら、娘(推定120kg)は、M子ちゃんと
言うらしい。

「じゃあ、ちょうどいいから足つったときの
対処法を教えましょう」

まだまだ冷静なインストラクターMASA。
えらい。えらすぎる。
それにしても、お母さん、本当にあのとき
足つっていたのか。
もう練習したくないから言ってみたんじゃないのか。

ちょっとこの状況でこの練習ばかりやっているのは
無駄だと判断したのか、
「もう少し、深いところで1つやりたいレッスンが
あるので・・・」

と話を切り替えるインストラクターMASA。

とりあえず、1m50cmくらいのところで、
フリーフロー(レギュレータが壊れたときに半分だけ
加えてすすりながら上昇)の練習をしてから、
再度お母さんもう一度練習。

どうやら、これがマスターできないことには、
どうしても深いところに行ってはいけない決まりらしい。

厳しいインストラクターMASA。

と。
「先生、私もうリタイアします。
みなさんにも迷惑かかるし。
私、もともとこういうの苦手で、シュノーケリングができる
ようになるまでにも、相当時間かかったんです。
だから、こんな短期間でやるのなんて無理だったんです。
日本で、『高齢者ダイビングコース』にでも行きます」

あまりの衝撃的発言にびびったのか、
「『高齢者ダイビングコース』なんてあるんですか?」
と的外れな質問をしてしまうインストラクターMASA。

「いや、探せばあるかと思って」

・・・その場しのぎの台詞だったらしい。

「ほんとに私もうリタイアします。
M子ちゃん、あとはがんばってね♪」

もう、ここまでまくしたてられたら、さすがにとめるのは
無理と判断したのだろう。

「・・・わかりました」

ちょうど、タンクの空気も切れそうだった私たちも、
交換のために一緒に陸へ。

陸へあがったお母さん。
いそいそと、ウェットスーツを脱ぎ始める。
と言っても、お母さんをダイビングショップまで送っていく
手段は、MASAが車で送っていくしかないわけだが、
あいにく、私たちはもう1本泳がないといけないわけで、
お母さん一人をここで送っていくわけにはいかない。

「多分、もう一グループがもうじきあがると思うので、
その人たちに一緒に乗っけてってもらってください。
それまでは、ここで待っていてください。」

まぁ仕方ないわな。

そのときだった。
お母さんが豹変したのは。

「先生、携帯は?」

んん?

「携帯で、私タクシー呼んで、ショップに戻ります。
こんな炎天下でずーっと待ってるなんてできません。
携帯あれば、タクシー呼んでもいいし、そのまま私
ホテルにも帰りますから」

日本の大人の悪い癖。
困ったときは、金で解決。

「・・・いや、携帯持ってないんで。」

冷たく突き放すインストラクターMASA。
当たり前だろ。
水の中入るんだから。
携帯なんか持ってくるわけないだろ。

私たちは、聞こえない振りで、タンク交換。
さて、これからが楽しいダイビング。

タンクをしょって、また入水していくMASAと生徒3人。

気づけば、M子ちゃんも、炎天下のなか、
お母さんと並んで、私たちを見送っていた。
どうしてお前までリタイア・・・

基本練習も終わって、これからがダイビングの本番。
でもそれはまた、次の話。

======1本目のログブック======
・場所:Piti channel
・深度:4.5m
・潜水時間:49分
・開始時タンク圧:200
・終了時タンク圧:50
・塩水 ビーチ
・ウェイト:4kg
・気温:30℃
・水面温度:30℃
・推定温度:30℃
・透明度:15m
============================

2006年9月17日 (日)

グアム旅行記2日目~ダイビングレッスン開始~

セッティング、と一言で言っても、これがかなりの重労働。
バルブをあけたり閉めたり、部品と部品をつなげたりする
のだけど、バルブは固いし、接続部分もかなり頑丈な
作りになっている。
でも、ダイビングはすべて自己責任でやらないといけない。
バディって言っても1/2+1/2じゃないんだ。
一人一人が1であることが第一条件。

汗たらたら流しながら、やっとこさセッティング練習終了。

通常はここからプール講習なんだけど、
2日間の短期集中コースなので、プールなんて省略。
早速車で5分くらいの海に行くことにする。

ウェットスーツに着替えて、、、
と、そのとき、第1の事件が起こった。

例の女相撲親子。
娘のレンタルしたウェットスーツはXL

でも。
これが入らない。
足はなんとかはいるんだけど、ヒップがなんとしても
入らない。

見かねたインストラクターMASA。
「ぬらすと入りやすくなりますよ」

というわけで、シャワーのところで、お母さんの補助のもと、
再チャレンジ。

・・・それでも入らない入らない。

さらに見かねたインストラクターMASA。
もうひとつ大きなサイズをもってきた。
このサイズが、このショップのMAXSIZE。

・・・・・・・・それでもまだ入らない。
ぬらしてぬらして、シャワーの下で30分もそうして
いただろうか。

見守る私たちは笑っていいのやら何をして良いのやら
分からず、唖然として見守るばかり。
空いた口が塞がらないとはこういうことか。

やっと、ぎりぎりヒップが収まった。
今にも破れそうだ。
乾いたら破れる。
急いでまたぬらさないと。

というわけで、ペンギンみたいになった娘を連れて、
車は海へ。
その中でのお母さんの言い訳。
「身長155cmの子が、身長185cmの男の人と同じもの
食べてたらだめよねー。止めなかった私が悪いのよー」
・・・何を言い訳したいのかがまず分からない。

海に着くと、インストラクターとお母さん、2人がかりで
娘の背中の肉を押さえつけ、ファスナーを無理やり上げる。
これでペンギンさんの完成。

こうして、やっと、私たちは15kgの装備を背負って、
海に入っていくことになった。

海の中でも、この女相撲たちはひと悶着やらかしてくれる
わけだが、それはまた、次の話。

2006年9月16日 (土)

グアム旅行記2日目~ダイビングをはじめるまえに~

昨日、ホテルに着いた直後に、ダイビングのお店に
電話してみた。
電話してみると、ちょっと関西弁のこわめのおじさまが対応。

学科の勉強はしてきたか、とか、ひとしきり尋問にあったあと、
「で、明日の集合時間ですが、12時になっていますが、他の
3人が予定つけば、もう少し早めにしますが、いいですか。」
「はぁ。」
「じゃあ明日の10時ころ電話します」

3人・・・。
ダイビングとは、バディでやるもの、というのは、海猿
散々学習させられた。
つまり、偶数でないとできないんだけど。
3人って言ったら、多分女の子3人グループだろうな。
男3人はちょっとむさいだろ。

と思ったんだけど。

その日の朝、迎えに来たのは、前日の電話の怖いお兄さん。
車の中でも、車運転しながら携帯に向かって怒鳴っていた。
もしや、海軍式のスパルタレッスンだったりして。。。

と。
車はもうひとつのホテルに止まる。
3人グループのおでましか。

しかし。
乗ってきたのは女の子が1人。
あれ?1人?

聞けば、グアムに1人でやってきたらしい。
なかなか海に一人で来るって言うのは聞いたことないぞ。
よほどダイビングにやる気があるのか。
それとも、よほどの事情があってのことか。
珍しいシチュエーションなので、どうしてもいろいろかんぐってしまう。
だって、そんなダイビングバリバリやりそうな体育会系タイプでも
ないし。
色も真っ白だし。

そういえば、残りの2人は全然乗ってくる様子がない。
車はどんどん南部へ進んでいく。

そうして30分後。
車は火力発電所を過ぎたところの、ダイビングショップに到着。

そのとき。
ダイビングには到底似つかわしくない2人の親子を発見。
娘は推定120kg、(身長は155cmくらい)
その横の母親も、80kgはあるだろうか。
2人とも、ふくよか過ぎる。

最初は、このショップの関係者かと思った。
そのくらい、堂々と、彼女たちは弁当をほおばっていた。

車から降りると、関西弁のお兄さんはどこかに行ってしまった。
代わりにやってきたのは、イケメンお兄さん。
お兄さんは、MASAと呼ばれていた。
どうやら、怖いほうのお兄さんは、マネージャー的立場らしい。

早速、レッスン開始。
まずは、セッティングの練習から。
目の前には、いろいろと装備の着いたベストと、
重そうなタンク。

と。
横にやってきたのは、お母さん。
え。まさか、こいつら・・・。
ちなみに、娘のほうは、ふてぶてしく、お母さんの練習を
横から覗いている。

「じゃあお母さんももう一度セッティングの練習をしましょう」
ええええええええ!!!!!!!
こいつらが残りの2人かーーーーー!!!

というわけで、このふくよか親子が、レッスンの進行を大きく
阻害することになるわけだけど、それはまた、次の話。

2006年9月 7日 (木)

グアム旅行記予告編~私と海~

雪国生まれの私にとって、海、と言えば、
日本海でした。

夏でも冷たい日本海。
灰色の日本海。
波が荒い日本海。

そんな、太平洋側の人からしてみれば、泳ぐに
値しないような日本海に、雪国且つ海なし県の
住人は、2時間も3時間もかけて、山を越えて
谷を越えて、泳ぎに行っているのです。

確か、私も小さいころは毎年行っていたと思います。
だけど、あれは小学校高学年のときでした。
8月上旬、まだお盆前のこと。
スクール水着着て、海に入ってびちゃびちゃやっていたこと、
ほんの10分。
私の体に、びりびりと痺れが来ました。
その感覚の、痛いこと痛いこと。
叫びながら、浜辺に飛び出しました。

くもりだし、
あんまり人はいないし、
水は灰色だし、
それに冷たいし、
陸にあがるとすごい寒いし、
挙句の果てに、お盆前なのに、くらげ。

海の家には、そういうときにつける薬すらなく、
なぜか虫刺されの薬を塗られ、それを機に、
私は日本海でなんか、いや、海でなんか、
二度と泳ぐか、と心に誓ったものです。

その後、学生時代に、海に泳ぎに行ったのは、
ほんの2~3回だったと思います。
大学でこっちに来てからも、友達がそろいもそろって
インドア派だったのか、太平洋に泳ぎに行こうなんて
話にはなぜかならず、行かずじまい。

旅行に行くにも、海だなんて選択肢は思いつきもせず、
観光スポットめぐりとか、食べ歩きとか、旅行ってそういう
もんだと思ってました。

そんな私が、ひょんなことから海に行くことになったのは、
大学4年生のとき。
美術館は嫌い、なんか見て歩くのも嫌い、食べるために
どうしてわざわざ外国、と、ぶつぶつぶつぶつ文句を言う
同伴者が、しぶしぶ了承したのが、海リゾートでした。

行き先は、フィリピンのセブ島

旅行なのに、何か見て歩く楽しみもないじゃない。
海なんて毎日同じところでぼーっとしてるだけじゃない。
まじめに泳ぐならともかく、ビーチではみんなばちゃばちゃ
やってるだけじゃない。

そう、思っていました。

でも。
送迎車が、汚いフィリピンの町並みを通って、入り口に
屈強な警備員がいるゲートを抜けると。

そこは、理想郷を絵に書いたようなパラダイスでした。

海って灰色じゃなくて、エメラルドグリーンなんだ。
ヤドカリって、こんなにわらわらいるもんなんだ。
魚の色って、モノトーンじゃないんだ。
水平線ってこんなはっきり見えるんだ。
夕焼けってこんなでっかいんだ。

そんな当たり前のことが、初めて実感できたのが、
この瞬間でした。

ホテルの中の、いかにも作られたような理想郷だったけど、
街に一歩でも出ると、治安はかなり悪いけど、
それでも、世の中の情勢とか、日本においてきた問題とか、
そういうのまったく気にせずに、毎日太陽と朝食の
ガーリックライスを楽しみにして、心配なのはスコール
だけ。

今日はどこに行かなきゃ、とか、何時に起きなきゃ、とか
そういう縛りも一切ない。

朝起きたら、朝食食べて海に行こう。
疲れたら昼寝しよう。
起きたらビーチを散歩しよう。
夕飯食べたら早く寝よう。

こんなに肩の力を抜ける旅行は、初めてでした。

それからというもの。
私の、例年に渡る海通いが始まったのです。

(予告編は前後編構成になりました。
また長くなりそうだ。。。)

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