音楽

2010年4月26日 (月)

クラシックに溺れながら考える。

もう半年以上も前のこと。
私は珍しく、先輩らしく、後輩ちゃんの進路の
相談に乗っていたのだが、さっそく回答に
詰まっていた。

普段全然相談に乗らないから、というそもそもの
問題もあるけども、何しろ問題が

「いつまで、がんばればよいんですかねぇ。」

という、深すぎるものだったからである。

周りが期待してくれるからがんばるけども、
がんばったらがんばったで、次の瞬間もっと
大きな期待を寄せられてしまい、キャパオーバーに
なりそうな自分をなんとか奮い立たせてがんばって
いるものの、このデフレスパイラル的なものを
いつまで続ければよいのかと。

そんなの、私だって毎日考えている。

この案件が一休みすればもうがんばんなくて
いいかというと、またどんどん次の案件はやって
来ちゃうし、責任だって日増しに大きくなって、
いったいどうすりゃいいんだ、と。

でも、そんな出口のない悩みに溺れているのは、
どうやら私たちアラサーばかりではないようだった。

レディースデーに、コンサートでも鑑賞するかのごとく、
お気楽に見に行ったのだめで、私はおんなじ悩みに
ぶち当たる。

「イツマデツヅケレバ イイデスカ?」

毎日毎日続けられるレッスン。
終わっても終わってもどんどん出される課題。
でもコンクールに出ることは許されなくて、
淡々と過ぎてゆく毎日。
帰ってゆく留学友達。
帰れない自分。

いつまで、課題と戦い続ければいいんだろう。

と、のだめも私たちと同じように悩んでいた。

ときどき、不思議に思うことがある。
こういう風に悩んでいるのは、往々にして女子ばかり。
男子というものは、本能的に職業戦士なのだろうか。
あんまり「いつまで仕事すりゃあいいんだ!」とか
ぐずぐず言ってる輩はいないように思われる。

しかしながら、続ける、ということは、もしかしたら
当たり前のことじゃないのかもしれない、と気付かされたのは
土曜日のこと。

内容も分からず、誘われるがままに見に行ったのは、
またもやクラシック音楽の映画。

フランス映画「オーケストラ!(原題:Le Concert)

渋谷で見ようと思ったらいっぱいで、銀座の映画館に
駆け込んだ私たち。
だいたい、やってる映画館が少なすぎやしないか、と
ぶーぶー文句を言っていると始まった映画は、簡単に
いうとこんな話だ。

主人公は、昔ロシア(旧ソビエト)の一流オーケストラの
“元“指揮者。
それは30年前のこと。
旧ソビエト
ブレジネフ政権下、ユダヤの人々は迫害を受け、
このオーケストラも、ユダヤ人を首にするよう、政府から
言い渡される。

しかし、それを受け入れず、オーケストラはコンサートを断行。
でも途中で、KGBがコンサートに乱入し、メイン曲の
チャイコフスキーのバイオリンコンチェルトは結局演奏
できないまま。

あれから30年。
指揮者から、コンサートホールの清掃員に格下げされた
男は、ある日、「フランスで演奏してくれませんか?」という
Faxを発見。
そのオーケストラになりすまし、フランスでコンサートを
開くことにする。

そう。これは、
「続けたかったのに続けられなかった」
人たちのお話なのだ。
30年の時を超えて、あのとき「続けられなかった」コンチェルトの
続きを奏でにゆく。
そこまでして、「続けたい」ものなんて、あるんだろうか。

そしてもう一つ、「続けられなかった」ものがある。

日曜日。
私は例によってチャリンコで新宿あたりを爆走していた。

もうすっかり愛車になったチャリンコで向かった先は
初台のオペラシティ。

今日はここで、チェロの先生が師事している先生の門下生の
勉強会なのだという。
複雑だけど、結局は先生の演奏を聴きに行くってことだ。

でも、先生が弾くのは実はチェロじゃない。

先生は、オケとかではチェロをやっているが、それは
本職ではない。
いや、稼げるお金はチェロのほうが断然多いかもしれないが、
本人が「本職」と思っているものはチェロではない。

「本職」は、ヴィオラ・ダ・ガンバという古楽器だ。

大きさはほぼチェロと一緒ではあるが、弦の数は6本もしくは
7本(2種類あるらしい)で、床にぶっさすエンドピンが付いておらず、
だからプレーヤーは足で楽器をはさむようにして持つ。

チェロっていうのは、もともとは農耕民族が弾く楽器だった
という。

一方、ヴィオラ・ダ・ガンバというのは、貴族の楽器。
宮廷の中で開かれる舞踏会などで用いられていたのだそうな。

一番この楽器がはやったのは、ルイ14世(太陽王)とか、
マリー・アントワネットの時代。

でも、そんなとき起こった、フランス革命

怒った「農耕民族」が「宮廷」に殴り込みをかけ、
マリー・アントワネットがギロチンにかけられると同時に、
宮廷のシンボル的存在のヴィオラ・ダ・ガンバも、
「なんだよこの楽器!マジムカつく!」と、「農耕民族」に
ぼっこぼこにされ、ほぼ絶滅してしまったのだという。

それから1世紀以上の月日がたって起こった古楽復興
運動により、この楽器は細々ではあるが復活し、今、
先生たちが「弾き継いで」いっている、というわけだ。

これも
「続けたかったのに続けられなかった」
楽器である。

芸術というものは、本来あってはならないのだが、
時代とか、政治とか、そういうものに標的にされやすいのも
また事実。

だから、意外と「続けられない」ものも数多くあるのだろう。
逆に、毎日淡々と続けられているものなんて、思いのほか
少ないのかもしれない。

だからきっと。

だからきっと、自分の好む、好まざるにかかわらず、
「続ける」ってことは、大事なこと。
いつまでやんなきゃいけないの~、って思っちゃうかも
しれないけど、急に無理やりそれをやめさせられちゃう
不幸に比べたらそんな不満、きっと大したことない。

だから、えっと、その、要は・・・

明日も、引き続き、元気に働こうぜ!ってことだ。
3日働き「続け」れば、楽しい楽しいゴールデンウィークだし!

2010年4月18日 (日)

憧れの人

それは、3月のライオン発売日の、心地よい
金曜日のこと。

3月のライオンを即喫茶店で、人前でウルウルしながら
読み切り、その足でチャリンコを買いにゆき、一目ぼれした
チャリンコを即ゲットして、私はかなりご機嫌で英会話を
たしなんでいた。

そんな大事な会話がTwitterでなされているとも知らずに。

その日は、会社休みだから、と張り切って、英会話を
2コマとっており、半分たったところで、「じゃ休憩しますか」
と言われて、お手洗いにたった、その時だった。

ちょこっとのぞいてみたTwitterで発見した、
衝撃的な事実。

ひょんなことから始まっていた、友達同士のマイラバ談義。
その中で誰かが言った。

「そういや、マイラバのサイン会がどっかであったような・・・」

え?ちょっと事情が、事情が飲みこめないんですけども。

そうして始まる2時限目。
もう完全に、私は上の空である。

前にもどこかで言ったと思うが、恥ずかしさを承知で、
もう一度言おう。

My little loverが好きだ。

中3でデビューしてから、あ、なんか違うな。
私が中3の時にデビューしてから、
早15年目
あの衝撃的な、Man&Womanから、早15年目

15年間ずっと、私はMy little loverが
好きだ。

で、そのマイラバの、サイン会がどうしたって??

英会話が終わって、家に帰るはずであったのだが、
気になって帰れない。
英会話のロビーでせかせかとネットすると、サイン会は
なんと次の週だというじゃないか。
しかも、会場は、この英会話教室から歩いて5分だ。

整理券、整理券ってまだありますかね?

、即座にネットにあった電話番号から電話をし、
夜の新宿を、私は走る。
なんでネットのつぶやきごときに振り回されちゃってるんだろ、
私、と軽く自嘲しながら。

あれから1週間。

200番中190番、という売り切れすれすれの整理券を
ゲットした私は、1週間前と同じように、英会話教室から
イベント会場に向かう。

この前は歩いた道程を、今度はチャリンコで。

イベントは2時からだが、挨拶も何にもなく、ひたすらサインだけを
する会のようで、ほぼどべの私は、2時20分に来い、と書かれて
いたが、そんなに落ち着いていられるわけがない。

駐輪場を探すのに多少手間取ったが、それでも14時05分には
会場にたどり着く。

しっかし、着いた時間には関係なく、こうもしっかり
整理券の番号通りにならばされると、
「お前はファンとして、
前の番号の人よりちょっとだけレベルの低い奴だ」

言われているような気がして、昨日まで1番だと思っていた
私は、勝手に一人、少しだけへこんだ。

そうして待つこと、約30分。
「では5人様、おはいりくださーい」

と、仕切りの中に通される。
つ、ついに、あこがれ続けて15年、やっとこんなに間近に
akkoが!

と思ったのもつかの間。
仕切りに入ったのに、肝心のakkoの周りには側近の
者どもがたくさんいて、横からは全然akkoが拝めない。

結局、akkoがちゃんとみえたのは、そこから約5分後の
こと。

15年の時を超えて、あの頃の黒髪は茶髪に、ストレートは
パーマに、そしてちょっとあの頃より痩せたけども、

naturalさは全く変わることのないakkoがそこにいた。

そしてakkoの前では、「今度のツアーいけないんですよー
ごめんなさいねー」
とか井戸端会議ばりにしゃべっている
おばちゃん。
あ。こういうときって、サインしてもらってる間って、もしかして
なんかしゃべったりして交流深めるもんなんですか。

(サイン会初心者)

え?なにしゃべろう。次のツアーは行く予定ないし、
テレビでよく映るあれみたいに、
「いやーー!好きでした!
ずっと!」
って告白するような、そういうテンションでも
ないし。

(ビジュアル系とかジャニーズとかじゃないんだから)

うわー、どうしよう、しゃべることはたくさん
あるはずなのに、いったいこの限られた時間で
どうしたらよいのかしら!

ってギャーギャー考え始めた途端、列がどんどん進み始め、
気付けば、私はakkoの真ん前にいた。

「こ、こんにちは…」
おずおずと話しかける私。

「こんにちはー」
余裕のakko。

(当たり前だ。これが仕事だ)

無言の私の前で、すらすらすらすらとサインを書く
akko。
やべぇ。なんか言わないと終わっちゃうぞ、私。

それはもう、卒業式で先輩に告ってしまう中学生女子の
気持ち
そのまんまである。

「今日言わないと、もう明日から学校で会えないのよ!」

「が、がんばってください!」

がんばるって何をだよ、と、言った後に私は思い、
あわあわしてしまう。

でも、そんな私を笑うようなこともなく、
「ありがとー」と一言、彼女は言って、今サインしたばかりの
できたてほやほやの本を手渡してくれた。

ほわ~、と地に足がつかないまま、私はチャリンコで
走り出す。
なんか、魔法にでもかかったみたいだ。

そして、魔法にかかった私は、気づいたら新宿を抜けて、
代々木にたどり着いていた。

(行きたい方向とまるで逆)

結局、どんだけ大人になっても、あこがれの人の前では
木っ端みじんになってしまう。
まだまだ、私、ピュアだわ☆
まだまだ、私、若いんだわ。

2010年1月10日 (日)

チェロと映画始め

我ながら、ちょっとうまくなったんじゃないかと思う。

いや、何ができるようになったわけじゃないんだけども、
若干こなれてきた感じ。

あんだけがっちがちになっていた左手なのに、
気付けばナチュラルに、力を入れなくても弦を
抑えられるようになってきたし、今までみたいに
知らないうちに重力に負けてピッチが激上がり、
なんてこともなくなってきた。

若干ずれても、即修正できるようになってきたし、
左手に気を取られまくって右手の弓さばきが
大変なことになることも少なくなってきた。

指番号をいちいち全部振らなくてもある程度は
弾けるようになってきたし、緩やかながらも確実に
成長している。。。

と思いつつ練習曲を終わらせると、次は
課題曲の「エーデルワイス」。

3回目の今日こそは、間違えずに弾くぞ。
と思いきや、調子に乗った私は始まって
3つ目の音で早速引っかかる。

「エーデルワーイス♪」の「わ~いす♪」
どうしてもかすれてしまう。

駆け寄ってくる先生。

いや、私もなんとなく前からわかってはいた。
この「わ~いす♪」は小指まで全部抑えないと
鳴らない、高いレ(D)の音であり、しかも一番高くて
抵抗の少ない4番弦であることも重なって、どうしても
この音だけがかすれてしまうのだ。

それでも、私のフォームを見て、先生が
首をかしげる。

指はちゃんと曲がってるし、弾く位置も変なとこじゃ
ないし、なんでかねぇ。

うーん、まだ小指にうまいこと力が入って
ないんですかねぇ。
と、手をチェロから離して手のひらを見つめると、
小指には弦の筋。

こんなに抑えてどうして鳴らないのだ。
高い「レ」。

なんて、最後消化不良になりながら、向かった先は、
2010年になっても映画館。

でも、今日観に行くのは映画じゃないもん、と
私は思っていた。

今日は、1812年のコンサートに行くんだもん♪

チャイコの1812年

ナポレオンがロシアに攻め込んでいって、
冬将軍に負けて失敗した、あの時のことを、
ロシア側の目線で描いたこの曲は、典型的な、
超大げさロシア音楽

上でジャカジャカジャカジャカと歓喜のテーマが
鳴り響くその下を支えるのは、低音が奏でる
ロシア国歌

そして、その2つが重なってただでさえ大変な
ことになっているさなかに、ガンガンガンガン
鳴り渡るチャイムと、ドカドカと鳴り響く大砲。
(演奏会だとバスドラだけど、自衛隊とかが演奏すると
リアルに大砲を使ったりする)

私だけでなく、その顛末を知っている楽器屋さんたちと
しては、もうCM観てるだけでいてもたってもいられない
はずなのだ。

それを、映画の中でロンドンフィルが音被せるって
いうのだから、そんなすばらしいことがあるだろうか。

なんて、映画観る前から高まる期待は収まらない。

うきうきうかうかと、映画を見始め、あまりの
ファンタジーっぷりに、「ドラマより子供向けになってる」と
若干ひきつつ、ひたすらに1812年が始まるのを
待ちわびる。

と、千秋のうちで夕飯を食べるダメオーボエ奏者の
娘、カトリーヌちゃんが千秋に言い放った。

「でもね、パパは、本当に毎日
一生懸命練習してるんだよ!」

あ。

うきうきうかうかしていた私は、そこで急に
冷水を浴びせられたような気分になる。

私も、もしかして練習しないといけないんじゃないかと。

仕事が大変で練習してる暇なんて、って言いながら、
結局週に1回のチェロレッスンの前後にしか練習しなかったり
して、それじゃあ5か月たっても小指がうまいこと抑えられないのも
無理はない。

それに比べてこのオケの団員たちは、少ない時間を割いて、
ぶつぶつと文句を言いながらも、一生懸命練習しており、
だから、エンディングの1812年は、(ロンドンフィルの音では
あるけれども)本当に素晴らしかった。
(ってか映画でクラシックをフルで流してくれるだなんて素晴らしすぎる)

吹奏楽部で演奏したことのある私は、なんだか途中から
一緒に演奏してるような気分になってしまい、指が勝手に
動き始め、さらには、あまりにも音楽を堪能しすぎてしまって、
演奏が終わってスタンディングオベーションのシーンで、
一瞬、私も一緒に立ちあがってしまいそうになる始末。

あ、ちがう。これはコンサートじゃなくて映画、映画だ、と
なんとか自分に言い聞かせて自制する。

なんだか後編は、のだめの千秋の恋のエンディングに
向けた「映画」になりそうだけども、前編はかなり上質な
「コンサート」であった。
絶対音響のいい映画館で見たほうがよい。
ってかすばらしい音響で聞けるなら、あと2、3回
お金払って映画館に足運んでもいいと思わせるそんな
演奏だった。

あーあ、やっぱりいいなぁ、オーケストラ。
私も、オーケストラにはまだまだだけど、今年はもう少し
ちゃんと練習しよう。
楽しい「音楽の時間」に再び出会うために。

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2010年1月 1日 (金)

年末のカッコイイ女子たち

年は明けてしまったが、去年のことを
話しても鬼には笑われないはずなので。

さて、年末だというのに、私が行く先は、
実家じゃなくて幕張メッセ。

通信業界関連のイベント以外でメッセに行くなんて、
下手したら初めてじゃないのか。

その日はGrayのLiveもあったわけだが、
そんな中高時代の思い出に浸るつもりでも
ない私が向かうのはもちろん、CountDownJapan

最初のコマは、ほとんどの人がフジファブリックに
向かう中で、一人逆流して乗り込む先は、
Soil&Pimp Sessions

男だらけのステージに向かって、社長の煽りに乗じて
SOIL!SOIL!とこぶしを突き出しながら叫んでいると、
何かの宗教にでも入ったような変なテンションになった。

そんでもって、その次は休んでもよかったのだが、
序盤だからエネルギーは有り余っているので、
みんなの行くほうについて行ってみる。

と、歌っているのはGoingUnderGroundという、
みんなは知ってるらしいが私は全然知らない
バンドの方が出ていた。

そして、なんでだかよくわかんないけども、
ゲストの方を呼び込んで、知らない女子が
入場してくる。

それが、まぁバンドの方たちもあんまりデーハーな
方ではないんだけども、それにしても地味な、がり勉
中学生みたいな女子がうつむき加減で。

おいおい、大丈夫か?
あんな目もあわせられないような女子を連れてきて。
しかもボーカルでもなくギター?
この男だらけのバンドの中で。

と思ったのもつかの間であった。


(右の方のギターの方です)

他の男子なんかものともしない、いや、一挙に凌駕してしまう
驚愕のうまさだ。

さっきの「おとなしめ内気女子」はどこに消えてしまったのか。
なんだこのにじみ出る殺気
おぬし、もしや、サムライでは。
ぎ、ギターが刀に見えてきた。

そうして、ステージの一番右端に見とれているうちに、
Going~のステージは終了。

そのあと、ウルフルズを全然歌わないトータスさん→
「下品なジュディマリ」SHAKALABBITS→
「もしも山口沙耶加が中島みゆきを歌ったら」風の安藤裕子と
立て続けに回って、安藤裕子で不覚にも若干泣いてしまった
私は、ちょっと休憩して気を取り直して彼女に会いに行く。

彼女って?
決まってるじゃないか。
もちろん林檎様だ。

日本で一番カッコイイ女子、林檎様だ。

前の人が歌っている最中から会場に乗り込んで前の方の席を
おさえようとしたにもかかわらず、会場が混んでいて全然前に
進めない。

この人が終わったらみんな出て行くのかしらねぇ、とのんびり
考えつつ前に向かっていたのもつかの間、前の人が終わったあとが
地獄であった。

前の人が終わっても全然観客席は空かなくて、そればかりか
「やっと前の人終わったぞ~」とばかりに、待ちきれないファンの
皆様がどどーっと会場になだれ込んできて、その拍子に、私は
前からどん、と押されて、かつ、なぜか私の後ろは微妙に隙間が
できていたので、地球の重力に逆らえず、そのまま後ろに倒れこんだ。

これが、噂の「ドミノ倒し」

いたい、いたいよぉ!と叫びつつ、
「ああ、こうやって、人は死ぬんだな、そりゃあこれでは
死んじゃううよなぁ。」と、頭の中ではやたら冷静に考えて
いたら、「あ、大丈夫ですか!つかまって!」と見知らぬ
何人かの人たちに、命を救われた。

やっぱり、人間そんな簡単には死なないらしい。

と、そんでもこのトラブルでこれ以上前に行くことをあきらめた
私は、気づくと友達ともはぐれて一人だけ。

こんな込み合っている会場では探すこともままならず、
林檎様は一人で見ることにする。

それにしても、まだ始まってもいないのに、汗ぐっしょりだ。
これでライブ始まったら、また後ろの人たちが大挙して
前のほうに押しかけるでしょ?しかも林檎様にあわせて
踊らないといけないでしょ?

とか要らぬ心配をしていると、現れた。

白と黒のボーダーのワンピースで、肩ばっちり出して、
背筋まっすぐ伸ばした、林檎様が。
汗かいて待ちわびてる私たちなんか全然目にも入らないような、
涼しい顔して。

と、マイクもって、何を話すわけでもなく、突如歌いだす、
閃光少女」。

会場のファンと目を合わせるわけでもなく、手を振るわけでもなく、
目線はまっすぐ、ステージの一番後ろ。

冷たい。冷たすぎる。
でもそれがかっこよさを増長させる。

その後も、メガホンとマイクを持ち替えつつ、淡々とセットリストを
こなしていくわけだが、その間、歌声以外は一言も発せず、
誰とも目を合わせず。

なにかお気に召さないようなことでもございましたでしょうか、
とご機嫌を伺うことさえ許していただけない、残酷なステージ。

それなのに、こんなにも冷たいのに、突然始まった
ありあまる富」の暖かさに、つい号泣してしまった私。
冷たいはずなのに、その声はどこまでも澄んでいて暖かい。
突き放されているはずなのに、ふわっと包み込まれる感じ。

なんだろう、この不思議な感じ。

なんて思ってても、相変わらずその後も、林檎様は歌声以外の
声を発することもなく、会場の誰よりも汗かかずに、淡々と仕事を
こなしてアンコールするわけでもなくあっさりと帰ってゆく。

カッコイイ。
クールすぎる。
(そんな気分はその直後のグループ魂で跡形もなく
吹っ飛んでしまうわけだが。。。)

そうか。
ギターの女サムライといい、林檎様といい、媚びない女が
いいのかもしれないな、2010年は。

ちょっと無口で冷たい、媚びない女
なろうかな、なんて幕張の夜空を見ながら珍しくまじめに考えて
しまった、2009年年末のことであった。

そしたら、まずはブログをもう少しあっさりさせないとだめ、
だな。。。うーむ。

2009年9月17日 (木)

のあのわ

チェロのレッスンのあとだったからかもしれない。

そいつらのPVは、CDがまさに売るほどあふれている
タワレコの中で、ひときわ私の目を引いた。

そのPVがこれ。

曲名のとおり、「ループ、ループ」している
カメラが、彼らをぐるぐると映し出して、何周かした
その時に画面に現れたのは、なんと、チェロ

そして、そのチェロを弾いているのは、最近の
マイラバのakkoとちょっと雰囲気の似た感じの
女の子。

まさか、チェロ弾き語りとか言っちゃうわけ?

ギター弾きながら、とか、ピアノ弾きながら、は
よくあるんだが、チェロ弾き語り?

さだまさしだって、さすがにバイオリン弾くのは、
間奏の間だけではなかったか。

そんなぁ、まっさかぁ。
と思っていたのもつかの間。

それはPVが始まって3分半もする頃。
そのボーカルはおもむろにチェロの立てかけてある
椅子に座り、歌いながらチェロを奏で始める。

やっぱり弾き語り!

と思った瞬間、私はそこにあるアルバムを
1枚手にとって、急いでレジに向かった。

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のあのわ

確か、RIZING SUNにもその名前はあった
気がするが、その時はこんなやつらだなんて、
全然知らなかった。

タイムテーブルを見ると、PianojaCが終わった直後に
ClystalPalaceでやっていたってことなので、Bohemianとの
距離の関係から、お目にかかるのは到底不可能だった、
ってことなので、仕方ないけどもったいなかった。

だって、アルバムを聞いた印象としては、
チェロ弾き語りは確かに珍しいし興味あるんだけど、
それ以上に、バンドとしてまじ素晴らしいのである。

上の、「ループ、ループ」は、いかにも女子の心を
くすぐる、Charaを彷彿とさせるポップなロックであるが、
そんなキュンキュンソングを歌っていたと思ったら、
急に全然違うテイストの歌が始まるのだ。

どことなくミュージカルっぽいこの壮大な、
アルバムの名前通りの「Spectacle」
じわじわソングまで。

全体的に、ポップなんだけどちょっとだけ
クラシカルな感じがするのは、おそらく
チェロのせいなんだろう。

すげぇなぁ、yukko(ボーカル&チェロの女の子)
小さい頃からチェロやってたのかなぁ。
声もCharaと川本真琴を足して2で割ったみたいな
かわいらしい声なのに、その上チェロまで弾けるだなんて。

と、感心しながら、オフィシャルサイトをのぞいた
私は、驚愕してしまった。

2005年、ネットでメンバー募集を介してKey.荒山リクが加入。
それと同時に、バンドに新たなエッセンスを入れたい!
と思っていたVo.Yukkoがなんとしてでも
手に入れたかった楽器"チェロ"を購入し

バン ドに導入
(とにかく大きな楽器を持ちたかったらしい)

え?
小さい頃からやってたんじゃなかったの?
オーケストラ部出身とかじゃないの?

大きな楽器を持ちたかったって、
そんだけでチェロ買ったってどゆこと?

・・・しかも、たったの4年?
チェロ始めてたったの4年で弾き語りとか
やっちゃってるわけ?

確かに、そう思ってライブ映像とか見ると、
なぜかチェロにはギターのフレットみたいな
ものがついており、最初は、立ったり踊ったり、
不安定な格好でチェロを弾いたりするからかと
思ったのだが、おそらくそれは、初心者が鉛筆で
正しい指の位置に線を引くのと同じような行為で
あるのではないだろうか。

「チェロを弾く時は、駒と平行に」と先生は口を
酸っぱくして言っているけども、yukkoのチェロは、
立って弾いているからかもしれないけど、必ずしも
まっすぐ弾けているとも言えないかもしれない。

それでも。

それでもそれを数段上回るだけの味がある、と
思うし、なんとも情熱のこもったチェロは、見てるだけで
とても楽しい。

先生みたいに、あんな恰好よくリベルタンゴ弾けるように
なれば一番いいけども、せめてあんなにのびのびと、
チェロが弾けるようになったらいいのになぁ、と思いながら、
その名の通り、yukkoの歌声を「ループ、ループ」して
しまった、秋のはじめのことであった。

2009年9月 6日 (日)

あれから2ヶ月。

土曜のお昼といえば。

2か月前までの定番といえば、さぼてんの
重ねかつ弁当
、であった。

880円、と値段は若干高めではあるものの、
なんとも柔らかい重ねかつが非常にジューシーで、
つらい1週間が終わった後の
「自分へのご褒美弁当」としては、
完璧の白物であったのだ。

・・・なんて、そんな、いかにもやさぐれアラサー的
お昼を送っていたのも、今となっては昔の話。

今の私はといえば。

さすがに金曜の夜はドラクエで夜更かししてしまうとしても、
土曜の午前中に英会話教室の宿題を片付けて、
お昼頃にいそいそと英会話教室に出かけ、おばちゃん
先生と40分ほど英会話を楽しんで、そのあと軽く
お昼を食べ、そして最終目的地へ向かうのだ。

そう。チェロ教室へ。

レッスン開始の30分前には教室に入り、受付の
お兄ちゃんに、「早く入りすぎ」と怒られないように
こそこそと練習室に入って、早く来た人にしか
与えられない権利であるところの、アコースティックの
チェロをゲットして、誰もいない教室で、一人音出しを
始める。

この時間が、2か月前までのさぼてんの代わりに
なっているのだと思う。

誰もいない教室で、ひとりで開放弦を何度もロングトーン
していると、1週間の嫌なことは、きれいすっきり
消えてしまう。

吹奏楽と違って、弦楽器はロングトーンでは疲れないので、
気が済むまで無心で続けられるのがよい。

まぁそんな時間も長くて10分程度のものであって、
人が集まってきて各自音出しをはじめ、先生が
入ってきてレッスンを始め、その練習が指使いの
練習になったころには、うまく抑えられずに不安定な
音が鳴り、隣の人とはチューニングが合わず、
それが気になり始めると意識が散漫になって
弓を持つ右手に変な力が入り始めて、そうすると
さらにギーギーギーギー変な音が鳴ってくる。

2ヶ月って言っても、7月は1回バスケ合宿で
サボってしまったし、8月は夏休み等で2回しか
レッスンがなかったので、まだ今日で、たったの
5回目なので、へたくそなのはドンマイ、である。
(へたくそなのに大胆にもベートーベンに手を出して
いるのはさすがに失礼だとは思うが)

とにもかくにも、楽器の実力はさておいて、チェロを
始めたことによって、やさぐれ週末ランチ、という
何かをあきらめたような状態からはやや脱出できた
予感がするし、何と言ってもすがすがしい開放弦
ロングトーンでストレス解消ができるのがすばらしい。

飽きっぽい私だから、いつ何時、チェロに飽きが
来るか分からないのだけれど、それでもやさぐれ
人生から抜け出すため、地道に続けて行こう、と
心に決めて、私は帰りの大江戸線に乗る。

あ。それと今日はもうひとつ心に決めたのだった。

明日のお昼は、久し振りに重ねかつ弁当を
食べよう
、って。

いやだって、ほんとにうまいんだから。
人のことやさぐれと笑う前に、一回食べてみて。
まじで。

2009年8月29日 (土)

RSR体験記(3)~楽器屋さんの時間~

ユニコーンが終わってテントの周りが騒がしく
なったころ、私は一人のそのそと起きだして、
今までクロックスで遊びまわっていたのにしっかりと
靴下とスニーカーを履いて、意気揚々とテントから
這い出した。

さて、これからが本番である。

何しろ、ここから先は、楽器屋さんには
たまらない
ステージが目白押しなのだ。

20:30からSOIL & "PIMP" SESSIONSを見て、
そのあとそのステージで始まる、22:20からの
Charaをチラ見してからBOHEMIANに向かって
23:10からのスカパラで踊り狂って、一休みして
2:30からの勝手にしやがれでしめる。

なんとまぁすばらしいラインアップじゃないか。
楽器屋さん以外には、何のことやらわからないかもしれないが。

しかしながら、一緒のグループの会社の後輩君たちの
何人かは、楽器屋さん魂を持っているらしかった。

「よし!SOIL行こう!ラムガラナ飲みながら!」

と、今回北海道の北のほうの実家から参加の
ジモティ君が言い、ガラナってなんのこっちゃ、と
思いながらSUN STAGEの横の屋台で買って
一口飲んで、「これ結局コーラでしょ?」
のたまっていたそのとき。

本番が、始まったのかと思った。

ガラナを飲む私たちの後ろでは、オーケストラ
みたいな編成だけど、並び順もパート編成も
めっちゃくちゃな団体が、すげぇでかい音で
5拍子のユニゾンをぶいぶい吹き鳴らしていた。

でも、まだステージ開始の時間にはちょっと早いし、
ステージの横のスクリーンには何にも映ってないし。

・・・ってことは、これ、リハーサル?

と気づいた瞬間、私たちは、「1曲だけ!」
言いながら、ラムガラナ片手にステージの横に
走り下りて行った。

1曲聴いたら、すぐにSOIL聞きに行くから!

しかしながら、その1曲が、なかなか始まらない。

曲の代わりに、ステージの横には気づいたらおおきな
うさぎちゃんが現れて、それとともに、スクリーンには
忌野清志郎の映像が流れだす。

そう。これは忌野清志郎の追悼ステージ。

「雨上がりの夜空に」のライブ映像に合わせて熱唱
していると、夜空には大きな花火がどかどか上がって、
まるで追悼とは思えなかったけど、このお祭り騒ぎっぽい
感じが、いかにも清志郎で、とってもよかった。

そんなこんなのお祭り騒ぎが終わると、やっと
さっきの「すげぇリハ」の方たちがやってくる。

高まる期待。

しかしながら、そのステージの始まりはなんとも静かな
ものだった。

入ってきたのは、白い全身タイツの男たち。

男たちが障子紙らしきものをするするっと開くと、
そこに墨ですらすらっと絵を描く男が現れて。

と、そんなのをぽかんと見つめていると、今度は
あやつり人形みたいな赤いおかっぱ頭の女
やってきて、フルートを持った(原裕子似の)おねいさんが
歌い始め、それにつられるようになぜか赤い
ふんどしのおにいさん
が走ってきて。。。

なにしろ意味の分からないことの組み合わせで、
頭の中がまったくまとまらず、ほけーっと
眺めていると、それは急に始まった。

あの、爆音演奏が。

リハの時よりいっそうすげぇ爆音の中、一応指揮を
執っているのは、さっき筆を持っていたおじちゃん
じゃなかろうか。

ビビりながらステージの横のスクリーンを見ると、
どうやら彼らの名前は、
「渋さ知らズオーケストラ」というらしかった。

赤ふんの男は、「おれらはフィッシャーマンだ!」
のたまうが、明らかに楽器屋さんの集まりである
彼らなのに、なぜか彼らの周りには白タイの男たちに
赤髪の操り人形に、ライオンキングのキリン役みたいな
恰好で音に合わせてたゆたう者たち。

と、そんなMCを聞いていると、後輩君の1人が
隣の後輩君にぼそぼそと何やら言っている。

あ。そうだよね、SOIL行かないとね。
最初の目的忘れちゃだめだよね。

と、後ろ髪ひかれる思いで考えていると、言いにくそうに
若者が私に言った。

「あのぉ、観客席の真ん中行きませんか?」

そうだよね、SOILの。。。え?
観客席の真ん中?

話の意味を理解した私は、一直線に猛ダッシュで
走り出した。

ステージの脇から、ステージのまん前まで。

若者があたふたと後ろからついてくる。

そして、彼らの爆音が先ほどより一層よく聞こえる
場所までやってきた私は、SOILへの申し訳なさを
振り切るように、爆音に合わせて、とにかく叫んで
躍った。

初めて聞くのに全然ノリに不安がないのは、おそらく
彼らの曲が、超原始的かつ、ほぼアドリブで成り立って
いるからなんだろう。

最後はチェロがエンドピンのあたりで火を吹くのを
観ながら、赤フンのおにいちゃんに合わせて、
こぶしをふりあげつつ、5拍子の曲を大熱唱して、
ステージは終了。

あまりにも暑かったので、途中で髪を結んだはずなのに、
気づけばそのシュシュはどこかに飛んで行ってしまって
暗闇の中をあたふたと探してなんとか見つけ、休足時間の
効果が一瞬にして吹き飛んでしまった足を引きずって
私はふらふらとテントに帰還し、とりあえずTシャツを着替えた。

そのあと、予定通りCharaをチラ見して、やさしい気持ち
鑑賞したあと、なんとかスカパラのステージまでたどり着き、
踊って跳ねるのだが、足場の悪いBOHEMIANの観客席では、
跳ねて着地するごとに土踏まずに段差が当たって、
へとへとの足には、それはそれはじんじんと響くのだった。

スカパラのステージはもちろん、昼間のPianojaCよりも
さらに人であふれていて、どんだけ跳ねてもイケメン
谷中さんは全然見えない。

曲はいつもどおり素晴らしかったのだが、そんなこんなの
有様で、聞き終わった(踊り終わった)私はもう限界。

帰る途中で、RSRにしちゃえらくまともで上質な
クラブジャズをやっている輩
を発見して、20分くらい
しゃがみこんで聞いていたが、足の痛さと夜の
寒さに耐えられずふらふらとテントに戻る。

後輩君に、「30分だけ、、、」と言い訳しながらテントに入り、
休足時間を貼りつけて横になった私の耳元に、遠くから
聞こえてきたあのSAXはもちろん、
「勝手にしやがれ」

「勝手にしやがれ」を子守唄代わりに聞きながら、
私はうとうとと眠りに着いた。

・・・Mission、Completeナラズ。

次回、Rising Sunとそのあと。

2009年8月23日 (日)

RSR体験記(2)~キョンキョン~

2日目の朝。

私は、後輩の女子からの「お風呂行きますよ~」
でたたき起こされた。

へ?もうそんな時間?

と思って時間を見ると朝の8時。
みんなテントのところに集合して、既に朝から
ドラクエで大冒険している勇者たちまでいるじゃないか。

やべやべ。
と、とりあえずノーメイクにめがね、という、アラサーに
あるまじき格好でのそのそとテントから這い出して
お風呂の準備をする。

そう。
2日目のステージはお昼過ぎからであるからにして、
朝のうちに、近くの温泉で汗を流して、本日の食料を
買い出しておくことになっていたのだった。

さて、そんなこんなでたどり着いたお風呂は、
実は私は初めてではない。

偶然にも、去年の家族旅行で泊まったのが、
札幌らしくない、大きなお風呂と野外プールまで
そろっている、このホテルであったのだった。

RSRでは、定番となっているらしいこのお風呂。
JTBでは、RSRとお風呂がセットになった鑑賞ツアーまで
企画されているということで、私たちがたどり着いたとき
にはそのツアー客と思われる団体さんが炎天下の中
お風呂の順番を待っていた。

ツアーじゃない私たちはそんな彼らを横目に
ゆるりとお風呂に浸かって前の日の汗を流し、
本日のステージに備える。

はてさて。
本日は、私の中で大きく2つに分かれている。

昼間はひたすらキョンキョンのためにあり
そして、夜は楽器屋さんのお時間である。

ロックフェスに行くから、お盆は長野にいられないのよ
とウキウキという私に母はあまりいい顔をしなかったが、
それでも一応聞いてきた。

「ロックフェスって、誰が出るのよ」

スカパラって言ったって、SOIL!って言ったってまったく
知らない母に、なんと言ったらよいだろうと思い、苦肉の
策でひねり出した模範解答。

それが、「キョンキョン!」である。

「え?キョンキョン来るの?」

と、母のテンションはその前よりも明らかにあがっており、
ロックフェス=最近芸能界に蔓延するお薬と隣り合わせ
のイメージは見事に払拭されて、

「あら、楽しそうじゃない!いいわねぇあんたたち」

と相成ったわけである。

そんな、私の救世主、キョンキョン様。

そうして車の中では陽気にキョンキョンの歌をみんなで
口ずさんで、買出しを終えて会場に向かう。

しかしながら、そんなキョンキョン様が私たちの
前にお目見えするのは15時過ぎであるからにして、
またもや時間つぶしのため、休足時間を足に貼ったまま
(いやだって、昨日暴れすぎて痛いんだもん)
BOHEMIAN GARDENまで旅に出た私たちは、そこで
とんでもない掘り出し物に出会うことになる。

それが、→Pia-no-jaC←である。

そもそも、BOHEMIAN GARDENっていうのは、
メインステージ(SUN STAGE)からもっとも離れた
ところに位置していて、そんなに人が来ない中、
どちらかというとちょっと緩めの音楽をやるような
ステージであり、野外だから、後ろのテントにひっかからない
限りは観客が入ってもかまわないんだろうが、ステージ
自体は非常に小さいステージである。

それなのに、しかも全然名の知れていないバンドなのに、
なんだこの人・人・人。
始まる前から早くも後ろのテントに若干ひっかかって
しまっている。

なんだかわけの分からなかったのもつかの間。
彼らの音を聞けば、この人だかりも納得である。

このバンド名、前から読むと、Pianoであるが、
うしろから読むと、Cajon(カホン)になる。

つまりは、Pianoとカホンっていう、いわゆる打楽器の
2人組である。

そのPianoがとにかくすごいのだ。
のだめカンタービレでいうところの、「超絶技巧」。
とにかく難解なフレーズを超高速であおるように
弾いていくのだ。

す、すげぇ。

とピアノに聞きほれていると、今度は曲の間に
なんだか漫才みたいなMCが始まって。

カホンがMC+アジテーターみたいな役割を
果たしているのだった。
(あ。ちなみに顔はロッチ)

途中、水鉄砲を持ち出したあたりから会場は
やたらと盛り上がって、明らかにこれが本日の
ベストアクトだと確信したところで、このステージでは
珍しいという、アンコールまで披露して終了。

いやぁいいもんみたなぁ。

と、はがれかけの休足時間を無理やりふくらはぎに
再接着しつつ向かった先は、もちろんキョンキョンさまの
ステージである。

ステージ自体が50分しかないというのに、40分も前から
炎天下の下、場所取りをして、キョンキョンをただひたすらに
待つ、なんだかんだ言ってイロモノ好きの私たち。
(昨日、イロモノには興味ないって、言わなかった?)

思えば、今回のRSRでもっとも暑かったあの時間帯。
帽子を忘れてきてしまった私の頭皮が夏の鋭い日差しで
すっかり焼け焦げてしまった頃、その時間はやってきた。

キョンキョンには似つかわしくない、なんだかあやしげな
おじ様たち(いや、バックで演奏する方々)に続いて現れたのは、
確実に私たちの憧れ、キョンキョン様

私の想像を超えた、その華奢な体と涼しげな笑顔に、
私は素でつぶやいてしまった。

「か、かわいい。。。」

そんなとき、キョンキョン様は、会場から湧き上がる
かわいいコールに答えてやたら上から目線で答えるのだった。

「かわいい?もっと言っていいのよ!
今年43歳ですけどー!」

43歳?

私と・・・あ、そんなに違うんですか。
あ、でもでも、全然そんなこと感じられないっすよおねいさま。
なんでですかね、ど、独身だから、ってことなんですかね
やっぱり。
だんなに悪いこととか教わったりしないから、そんなに
みずみずしくおきれいでいられるってことなんですかね。

そんな私の心の問いかけに答えようとしてくれるつもりだったの
であろうか。

「この曲、20年ぶりなの!」と言いながら、彼女は
若さを最大限にアピールし始める。

そう。「渚のはいから人魚」だ。

リアルタイムではまったく知らないけど調子に乗って
「ずっきんどっきん」コールをやりながら、またしても
呪文のようにつぶやいてしまう、「か、かわいい。。。」

その後は、ちょっと大人の気分になって、
ホノカアボーイの主題歌と、「さよならさえ・・・」が2曲
連荘で流れると、私はまたしても号泣。
なんか昨日から、若干涙腺が壊れてしまっている
ようだ。

号泣の私なんか気にも留めず、相変わらず汗を
一滴もたらさずに歌い続けるキョンキョンは、最後の
曲を、お決まりの「学園天国」で閉めるが、会場側は
キョンキョンとしては決してお決まりではないはずの
ダイブをするおじちゃんが現れて、キョンキョンも
少なからずびびったところで、ステージは終了。

「か、かわいい。。。」

ステージに残る、おねいさまの幻影を見ながら、
私はもう一度つぶやいて、ステージを後にする。

その後はBEGINをまったりと聞き、恋しくて
涙そうそうで号泣してすっかり疲れてしまった私は、
ユニコーンで盛り上がってるメインステージを
見ることなくテントに入って、休足時間を貼り変え、
無理やりいったん眠りにつく。

夜の楽器屋さんタイムに備えるために。

そう。次回は楽器屋さんの時間。

RSR体験記(1)~日の出待ち~

朝10時。
私たち4人は、石狩のだだっ広い、おそらく
この時期以外は単なる空地の入り口で、
ただひたすらに、ドラクエをやっていた。

それにしても、暑くて重くて、
そして眠い

夜は寒いからパーカーが必要、といわれた
けれど、来てみたら日差しはカンカン、そして
そのパーカーやらウインドブレーカーやらを
入れたリュックは少しづつ肩に食い込んできて。

え。あ、何で眠いかって。

そ、そりゃあ、昨日の夜からこんな感じだからって
ことで。。。

昨日の夜、ホテルについて、夕飯行こうぜ、と
電話したところ、とりあえず部屋に呼ばれた私は、
言われたとおり、DSを持って彼らの部屋に向かった。

部屋にいたのはドラクエに励む3人の勇者であり、
そこに私が加わるとちょうど4人になって、1つの
パーティーが組めるってわけだ。

そうして、途中夕飯をはさみながら、ひたすらに
ドラクエをやり始め、今に至る
。。。というわけで。

あ、今、そんなことやってないで、早く会場入れよ、
って思ったでしょ。

私だって会場入りたい気持ちは山々だけども、
開場は11時。

というわけで、この時間にできる最良の選択ってことで、
私たちはこの待ち時間、必死ですれ違い通信
試みているっていうわけだ。

さて、このフェスティバル、RisingSunRock
Festival
っていうからには、目的は、「日の出」
ある。

2泊3日で行われる本フェスティバルの2日目の夜は、
朝まで夜通し歌って踊って、そしてみんなで日の出を見る
っていうのが本フェスティバルの醍醐味、らしい。

そんな中、私は、1日目にもう1つの「日の出」を見るって
いう一大目標があった。

とはいえ、1日目は朝2時までの稲川淳二の怪談で
プログラムは終了となるわけなので、ほんちゃんの日の出
ってわけじゃない。

本日の目標は、「日の出食堂」である。

その日の19:30からステージが始まるというそのグループは、
Risingのために特別に作られたグループであり、

石原顕三郎(the TLAVELLERS)
GAMO(東京スカパラダイスオーケストラ)
沖 祐市(東京スカパラダイスオーケストラ)
秋田ゴールドマン(SOIL&”PIMP”SESSIONS)
中村達也(LOSALIOS)
NARGO(東京スカパラダイスオーケストラ)

のメンバーでお送りする、いわゆる、私のような
楽器屋さん(=インストバンド専門)の一員から
してみると、たまらない組み合わせであるからにして。

とはいえ、日の出君は夜からなので、とりあえず
買い出しメンバーの到着を待って、テント張って、
ぶらぶらとSpecial Othersなど見て時間をつぶし、夜に
備える。

そしてTHE BOOMのあといったんテントに戻ると、
ちょうど夕飯タイム。

彼らはこのあとどこに行くか話をしながら、肉を
焼いていた。

彼らの大きな悩みは、このあと、吉川先生を観に
行くか、それとも
真心を観に行くか、っていうところで
あり、その2つで場は完全に半々に分かれてあたかも
次の選挙のようにヒートアップしていたわけであるが、
イロモノ系にも緩バンド系にも興味なく、とにかく
楽器屋さんである私としては、頭の中はGAMO先生で
いっぱいである。

でも、そんな8月末の選挙の行方みたいな議論を
テントで聞いていたのがいけなかったのだろうか。

開演30分前にはテントを出たはずなのに、日の出君の
ステージであるところのClystal Palaceの前には、
ズラーっと長い列ができていた。

そう。このClystal Palaceが癖ものである。
ロックフェスであるからには、ステージの基本は
野外、であって、この会場でも他のステージは
すべて野外であるが、ライブハウスの雰囲気を
醸し出したいということで、ハリボテみたいな建物
おったててしまっているのだ。

屋内ってことは、当然入れる人数にも限りが出てくるって
いうわけで、明らかにここに並んでいる人数全員は入れる
わけがないと思われた。

そんなこと考えている間に、私の後ろにもどんどん
列は続いて行って、気づけば会場の周りは、うねうね
うねうねと、蛇みたいにひたすら長い列ができていた。

当然、会場に入れないまま、ステージは始まる。

とりあえず音漏れだけで楽しみつつ、会場の横のほうを
見ると、そもそも最初から音漏れ目当てに集まった
ような輩が、なんだか異常に男女入り乱れて
盛りあがっており、これは若干お薬の匂いがするなぁ
思いつつ、それでも根気よく並び続ける。

列を管理するスタッフ(若者)からは「ここにいても
皆様が会場に入れる可能性はほとんど
ございません。」
とののしられ、同じくスタッフの
外人さんからは、「ナランデクーダサーイ」
へたくそな日本語で怒られながらも、ただひたすらに、
ひとりで孤独に耐えながら。

と、ステージが半分くらい終わったころだっただろうか。

気づけば私はそのへたくそな外人さんのまん前におり、
あと2人入れば次は私の番、っていうすばらしい状況に
なっていた。

と、若者が叫んだ。

「1人なら入れます!」

でも、前に並んでいる2人はグループらしく、入るのを
しぶっていた。

来た。これはやってきましたよ。

いつもは草食系女子の私も、ここばかりはうじうじして
いられない。

「・・・あのぉ、私一人なんですけど!」

大声で叫んで、前の人が若干くやしそうな顔を見せるのを
横目に、ずかずかと会場に入る。

とはいえ、結局私が入れそうなところは柱の裏側しか
ないため、見えるのはNARGOのペットの先っぽくらい
ではあるのだが、それでも私はやっと入れたことと、
7年ぶりくらいにスカパラのメンバーにもう一度会えた
ことで、会場に入ったタイミングから、すでに号泣していた。

NARGOの「007のテーマ」も、沖ちゃんのキーボードも、
そして、アンコールで見せた、GAMO先生のふざけた
歌声
も、横浜アリーナで見たあの時のまんまだったから。
(あ、アリーナでは007はやっていません)

そういえば最近忘れてた。
ライブに行くこともなくなったし、こんなに叫びながら
踊り狂ってストレスを発散することもなくなっていた。

だから、せめてこの2日間だけは、踊って叫んで歌い
まくろう
、って心に決めて会場を出ると、北海道の
夜はすっかり冷え切って、秋のにおいがする、冷たい
風が吹いていた。

その後、決心通り、私はエレカシを見ながら大声で
合唱し、そのあと、寝るのがもったいなくなって、
稲川淳二を(転寝しながら)観て、最終的には怪談話の
恐怖と北海道の寒さに震えながら、就寝するのであった。

次回、RSR2日目。

2009年8月17日 (月)

RSR体験記(0)~突然のお誘い~

今年の夏は、何の予定もないはずだった。
ってか、予定を入れるのに若干の抵抗があることは
否めない。

なんたって、去年の夏は散々だったから
予定入れたのに熱が下がらず結局行けない、と
いうのは悔しいし恐ろしすぎる。

というわけで、田舎で1週間無駄にだらだらすることに
ほぼ決めていた矢先、思いがけないお誘いがあった。

それはもう7月も下旬の頃で、そろそろ親に
帰省の日程の連絡をしようかと思っていたころ、
夜中にメッセンジャーを開いていると、ひょこっと
友達が入ってきて言うのだった。

Rising Sun Rock Festivalって知ってる?

はい、名前だけは。
確か君ら去年も行ってたよね。

「行かない?」

ん?私も?

興味はあるけど、Rock Fesって要はキャンプでしょ?
意外に私、アウトドア派じゃないんですよ。

小学校と中学校の時それぞれ1回づつ登山と
飯盒炊爨はやりましたけど、確かテントに泊まるなんて
無謀なことはしてないんじゃないかしら。

と思い、聞いてみる。

「何持っていけばよいの?」

・・・もう、この聞き方が既に行くこと前提になってる、
とその時は気づかなかったのだが。

「寝袋!」

寝袋・・・

確か、家族でキャンプ(@バンガロー)に行ったときに
全員分買いそろえた気が・・・

偶然、「家にありそうなもの」を指定された
とたん、なんだか急に行けそうな気がしてきてしまった、
単純明快なO型の私。

アウトドアな火起こしとかは、アウトドアベテランの
RSR5年目集団がきっとできると思うし、女子には
女子用テントが与えられるというし、防寒着と
Tシャツがたくさんあれば大丈夫なんじゃないか、
と、急にやる気になってしまった夜12時過ぎ。

しかしながら、問題は交通手段である。

RSRの日程は、日本でいうところのちょうどお盆に
丸かぶりであるからして、お盆の初めに北海道行って、
お盆の終わりに帰ってくるってことは、日本人の
大移動
とぴったし重なってしまうことになる。

そんなことには最初のうちは気づくはずもなく、
気軽に「マイルで往復しよう♪」とJALのページを
開いた私は驚愕した。

行きの13日はなんとかなりそうだが、問題は帰りである。

16日はもちろん空いている訳がないのはまぁ許そう。
しかしながら、マイルで帰ろうとすると、17日も18日も
全く空いておらず・・・

あ、あのぉ、ですねぇ。
私、すでに夏休みの日程は、お盆の前からお盆いっぱいの
1週間、と決めておりまして、最悪週明けの月曜日は
休んじゃうとしても、担当内で夏休みは交替で取るもので
ありまして、だから、それ以上後ろにすると、担当の
皆さんに迷惑が、ですね。。。

というわけで、気づけば夜中2時だったこともあり、
その日は飛行機の予約をあきらめて、いったん就寝。

それから約1週間。
そろそろタイムリミットが迫ってきており、
それでも飛行機が取れそうな予感はなくて、
めんどくさがりO型体質の私としては、
もうあきらめちゃおっかなー、と、簡単な方向へと
確実に流されていた。

そうして、あきらめます、って言おうと思って
またもやメッセンジャーをやっていた矢先のこと。

ふと教わった、株主優待という制度。

いや、株主優待っていう言葉は知ってるのだが、
株主でもなんでもない私は、今までそんな選択肢を
考えることもなかったってわけだ。

株主優待を使うと、料金は半額。
そして、株主優待券というものは、
6000円くらいで金券ショップで売っているものだ、
と彼は言う。

北海道から羽田の片道が、約18000円だから、
株主優待入れても25000円あれば飛行機に
乗れる、ってことで、株主優待で調べてみると、
16日はどちらにしろダメだとしても、17日なら
結構空いてる!

というわけで、衝動的に飛行機を予約して、
行くことが確定してしまった、RSR本番約10日
前の、真夜中1時過ぎのこと。

そして、めでたく行くことが決まった次の日、
私にとってはうれしい、でも親にとっては
ちょっと寂しいであろう夏休みの日程の
報告をし、そのあと私は親にお願いした。

「寝袋探しといて!」

「寝袋?」

と母。

「うん。キャンプ行く時買ったよね?」

「買った。買ったけど・・・」

母曰く、どこにしまったか分からないのだという。
キャンプに行ったのは、確か私が中学1年くらいの
ときのことで、確かにそのとき3つ程度買ったのは
記憶にあるのだけど、飽きっぽい父のせいで、
それ以降その寝袋は結局お蔵入りしてしまい、
たぶん私の部屋の隣の納戸にしまってあると
思われるのだが、炬燵だの古い椅子だのいろんな
ものがあふれており、本格的に探さないと出て
こないのだと。

そして、この日程で言われても土日もいろいろ
用事があって、そんなの探してる暇なんかないわよ
と、冷たい返事。

・・・結局は、私があんまり帰って来ないことに
若干いらっとしているようだった。

とはいえ、取ってしまった飛行機とホテル。
寝袋があるから行こうと思っていたものの、
この状態では寝袋がないくらいであきらめる
わけにもいかず。

引き返せない私は、日曜の英会話教室のあと、
飲み会までの短時間を使って、いそいそと寝袋と
リュックと防寒&雨対策用のウインドブレーカーを
買いそろえ、田舎でのごろごろ2泊3日をまたいで、
木曜の夜、札幌にやっとこさたどり着いたのだった。

・・・さて次回、やっとRSR本番開始。

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