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映画・テレビ

2009年11月15日 (日)

過去と未来とゼロの焦点

その日、チェロ教室のあと、先生が不思議な
楽器
を弾いていたので、みんなでしばらく
鑑賞し、なんだか貴族のような気分に浸ったところで、
向かう先は、結局映画館。

だってあらかじめ予習しておいた松本清張の
ゼロの焦点が今日初日なんだから、行かない訳に
いかないじゃないか。

そういえば、この前太宰も生誕100周年とか言っていて、
このゼロの焦点も「松本清張100周年記念」とか
言っているから、つまるところ、太宰と松本清張は
同い年だってことだ。

そして、そんな同い年2名の作品の両方に、
広末涼子が出ているという、この摩訶不思議。
こういうのが運命っていうんだろうか。

なんて思いながら、始まった映画を見始めて20分。
私は気づいた。

この映画の主人公は、実は広末じゃない。
中谷美紀だと。

小説では、広末演じる禎子ばかりに視点が置かれていた、
「ゼロの焦点」であるが、映画では、広末だけでなく、
中谷美紀、木村多江演じる他の2名の女性にも、
それぞれ「焦点」をあてており、3人3様の、戦後の女の
生き様が描かれている。

その中でも、中谷美紀の存在感がすごい。

斜めに黒いハットをかぶり、ストライプのワイドパンツを
スタイリッシュに着こなして、信じられないくらい色白で。

もう出てきたとたん、その時代の人とは思えないくらい、
なにしろ「カッコイイ」のである。
(途中エナメルみたいな服着てるし)

でもそんな「カッコイイ」中谷美紀の暗い過去を、旦那で
あるところの料理の鉄人の人は結婚生活を3年も送っていながら、
何にも知らないのだ。

そしてその「何にも知らない」のは、新婚たった
1週間で旦那が行方不明になってしまった広末も一緒。
前職が何であったかも、結婚する前どんな生活を送って
いたのかも、気づいたら何にも知らない。

そう。結局、愛していても、その人の
過去がすべて分かるなんてことはない

っていうのが、この映画の大きなテーマ。

でも。

過去なんて実は知らなかったとしても、
広末だってたった1週間しか一緒にいなかった旦那を愛して
いたし、旦那もきっと広末を愛していたし、料理の鉄人の人も、
中谷美紀のことを、分かりにくいけども、愛していた。
過去なんて見ずに、未来に向けて歩いていこうとしていた。
それがきっと、「戦後の日本」の強さなのだと思う。
過去は、決して消えるわけではなく、最終的に、それが3人の
女を苦しめるのだとしても。

監督が犬童一心であったからして、予想通り、
「そんなところ写さなくても…」と思うような、グロテスクな
シーンはたくさんあったけども、それを超越するだけの、
女3人の深い深い、重い重い、分厚いドラマであった。

そうして、日本海の海原を見ながら感慨に浸っている私の
耳に流れてきたのは、エンディングテーマの中島みゆき

分厚い。歌声が分厚い。

ああ、女というものは、かくも力強いものなのか。
と、私は最後に中島みゆきの雄たけびを聞きながら
思うのであった。

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2009年10月25日 (日)

畳まない物語

久しぶりに買ったハードカバーの本、
村山由佳の新境地、ダブル・ファンタジーを読んでいて、
とあるフレーズが引っ掛かった。

この話、主人公がトレンディドラマの脚本家なので、いわゆる、
物語の書き方とかそういう話がちらほら見受けられる
のであるが、その中で、

「広げた風呂敷をあえて畳まぬようなもの」
という表現が出てくる。

もの、というのは、この文脈では脚本とか、物語とか
いう意味であるが、この瞬間には、そんなドラマとか
映画とか、はたまた小説とか、あったっけかな?と
考えたがすぐには思いつかなかった。

逆に、「広げた風呂敷をばったばった畳んでゆくもの」なら
比較的すぐ思いつく。

直近のものでいうと、なんといっても「ブザー・ビート」。

あの最終回の「風呂敷の畳み方」といったら、
見ているこちらが呆れてしまうくらいの勢いで、あれは
まるで、公園でフリマやってたらひどい土砂降りがやって
きたときのような、そんな有様であった。

まぁ、人生を永遠に語っていくドラマとか、小説とか、そんなの
あり得ないわけだから、風呂敷はどこかのタイミングで畳んで
いかないといけないのである。

・・・と、思ったのだが、そんなときに、私を戒めるかのように
「広げた風呂敷をあえて畳まぬようなもの」
に出会った。

それが、原作山崎豊子の、「沈まぬ太陽」である。

沈まぬ太陽〈1〉アフリカ篇(上) (新潮文庫)

沈まぬ太陽〈1〉アフリカ篇(上) (新潮文庫)

著者:山崎 豊子

沈まぬ太陽〈1〉アフリカ篇(上) (新潮文庫)

実は、山崎豊子を小説で読んだのは初めてである。
(だって、全体的に1冊じゃ終わらないから、家に本がたまって
しまうのですもの)

確かに、この人のドラマはちゃんとした、
「めでたしめでたし」にはならないものばかりなので、
それなりの覚悟はしていたのであるが、それでも
さすがに、最終巻(5巻)の真ん中あたりに来たときに
狼狽してしまった。

こんだけたくさんの問題が同時進行で起こっていると
いうのに、あとこれしかページが残ってないって
どういうことだ、と。

もしや、この状況からこいつは今から風呂敷を
畳み始めるのだろうか、と、極度に狼狽してしまった
私は、小説を読むうえで絶対やっちゃいけない犯罪
にまで手を出してしまう。

それは、最後の1/4を抜かして、とにかく最後の1ページを
読んでしまう、という、いわば「カンニング」みたいな暴挙。

さて、そんな、小説でも5巻もの超大作、しかも
5巻の時間をかけてもまったく「風呂敷を畳む暇のない」
この作品が、映画になるというじゃないか

その上映時間、3.5時間
しかも途中に10分間の休憩をはさむ、という、
日本映画としてはあり得ないほどのボリュームでは
あるが、それでも、逆にいえば、たったの3.5時間で、
この「大風呂敷大作」が語りつくされるのであろうか。

そんな期待と不安がないまぜの中、もちろん私は
上映初日に足を運ぶのだ。

意外にも超小さいスクリーンでの上映となった土曜の夜。

初日の新宿だから、当たり前のように小さいスクリーンは
満席になり、男女そろってやってきている人たちもいるが、
内容が内容だけに、観客たちの雰囲気は、どこかぴりりと
ひきしまっている。

それにしても、全部語りつくすためには、この映画、
どこから始めればよいんだろう。
あ、いや、どこから始めるつもりなんだろう、製作サイドは。

とか思っていたのもつかの間。
あまりにも衝撃的かつ象徴的なシーンからの幕開けで、
こんな長い映画なのに、始まって3分で、私はぼろぼろと
涙を流してしまった

今思えば、3時間半もやるんだから、もう少しゆっくりと
展開してってくれればいいのに
、と、思う。

なにしろ、最初の10分でぼろぼろと泣いてしまったが
ばっかりに、途中でもう涙も枯れ果ててしまって、
まだ前半だというのに、泣いた後特有のけだるさが
漂い始めてしまうのだ。

後半になっても、その勢いは止まることがなく、
汚い男たちの争いはとめどなく巻き起こっていき、
こちらが息も絶え絶えになったところで、物語は
結局何も解決しないまま、あ、いや風呂敷を
最大限に広げたまま」
終わってゆくのだ。

太陽は沈まない。
問題も解決しない。
風呂敷も、畳まれない。

出世をもくろむ男たちの物語は、濁流のように、
きったなく、また重苦しく流れ、その前日、出張して
2時までおじちゃんたちとカラオケしてほとんど
寝ないまま朝東京に帰って来た私は、ほっとほと
疲れ果ててしまい、そのあと飲みに行く気分にもなれず、
ほとんど無言でラーメン食べて、家に帰ってそのままベッドに
引き込まれる。

「あぁ、ブザービート見たい・・・」とぶつぶつと
つぶやきながら。

あ。ダブル・ファンタジーのレビューは、またいつか。
(もう少し大人にならないと語りつくせませんので)

2009年10月18日 (日)

妹と、20世紀少年ファイナル。

あれは1年前の秋のこと。

妹と連れだって観に行った20世紀少年第1章

そのあまりにセンセーショナルな内容に、
私と妹は仲良く、「最後まで一緒に
見にいこーねtulip
と約束したのだった。

約束通り、今年の春だって、仲良く妹と連れだって第2章
観に行ったのだ。

それなのに。
それなのに。

あれから半年チョイで、私を取り巻く環境は
がらりと変わってしまった、と今更ながら
溜息をつく。

あの第2章からたった2ヶ月で、私との
約束をすべて放り出して、妹は田舎に
帰ってしまった。

そんでも、私はそのくらいのことじゃ、第3章を
一緒に見るといった約束は忘れていなかった。

だから、この前のシルバーウィークはわざわざ
田舎に帰って、休みをもてあそぶ妹と一緒に
映画見に行こうと思ったのに。

それなのに。

あのふとどきな妹ときたら、休み中、家で休みを
もてあそぶどころか、男のうちに入り浸って家に
帰ってすら来ない。

そ、そんな妹となんて、映画見に行くの、
こっちから、ね、願い下げだ!!

(完全に強がり)

というわけで、妹と縁を切った私は、金曜の
真夜中、女2人で20世紀少年ファイナルを観に行くことに
相成ったわけだ。

ウィークデーの終わり、2人で優雅に洋食食べたあと、
「けーんじくん、あーそーぼ!」って楽しげにスキップ
しながら映画館に向かう。

上映開始時間は夜21:00であり、上映時間が2時間半
であるから、このあと電車で帰らねばならないことを考えると、
この時間帯がぎりぎりである。

それにしても、前回妹と鑑賞してから半年以上。
登場人物が多すぎることもあり、映画の最初は前回までの
復習であったにしても、結構忘れちゃってるもんである。

それでもなんとか頭の奥で腐っている記憶を呼び戻して、
一生懸命話にくらいつく。

そうして話はエンドロールを終えてまだ続くのだが、
最後まで見てやっと気づいた。

このお話は、同じ浦沢直樹作の「モンスター」と同じ性質の
ものであったということに。

2つの作品に共通して言えるのは、
「自分で作り出してしまったモンスターを、自分の手で倒す」
というもの。

そして、さらに共通しているのは、
「モンスターは生まれた瞬間には分からない」
ということだ。

モンスターにおいては、患者として運ばれてきた子供を、
ドクターが助けるのだが、その時はまさかこの子が
モンスターだなんて気づきもしなかった。

それが、何年か後、青年となって再び現れたそのときの
子供は、そのとき面倒を見ていたドクターの患者を目の前で
殺して、自ら、自分がモンスターであることを暴露。

それと、同じ話が20世紀少年でも起こっていた。

ケンジの中では、すっかり忘れてしまうほどちんけな
出来事であった、幼いころの失敗。(犯罪?)

でもまさか、それによって、「ともだち」という名のモンスターが
生まれてしまうだなんて。

でも、モンスターは非常にすっきりしない展開で終わってゆく
(いや、あれもしかしてまだ終わってない?)のだが、こっちは
(映画版だけの追加シーンという話はよく聞くが)さわやかに
まとまってくれて、本当によかった。

印象的であったのは、エンドロールの終わりに、ケンジの
首っ玉にしがみついてカンナが号泣するシーン。

「氷の女王」とか言って強がって生きてきた、父親代わりの
ケンジと離れてからの17年間。

周りに味方が誰もいないわけじゃなかったけど、
生まれが複雑であったこともあり、一番の理解者の
ケンジおじちゃんがいない中で、たまりにたまった、
話せなかったこと、泣けなかったことが、一気に
噴出したのがあのときであったのだろう。

映画、と片づけてしまうよりは、一種のエンタテイメントである
20世紀少年では、声をあげてしまうことはあってもなかなか
泣けるシーンはないのであるが、ここだけは私も一緒に
ぽろぽろ来てしまったのだった。

はてさて。
20世紀少年も制覇したところで、次は「沈まぬ太陽」
24日から。

こちらは、エンタテイメントというよりは、戦後から高度成長期の
闇をめぐる、男たちのスペクタクルとでもいうのだろうか。

芸術の秋、映画の秋は、まだまだ終わる様子を見せない。

2009年10月10日 (土)

おひとり様ヴィヨン

チェロ教室が久しぶりにお休みの土曜の夕方。
英会話教室を終え、としまえんの駅前で軽く読書したあと
向かった先は、もちろん、おひとり様映画館。

なんだかんだいって2週間に1回ペースで手当たり次第に
映画を見ているので、今日くらいはDVDとかで我慢しても
よかったのだが、電車で中づり見ていたら、今日はいきつけの
映画館が10周年記念で映画全部1,000円とか書いてあるもん
だから、お!これは!とついついその気になってしまったと
いうわけだ。

モントリオール!ってことで、激こみが予想された
「ヴィヨンの妻」

しかしながら、意外にもスクリーンは小さめ。
しかもそれも全く混んでおらず、たったの、、、30人くらい?!

と、としまえんだから、よね?と半信半疑で
席に着く。

昭和21年の年の瀬のこと。
いきつけの飲み屋で、お金払わないどころか、お金
5,000円も盗んできちゃったダメ男。
お金返してもらおうと後を追ってきた飲み屋の夫婦に
事情を聞いた妻は、5,000円を何とかすべく、その
飲み屋で働き始めることにして。。。

このしょっぱなから駄目な旦那

妻が働き始めた、もともとの自分の行きつけ飲み屋に
女連れで入ってきたり、違う飲み屋のおねえちゃんちに
入り浸ったりしてるくせに、妻が飲み屋に行こうとすると、
「最近垢ぬけて来て、男でもできたんじゃないのか」
罵る始末。

CM見る限り、なんだかすごく深刻そうなタッチだし、
映画の中のセリフはおそらく太宰の原作ほぼそのまま
持ってきてるようで、だからなんだかもって回ったような
感じになるが、そんな演出がかすんでしまうくらいの
夫のダメさ加減

夫は人気作家であるからして、いつも、ひどく哲学的な
セリフばかりのたまって、周りの女はみんなそれに
だまされる、もしくは許してしまうわけだが、こっちから
見てると、あんなのは全部、嘘と言い訳

その様子に、客はみな、つい失笑
私もつい、溜息をつきながらつぶやいてしまうのだ。
「うそつき」とか、「何言っちゃってんのよ」とか。

それはもう、コミックの世界だ。

そんなダメ夫のダメさ加減は、時間を追うごとにどんどん
エスカレートしていって、最後に大変な事件を引き起こす
わけだが、とどのつまり、この話は、
「元祖ダメんずウォーカー」だったわけだ。

それにしても。

広末って大人になったのだなぁ、としみじみ思う。

私と同い年で、10代の頃は、やんちゃで元気なショートカット
だったのに、いつの間に、あんな古臭いパーマと丸い眼鏡の、
ただれた女を演じられるようになったのだろう。

映画の終盤、妻である松たか子と、愛人である
広末涼子が刑務所の廊下ですれ違うその瞬間、
その前の展開で、妻にある意味勝った(?)広末の
あの顔が忘れられない。

あの、ちょっとした向きながらも上目遣いで、松たか子の
ほうを見て、ほんとに小さく、鼻で笑う、あの顔を。

あれが、いわゆるってもんなんだろう。

一方の松たか子は、女でもあるが、どっちかというと
である。
子供の面倒見ながら、さらには、この駄目な夫のことも、
母のような優しさで赦し、包み込む。

広末も、ダメ旦那に同調し、優しいそぶりは見せるが、
あれは愛されたくてやっているだけで、本当じゃない、
見せかけだけの優しさ。

愛されたいと思っているうちは、女。
自分から愛するようになると、きっと
女は母になるのだ。

あ。母になると、女は自分から愛する
ようになるのかな。

なんて、夫の愚行にあきれつつ、2人の対照的な女たちを
比べながら、ちょっと哲学的な気分に浸ってしまう、それが
きっと、太宰の魅力なのであろう。

男子はきっと、ダメな浅野忠信と、誠実一直線の妻夫木を
比べながら、やっぱり哲学的な気分に浸れるのではなかろうか。

…さて、今の私は、母か女か、はたまたそれ以下か。

2009年9月13日 (日)

おひとりさまプール

その日、私は毎週のように英会話に行き、
チェロの練習をして、本やらCDやらを買い漁って
時間をつぶし、向かった先はやっぱりとしまえんの
映画館
であった。

とはいえ、おひとりさま映画館は、実は久し振りである。
(と言っても、たったの1.5か月振りだけど)

周りからは、おひとり様映画館なんて、止めたほうが
良いのではないかというご意見をいただいたが、
当の本人は、実は止めようという気はそんなになかった。

しかしながら、夏はどうしてもアウトドアな行事が忙しくて、
おひとり様映画館に割く時間がなかったのだ。

でも今日起きてみたら季節はすっかり秋模様に
なっていて、「あ、なんか今日はすごくおひとり様日和♪」
と、衝動的に、映画館のHPを開いてしまったのだった。

うーん、何見ようかなー、って、どうしても気になって
しまうのは「20世紀少年」なわけだが、これを一人で
見るのはなんともしのびない。

と、見覚えのあるタイトルが。

それは、もう4か月前のおひとり様映画館のときに
予告編でやっていて、興味を持った「プール」という
映画だった。
(ほら、あのときのBlogに、ひとりで観たいって書いてある)

しかも、よりによって、今日から上映開始。

というわけで、私はさっそうと、としまえんにやって来たって
わけである。

といっても、この物語、知っているのは予告編の、
「理由なんて、愛ひとつで十分だ」っていう
キャッチフレーズだけであって、どんな内容なのか
全然知らない。

小林聡美&もたいまさこっていうキャストだから、
なんとなく「かもめ食堂」的癒しムービーだろうという
予想だけ。

始まってみると、やっぱりかもめ食堂的な感じで、
あんまりBGMもなければセリフもほとんどなく、
静かに淡々と物語は進んでいく。

登場人物同士も最初のうちはほとんど会話をせず、
だからなんのこっちゃ理解するのに結構時間がかかる。

そんな中、なんとなく理解できた範囲のストーリーは
こんな感じ。

タイのゲストハウス(といっても、見ている限り客は
誰もやってこない)で働いている京子の所に卒業旅行と
称してやってきたさよは、実は京子の娘である。

久しぶりに再会した母と娘。

でも、その母は、今、タイで拾った(?)孤児の
ビー君と一緒に暮らしてて。。。

って、パッと見複雑な感じで、これが昼ドラだったら、
「なんなのよ、このガキ!!このくそったれ!」
と、大問題に発展するところであるが、そこはさすが、
「チームかもめ食堂」

娘は当然気を悪くするわけだが、若干すねるくらいで、
ストレートに自分の思いを母にぶつけることはしない。

とはいえ、感情を表に出さない分、娘は常にくすぶって
いるわけで、母にもビー君にも素直にはなれないわけだが、
タイの太陽とか、空とか、そしてプールとか、そういうのに
癒されていくうちに、肩の力が抜け、だんだんと距離が
縮まっていく。

「かもめ食堂」のときと同じく、そこに出てくる料理の
おいしそうなことといったら、それはそれは、軽く
夕飯食べてきた私もじゅるじゅる言っちゃうくらいの
勢いであるが、それより素晴らしかったのは、その
音楽である。

この母は、ギター片手に歌を歌うのが趣味、というのが
設定であり、小林聡美、ギターなんて弾けたっけ?とは
思うが、意外に上手に、60年代の流行歌みたいな
カントリー調の歌を歌う。

これって、もしかしてお父さんの世代ならみんな
歌える歌なのかしらん?

と思うくらい、わかりやすいメロディー、懐かしげな
歌詞であるが、エンドロールを見てビビった。

歌は2曲あるのだが、そのうち1曲、「きみの好きな花」は、
作詞作曲 小林聡美 である。

作詞作曲が初めてとは思えないほど、なんだか夕方に
とってもよく似合う、楽しい中にも少しだけさみしげな、
なんとも言えない素晴らしい曲。

大した場面でもないのに、みんなでプールの周りで
この歌口ずさむのを見ているだけで、よく分からないけど
私はぼろぼろと泣いてしまった。

そしてもう1曲の「タイヨウ」
映画の中で小林聡美がギター弾きながら歌うのも
いいけど、最後に流れてくる女性ボーカルの歌声が、
夕焼けみたいでとてもいい。

家に帰って調べてみると、この女性ボーカルは、
ハンバートハンバートという夫婦Duoの方
らしかった。

そんなバンド、全然知らなかったけど、
検索したら、いくつか動画が見つかった。
どれも素朴で、すごくいい。

そしてエンドロールに、もうひとつ気になることが。

それは、脚本 大森美香

あれ、大森美香ってどこかで見たことあるような。。。

と思ったら案の定。

何を隠そう、大森美香は、あの、
ブザービートの脚本である。

おいおい、ブザービートとこの映画は、
まったく違うじゃないか!
と驚愕して
Wiki先生をのぞいて、私はさらに度肝を
抜かれる。

彼女が脚本を担当した映画
インストール
デトロイト・メタル・シティ
ヘブンズ・ドア
プール

で、デトロイトメタルシティ!

DMC、ブザービート、プール。。。
何をどうつついても、同じ所が全然出てこない。

大森美香、奥深し。

と、まぁこんな感じで、いろんな見方ができる「プール」。
秋の夜長にゆっくりと、癒しを求めて見てほしい。

<秋におひとり様で観たい映画>
・ヴィヨンの妻
・空気人形

2009年9月 6日 (日)

BuzzerBeat賛否両論

「月曜9時は、街からOLが姿を消す
らしいですね」

と、後輩君がつぶやいたのは、ある火曜日の
ランチタイム。

ふ、そんなはずあるわけないじゃん。

と、1ヶ月前の私なら、笑ってやり過ごしたことだろうが、
ここのところ、そうもいかなくなってきた。

バスケと楽器(バイオリン)、という何とも私にフィットした
テーマだから見始めたけれども、もともと好きじゃない類の
ドラマである。
(いや私はチェロだけどさ)
単純にかっこよくてかわいくてさわやかなだけの、
ぺらぺらの薄っぺらい、いかにも「トレンディードラマ」
月9なんて。

お盆に、母も言っていた。
「なーんかこのドラマ、いま一つ何か足りないのよねー」
って。

そして、その時は私も全く同意見だった。
うん、わかくてかっこよくてかわいらしいけども、
なんか、足りない。
と。

それに、やさぐれアラサー的目線からすると、
なにしろみんな、若すぎる

女子高生相手に、「大人の女よ!」
大見栄を切った主人公たちだって、お年の頃は
「2回目の年女」であるところの、たったの24歳

うちの一番下と同じ年である。

たった24歳で、夢追いかけててまだ就職もしていない
アルバイトの分際で、何が「大人の女よ!」だ。
うちの一番下だって、ハローワーク通って、やっとこの前
就職したんだぞ。

それが、である。

それが、お盆が終わって、北海道旅行から帰って来た
頃からであろうか。

なんだか急に、この薄っぺらいドラマが面白くなって
きてしまったのだ。

いや、薄っぺらいのが分厚くなったわけでは断じてない。
あいつらは結局まだ薄っぺらい夢を追いかけ続けて、
手術もしなければ就職もしていない。

展開だって、そんなに意外性のあるもんじゃない。
ドラマが始まったころからなんとなくみんなが気付いていた、
そういうありがちな展開。

自分でも、なんで急にこんなに盛り上がってきちゃったのか
わけが分からない。

それはまるで、莉子(北川景子)のお友達であるところの
麻衣(貫地谷しほり)のセリフ、「私の、理性が・・・」
まったくもってシンクロしているかのよう。

つまり、理性=頭で考える面白い/つまんない、じゃないのだ。
ドラマの展開に合わせて、観てるほうの理性がガラガラと
崩れ落ちてしまった結果、「分かってるけど見たい!」という
中毒性を持ってしまったのである。

そんな自分が、自分ではいまいち赦せていないのであるが、
それでも週末に録画を必死で再生している自分がいる。

なんだろう。それほどまでに私は、現実に餓えているんだろうか。
だから、必死でちゃちいトレンディードラマにのめりこんで
しまうんだろうか。

ってか、ビビるのは、その症状が私だけじゃないらしいということ。
最初の後輩君の意見を裏付けるかのように、私の周りには
「最近特に面白くなった」という賛成意見が大半を占めており、
ということはきっと、私と同じように理性を忘れて現実逃避
したい輩が相当数いるってことだ。

政権争いに翻弄され、結局日本の行く末はまだよく見えなくて、
仕事は忙しいのに頑張っても何に跳ね返ってくるわけでもなく
単純に疲労がたまって。。。

そういう、報われないから現実逃避したい寂しい社会人が
増えてるから、こういう薄っぺらいドラマがはやるんだとしたら、
この国はそろそろ末期症状じゃなかろうか。

なんて、話が重くなってしまったのはきっと、このBlog
書きながら見ていた、「官僚たちの夏」のせいです、きっと。

こういう重々しいドラマは、理性的に好きなの。
理性的に、ね。

明日も、仕事がんばろー。

2009年8月 1日 (土)

おひとり様映画館@六本木

おひとり様映画館、といえば、ノーメイクで
徒歩でとしまえん、っていうのが基本動作
であるが、本日の私は、きっちりメイクして
電車乗って。。。

たどり着いたのは、夜の六本木であった。

しかしながら、慣れない六本木。

朝のうちは早めに行ってお買い物とか、などと
考えていたのだが、慣れない土地を一人で
うろつくのが怖くなって、というよりもめんどくさく
なってしまって、結局私は六本木の街中を
足早に通り過ぎ、とある路地に入った。

ところで、なんで怖がりかつめんどくさがりな
私が一人でこんなところまで映画観にやって
来たからというと。

それは先週の週末のこと。
私は2連チャン英会話、という強硬手段に
でていた。
(だって、早めに使わないとまた使い切らないうちに
1年たっちゃうかもしれないから)

1日目。
最近は私の専属みたいになってるおばちゃん
ティーチャーに聞かれたのは、
「今日土曜でしょ?このあとどうするのさ」
っていう質問であった。

土曜日、といえばチェロのレッスンである。

その前の週はバスケ合宿で休んでしまって、
まだほとんど初心者だというのに、私は
勢い込んで言ってしまった。
「このあと?もちろんチェロのレッスンさ!」と。
(いや、そんなフランクに英語使えるほど上達してないけど)

そのあとは通常通りレッスンをみっちりやって、
おばちゃんティーチャーに
「Have a nice cello lesson!」とエールを送られて、
この日の英会話は終了。

そんな2日目。

その日は、「ここに来る前は何してたの?」
聞かれ、正直に「・・・26時間テレビ観てまして」
つまらなそうに答えた私がかわいそうに思われた
のだろうか。

「そうそう。いい映画があるのよ」

と、ティーチャーはWiki先生のページを引っ張り
出してきた。

その映画は、おばちゃんの国でいうところの、
いわゆる原題を「The soloist」っていう名前の
映画であり、邦題を「路上のソリスト」と言った。

これは、Based on a true storyなのよ、
とおばちゃんは言った。
ホームレスのチェリストと、コラムニストのお話なのよ、と。

私がチェロやってると聞いて探してくれたのか。
もともと知っている映画だったのか。

なにはともあれ、おばちゃん先生に教えてもらった
からには一度観にいってみよう。

と思って私は土曜の夜の六本木に一人、
出かけて行くことになったのだった。

他の場所でもよかったんじゃないかって?
慣れてる新宿とか池袋とか?

・・・ないのだ。

アメリカでは結構はやっていたらしいのだが、
日本では、東京では、この時期は六本木でしか
やっていないというのだ。

しかも六本木の映画館ったって、ヒルズの
シネコンとかじゃなくて、路地を入ったところの
なにやら韓国映画ばかりやたらとやっている、
小さなさびれた映画館

さらに、さびれた映画館でも特別小さいスクリーンに
この映画は本日から移動したようで、入ってみると、
たったの6列約50席。

スタッフが完成試写会に使うような小さなスクリーンが
それでもほぼ満員になったころ、映画は始まった。

LAタイムズの売れっ子コラムニストのロペスは、
ある日、公園で2本しか弦のないバイオリンを
弾いているホームレスに出会う。

そのバイオリニストは話し方はなんとも奇妙だった
けども、その演奏に激しく感銘を受けたロペスは、
記事にしようと彼のことを調べ始めるのだが、
その中で、彼はもともとバイオリニストじゃなくて、
チェリストであり、しかも、天才とまで呼ばれていた
人物だったことに気づく。

ロペスが彼のことを記事にすると、読者から
チェロが送られてきて、ロペスは彼にその
チェロをプレゼントし、さらには生活支援のため
施設に入れて、チェロを習わせ、病院の診察を
受けさせようとし・・・

このチェリストがホームレスでいるのは、
お金の問題もあるんだろうけど、大きなのは
精神の問題である。

チェリストを目指す中、彼はプレッシャーに
押しつぶされて、かなり精神を病んでいた。

だから彼と話のつじつまを合わせるのは
かなり難しいし、施設に入るのも家に住むのも
病院に行くのも嫌がるのだ。

結局、ロペスのやったことは、チェリストにとって、
助けになったのか、それとも単なる余計な御世話
だったのか

Soloistという題名だが、この彼が音楽をやっていた
ときは、決してソリストだったわけではなく、
オーケストラの団員だったわけで、だから、ここで
いうSoloistとは、彼の演奏スタイルのことを言って
いるのではない。

それは、きっと、彼の生活スタイル。

ホームレスで、家族とも連絡を取らず、誰の
支援も受けず、ひとりで生きてゆく、彼の
孤独さを表した言葉が、おそらくSoloistだったのだと
思う。

そんなチェリストが、コラムニストとつながりを
持つようになり、孤独さは解消されていくように
見受けられるが、はたしてそれが彼の求める
生き方なのか。

ベートーベンの協奏曲をBGMに、彼の生活
改善は進んでいくが、彼の精神状態はぶっちゃけ
あまりよくなったようには見えず、映画の終わりに
なっても、問題の根本的なところはいまいち
解決してないんじゃないかと思われる。

英会話のおばちゃんは、この映画はチェリストの
映画だと言ったが、どちらかというと、これは
ロスのホームレスの現状を描いた物語

ロスのホームレス人口は約9万人。
ホームレスを取り囲む問題はドラッグやら
街の治安やらさまざまな問題の温床に
なっている。

だからと言って、彼らは本当に生活の向上を
望んでいるのか。
それとも何にも縛られない自由な生活を
求めているのか。

そういえば、誰かが、「しあわせの所在地」
って言葉を使っていた。

結婚するのが幸せなのか、それともバリバリ
仕事していくのが幸せなのか。

ホームレス問題っていうと難しいけれど、
よく考えたら、そんな「しあわせの所在地」問題は、
私のすぐ近くにも忍び寄ってきていたのであった。

音楽はあまりにもクラシックすぎるし、オケ曲ばかり
であったので、あんまりチェロの参考にはならなかった
のであるが、ひとりでじっくり考えるのには悪くない
映画ではある。

さて、そんな2時間後。
すっかり暗くなった六本木を私は来た道を足早に、
そして忠実に戻ってすたすたと家路に着いたのだった。

なんだかんだ言って、私だってSoloistなんだよな、
とか思いながら。

2009年7月26日 (日)

久方ぶり映画三昧

バスケ合宿翌日の朝8時30分。

本来なら日本国民としてはもれなく海に出かける
はずの休日であるが、昨日山奥から都会に
帰って来たばかりの私は、コンクリートジャングルの
新宿をひた走り、とあるビルに駆け込んだ。

人ごみをかき分けてエレベータに乗り、向かった先は、
映画館

一昨日から昨日の午前中まではバスケ合宿
そのあととんぼ返りして友達の2次会、という
ハードスケジュールの上に、3連休の最終日は
朝から映画鑑賞と相成ったこの日。

朝の映画は、私のたっての希望により、
剣岳~点の記~

若干平均年齢が高いと思われるシアターは、
年齢のせいなのか、朝8:40だというのに満席。

それにしても、私は映画が始まった直後、
予告編で大きな間違いをしていたことに気づいた。

この映画のメインキャストといえば、浅野忠信と
仲村トオルであり、私はこの渋面たちが連れ立って
剣岳の頂上を目指すのかと思っていたのだ。

しかし、実際のところは、

浅野忠信率いる、日本古来のやり方で、
日本陸軍の誇りをかけて前代未聞の登頂に挑む、
“やる気があればなんでもできる派”
の、陸軍陸地測量部と、

仲村トオル率いる、エウロパの最新登山様式を
取り入れ、西洋風おされ様式で登頂に挑む、
“西洋かぶれテクニック偏重派”
日本山岳会

初登頂対決の様を描いた映画であったのだ。

だから、荷物たくさん持って、汗水たらしてひぃひぃ
山を登る浅野軍団の前に、奴らは涼しい顔して
現れるのだ。
スウェーデンから持ち帰ってきたクッキーのカンカン
など持って、「お一つどうですか?」とか言いながら。

景色は、苦労しただけあって、期待を裏切らない
素晴らしいものである。
特に、山育ちの私には、久し振りの美しい雪山は、
何とも落ち着く光景であった。

だけども、お話は、構造が分かってしまうと、
私のような若造にはちょっぴり刺激の足りない
出来であり、昨日、一昨日と朝から晩まで
ひたすら遊んでしまった私としては、不覚ながら、
微妙に。。。寝た。

しかしながら、男だらけのキャストの中で、光っているのは
何と言っても宮崎あおいちゃん

山に行ってなかなか帰ってこない浅野忠信の帰りを
ひたすら待つあおいちゃん。
だから東京に浅野が戻ってきたときは、あおいちゃんは
ずーっと浅野によりかかってお話するのだ。
その愛らしいことといったら。

そして、そんな変な話はしていないのにもかかわらず、
旦那の前では、あおいちゃんはなんだか少し、色っぽい
声を出す。
しかも浅野の耳元で。

すばらしい。ほんっとうにすばらしい。

物語はどうであれ、山の壮大さとあおいちゃんを見る
だけでも、この映画を見る価値はあるのだと思った。

さて、剣岳後、食欲旺盛の私は、スープとサラダしか
食べれないという夏バテ気味の友達を差し置いて
無心にパスタを平らげ、お腹いっぱいになったところで
映画館に舞い戻る。

実は、こんな朝っぱらから1本映画を見たのには
大きな訳がある。

もともと、本日の映画は、友達の「アマルフィ見たい」
から始まったわけであるが、私はぶっちゃけ、
全編イタリアロケだけが売りの、単なるおされ映画
あるところの50周年記念映画にはまったく興味が
なかったわけで、だから交換条件として、
「そんなにアマルフィみたいんだったら、代わりに
剣岳にも付き合えよ」
と言ってしまったことにより
こうなっているわけだ。

だから、若干剣岳が期待はずれだったとしても、
ここで帰るわけにはいかないのだ。

そんなこんなの事情で、ご飯でお腹いっぱいで
またもや若干眠気が襲ってきた頃、織田裕二が
イタリアに降り立った。

イタリアに赴任した外交官(ってことになっている)
であるところの織田裕二(=黒川)は、赴任早々、
邦人の娘さんの誘拐事件に巻き込まれることとなる。

でも、本当は、その誘拐事件は単なる誘拐事件
ではなくて、織田裕二がイタリアに来るきっかけと
なったテロ予告と密接に絡み合っていて・・・

っていう映画なんだが、私は、この、おされっぽいから
なんとなくイタリア
、っていうそのなめた態度がなんとも
気に食わなかった。

何もイタリアじゃなくてもよかっただろうと。
テロ予告なら、南米とかアフリカとか、いかにも
ありそうなところでロケやればよかったじゃないか。

でも、映画が始まった直後に大きく映し出された
コロッセオを見たとたん、現金な私は思った。
「ああ、やっぱり映画ロケやるなら、イタリアだよな」
と。

その後も、映画は、スペイン階段やらバチカン市国やら、
私の大好物の風景を交えながら、それでも深刻な
テンションで進んでいく。

話の流れも、まぁありがちではあるが、若者にはお似合いの
刺激的で眠くならない展開であり、若干ミーハーむけな
イメージはぬぐえないまでも、思ったより、よかった。

その中でもよかったのが、特別出演の福山雅治である。

織田裕二の友達(ってわけじゃないな)であるところの
新聞記者という、いわゆるチョイ役であるわけだが、
常に女を小脇に抱えて余裕綽々でやってくるあの
涼しげな目とくしゃくしゃパーマに私は完ぺきにやられて
しまった。

そんなこんなで、あおいちゃんと福山でお腹いっぱいに
なったころ、映画2本立ての海の日は終了。

やっぱり女子も男子もイケてるのに越したことは
ないよなー
、と、結局当り前の結論に達した私は、
さわやかな気持ちで英会話教室に向かった。

2009年6月27日 (土)

闇の子供たちと移植法改正

たまには、真面目なお話。
(ほんとたまにだな。。。)

6月のある土曜の真夜中。
見る映画もなくなってしまい、しかも外は雨。

というわけで、梅雨の味方、おひとり様DVD
楽しんでいたわけだが。

見ている映画の内容は決して楽しいものではなく、
私はあまりの恐ろしさに戦慄し、泣くこともままならず、
ただただ口をひきつらせてその映像に見入っていた。

といってもホラーじゃない。
私の見ていたのは、どちらかというと淡々と
ドキュメント的に進行する、「闇の子供たち」

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話にはまったく飾り付けもされておらず、淡々と
進行していくのだが、話の中身はかなりディープだ。

この映画が描き出すのは、アジアの貧困層の子供たちの、
おそらく現実。

貧困層の子供たちは、自分以外の家族のため、
日本では大したことのないような金額で売春宿に売られて
ゆき、主に海外からやってくるいわば変態セレブに好きな
ように扱われて、病気にかかれば生きたままゴミ袋に
詰められて捨てられる

そして、病気にかからなくても、体に問題がなくても、
日本の子供の病気を治すため、親が大金をたたけば、
貧困層の子供たちは生きたまま手術台に
乗っけられるのだ

そう。生きたまま
心臓を移植するために。

生きた子の心臓を移植するってことはどういうことか。
そんなこと言いたくもない。

病気で捨てられた姉はゴミ捨て場から無理やり這って
家まで帰ってくるけど家に着いたところで息絶えて、
体は元気な妹は、手術台に乗っけられ。

最後、息絶えた姉を葬るときの母親の後悔の
号泣が、なんとも痛々しかった。

そんな映画を見終わるとすでに朝3時。
でも映画の中身が中身であるだけにうまく
眠れず、寝不足のままなだれこんでしまった
とある平日の朝。

寝ぼけまなこでテレビ見ていた(ってか聞いてた)
私の耳に、飛び込んできたのは、移植法改正
ニュースであった。

もともと、「闇の子供たち」みたいになってしまって
いたのは、日本では15歳以下の子供から移植
してもらっちゃいけない
っていう法律があるからであって、
もし15歳以下の子供だって移植していいってことに
なれば、アジアの貧困層の、生きた子たちから心臓
もらうなんてひどい事態にはならないはずなのだ。

DVDを見て、激しく衝撃を受けていた私は、4つ
案があると聞いて、即座にA案に賛成した。

そういう私みたいな国会議員さんが多かったんだろうか。

審議の進め方の問題で、A案は廃案になるんじゃないか、
っていう、マスコミの大方の予想を激しく無視して、B、C、
D案の説明を聞くまでもなく、その日の国会では即A案が
衆院を通過した。

そうだよな、どう考えてもA案だよな。
これで闇の子供たちはいなくなるんだよな。
よかったよかった。

っていう私の考えは、あまりにもありきたりかつ急ぎすぎ
だったんじゃなかろうか、って気づいたのは、翌日の朝のこと。

インタビューに答えていたのは、脳死状態になっている
自分の子供を何年も面倒見ているお母さん。

お母さんは言うのだ。
「うちの子は心臓動いてるのに、死んだって言えるのか」
「死んでないのに移植するのか」
って。

死んでないのに移植するのか、っていうのは、
私がDVD見ながら思ったこととまったく一緒じゃないか。。。

死ぬってどういうことなのか。
そこまで全然考えてなかった私は、すがすがしい
はずの金曜の朝、解けない疑問になんだか追いつめられる
ような気分になったのだった。

そうしてとりあえず衆院を通過したA案は来週参院の
議題にあげられるわけだが、さてどうなるんであろうか。

さて、私は、参院に入る前のこのタイミングで、
同じく子供の移植禁止という闇を違う視点で描いた、
野沢尚の「リミット」でも、読み返してみようか、と
思ったりしている。

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言っておくが、こっちも、その辺のホラーより、
全然恐ろしいので、こういう映画や本は、きちんと
覚悟決めてから見たり読んだりしたほうがいいよ。

2009年6月 7日 (日)

ウサギとブタとペットと家畜

それは3年前のとある夏の暑い日。
妹がある日突然、実家にウサギを持ち込んだ。

そのとき、父は言ったそうだ。
「なんだそれ、食べるのか」

地元の人が作った歌に、
「うさぎおいしかのやま」っていう歌詞があるが、
あれは食べるためにウサギを追いかけているので
あるからして、食べるのが当たり前なんだ、と
父は言い、今でも実家に来て「ウサギかわいい!」
とかはしゃぐ輩に必ず言うのだ。

「食糧難になったら食べるんだ」と。

そんなことを言われて、いつもおびえているのであろうか。
そのウサギが、なんとも生意気で、家族に全くなつかない。

だっこしてやろうとすれば大暴れしてひとの手に
噛み付き、夜の散歩を終わらせて小屋に返そうと
しようものなら、手足をばたばたさせて最大限の
抵抗を試みる。

そんな生意気な態度に業を煮やしたのか、
時々、飼い主である妹すら、物騒なセリフを吐くのだ。

「そんなことしてると、食べてやるぞ」と。

こいつら、なんて残酷な生き物なんだ、と、
たまにしか実家にいない、半分部外者の私と
しては思うのだが、まぁ、生き物を飼うってことは、
ときどき喰ってやりたいくらい、大変なことなのであろう。

なんていう家族の情景を思い出したのが、
「ブタがいた教室」

6年2組の担任になった新任教師であるところの
ブッキー先生が、ある日突然クラスに豚を持ってきて
いうのだ。

「これからこのブタをみんなで
育てて、最後に食べよう」
と。

ブタがあまりにも愛らしかったものだから、クラスのみんなは
とりあえずこのブタが飼える!ということにはしゃいですぐに
OK。

ブタに名前をつけ、ブタと一緒にサッカーもすれば
花火大会もやる。

秋には一緒に運動会、クリスマスにはプレゼントを
贈る児童まで出てくる始末。

でも、卒業が近づくに従って、最初の目的であるところの
「食べる」を、実行するのかしないのか、の決断を
迫られて。。。

「ペット」「仲間」「クラスメート」「家族」、そして、「家畜」

なんとなく名前をつけちゃったあたりから、このブタは、
みんなの「ペット」もしくはそれ以上の存在になってしまった
ようなかんじがするが、それにしても3月になればみんな
卒業しちゃうわけで、そのあとの責任はどうするのか。

かといって、他の「家畜」と同じように、Pちゃんが肉に
なって出てきたら、平気な顔して食べることができる
だろうか。

台本がきちんとあったのかなかったのか、児童たちは
学級会ではかなり本気で話し合い、気づけばみんな
大粒の涙を流していて、見ているこっちも胸が痛い。

そういえば、ウサギを購入してきた妹のクラスでは、
1年生の時からモルモットを飼っていた。

最初は3、4匹だったと思ったが、メイちゃんっていう、
超子供のできやすい(?)モルモットがいて、気づけば
教室中モルモットだらけ。

小屋替えるのも小学校低学年のあの子たちには
大変だったろうし、教室もいつもどこかけものっぽい
においがしていたのを覚えている。

それでも、教室になにか生き物があるのは、
教育においてはとても大切なことなのだと思う。

土日とか夏休みは誰が世話するのか、とか
児童が自主的に決めて行くのはクラスの秩序
づくりにすごく役立つし、こうやって役割分担を
決めて行くという作業は、大人になって絶対に
役立つことだ。

それに何より、生き物が死んで悲しむ、とか、
生まれて喜ぶ、とかいうのを通じて、クラスが
1つになっていくのはとても素晴らしい。

まぁ、じゃあそれが手間のかかる生き物じゃなきゃ
いけないかっていうと、うちのクラスはみんなで田んぼ
1つ借りてお米作ってたわけで、あれも夏休みの
水の世話とか、草刈とか、稲刈りしてもちつき大会
するとか、そういう行事やってクラスのつながりを
深くしていったわけで、そういうやり方もあるんだと
思う。

動物か植物か、というよりは、手間がかかるもののほうが、
クラスの団結が強くなるってことなんだろう。

と、最近の子供たちを見ると、彼らはおそらく
そういう手間のかかるものは持っていないんじゃ
なかろうかと思われる。

どうも周りの会社の方々のお子さんたちの様子を
見ていると、毎日塾通いに忙しく、夏休みはそれに
加えて海外旅行に1週間、とかやってるから、
あの様子じゃあそんな手間のかかるもの、育てるのは
到底無理であろう。

まぁ最近は、大人もライフワークバランス、とか
言って、仕事しすぎずに、自分の時間を大事にしなさい、
ってことで、あまり会社に長くいるのは評価されない時代
だから、子供も同じように、学校にあんまり拘束されないように、
っていうことなのかな、と思う。

思うけど、なんだかなぁ、とも思う。
なんかそれって、ドライすぎないかなぁ。
子供のころからバランスとか言っちゃってんじゃねーよ、
っていうか。

ああ、こんなこと言ってるから、なんかちょっと時代遅れ
みたいになっちゃってるのかなぁ。

・・・・・・・・・・・・

あ、話戻すと、映画としては、映像美とか特にないし、
映画の半分以上が学級会、という、激しく画面展開の
少ないものだったので、ぶっちゃけ映画館でみる必要は
まったくないと思うのだが、ペットと家畜、とか、クラスの
団結と個人の尊重
、とか、そういうことを考えさせられる、
意外に深い作品なんだなぁと思った。

はてさて。
万が一不景気が深刻になって真面目に食糧難に
なったとき、父と妹は、本当にうちのウサギを
食べちゃうんであろうか。

私は・・・
まず、うちのウサギを捕まえることすらできないので、
食べたくても食べる権利すら与えられないであろう。

Usagi

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2009年6月 4日 (木)

おひとり様重力ピエロ

どんより日曜日。
急に降ってきた大雨の中、めがねにすっぴんで、
私はとぼとぼと映画館にむかった。

歩いて20分の映画館まで、雨とめがねが
気になってずーっとうつむき加減で歩いて
行くと、気分はどんより、ズボンはびしょぬれ。

それでも、この映画は見たかったんだよね。

本を読んだのはもう3年も前のことだったんじゃ
なかろうか。

あのときはまさか映画になろうとは思わなかったけど、
今や、なんだって実写化される時代なんだなぁと
思う。

さて、お話の中身は、

泉水と春の仲良し兄弟は、実は半分しか
血がつながっていない。
それは、お母さんの浮気とか、連れ子とか、
そういうありきたりな理由じゃなくて、とある

衝撃的な事情によるもの。
そんな2人が大人になったころ、彼らの住む
エリアでは
不審火事件が続発するのだが、
それが、実は
「衝撃的な事情」と複雑に
絡み合って。

って感じなのだが、これじゃ全然分からないよね。。

こういう解説をしちゃうと、どうしてもサスペンス的な
お話に見えちゃうし、小説もどちらかというと謎解き
的な要素が強いのだが、映画はもうちょっと
「ファミリーのあり方」に焦点をおいて
いたような気がする。
(意外にすぐに謎は解けちゃうし、かなり設定をいじくられて
いる感は否めない)

まぁでも、小説の中ではトリックは結構複雑に入り組んで
いるから、2時間で本気でサスペンスに持って行くのは、
現実的には無理があると思われ、だからそれはある意味
仕方ないと思われた。

それにしても、この小説に出てくる男性陣はとても魅力的だ。

心優しきよわっちいお兄ちゃんの泉水。
(私は、どんな人がタイプ?と聞かれると、
即座に「よわっちい人!」と答えてしまう癖がある)

ちょっと暴力的で危険なにおい漂う、それでも
邪悪は絶対に許せない、根っこは優しい春。

(危険なにおいの漂う男にも、実は弱かったりする。
それになんといっても春はイケメンだ。)

そんな中、私が一番好きなのは、お父さんだ。

一見、華もなく、弱々しい印象だが、複雑な事情を
抱えた家族を、その細っちい腕で、目立たないけど
必死で支えていて、その覚悟には頭が下がる。

お父さんの覚悟をよく現しているシーンがある。
「衝撃的な事情」により、春を妊娠した母親が、
妊娠したことを告白するシーン。

===
「母さんから妊娠のことを知らされた時、俺は咄嗟に
相談したんだ」
父がそう言ったことがある。

「相談って誰に」

「神様に」それから、苦い果物を噛み砕くような表情をした。
「笑うだろ」

(中略)

「で、返事はあったわけ」

「あった。声が聞こえた」

(中略)

「俺の頭の中に怒鳴り声が聞こえた」

「神様が怒鳴るとは。何と言ってきたわけ」

「『自分で考えろ!』」

「は?」

「『自分で考えろ!』ってな、そういう声がしたんだ」

私は噴き出した。「無責任にもほどがあるじゃないか」

「だがな、考えてみると、これは神様の有り方としては、
なかなか正しい」

「そうかな」

「おれは即座に決断した。自分で考えたんだ」

====(小説より)

そうして、即座にお父さんは、「産もう」と決断し、
複雑な家族を即座に支えていこうと覚悟する。

分かりやすい優しさをつい求めてしまいがちだけど、
こういう地味で目立たないけど、全部背負ってくれる
覚悟をもった男は素晴らしい、とか思ったりした。
(なかなかいないのよね)

あと、キャストとして魅力的なのは、「夏子さん」
っていう、春のストーカー。

最近、ちょいちょい出てくるけど、この吉高由里子って
いう女優は、出たてのブリグリに似てる顔が私の
好みって言うこともあるけど、存在感がすごい。
あんまり軽々しいトレンディードラマには合わないのかも
しれないが、ちょっと影のある役がすごくいい。

そして、雨の弱くなった帰り道をひたひたと帰りながら
私は思った。

こういう映画は、まさしくおひとりさま用だ、と。

「ファミリーのあり方」がテーマではあるけれども、
家族の事情がほんとに複雑であるために、本気で
家族で見に来ちゃったりした日には、2日くらい
目を合わせられないような気もする。

それに、「衝撃的な事情」が事情なだけに、
カップルで来ても、そのあと夕飯食べながら、
ニッコリ笑って「よかったよねー」とか無邪気に
言えるような話でもない。

そういう意味では、まさしくおひとりさま用ムービー
であると。

いやー、いい選択したなぁ。

と、おひとりさま映画館のあるべき姿にたどり着いた
私は、行きとは違って堂々と胸を張って、ひとり
家路に着くのであった。

あ。あと、余談だが、最近私は春であるところの
岡田将生君に気づけばはまっている。

3月のホノカアボーイといい、今回の
重力ピエロといい。
そして、見逃しちゃったけど、きいちゃんと2人で
やったハルフウェイもとても見たかった。
(あれ、きいちゃんと岡田君って、どっかの月9
同じ組み合わせじゃないか)

でも、どの映画でも、岡田君のキャラクターは
それぞれ全然違って、そんな一貫性のなさ
すごく良い。

・・・ま、でも、ホノカアボーイの岡田君か重力ピエロの
岡田君か、といわれると、迷わず私は重力ピエロだな。

ホノカアボーイの優しいだけで芯のなさそうな男より、
冷たくてそっけないけど一本芯のとおった、ちょっと
危険な空気の男。

そういう男には興味持たれないのが常なんだけど、さ。

2009年5月18日 (月)

おひとり様映画館~人生の終わり方~

なんだかもう癖になってしまった。
空っぽの休日の朝、まだ眠い頭で、ぼおっと
映画を選んで、それに合わせて1日のスケジュールを
たてる
、そんな生活が。

月曜日なのに空っぽの休日だったのは、
昨日がまたしても友達の結婚式だった
からで、だから私はただでさえ空っぽなのに、
いつもにもまして人生が空しくて、若干鬱ぎみで
朝から映画を選んでいた。

レッドクリフ天使と悪魔も見たかったけど、
こういうエンターテイメント性の高い映画は、一人で
見るには適さないと思ったし、こういう空っぽな時に
見るようなもんでもない。

どうしよっかなぁ。

と思ってると、下のほうでやっと本日の空気に
あった映画を見つけた。

グラン・トリノ

大してあらすじも知らないし、思い入れもなかったけど、
こういうじっとりと、そしてどっしりとした空気の映画が、
今日の気分に合ってるんじゃないかと思ったんだ。

そんな初夏の陽気の午後3時。

スクリーンに集まった人数は15人程度。
そのうち8割方が、人生の終わりが近いと思われる
夫婦だったのは、平日の真昼間だったから、だけでは
ないであろうと思われる。

その映画が、人生の終わり方をテーマにしたもの
だったからであろう。

クリント・イーストウッド演じる、人生の終わりを
間近に控えた老人は、古くて偏屈で、息子をはじめとした
周りの人たちからもれなくうざがられているわけだが、
それが、ある一人の異民族の少年やその家族との交流の
中で、変わっていくのだが、その家族はチンピラに目を
つけられており、危険にさらされて、さて、そのとき老人は
どうするか。

っていう感じだ。簡単に言うと。

物語の大きなテーマが人種差別、っていうのは、
日本みたいな単民族国家にいると、正直よく
分からない。

それゆえに、映画の最初はとにかくとっつきにくい。

アジア系の民族にいちゃもんつける老人には、
かなり反感を抱くところもある。

でも、映画の前半は、そんな中にも民族の風習みたいなものが
ある意味ちょっとコミカルに作られていて、隣のおばあさまが
楽しそうに笑っているのが印象的であった。

そんな中、アジア系の少年とその姉に言ってみれば一方的に
尊敬されてしまった老人は、少年に仕事を教え、そして同時に
人生を教えていく。

そして、ばらばらになってしまった自分の家族よりももはや
かけがえのないものになった少年の家族が危険にさらされた
とき、老人は究極の方法で、人生=生と死について
教える。

重い。とっても重い。

エンドロールが流れる中、ジュルジュルと泣きながら私は
思った。

こういう気分なときにこんなもの
見るんじゃなかった
と。

こんな沈んだ気分の時に、こんな重い映画観るんじゃ
なかったと。

悪くない。映画としては悪くない。
クリント・イーストウッドの年だから作れるであろう
深さが、そこにはある。
(ちょっとバイオレンスすぎる印象はあるけども)

だけども、こういうのはもうちょっと、精神的に
安らかな時に落ち着いてみるもんだ。

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さて、外の天気とは全然そぐわないほど沈んだ気分になって
しまった私は、気分転換にゆっくりとひと駅歩いて、電車に
乗り込んで・・・

バッティングセンターに向かった。

あ。バッティングセンターは1人じゃないです。
あしからず。

<ここから先観たい映画>

(not おひとりさま)
レッドクリフ
天使と悪魔

(but おひとりさま)
剣岳~点の記~
重力ピエロ
愛を読む人
プール

・・・あれ、おひとりさま用のほうが多いな。。。

2009年4月12日 (日)

おひとりさまレイトショー

本来であれば、箱根で飲んだくれているはずだった
土曜の夜10:30。

諸事情により小旅行がキャンセルとなり、
あまりの手持無沙汰に我慢がならなくなった私は、
おひとりさま映画館の上級者バージョンとして、
おひとりさまレイトショーにやってきていた。

いや、別にレイトショーが目的だったわけではなく、
もう上映が終わってしまうホノカアボーイ
見ようと思ったら、上映が1日1回、しかもレイトショーのみ、
という悲惨な状況になっていたのだから、仕方ないの
である。

早めに家を出て、ひとりで回転寿司を食べ、
昼間の暖かさとは一変した寒さに凍えながら
シアターに入ったが、客は約10人強。
どうやら、レイトショーである上に、隣のシアターの
ドロップに客を取られまくった結果であるようだ。
(ちなみに私は不良映画には全く興味がない)

その中でも、ひとりでのこのこやってきているのは
私だけのようであり、もう入った瞬間から半分
やけくそである。

でも、映画の最初のほうで、Beeさんが
私にエールを送ってくれたのだ。

「人間は、みんな一人です。」

そうそう。
そのとおり。
だから、おひとりさまでレイトショー来たって、
全然悪いことはないのよ。

「・・・だから、くっつきたくなるん
ですけどね」

あ。はい。
そうです。
それもまた、真なり、ですね。

私だって、くっつきたいのはやまやまなんですけどね。

そんな感じで、ホノカアボーイには、
人生の教訓みたいな名言がちりばめられている。
それはきっと、出演者の平均年齢が異常に高いからだ。

言っておくが、この話、物語の大筋としては、
本当にありがちだし、特別なことはなにもない。

だから、大事なのはディティールなのである。
神は、細部に宿る、だっけか。

それは、あの海と空であったり、ちょっぴり
ウェットでかわいらしいジョークであったり、
Beeさんのかわいらしい衣装であったり、
そしてなんといっても、Beeさんの作る料理
であったり。

そういうものが魅力的であればそれで満足、
と思える人は見に行けばいいと思うし、話の
本筋重視の人は行かなきゃいいと思う。
そういう映画だ。

私は・・・
まぁ1800円だったら行かなかったな、って
思う程度だろうか。
ま、今回はカード特典で無料で見れたのだから、
私はかなり満足だったけども。

しかしそんな御託並べても、結局のところ、
私は映画が始まって5分も経っていない時間に、
南国の海と空を久しぶりに見てしまっただけで
結構号泣していたわけで、こんな状態で観る価値が
あるとかないとか語れるような立場じゃないんだけどさ。

ちなみに私は、南国には思い入れはあるけど、
ハワイには行ったことがない。

でも今回もそんな感じで泣けたので、結婚式ラッシュで
なんとなく少し落ち込んでた私は、真夜中にちょっと
元気になって、南国の空とは全然違うすっからかんの
東京の空を見上げながら、鼻歌まじりで帰ってきた
のだった。

そして最後に。
これからも観たい映画は山ほどあるけども、
別に私はそれらを一人で見ようと最初から思っている
わけでは全然ないので、映画を見たくても一緒に
行く人が見当たらない人は、強がらずに私を誘えば、
不良映画とアクション映画以外だったらたぶん私も
その気になると、思われますよ。

あ。一番強がってるのは私だ。きっと。

2009年3月22日 (日)

ジェネラル・ルージュ

小春日和の土曜日。
せっかくの3連休なのに昨日の休日出勤以外はとくに
やることもなかった私は、先日の宣言通り、早速、
たった一人で家から歩いてとしまえんの映画館に
やってきていた。
(お前、何週連チャンで映画観てんだよ!っていう苦情は
受け付けません)

特にすんごい観たい映画があったわけじゃないんだけど、
3連休、休日出勤とか人の結婚式の準備ばかりじゃ
つまらない。
なんか自分のためになることをやらねば、と思って
衝動的に朝映画館のWebを観て、観たいけども誰を
誘ってもあまりのってこないだろう、というやつを
選んだら、「ジェネラル・ルージュの凱旋
になった。

なぜ誰ものってこないと思ったかって。
それは、1年前のこと。
私と友達は、「チーム・バチスタの栄光」で、
同じ白鳥・田口ペアに痛い目にあわされて
いるからだ。

それなのに、もう一回観に来てしまったのは、
白鳥・田口ペアのためじゃなく、速水先生
堺雅人だったからだ。

ジェネラル・ルージュが堺雅人だなんて、
TBSもなかなかツウな配役をしてくれる。

そんな期待と諦めがないまぜになったなか、
映画は始まった。

映画はなんというか、やっぱり田口先生が
若くて女子、という大きなハンデを抱えている
ところもあって、周辺情報は原作とかなり
かわっている。

たとえば、田口先生速水先生は原作では
同期だったのに、映画では初対面だし、
リスクマネジメント委員会と倫理委員会は
映画ではごっちゃ混ぜになってしまってるし、
ワープロ打ちの告発文書はなぜか白鳥
ところに届いちゃうし、よく分からないけど
周辺で殺人事件まで起こってしまうわけで。

そこに、冒頭はやっぱり結子タンのソフトボール
シーン
がお決まりのように入ってしまっており、
原作愛好者としては「なめてんのか」と思う
ところもまぁ多々あるわけだが、今回は、肝心の
物語の芯のところはちょっと悔しいけどしっかりと
伝わってきて、なんというか、最後にやってきた
ドクターヘリを見ながら、私は一人で号泣して
しまった。

そして、そんな速水先生の奮闘ぶりを見ながら
私は一昨日の送別会のことを思い出していた。

早期退職ってことで、若干早めに退職することと
なった、新米のころお世話になった課長さんは、
わがままな若者たち(といっても彼らもいい大人の
年だったけど)
を影から支えて、好きなようにさせて
くれる、この映画で言うと、ちょうど
花房看護師長みたいな役割の課長さん
であった。

だから、そんな課長さんにお世話になった人々を
集めてみたら、次から次へとわがまま
ジェネラル
みたいなおっさんたちがわらわらと
やってきた。

そんなわがままジェネラルたちのかつての
やんちゃな話を聞きながら、私はふと思ったのだった。

最近、こういう人たちが少なくなってきたなぁと。

私が新入社員だった頃には、良くも悪くも、
わがままジェネラルなおじさまたちが、周りに
たくさんいたのだった。

でも、ほんとうに悪いだけのおっさんもいたけれども
彼らの多くは、1つちゃんとした信念をもっていた。

そして、それを実現するためなら、多少常識から
外れても、人に迷惑かけても、敵を作っても
かまわないくらいの気概が感じられたのだった。

それはまるで、多少規則から外れても、
「ひとりでも多くの人を救う」ために爆走する
速水先生のように。

それが最近はどうであろう。

法律だ、コンプライアンスだ、と周辺環境に
振り回されて、おっさんたちが、なんとチキン
なってしまったことであろう。

若いころは持っていたはずの信念が、周りの
厳しい環境に締め付けられてどこかに飛んで
いってしまい、「この案件は、リスク高いから、
やめようね」
っていうセリフばかりが耳に付き、
でも、会社自体がそういう環境に振り回されて
チキンになってしまっているから、そんなセリフを
はいちゃうようなチキン上司ばかりが出世して、
その下の若者たちもそれを見習ってどんどん
チキンが増えていく。

それはまるで、
黒崎教授→沼田教授→小峰準教授
の負の連鎖のように。

世のチキンたちよ、常に退職願を胸ポケットに
入れて仕事する、速水先生のような気概を
見習え!

沼田先生と三船事務長の自己保身のためだけの
計画が暴露された時、私はそう、心の中で叫んだ。

そして、映画の最後、速水先生はどうなるのか、
というのは、ここでは内緒にしておくけど、
私がとってもすっきりして映画館を出た、という
ことだけは言っておこう。

それにしても、ひとりで映画観ると、あんまり人目を
気にせずに泣けてとてもストレス発散になる。
なんか癖になりそうだな、おひとり様映画館。

あ。あれ。
そういえば、私、おひとり様は好きじゃないって
言ってから、まだ半年もたってないような。。。

お、おかしいな。

あ。そうそう。
別に、2人で観に行っても号泣できるくらい
心を許せる人がいれば、全然2人で映画行っても
大丈夫だし、そうしたいのはやまやまなのよ。

心を許せる人がいれば、ね。

2009年3月15日 (日)

ムービーウィークエンド(その2)

さてさて。
あの別次元のドラゴンボールの話はきれいに
忘れて、本来のレビューに戻ろう。

ドラゴンボールから1週間前の土曜日のこと。
あまりの小春日和と、久し振りの妹とのデートが
うれしすぎて、フリフリの春物のスカート引っ張り出して、
おろしたてのスプリングコートで20世紀少年を
観に行ったのだった。

そしてロックな音楽とともに始まった
20世紀少年 第2部

全3作のうちの第2部だから、1部と3部のつなぎって
ことで、コミックを読んでいない私たちにとっては、
真相も分からなければ、ものすごく大きな事件も
起きない(あ、あったのかな)ってことで、なんとも
辛抱の第2部であったのだが、すごかったのは
なんといっても小池栄子だ。

小池栄子がやっているのは、「ともだち」の部下である
ところの高須っていう役なのだが、これが見事だ。
見事に気持ち悪い

もともと顔は気持ち悪いと思ってるんだが、
「ともだちランド」という、どこかのネズミの国みたいな
アミューズメントパークのアトラクションのおねいさんを
あり得ないテンションでやっていて、その気持ち悪さの
半端なさといったらすごい。

それにしても。
この話、やっぱりちゃんとコミック読んでから行かないと、
登場人物が多すぎて頭がついていかない。

しかも、ただでさえ人が多いのに、その人の子供
時代の話まであるわけだから、子役との整合性が
とれなくなって、「あのお面をつけてる子供は結局
誰だったの?」
みたいな話になって、どんどん謎が
増幅されていくのであった。

あぁ。
運命の第3部は8/29から
意味の分からない第2部で深まった謎を解くために、
それがどんだけ複雑怪奇でよく分からないものであろうとも、
最後まで物語の成り行きを見守らないとならないのが
人間心理。

よくできてるなぁ。

さて。その翌日。
前日とはうってかわって、寒くて曇天の朝。
寒いこともあったけど、戦争ものを観に行くんだから、と、
今度はスキニージーンズに黒いコート、ブーツまで
履いて、私は意気揚々と、池袋の風俗街の中にある、
ぼろっちい映画館に入って行った。

もう上映開始から2か月たっていることもあるけども、
予想以上に観客は少なく、総勢20名程度。

あ。そうそう。
私がこの映画を見ようと決めたのは、そろそろ私も
あのときのチェ・ゲバラと同い年になるから
、というのが
大きな理由であるが、それを後押ししたのがとあるポスター
である。

大きなチェ・ゲバラの顔の上に、こんなキャッチフレーズが
一面に書かれていた。

「ゲバラのいない時代は不幸だが、
ゲバラを必要とする現代は、
もっと不幸な時代だ。
   ――スタジオジブリ 鈴木敏夫」

もうこれだけで、通勤途中のくせに若干うるうる
来てしまった私は、誰がなんと言おうとも、たとえ一人でも、
この映画だけは見ておこうと、心に誓ったのだ。

そして始まった、「チェ・28歳の革命」。

映画はドキュメンタリー調で、いまいち、アルゼンチンの
医者であるところのゲバラがカストロに同調して革命に
乗り出す本当の理由はちょっと良く分からなかったけども、
農村、っていうか本当の山の中で、農民を説得しつつ、
教育の大切さを兵士たちに説き、訓練場の中で学問を
教えていくその姿勢を、チェ・ゲバラ本人の昔の
インタビュー映像を交えながら、映画は映し出していく。

キューバ革命の真髄って言うのは、おそらくこういう
ところなんだと思った。

チェ・ゲバラたち反政府軍が革命に成功したのは、
軍事的にすぐれていたからじゃない。
彼らが農民の生活向上を心から願い、農民が
その心情に同意して軍を拡大させていく、という、
信念の力なのだと。

国連では、ソ連とキューバはいっしょくたにされて、
非難されてるけど、そういう意味ではこの2つの
革命は、全然違う。

単に結果的に、政治体制が同じになってしまった、
というだけなのだ。

最後の、チェ・ゲバラの言葉
Patria o muerte―祖国か、死か―
をかみしめて、私はいったん映画館を出た。

あ。別に帰ったわけではない。

28歳の革命が終了したのが、13:20。
このあと14:00から、39歳 別れの手紙が始まる。

その前に、お昼を食べないといけない。

時間は40分。
チケットもう一回買って映画館に戻ってくることを
考えると、20分くらいでお昼食べて帰ってこないと。

というわけで私は走って、光麺に駆け込んで、
コートを脱ぐ間も惜しんで「熟成光麺!」
叫んで、5分でラーメンを食べきって、映画館に
駆け戻った。

さて。
そんな感じで始まった39歳 別れの手紙

キューバ革命から数年後。
キューバの大臣として生きていくことを拒み、
カストロに1通の手紙を残して、彼は消えた。

行方をくらませた彼が向かった先は、
ボリビア。

パッと見て思ったのは、28歳の革命に比べて、
なんと地味である事か、ということだ。

28歳のときのスパイスの1つであった
国連での演説とか、インタビュー映像は
(消息を絶ったあとだからもちろんだが)なく、ボリビア革命は
はっきりいって負け戦であるわけだから、カッコイイ
場面もなく、なんだか地味で、映画の冒頭、ラーメンで
お腹がいい感じになっている私は、大変申し訳ない
こととは思いつつ、本当に一瞬であるが、寝た。。。

でも、ゲバラは理想をかなえるべく、あの時の
キューバと同じように、ひとりひとり農民を
説得して回っているのである。

その信念のずぶとさには、ほんと、頭が
下がる。

それでも、農民はなぜかことごとく政府軍と
つながっていて(わいろでも貰ってたのだろうか)
彼らはゲバラたちを先回りして襲っていく。

この違いはなんであったのだろうか、というのは、
残念ながら映画を見ただけじゃ分からない。

あのときのキューバの農民より、ボリビアの
農民の生活は豊かだったのだろうか。

キューバでは、農民を信じることで成功した彼が、
ボリビアでは農民を信じた挙句に処刑されてしまった
という不条理な事実は、見ていてもはっきり言って、
面白くはない。

でも、それが現実なのだと思う。
彼の言葉通り、Patria o muerte
祖国を守れなかったら、死ぬしかないのだ。

処刑された彼を乗せたヘリコプターがかなたへ
飛んでいき、無音のエンドロールが流れる中、
私は漠然と考えた。

私にだって、なんとなく信じているものはあるし、
理想はある。
それはみんなだって、たぶん同じはず。

漠然とはしているが、信念と理想はあるだろう。

でも、それを実行する人が、いないのだ。
みんな、信念と理想の裏側に、それ以上に大きな
諦めを背負って生きている。

でも、少なくともこの映画を見たからには、
私はそろそろ、その大きな諦めを捨てないと
いけないんだろうと思った。

だって、今月の終わりには、私もとうとうあの頃の
彼と同じ歳になるんだから。

そうそう。
この映画の始まる前、予告編でやっていた、
アルジェリアの独立の映画がちょっと見たい。

・・・都内でも2つの映画館でしかやってないんだけどね。

2009年3月14日 (土)

Another DragonBall

今回は、20世紀少年とチェ・ゲバラのレビューを
すると言ったのに、こんなことになってしまい、
本当にすまないと思う

ほんと、私だってどうしてこんなことになってしまったのか、
まったくもって分からないのだ。

それは3月初めのうららかな春の日、、、だったかな。
急に天からのお告げがあったのだ。

「3/13は、ドラゴンボール観に行くことになったから。」

ん?観にいかない?じゃなくて、観に行くことになったから

気になってもう一度天に向かって確認した私に、
天は不思議そうな顔して言ったのだ。

「うん。行くことになってるんだよ。どうした?」

天からのお告げには逆らっちゃいけないって、
おじいちゃんが言っていた、ような気がしたから、
全然興味なかったけど、私は行くことにしたのだ。
全然興味ないのに、上映初日に

そんな上映初日の金曜の夜。
映画館に入って、まずびびった。

予想以上だ
あ。違うよ。みんなが思ってるほうと違うよ。
予想以上に、お客さんが少ないのだ

先週の、場末の映画館のチェ・ゲバラより
人少ないかも。
初日なのに。
新宿のシネコンなのに。

それにしても、気になるのはそんなまばらな
映画館で私たちの目の前にいる、女子5人組だ。
だいたい、ドラゴンボールなんてどう考えたって
少年漫画であって、女子が5人で上映初日に
観にくるような映画じゃない。

それなのに。
この子たちはなぜか盛り上がってるのだ。
異常なほどに。

そんな何とも不思議な空間に気を取られていると、
早くも映画が始まった。

そして始まった途端、また私たちは度肝を抜かれる。

ナレーションは語る。
それは2000年前、宇宙からやってきた神であるところの
PiccoloとOzaruが世界を破滅させようとして・・・

ちょっと待て。
今なんて言ったお前。
Ozaru」って言ったよね?オオザルって。
字幕版のくせに。
Ozaruオオザル大猿よね?
・・・日本語だろそれ。
Americanは大猿って言われたって絶対
分からないだろ。

しかし、そんな驚きなど、あとから考えれば何ともない。

映画のかなり序盤で、私は衝撃的なことに
気づいてしまったのだ。

それは、「孫悟空」なるHighSchoolStudentがふと
授業中に横の席に目をやったときのことだった。
そこには絶対高校生ではない、胸の谷間を明らかに
見せすぎているアジアンビューティー
がいて、
それに見とれていると、彼女は急に苺を艶めかしく食べ
始め、後ろに花畑が広がっていく・・・

という妄想が始まるのだ。

そこで私は気づいた。
確かにこれは、原作者の言うとおり、
「別次元のドラゴンボール」なのだと。

そして別次元のドラゴンボールとは、
なんのことはない、ちゃちいラブコメなのだと。

その後も、映画はときどきロードオブザリングやら、
ターミネーターやら、はたまたハイスクール・ミュージカルやら、
といった映画のパロディっぽいものをはさみながら、
ブルマとヤムチャ(こいつがチャラ過ぎる)がいちゃいちゃし
悟空とチチもいちゃいちゃしまくって、ドラゴンボールを
集めるという目的なんか、途中からもうどうでもよくなって、
3つくらい集めたところで全部ピッコロさん(というかピラフさんの
一味であったはずのマイたん)
に根こそぎ盗まれて、最後の最後に
ピッコロさんが苦労して集めたドラゴンボールを探しもして
ないのに土壇場で全部奪い返して終了する、というなんとも
ちゃちいストーリーが繰り広げられてゆくのだ。

ふざけんなよ、ってかふざくんなよ!
(女帝風に)

かめはめ波ができたらキスしてあげる!って
人馬鹿にしてんじゃねーぞ!

私、悪人みたいな人が好きかも!って
世界の重大事に
何言っちゃってんだよ!

そんな、欲求不満の私にはムカついてムカついて
仕方ないラブコメが満載の中、最後に悟空とチチが
「つきあうんだったら、はっきりさせとかないとね」とか
意味わかんねーアメリカンジョークほざいた後に、
お互いの腕試し(ってかちょっと手荒にいちゃいちゃしているだけ)
をしながらエンディングテーマのあゆが流れてきたとき、
私はついに怒りのあまり、食べかけのポップコーンを
投げ出してこぶしで自分の太ももを殴りつけた。

くっそぉ。
アドベンチャー映画のくせに、
どいつもこいつも
いちゃいちゃしやがって!

しかも、そのアユのエンディングテーマが終わると、
私をさらにイライラさせるできごとが起こるのだ。

詳しく語るのもイライラするので、見たい奴は勝手に
見やがれの気分なのだが、どうやらこいつら、こんだけ
アドベンチャーを勝手にラブコメにしたくせに、続編を
作って間違いをさらに増幅させる気があるように
見受けられる
のだ。

日本のアドベンチャー代表作を、どんだけコメディに
する気なんだおまいら。

そんなイライラする気持ちをなんとか抑えるべく、
私たちは、ふらふらと新宿の街に繰り出し、
場末だと思われる飲み屋に乗り込んだのだった。

なんか、原作者が「別次元のドラゴンボール」
だって言いきって自分の作品とは激しく切り離していたけども、
こちらとしては、原作者がなんだかなぁ、って顔しながら
このAnother DragonBallを鑑賞しながらぶつぶつぼやく
っていう裏DVDみたいなのを出していただきたいものだと
つくづく思う。

あ。そうそう。
次回こそ、真面目にチェ・ゲバラを語る。。。予定。

2009年3月 8日 (日)

ムービーウィークエンド(その1)

その週の月曜日。
豪華ハンバーグ目当てに、妹はのこのこ
仕事帰りに私と合流して、静かにしかしもりもりと
ハンバーグを食べていた。

ハンバーグは食べたいけど、いまいち人見知り。
そんな妹は、知らない人たちの前ではすっかり
無口ではいるものの、耳だけはしっかりそばだてて
いることを、私は知っている。

そんな妹の横で、私たちは来週から始まる
とある映画の話をして盛り上がっていたのだが、
そのとき急に妹が、「あ。」って言った。

その「あ」の意味、続きを聞かなくても姉は分かる。
だって、1月からずーっと言っていたのだ。

20世紀少年第2章が始まったら
観に行かないとね、って。

そういえば、私が先週スキー場で他人が敷いた
レールの上を一生懸命滑っているときも
、妹から
メールが来ていたのだった。

「お姉ちゃん、今日ヒマ?」って。

ごめんね、あの時は暇じゃなくって。
じゃあさ、今週の土曜は暇なの?

急に姉妹の会話を始めた私たちを、会社の
仲間たちは不思議そうに見ているけども、
先週妹のメール無視しちゃったし、20世紀少年も
ほうっとくと終わってしまうわけなので、他人の目を
気にしてる場合ではないのだ。

16時以降なら、暇だよ。
という妹の返事で、姉妹は映画を観にいこうと
即決したのだった。

でも、このときはまだ私もそんな予定じゃなかった。
そんな、2日で映画を3本も見ることに
なろうとは。

それは自習が続きまくって、さすがにやることが
なくなってしまった金曜の午前中。

私は、明日妹と行く映画館をチョイスしていた。

新宿の映画館は時間帯がいまいち。
六本木はやってない。
日劇だって今日までだ。

そんな感じで仕事よりもいじいじと悩みながらお昼
近くなってきた頃、私も妹と同じ感じで思わず
「あっ!」ってつぶやいた。

そうだ。忘れてた。
もうひとつ、そろそろ観ないと終わっちゃう映画。

チェ・ゲバラだ!

時間差で上映が始まった、28歳の革命と、
39歳別れの手紙は、そろそろ28歳の革命のほうが
上映終了となってしまう。

なんでこんなにほっといたかっていうと、
何しろこういう映画は、人を誘いにくいのだ。

合コンとかで、チェ・ゲバラが超見たい!とか
本気で言うと、なんかあやしい活動をしている女子かと
思われて絶対引かれることは目に見えてるし、
じゃあ同性と行こうと思っても、女子でそんなに日々
チェ・ゲバラがみたいなんて思ってるやつはそうそう
いないと思われた。

はい。
いまここで、「いやいや、そんなことないでしょう」
「女子がチェ・ゲバラ見たって全然大丈夫」と適当に
言い放ったそこの男子諸君。
じゃあ、彼女とデート行って、フルーツパーラーとかで
おいしいパフェを彼女におごりながら、「ねぇ、今日
これからどうする?」
とか若干にやにやしながら
聞いた瞬間、急に彼女が目をキラって光らせて、

「私、今日どうしても、チェ・ゲバラが
観たいの」

って言い出したらどう思うんだおまいら。

「いいよ、じゃ、15:30の回予約
しようか!」

って、即座に携帯持ち出して予約できるやつが
世の中にどれくらいいるだろう。

「え!チェ・ゲバラ??これから?次会ったときにしない?」
とかちょっと汗かきながらやんわり断られるのが
関の山だろう。

なーんてことを腹が空いた頭でボーっと考えながら、
「いいや、もう一人で観に行こう」
心に決めた。

そんな土曜日。

池袋で合流した私たちは、としまえんの映画館
向かった。

ちなみに、としまえんの映画館は今回初めて
利用したわけだが、家からも近いし、歩いて
いけるから最悪ノーメイクでもよいわけで
しかも今回1000円払ってカードを作ったら、
毎回300円引きで映画を見れることになったわけ
なので、一人で突然映画が見たくなった時はここに
来ればよいということに気づいた。

だから、私が今度から携帯も切っていて連絡が
取れないときは、としまえんの映画館で一人、
ボロボロ泣きながら感動映画を観ていることだろう。

と、そんな感じで前置きに大変時間がかかったわけだが、
やっとこさ、土曜日18:30、ロックな音楽を引き連れて、
20世紀少年第2章が始まった。

次回、たぶん真面目にレビュー。

2009年1月 3日 (土)

せきへき

ってひらがなで書くと、どうしても「へきえき(辟易)」
見えてしまうのは、私が疲れているって証拠なんだろうか。

そんな、「せきへき」「へきえき」の区別も
ついていない私を、無理やり映画館に連れてきたのは、
父と妹である。

いや、私はいやだって言ったはずなんだ。

1ヶ月くらい前にも、友達に誘われたけど、そのときは
事前に何の知識もない状態で、三国志なんていう
壮大な物語を鑑賞するなんて、三国志に対して失礼では
なかろうか」
という理由でかたくなに断ってしまった手前、
今回も結構必死で断ったのだ。

だって、おねえちゃん赤壁の戦いなんて知らないし。
三国志だって、劉備と張飛と関羽までしか分かって
ないのよ。
曹操ってどこの国の人だっけ?
だいたいさ、映画の主人公ってどこのどいつなの??
中国人のキャストなんて、顔見たってほとんど一緒なんでしょ?
三国志って人が多くて名前覚えるだけでも大変なんだから、
顔一致できなくなったらお話分からなくなっちゃうでしょう。

断る口実を作るために、矢継ぎ早に出した私の
質問に、妹はビックリするくらい何も答えられないのだ。

あんた、よくそんなんで見たいって言えたもんだわね。

と、鼻で笑った姉の鼻を、妹は即座に折った。

え。私この前一回見たんだよ。

はぁ??
あんた、1回見たのにそんなに分からないわけ?
そんなに難しい映画見て、何が面白いわけ?

いやわかんなくてもいいんだって。
映画の最初に簡単に説明は出てくるし、
人の名前だって、その人が再度現れるたびに、
何度も出てくるんだから、途中で分からなくなることなんて
ないんだって。
三国志がどうこうじゃなくて、普通のアクション映画として、
すごい面白いんだってば。

と言いながら、妹は、「この前は字幕だったんだけど、
字幕追うのが大変だから、今度は吹き替えがいいなぁ」

とか意味不明なことを言いながら、その「一回見たけど
全然あらすじが説明できない映画」
の、明日の上映
スケジュールを調べている。

・・・負けた。
こんなバカでも一回みてるんだったら、完全に負けた。
三国志に対してこんだけすでに失礼な振る舞いをしてる
輩がすぐ近くにいて、おそらく全国にも似たようなレベルの
輩が相当数いるのであれば、私一人が多少失礼なことを
しても、そんなもの数のうちに入ることなんてないであろう。

というわけで、三国志を完全に把握していて、しかも
中国マニア
、という、解説にはもってこいの父親を
引き連れて、親子3人、ここ数年のうちに新しくできた県内初の
シネコンに出かけてきたというわけだ。

が。私はここでもうひとつ衝撃的な事実を知る。

買ったチケットの映画の題名のところに、
「レッドクリフ 前編」って書いてあるじゃないか。

ねえあんた、前編ってどういうことよ

と、私は妹を問い詰めた。

今日の話だけじゃ、赤壁が終わらないってこと??
後編はいつやるのよ!

4月!
と、なぜかここだけ、馬の合わない父と妹が
急に口を合わせて答えたところで、シアターは
暗転。

・・・おとうちゃん、知っている情報があるのなら、
お願いだから先に言ってください。

とかぶつぶつ言っている間に、やすっちい解説
画面から始まる映画。

この解説画面は、できたものが日本に輸入されて
来てからこっちのスタッフが完全に後付で作った、
っていうのは確かどっかのテレビでやってたな。

とか思っているとあっという間に映画の本編が
始まるのだがそういえば全然調べてこなかった。

あ。すみません、キャストは、キャストは
どんな人が出るんでしたっけ?

金城武はすぐに分かった。
でも、周喩は誰だっけ。
絶対あいつ見たことある。見たことあるよ!

ってぶつぶつ考えること1時間。
そうだ、トニーレオンだ。

そうだ、アジアの俳優にはとっても珍しく、
普通にやってるはずなのに、なんだかちょっとだけ、
エロティシズムを感じてしまうこの感じ
、どこから
どう見ても、トニーレオンだ。

ひげでどんだけ隠しても、隠し切れないエロティシズム、
やっぱりトニーはすごいなぁ。

しかし、分からないのは女性陣だ。

妹が言っていた、「とんでもなく美人な周喩の奥さん」は、
中国の美人で、妹の「多分アジエンスの人」という
話から、完全にチャンツィーかと思っていたけど、全然
違う人だった。

そして、その周喩の奥さんよりも、私が10倍気になった
のは、周喩のじゃじゃ馬な妹である。

黒目が大きくて、男勝りで馬に乗れて、負けず嫌いで
あんまり笑わないけど、何かをたくらんでいるときの
表情がまじでかわいいじゃじゃ馬な妹に、私は
完全にほれてしまった。

しかし、肝心なところの、三国志の話の中で、
赤壁の戦いとはなんであるか、と言うところは
映画では最初の数分の説明でほぼ終わってしまい、
なんとも浅い理解の中でどんどんお話は進んでいく。

まぁこの速度で進んで言ったのでは、妹があらすじを
語れないのも分からないではない。

でも、そんな浅はかな中で、参考になるのは中国風の
戦い方のところである。

この映画で語られている、赤壁の前半部分は、
陸軍の戦い方であるが、この戦いの中で大事な
ポイントがおそらく3つある。

1.忠実な兵隊たち
2.屈強な将軍たち
3.優秀な軍師たち

これは、そのまま企業にも言えることなんじゃないかと
思うのだ。

まずは、忠実な兵隊(=私たちのような若造)が、
上司の言うことを忠実に守って敵をかく乱させて、
敵の攻撃が弱まったところで、将軍(=課長クラスの
方々)が出てきて力で敵をなぎ倒す。
そして、その戦略は、敵の出方を見て、軍師たち
(=企画的な部署の方々)が臨機応変且つ的確に
考えられていることが大事なのだ。

なるほど。
「兵法」が愛読書だという会社の先輩が、
酔っ払いながら、「兵法」はビジネス書だ!とか
豪語してたのを完全に馬鹿にしてたけど、読み方に
よってはそういう読み方もあるんだねぇ、と心の中で
ただひたすらに謝ってみたのだった。

とはいえ、父の話によると、前編はまだ本当に
序の口であって、赤壁の戦いはまだ全然始まっても
いないんだそうな。

矢が足りなくて孔明が矢を調達するために何をしたとか、
神風が吹くとか、そういう有名な話はまだ出てきていないし、
本番は後半にやってくるんだそうな。

4月から後半ってことは、ゴールデンウィークは上映
真っ最中ってことか。

多分また、私はいやだいやだと言いながら、妹と
父に連れてこられてしまうんだろうと思っている私の
横で、前編を2回も鑑賞した妹はのたまった。

これさ、アクション映画なんだから、あの会談の
シーンとか、琴引くシーンとか、ああいう変なところ、
削ってほしいよね!!!

・・・後半は、そういうシーンの意味が分かるくらいには、
三国志、勉強してから来ようね。

2008年12月11日 (木)

252と螺鈿迷宮のフェロモン比較

「命がけの仕事をしている男性からは、
フェロモンがでてる」
んだそうだ。

ためしに、スタントマンとお笑い芸人のにおいを
女子が嗅いでみる、という実験を、とあるテレビ
番組でやっていたが、その結果は一目瞭然であった。

女子たちは、胸の一部以外を隠された、
まったくどちらか分からない状況で2人のにおいを
かぎ、そして全員が、同じ男性のほうを「スタントマン」
だと言い張った。

違う、匂いというのかなんなのか、もう全然違うんだと。
こっちの人になら、「抱かれてもいい」んだと。

じゃあ。

じゃあこの映画はフェロモン出まくりなんじゃないかと、
映画のスクリーンを見ながら思った。

ボーナスをもらったこの日は全員強制的に定時退社であり、
久しぶりに平日に穏やかな気分で鑑賞した映画。

252-生存者あり-

巨大台風に襲われた新橋駅に閉じ込められた
元レスキュー隊の弟とその娘を、レスキュー隊
隊長の兄と、その仲間の隊員たちが救いだす

というストーリーであるが、そのキャストたちは、
伊藤英明、内野聖陽、山本太郎、杉本哲太など、
「屈強な男たち」を体現したような面々であり、
そんな面々がレスキュー隊という、「命がけの
仕事」
をやっているところを見せつけられるわけ
だから、冒頭の理論からいくと、女子たちはこの状況に
もうメロメロになるはずであって、共演していた
香椎由宇とか桜井幸子とか、そのあたりの数少ない
女子の皆さんが間違いを起こしたというニュースが
1つもないのが不思議なくらいなのだ。

周りのフェロモンに敏感な(?)女子たちは、
私の周りでグスグスと涙を流して、すっかり
この「屈強な男子」たちにメロメロ
わけだが、私はスクリーンを見ながら、冷静に考えていた。

すみれ先生は、こういう男たちにはメロメロに
ならないんじゃないかと。

実は、この映画を鑑賞する直前まで、私はお客さんの
ところに出かけて行く電車の中でも、帰りがけに寄った
本屋の中でも、ずーっと本を読んでいたのだ。

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しかし、残念ながら、物語の最後の数ページを
読み終える前に映画が始まってしまい、私の
頭の中は、すみれ先生がどこに消えちゃったのか
もうそれで頭がいっぱいであり、何を見ても
すみれ先生につなげてしまう、という、それはそれは、
桜宮病院で行われていた治療のように、私を
「すみれ中毒」におぼれさせていたわけであって。

すみれ先生は、最先端の終末期医療で注目を集める
碧翆院桜宮病院の「光」のような存在である。
碧翆院の心療内科で、患者の精神をケアし、不治の
病の患者たちの精神を安定させて、長生きさせる。

そんなすみれ先生が心を奪われてしまっているのは、
このお話の主人公であるところの、天馬大吉クンである。

この天馬クンは、医学部で留年を繰り返す、
落ちこぼれ医学生であり、名前に似合わず不運ばかりを
呼び寄せる「アンラッキー・トルネード」であって、しかも、
いろいろとミッションを与えられた「二重スパイ」なのだが、
そんなだめでよわっちくて不運な男性に、きれいで
攻撃的でそしてわがままで、本人曰く、「昔はろくでなしと
いくじなしにはモテた」
すみれ先生が、なぜか惹かれてしまい、
そしていろんな手を使って「誘惑」する。

すみれ先生曰く、天馬君は、
「捨てられた子犬みたいに、
つい頭を撫でたくなる」
ような存在なんだそうだ。

天馬クン曰く、男というのは、
「勇ましいろくでなしと腰ぬけのいくじなし」のどちらか
しかいないんだというが、252のような男たちは、
女子にどんどん言い寄ってくる、「勇ましいろくでなし」
である。

こういうのにフェロモンを感じる女子は、結構早く幸せを
つかむんだと思う。
だって、積極的に向こうから言い寄ってくるわけだから、
そこをすかさずキャッチすればいいわけだ。

でも、残念ながらすみれ先生みたいな、素晴らしい女子だけど
「ダメんずウォーカー」である場合は、
「腰ぬけのいくじなし」ばかりにフェロモンを感じて
しまうのだが、腰ぬけどもは、追いかけると逃げて行ってしまう
ものだ。
こういう、人間の昔からの原理にあてはまらず、古来からの
フェロモンに反応できなくなってしまった女子たちは、きっと
いつまでも、幸せにはなれない。
現に、すみれ先生は結局幸せにはなれないし。

と、ここまで読んで、ものすごく違和感を感じている読者が
いるんじゃなかろうか。

それって、すみれ先生の話?それとも・・・って。

そりゃそうだ。

知らなかったかもしれないけど、有名な話をすると、
私、りぼんじゃなかったら、「すみれ」って名前を付けられる
ところだったんだ。

だから、螺鈿迷宮の「わがままバイオレット」は、
いわば私の分身。

男の趣味くらい100%一緒だったからって、不思議なことは
全然ないのだ。

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著者:海堂 尊

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2008年12月 6日 (土)

アイについて

最近は土日も働きづめだったから、
ほんっとうに久しぶりに会社を休んで、
かなり早い時間から美容院に出かけ、
伸びきった髪をかなりばっさりと切って、
身軽になってちょっと駆け足で向かった
新宿3丁目。

あたかもデートにでもでかけるみたいな
行動パターンであるが、そこで待っていたのは、
残念ながら今日も妹である。

女2人でわざわざ休みを取ったのは、夕方の
My little loverのライブを見に行くためであるが、
夜から行動するのももったいないので、
ウイルス騒ぎで観に行くのが遅くなってしまった
ガリレオを、終わる前ぎりぎりセーフで、観に行くことに
したのだった。

映画の原作は、8月にすでに読んであり、映画の内容は、
まぁ大前提として、柴崎コウの役は小説にはいないことと、あと福山&堤の
渋面山登りなんてシーンはどこをほじくっても原作には出てこない、という
所を除けば、

比較的原作に忠実な内容であり、原作同様素晴らしかった
わけだが、気になったのは、映画冒頭の、湯川教授と
内海君の痴話喧嘩である。

映画冒頭、でんじろう先生の実験が果てしなくでかくなった
ような、映画の中身とは全然関係のない実験をしてみせる
湯川先生に、内海君が言うのである。

「科学で証明できないことは、さっぱり理解不能なくせに」

その、「理解不能」という言葉に己のプライドを傷つけられ、
イラっとなる湯川先生は聞くのだった。

「そんなものがどこにある」と。

そして、売り言葉に買い言葉状態になった内海君は、
絶対に勝てそうな1手を繰り出す。

「たとえば、とか。」

と、ここまでは、CMでも散々放映されていた

気になったのは、このとてつもなく深い売り言葉に対する、
湯川先生の買い言葉である。

「愛、か。
じゃあたとえば、
三角形の面積=底辺×高さ÷アイで、
円の面積=半径×半径×アイだったら、
確かに、そんなことは全然理解不能だな!」

一瞬、なんてひどい買い言葉なんだろうと、私は
思ったのだ。

三角形は底辺×高さ÷2 だろう、と。
円は、半径×半径×3.14(あれ、約3??)だろう、と。

だけど、今回のトリックは、物理でも科学でも数学でも
解明できない、「愛」であり、犯人が数学の天才である
ことから鑑みると、もしかして、湯川先生の代入しているところの
「アイ」は、「愛」であり、はたまた「i」だったんじゃないか
という気がしてくる。

この前の中づり広告でNewtonの見出しを見て、
文系の私はほんとうに10年ぶりくらいに思い出した。

それは、虚数のiという存在。

虚数
それは、実在しない数をさす、んだったよな確か。
あ。違うか。
実数じゃない複素数、か。

まぁ結局どう説明されてもよく分からないんだけども、
よく分からない凡人にとって、虚数って言うのはつまり、
意味不明で役立たずな存在なのである。

映画の冒頭、まだ「愛」のせいで犯罪を侵すものもいる
なんてことに気づいていない湯川先生にとって、「愛」って
いう存在は、虚数の「i」と同様、意味不明で
役立たずな存在
だったんじゃないか。

このシーンを考えた人は、この短い時間の間に、「愛」
懐疑的な湯川先生の姿勢を、もしかしたら虚数の「i」
使ってわかりやすく、いや、大変わかりにくく表現
したんだったりして。

え?わかりにくい?
意味不明?

いや、なんだかんだと、こんな一見インテリチックなことつらつらと
御託並べて書いてみているけども、私だって、このシーンの本当に
意味するところなんて、「全然理解不能」なのである。

「i」のことも。そしてもちろん、「愛」のことも。

せめて文系の私としては、「愛」についての証明くらい、
立派にやって見せれたらよいのに、と思うのであるが。

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本日のメイン、My little lover ライブはまた今度。

あ、これ読んで共感してくれる人、「愛」について語ってくれる人、
そして、「考えすぎだよ、お前疲れてないか」という人、
コメントお願いします。

そして、「i」について、私の理解を正そうとしてくれる人、
私にはそんなこと無理なのでコメントご遠慮します。

2008年8月23日 (土)

容疑者Xの献身

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著者:東野 圭吾
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ガリレオが、映画になるんだそうな
それはもう、ガリレオドラマ版の1回目が
終了した時点で映画化が決定したんだと
いうから、なんとも気の早い話である。

で、映画になったネタというのが、直木賞受賞作の、
容疑者Xの献身である。

結構、東野圭吾は読んでいるはずなのだが、
なぜか、ガリレオシリーズには手をつけていなかった
私。

ドラマになるまえは、ガリレオシリーズの
存在を知らず(平積みにもなってなかったし)
ドラマになってからは、流行りものを避けるという
本能が働いてしまっていたらしい。

でも、今度は映画化だし、そろそろ真面目に予習を・・・
と思ったかというと、そういうわけでもない。

特にこの作品は、直木賞のおかげで、いろんな
ところで有名になってしまったので、どこか意識的に
避けていたものだし、何より、まだFEがクリアできて
いないのだ

そんなときに、集中して本が読めるだろうか。

でも、ひょんなことから、私の所に本が回ってきた。

「借りた本は1週間以内に返すこと。」
小さい頃に図書館で教わった基本ルールは、
まだ私の中で根強く生きている。

ゲームも終盤に入り、しかも1日1面、というハードルは
以外にサクサク超えられているので、1面クリアしたら
本を読む
、というルールを設定して、読んでみたら、
2日で終わってしまった。

直木賞受賞作として、こればかりがクローズアップされて
いるような気がするが、作品のクオリティは、他の作品と
そんなに大きく変わらないと思う。

最初に、すべてのトリックを読者には与えたような
書き方をしておいて、実は最後に、その何倍も
残酷な事実が待っている

この本を読んでいて、昔読んだ東野圭吾の作品を
思い出した。

レイクサイド レイクサイド

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こっちは刑事物ではないが、死体の処理の仕方がそっくりだし、
直木賞とは行かないまでも、このミスに選ばれて、さらには
これも映画化されている。

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それに、この話もやっぱり、最後に、予想を何倍も
上回る、残酷な事実が待っているのだ。

さて。
原作を読んでしまったところで、気になるのが、
映画とのギャップである。

最近のギャップでひどかったのは、
なんといっても、チームバチスタである。

もともと、ハードコアなお医者さんたちの、
男くさいストーリーであったのに、なぜか
結子たんが中央に据えられて、しかも、
でぶで胡散臭いはずの官僚さんが、
渋面の阿部ちゃん

映画の中にはなぜか結子たんのソフトボール
シーンまであって、なんだか軽くて、本来の
趣旨とは違う映画に仕上がってしまったのである。

そうして、ガリレオの映画のキャストを見てみる。

まぁガリレオの相手方の刑事さんが柴崎コウに
なっているのは今更しかたないし、ドラマはそれだから
おもしろかったわけなので、もう何も言わないことにして、
映画特有のキャスト(犯人側)に目を向けてみると。

幸薄な弁当屋の店員さんが、松雪泰子
そんな弁当屋さんに惚れる天才数学教師が堤真一

うーん。。。
本を最大限に忠実に再現するのであれば、

店員さんは木村多江
数学教師は伊集院光で行ってほしいと
切に願うわけだが。

あ。ちなみに、映画化記念、ドラマ再放送があるんだってさ。
録画予約しとかなきゃ!

2008年6月 7日 (土)

LOST

あれは、4月なのに早くも初夏の香りのしたあの日。
とある映画館の一角で、私は初めてあなた
会ったのでした。

あなたとの2時間はとっても楽しくて、
その日私は家に帰ってもずーっとあなたのことを
考えながらネットしていたのでした。

それから1ヶ月、あなたのことが頭から離れなくて、
私が向かった先は、レンタルビデオショップでした。

そこで、再びあなたに出会えた私は、それから
数週間、あなたのとりこになりました。

謎だらけのあなただけど、
いつか謎が解けるだろうと、私は躍起になって、
何度も何度もあなたに会いに、レンタルビデオショップに
通いました。

あなたはとっても魅力的で、こんな、
あなたばかりの週末では、人間のくずになっちゃうぞ、
と、頭の中では分かっていながら、それでもやめられなくて。

そうして25時間後。
私は、この日こそは、あなたの心のが開かれるものと
信じていました。

だって、あなただって自分から扉を開こうと、
必死に努力していたから。

そして、扉が開いたとき、私はいったん、あなたに
お別れをいうつもりでした。
これ以上あなたと一緒にいたら、そろそろ本当に
人間のくずになるんじゃないかと思ったから。
あなたに相当のお金も使っちゃったし。

最後に、確かに扉は開いた

開いたけど、そこに待っていたのは、さらに深い謎

どうしよう。
謎が解けない限りは、私、あなたから離れられないじゃない。

そして、今日も私はあなたにあうため、レンタルビデオ
ショップに向かうのだ。

LOST シーズン1 COMPLETE BOX LOST シーズン1 COMPLETE BOX

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・・・さて、シーズン2、借りに行ってくるかな。

2008年6月 4日 (水)

オトナになったと気づいた瞬間

社会人になって早6年目。
どんなに夜遅く帰っても、月9の録画を見てしまう
私のことを、私は自分で
「いつまでも子供の心を忘れない」

証だと信じていた。

今回の月9は、王道キムタクが総理大臣になった、
あれであるが、なーんとなく、自分の仕事にも
通じるところもあり、なにしろキムタクがあの年に
なってもあれだけさわやかなのが奇跡なので、
見逃せないのであるが。

今週の月9で、キムタクは早くも総理に就任。
就任するやいなや、キムタクの前に堆く積まれたのは、
総理の署名で決定となる文書の山
軽く20はあったであろう。

その中からおもむろに拾われた文書に、
キムタクは目を留める。

その文書は、
ダム建設のせいでくらげが大発生して魚が取れなくなったけど、
それがダムのせいだと言い切ることはできないので、国は
責任を認めません
、というもの。

キムタクはこの文書の中身に納得がいかず、
じっくりと調査をして、結論を下す、というのが
簡単なストーリーだ。

キムタクが、気になったことをじっくりと調査して
結論を下す

あれ。どっかで見たことある。
あ。あれだ。
同じく月9でこの前映画化した、あれだ。

見れば見るほど、そっくりなのだ。
キムタクと阿部ちゃんがまたもや共演、とか、
補佐役がヒロインであるところとか。

まぁそれはともあれ、前回のあれのときは、
じっくりと真実を追い求めて、最後に勝利を掴み取る
キムタクのすばらしさに、毎回純粋に涙していた
ものである。

しかし。

今回のあれを見ながら、私にはどうしても腑に
落ちないところがあった。

それは、
ミズクラゲ以外のほかの文書の署名はどうなったのか
ということ。

だって、所信表明の草案もそっちのけで、
キムタクは部屋ではミズクラゲの調べ物ばかり。
他の文書に目を通している様子はまったく見られないし、
ミズクラゲごときがそんなに気になるキムタクであれば、
例えば年金問題とか、ガソリン問題とか、そんなメジャーな
問題の文書が紛れていたら、それだって絶対気になって
署名にたどり着くまで相当の時間を割かなきゃいけない
はずなのだ。

署名を求めるほうも求めるほうで、
ミズクラゲの担当者は、
「はやいとこ署名しやがってくださいませ、総理」
と歯軋りしながら催促に来るのに、他の担当の人は
そんなこと言いに来る様子もない。

例えば、私が、年金問題の稟議担当者で、
同じタイミングでキムタクに署名をお願いし、
でもちょっとした位置の違いでキムタクの目に
止まらず、ミズクラゲのせいで署名が1週間も
先延ばしになってしまったら、どれだけむかつくであろう。

しかも、1週間後、どうせ呼ばれるのだ。
「よくわかんないから1から全部説明してー」と。

うーん、どこに行ってしまったのだ、他の文書たち。。。
と考えあぐねていた私は、ふと気づいてしまった。

私が、いつの間にか、薄汚れた
オトナたちの仲間入りをしていた

ことに。

21世紀初頭のあの頃、まだ学生であった私は、
キムタクが真実にやっとたどり着いたあの瞬間、
そのすばらしさと尊さに、ただ純粋に涙していたのに。

それなのに、それから7年後の今、
毎日毎日稟議と上司の間に挟まれているうちに、
いつの間にか、真実にたどり着いた瞬間を目撃しても、
その周りの舞台裏が気になって素直に感動できない
薄汚れたオトナになってしまった。

そんな、残念な事実に気づいてしまった、月曜と火曜の
間の出来事であった。

これは、やっぱり休みを取って、子供の気持ちを取り戻しに
行かねば。。。

2008年5月24日 (土)

しあわせになるための27のドレス

幸せになるための27のドレス Book 幸せになるための27のドレス

著者:アライン・ブロッシュ・マッケンナ
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仕事が、やっと落ち着いてきた。

そのタイミングで、試写会があたったんだと。
そして、ついでに今日は自習。

これは行くしかないだろうと。

というわけで、2時間休を申請してこっそり
エレベータに乗り込んだのに、なぜか乗り合わせる
隣の部署の部課長。
なんでこういうとこばかりみつかっちゃうかなぁ。

え?何?もしかして帰るの?
・・・はい。。。
え?まじなの?なんで?
え。あ、いや、映画に・・・
映画?映画って、日活

。。。なんで映画=日活なんじゃ!
と突っ込みたい気持ちを抑えたところで
エレベータから開放されて、映画館に
向かうのだった。

着くと、上の写真のようなチラシが
渡されるわけだが、チラシの第1印象は、
「前作に乗っかりすぎじゃないのか」
いうことだ。

ちなみに、前作の「プラダ~」を、私は観ていない。
何しろ、プラダにも、その他ブランドにも興味がないのだから
仕方ない。
「この場面で、この人がどこどこの服着てたよね!」
とかそんなおされな会話、入れるはずがないのである。

そんな私が、こいつを見ようと思ったのは、やはり、
「幸せになるための」が引っかかったからだ。

それに加えて、キャッチフレーズが、
「恋には臆病。
でも幸せになりたいあなたの物語」

ときたもんだから、もうこの時点でわしづかみなのである。
何を、って、もちろん私のハートを。
(うわ、気持ちわる。。。)

いや、分かってるんだ。
見る前から分かってるし、見始めた途端に
もっと詳しく分かってしまうような、単純な
ストーリーなのだ。

脇役ばかりの主人公が、とある事件をきっかけに
脇役を脱出して、一番幸せになっていく、という、
ほんっとに典型的なストーリー。

でも、それでも観たいのが女心。
こんなのは本当じゃないと、どこかで分かっていても、
それでも観たいのが、女心。

しかし、この映画はそれだけじゃない、と思う。
これは、よくある姉妹の物語だ。

妹は、姉のものをなんでもほしがる
というのは、世の中の長女の共通した
感想であると思う。

姉がピアノを習い始めれば
「お姉ちゃんばっかりピアノ、ずるい!」
と、ほぼ同じタイミングでピアノを始め、
姉が吹奏楽部に入れば後追いで吹奏楽部入り。
姉が塾に行けば、別に勉強したいわけでも
ないのに同じ塾に入会し、さすがに学力問題で
大学に行けないとなれば、
「私は短大だから2年しか学校行けなかったのに、
お姉ちゃんは4年間も学校行ってお金かけてもらって
ずるい」と、卒業後2年間の執行猶予(=フリーター)
期間を要求する。

そして、姉の憧れの男性を我が物にし、母親の
ウェディングドレスも手に入れようとする。

まぁ、どこまでひどいかは家庭によって差があるにしろ、
妹なんて、どこもそんなものなんだ。

だから、姉としてはどうしても主人公に肩入れ
してしまう。
あんな妹に負けるな、がんばるんだ!と。

だから、最終的に、姉としては、ちょっとスカッとした。
そうだ。本来幸せになるべきは姉なのだ

と、ふと横を見ると、そういえば一緒に行った
友達も、「姉」である。

だから、世の中のたちよ。
ぜひ、この映画を観て、妹的視点で、この映画を
語ってみてはもらえないだろうか。

あ。ちなみにこの映画は、
ジューンブライドにあわせて、5/31からロードショー
らしいです。

2008年4月17日 (木)

クローバーフィールド

クローバーフィールド/HAKAISYA (竹書房文庫 DR 206) Book クローバーフィールド/HAKAISYA (竹書房文庫 DR 206)

著者:ドリュー・ゴッダード
販売元:竹書房
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みなさんに散々進められまして、本日やっと
観にいってきたのですが、
すでに見た皆さんとは臨場感あふれる感想を
一刻も早く共有したいが、まだ見てない皆さんには
ぜひ一度、劇場に足を運んでいただいて、
それからじっくりと一緒に話し合いたい気分ですので、
どうしようか考えあぐねた挙句、映画を観ながら
心の中で、そして、時々は思わず声に出してしまった
呟きを、リアルにお届けしたいと思いました。

以下、分かりにくいと思われますが、実際のところ、
本編も分かりにくい構成になっておりますので、
あきらめて、リアルな感想をお聞きください。

(開始直後)

・・・始まって早々、いちゃいちゃしてんじゃねーよ。
全然なんともない画像を見せつけんじゃねーよばか。

・・・あれ?画面飛んだ。
さっきまで白人だったのに、急に黒人?
あれ?5月?

と思ったらまた4月?
ん?あ、これもしかして、重ね撮り?

(開始10分過ぎごろ)

あ。やっと予告編で出てきた映像。
パーティーやってると急にやってくるんだよね?
確か。

ってかなげぇよパーティー。
コメント収録なんてどうでもいいんだよ。
それに、なんなんだこの撮影者。
とんでもないKYだな。

ってか、人のプライベートなことを友達中に話まくってんじゃ
ねーよ。
お前、ほんとどうしようもないKYだな。

(開始20分過ぎごろ)

もういいって、パーティー。
好きな子ばっかり撮影してんじゃねーよ、このKYが!

お?おお?
今、変な、変な音したよね?

と思ったら、暗い!真っ暗!
え?何?何がどうしたって?

屋上?
このシーンも予告にあったよね?
屋上に行くと、確かえらいことに・・・

(開始22分過ぎごろ)

なってるーーーー!
逃げろ!とにかく逃げろー!

ってかなんで、階段下ってそのまま外出ちゃうんだよ!
地震のときは机の下って相場が決まって・・・

(開始25分過ぎごろ)

ってか急にキター!
自由の女神キター!
思ったより早い、早いって!
これクライマックスじゃないのかよ!
ってかみんな、ケータイカメラで撮影してる
場合じゃないんだよ!
この、平和ボケが!

え?ってか今なんかいなかった?
ほら、なんか暗闇にチラッとどでかいものが・・・

動いてる!動いてるよー!

(この頃から時間の感覚がもうよく分からない)

逃げろ、早く橋渡れ!
ってか、混んでるなー橋。
これじゃ渡れないよ。

ってか、お前何こんなとき、必死で携帯かけてるのさ。
早く逃げろってば。

さらに、何引き返そうとしてるんだよ。
お前のような勝手な行動が、みんなを道連れに
するって分からないのか?

ってか、またキター!
何かが襲ってキター!

あー画面揺れてよく見えん。
どうした?
何か激しく光ったけど。

・・・ってか、揺れてる間にもう一人死んだの?

あ!やっぱ戻るの?
やめようよ。逃げてよ。

しかも何電器屋とか寄ってるのさ。
悠長にケータイ充電してるんじゃねーよ。

ってか、お前も何テレビ見てんだよ!

(と、テレビの中で)

あ!今どでかいのから何か落ちた!
にゅおー!
ちっちゃいの!ちっちゃいの落ちてきた!
増殖!増殖してる!

(そして戻ってくる一同)

ほら。
ひき返したらえらいことになってるじゃん。
弾にあたっちゃうよ!
逃げようよ!

あ。逃げるの?地下に?

(そして逃げる直前)

ウォー!
顔のドアップ!
どでかいのの顔ドアップ!
キモ!キモイ!
やられる!死ぬ!

(そして地下)

あー、やっと休憩?
やっと目が休められる。
あー、目、疲れた。
そしてちょっと気持ち悪い。

(と、急に暗闇の中を)

・・・結局、助けに行くのかよ。
もういいじゃん。やめようよ。

あー、それにしても暗い。
見えないじゃん。

ってか、だいたい暗い所って、バイオハザード
とかだと、振り向くとなんか・・・

(暗視カメラ発動)

いたーーーー!
ちっちゃいの、いたーーー!

そんでもって、襲ってきたー!

やられる!やられるって!
どうしよう?地下だし。暗いし。
そんでも逃げなきゃ、逃げなきゃ!

(そして休憩所)

逃げられたー。
おっかねー。それにしてもおっかねー。
ちっちゃいやつなのに、おっかねー。

ってか、背中噛まれてるよ!
ちっちゃいやつなのに口はでかいなー。
いたそー。

え?ってかその扉開けるの?
ほら、バイオハザードパターンだと、
そういうところ開けるとさらにえらいことに。。。

(開けたところは)

あ。避難所?
怪我治せる。
薬草飲んで復活・・・

ってか、目から血?
目から牛乳の人は小学校のとき
たまにいたけど、血なの?

隔離?
なんで?
伝染?

ってか血しぶき?
血、吐いた?
それとも?

(そして助けに)

いくのね。。。もう。

39階?
なんて迷惑なセレブなんだ!

しかも、崩れかけ?
無理だってもう。

(それでも登ると)

・・・何気に生きてるし。
こういうところはうまくできてるよねー。
都合いいというか。
さすが、アメリカ。

(そして脱出)

お!一人脱出成功!

まぁよくある展開だと、もう1台のヘリは
途中でどでかいのにやられちゃったり・・・

(そしてヘリが)

しなかったのね。
まぁいいや。
乗れ!逃げろ!

あ。いやでも、このビデオ、セントラルパーク
回収されたのよね?
ってことは?

(それでもヘリは)

飛んだ!
もうあとは一直線だ!飛べ!飛ぶんだ!

(そんなとき下では)

いた!どでかいのいた!
それにしてもでかいなー。
足何本あるんだよ。

あれ?
ってか、やられた?
もう逃げなくても大丈夫だったり・・・

(って油断してると)

しなかった!
急にキタ!

あ。ってか、もうだめじゃん。
エンドロール?

(そしてセントラルパーク)

・・・じゃなかった。
しぶといなーみんな。
どうして墜落したのに生きてるんだよ。

ってか、もうカメラ置いてきなよ。
取りに来なくていいってば。
取りに・・・

(でも、それが人の性)

きちゃったよ。
だから、こういうときバイオハザードとかだと・・・

(上を見上げると)

ほら、やっぱりー。

もうだめだ。
さすがに無理だ。
墜落で助かってももう無理だ。

・・・ほらー。
ぐろい音させちゃってるじゃん。

あ。ってか結局、
助けにいった彼と、助けられた彼女だけが
残るのね。
さすが、アメリカ。

でも、セントラルパーク・・・

(そして、思ったとおり)

あー、さすがに全滅・・・
惜しかったなー。

1ヶ月前は幸せだったのにねー。
残念だったねー。

・・・・・・・・・・・・・と、エンドロールが終わって、
隣を見ると、真っ青な顔をした同伴者。

私も、微妙に気持ちが悪くなってきた。

ま、そのあと、結局ラーメン食べて帰ったんだけどね。

と、いう感じの報告でしたが、
残念ながら、やっぱりねたばれになっちゃいましたかねー。

2008年4月14日 (月)

サムライウーマン

最近、とっても気になるCM。

いや、身近な企業が超恥ずかしいCMをやっていて、
それも微妙に気になるのだが、それ以上に、
いい意味で、気になる。

そのCMが、サムライウーマン

いやぶっちゃけ、サムライウーマンという
製品が、シャンプーでも石鹸でも、そんなのは
どうでもよいのだ。

サムライウーマン、じゃなくて、実はラストサムライだった
とかでも、そんなことはどうでもよい。

そんなことより、全然気になってしまうのは、
CMに出ているあの女子だ。

明らかにデルモ系の女子なのだが、
私がファッション誌を拝見するのは、
美容院でパーマかけられながら紅茶をすする
ときだけなので、これがまったく分からない。

誰かと思って必死で調べてみたら、
美香ちゃんというんだそうな。

うーん、でも、このページの写真は、
いかにもデルモ、という感じでいまいちなのだな。

CMでも、デルモの撮影シーンとかだと、
やっぱりいまいちなのだよ。

しかし、すばらしくなる瞬間が、突然訪れるのだ。

もう一度、動画を観てほしい。

それは、15秒バージョンの、終わり5秒前くらいで、
急にやってくる。

みるがいい。
シャンプーした後、髪の毛拭きながら見せる、
あのはにかんだ笑顔

なんとまぁ。
なんとまぁかわいらしい。

あの笑顔で、どんだけの男をとりこにしたことだろう。

それにしても。

デルモなのに、デルモっぽい格好しているときより、
普通のときのほうがよほどかわいいデルモが、
最近増えてやしないか。

その代表が、ちょっと古いけど、サクラの鈴木えみだろう。

ほら観てごらん。
オフィシャルHPの写真より、素顔のえみちゃんの方が
よほどかわいい。

それでも、素顔のほうがかわいいとは分かっていても、
お化粧せずに人前に出るのは恥ずかしい、というのが、
きっと女子の素直な意見なのだろう。

まぁ、そういうシャイな勘違い、というのも、かわいらしいと
いうものだ。

2007年11月11日 (日)

眉山

眉山-びざん- (2枚組) DVD 眉山-びざん- (2枚組)

販売元:東宝
発売日:2007/11/23
Amazon.co.jpで詳細を確認する

先週のあの忙しい週末はなんだったのか。
今週は、どえらい暇じゃないか。
こんなんなら、先週の予定の中で、どれか
ひとつでもいいから、今週に回ればよかったのに。

昨日は、暇だから、押入れに山積みになった
もう着ない服たちをまとめて、田舎に送ろうと
思っていたのだ。
(そうやって送った服のいくつかは、母親の、
"若すぎる"私服になっていくのだが)

でも、雨の週末は、どうも、やる気がでない。
元来怠惰なので、誰からも時間の制約を受けないと、
まったく何もする気がおきない。

・・・たまったビデオでも、見るか。

と気合入れて見始めて4時間。
全部、見終わった。
ちゃんとタスクを終了できたのは、
久しぶりだ。
最近忙しかったからねー。

と。
気づいたら、また、暇に。
いやだから、服片付けてまとめればいいじゃない。
って自分でも思うのだが、それだけはやりたくない気分
なんだから仕方ない。

久しぶりに、DVDでも見るかな。

というわけで、借りてきたのが眉山
これって、やってたのは、今年の夏だっけ?

本当はBABELを借りてくるはずだったんだけど、
残念ながら売り切れだった。
だから、こいつを借りてきたのはいわば偶然なんだけど、
そういえば、再来週、徳島に行く用事があるんだった。
(いや、出張だから、観光はできないのだけどね)

で、話の内容もよく思い出せないままに、
菜々子のジャケットだけを頼りに借りてきてしまったのだが、
最近、諸所の事情から、「親子の絆」について
考えさせられることが多いこともあり、なんだかテーマも
今の私には響いてくるテーマだったりして。

原作は、さだまさしなのね。そういえば。
だからなのか、静かに進んでいくこの映画のテンポは、
夏々にも似たところがあるように思う。
あ。あの時も、大沢たかおか。

でも、単に静かなだけじゃない。
ときおり、激しい阿波踊りの音楽が、
そのテンポをぶち破ってでてくるのだが、
それがまた、アクセントになって、すごくいい効果を
出しているような気がする。
母も、娘も、あまり多くは語らないが、その音楽が、
母子の興奮というか、アドレナリンというか、そういうものを、
言葉の代わりに出していたのかもしれない。

ただ、やっぱりこういう映画はだめだ。
母親は強い人なのだが、なにしろ末期がん。
強がってはいるが、確実に弱っていっている。
そういう姿を見るのは、たとえ映画でも、
いたたまれないのだ。

でも、最後の最後に、母親が娘に残した言葉。
あれを見て、どんなに体が弱っていたとしても、
最期まで、母は偉大なのだと思った。

と同時に、母が娘に残したメッセージを見て、
なんだか思い出してしまった。

母親が、東京に行く私を駅まで送って、最後に
お金を渡してくれた、と思ったら、封筒に入っていたのは、
数万のお金と、手紙が1通。

書いてあったことは、確か、いつでも帰っておいで、とか、
体を大切に、とか、そういう当たり前のことだった、と思う。
実際、内容はよく覚えていないんだが、なんだかすごく
泣けた。

そして、最近、妹の家に行ったときに、見つけてしまったのだ。
妹の名前が書いてある、明らかに母の字の、茶色い封筒。

私のときとおんなじだ。
そして、私のときと同じように、妹もたぶん泣いたんだろう。
手紙読みながら、閑散としたローカル線の中で。

そう、映画の中だけでなく、やはり、うちの母を含め、
母というものは、偉大なのだ。

よぉし、明日こそ、そんな偉大な我が家の母宛に、
私が着なくなった服を送ってあげよう。
母が、気持ちだけでも若くいられるように。
まずは、集荷の予約を入れることとしよう。
時間的な制約を作らないとね。

2007年10月14日 (日)

チャイルドプレイと「見える」化

チャイルド・プレイ DVD チャイルド・プレイ

販売元:20世紀フォックスホームエンターテイメントジャパン
発売日:2007/07/27
Amazon.co.jpで詳細を確認する

相変わらずもてあましてしまっている週末の夕方。
お友達は、仕事中にとりためたビデオ

なわけだが、
この時期、ビデオの量が少ない。

だって、まだ秋のドラマ、始まってないんだもん。

そんな物足りない週末の夕方。
何かで補足しなくちゃ、テレビっ子的には満足できない。

そういう時は、Gyaoだ。
いまさらながら、やっぱりGyaoだ。

そうして見つけてしまった、チャイルドプレイ
元祖ホラー映画の、あれだ。

何気に、ちゃんと見たことはなかったのよね。

警察に追いかけられた殺人鬼が殺されたのは、
おもちゃ屋さん。
殺人鬼は、そのおもちゃ屋さんの売り物であった
人形に乗り移り、裏切った仲間や殺した警察に
復讐する
、というあらすじは、たぶん知らない人は
いないはず。

絶叫マシーンには、めっぽう弱いけど、
ホラー映画には、むかしからめっぽう強い私。

さぁ元祖ホラー映画よ!
私を怖がらせようというのであれば、
怖がらせてみろ!

というわけで、女子が一人で、薄暗い
ワンルームで、ホラー映画鑑賞しちゃったわけだ。

それがさ、予想以上に、
全然怖くないのね。
まぁ昔の映画だから、シナリオがありきたりなのは、
仕方ないと思うんだけどさ。

それにしても、怖くないのよね。

ちょっとぐろいなーって思うところも
あるんだけど、ぐろいのと怖いのは、
絶対に混同してはいけない
と思うわけよ。

そうして、いまいち消化不良のまま、
映画は終了し、腹も減ってきたので、うどんでも
作ることにする。

そうして、うどんを作っていると、
ふと思いつくことが。

ふと気づいたのだ。
なぜ、あの映画は怖くなかったのか。

それは、「見えている」からなのだ。

思えば、この映画は、最初から、答えが見えている。
殺人をしているのは、(信じられない現象かもしれないが)
全部人形のチャッキーなのだ。
人形が、かなり堂々と、視聴者の目の前で殺人を
行っていく。

登場人物たちには答えが見えていないかもしれないが、
視聴者は、チャッキーが生まれた瞬間から、すべて目撃
しており、答えははっきりしている。

それに比べ、いわゆるジャパニーズホラーのほうが
怖いと言われているのは、こういう映画に比べ、
「見えない」からだろう。

比較的、最初に見たときは怖かった「リング」も、
決して、最初から、「貞子とはどのようなものであるか」という
正体は明かさない。
よく分からない怪奇現象が積み重なっていくうちに、
だんだんと、貞子の謎が分かっていくのだ。

そうそう、やっぱり、「見えちゃう」と、
怖さが半減しちゃうよね。

とか、そうやって考えていくうちに、ふと、思いついた。

そうか、これが、最近の「見える化」ブーム
一因か。

会社経営においても、やっぱり「見えない」のは
おっかないのだ、きっと。

だから、「見えない」ものに、「リスク」という名前を
つけて、そのリスクの正体を明かすために、
いろんなデータを集めて、「見える」ようにするのだ。

なるほど、みんな偉そうに「見える化」って言ってるけど、
ようは、そんな簡単な人間心理のせいだったのね。

でも、やっぱり「見えた」だけで安心しちゃだめなのよね。
「見えた」ってさ、ちゃんとそれに対処しないとさ、
やっぱりチャッキーに、殺されちゃうんだもんね。

「リング」だって、「見えた」ことは見えたけど、結局
最後まで、問題解決しないもんね。
原因分析が甘かったんだもんね。

そうして、私の頭の中で、映画と現実の境界線がよく
見えなくなってぐるぐると螺旋状のわっかをつくり始めた頃、
鍋焼きうどんが出来上がったのであった。

そうそう。
見えないより、見える。
見えるだけじゃなく、食べられる。

これが一番、幸せなんだな。
(短絡的)

2007年8月26日 (日)

復活の日

父の最近の悩み。それは、
お母さんと映画に行きたいんだけど、
趣味が合わないこと

なんだそうな。

思えば、テレビ番組の趣味が合わないのは、
今に始まったことではない。
父の見るプロ野球を母が嫌がるのは、
きっとどこの家庭でも似たり寄ったりだと思う。
私もぶっちゃけプロ野球中継なんて好きじゃない。

そして、プロ野球中継以上に父親が
好きなのが、映画。
そして映画と言っても、たとえば、
・ウルトラマンとかゴジラとかいうヒーローもの
・SF
・戦争映画
・歴史物

という感じの、どう考えても女子には受け入れられないで
あろうジャンルの映画なのだ。
そりゃあ仕方ないよ、お父ちゃん。

そんな父は、最近週末はだいたい
Gyaoをずーっと見ている。

テレビを見てると掃除の邪魔になったり、
「またこんなよく分からないテレビ見てー」
とか母に言われるから、Gyaoになってしまったんだろう。
娘としては、ちょっと複雑な心境だ。

そんな、女子には到底受け入れられない父の
テレビの趣味を、ある程度受け入れられる女子がいる。

私だ。

父ほどにマニアックではないが、戦争映画にしろ、
歴史物にしろ、そういう重厚な感じの映画を、
私も好んで見る。
父親と感想を言い合うこともできる。

そんな私に、父親は、1本の映画を観るように
言った。

それが、「復活の日」
最近Gyaoの昭和チャンネルでやっているらしい。

復活の日 DTSプレミアムBOX DVD 復活の日 DTSプレミアムBOX

販売元:パイオニアLDC
発売日:2002/03/22
Amazon.co.jpで詳細を確認する

父は、ヤマダ電機に向かう車の中で、
映画の題と、あらすじをちょっと話してくれた。

その話を聞いたとき、私はとっさに、洋画なのだと
思った。
だって、あらすじが

ドイツで作られたウイルスが盗まれて全世界に広がり、
世界中が壊滅状態になるんだが、そのウイルスは
氷点下だと効果がないので、南極に調査に行っていた
人は助かって、最終的にその人たちが人類絶滅を
免れて生き残る

という、なんとも壮大なストーリーで、しかも
1980年代の映画だというもんだから、
絶対ハリウッドとかそっちのほうだろうと
思ってしまったんだ。

でも、父親は次に驚くべきことを言った。
「監督は深作欣二

日本映画?!

しかも、原作も日本人だという。

なにそれ、それって絶対気になるじゃない。

実際見てみると、映画の作りは、確かに古い。
時折文字で出てくるあらすじのフォントとか、
内容とかに古さがにじみ出ている。
ストーリーの展開も、ちょっと無理なところもある。
最後なんか、偶然に偶然が重なりまくらなきゃあんな
終わり方にはならない。

それでも、中身は、今見ても、現実味あふれている
要素が詰まっている。
生物兵器の問題だけではなく、核兵器の恐怖、軍部の暴走
などが、1980年代ならではの、米ソ冷戦構造とあいまって、
リアリティを増幅させている。

確かに、米ソ冷戦を冷戦のさなかにこんな冷静に
描けるのは核を排除することにより、冷戦には加担
しなかった、日本ならではだったのかもしれない。

そして、日本人だけでなく、各国の俳優陣が
協力して1つの映画を作っていて、撮影は
南極を含めた全世界で行われている。
最近の日韓合作とかよりよほど金がかかってるんじゃ
ないのか。

さすが、深作欣二、と言わずにはいられなかった。

でも、2時間半もこんな重い内容を見てると、
結構疲れる。
明日あさってと連休だからちゃんと見れたけど、
もし明日会社とかいう状況だったら、途中で
ギブしそうな感じ。

だから、時間が思う存分あるときに、
じっくり集中してみることをお勧めします。
そして、その日の夕飯は、できる限り
あっさりしたものであるほうがいいでしょう。
こんだけしつこい映画観ると、中華料理みたいな
しつこいものは、絶対のどを通らないと思います。

そして、娘の親孝行としては、感想をメールで
送ってあげたほうがいいのかしら。
母は、こういう映画がたぶん一番だめだから。

2007年7月22日 (日)

干物

エステに行かない休みの日は、やることもなく、
妹も最近それが分かってきたのか、今日は
いきなり妹のうちに届いたベッドを組み立てる
助手として呼ばれる始末。

でも、最近、ちょこっとだけ楽しみが増えたのだ。

それは、買ったばかりの新しいPCで、1週間分
撮りためたドラマを見ること。

この前のPCは、どうやら電源的に逝っちゃったらしく、
DVDを見ようとしても、テレビを録画しようとしても、
急に電源が落ちてしまっていた。
だから、DVDはちっこいノートPCで見ていたし、
テレビの録画もできず、忙しい時期はかなり
ドラマを見過ごしていたのだ。

でも、PCが新しくなり、テレビは地デジに対応、
OSもVistaになった。

メモリも1Gになったし、これで思う存分テレビの
録画ができる。

ということで、早速今週から思い当たったドラマを
片っ端から録画。

そして、昨日から今日にかけて、それを再生している、
というわけだ。

と。
とあるドラマが強く印象に残った。

なんか、似てる。
どこかが、似てる。

似てるよ。
私に。

その子は、家では髪をきったなくまとめて、
Tシャツジャージ。
部屋は散らかり放題。
携帯メールも事務的な返事ばかり。
冷蔵庫にもあまり食べ物は入っておらず、
そしてなんだか親父くさい。

そんなことを書いている今の今だって、
私はTシャツジャージ。
髪は短くしたからさすがにまとめてないけど、
扇風機にあおられるままになっているから
かなりぼさぼさ。
どうせウィークデーは残業か飲んじゃうかどちらか
だから、冷蔵庫にあんまり保存はしていない。
最近、あんまり携帯にメールも来ないなー。
今日だって連絡があったのは、
「ベッドを組み立てるべし」という妹からの発令のみ。

おそらくみんな知ってるんじゃないかと。
ドラマ「ホタルノヒカリ」。

まるで私の生活を盗み見したみたいな
ふとどきなドラマ。
さすがに気になってHPを見てみると、
干物度チェックというコーナーがあるじゃないか。

めんどいけど、ちょっとやってみるか。
すぐ終わるよね。

・家に帰るとジャージ
  →当たり前。なんでいちいちスカートとか
   はかなきゃいけないっていうのさ。

・忘れ物は靴を履いたまま取りに行く。
  →。。。ほら、留めるところのある靴をしっかり
   履いちゃったあとだったりするとさ。
   しかたないよね。

・テレビに向かって一人突っ込み
  →え。みんなやらないわけ?
   タカトシを見ながら一緒に「欧米か!」とか
   言わないわけ??

・このチェックリストにチェックを入れるのがめんどくさい。
  →はい。
   だって10個くらいで終わるかと思ったら、20個も
   あるんだもん。

などなど、思い当たる節が次々と出てきて。

結果。
判定は、超干物女ってことに。

・・・やっぱり・・・

「でも女として生命として輝く時間を大切にしてほしい・・・
そろそろ恋とかしてみませんか?」

むむー。
余計なお世話だよ!!

・・・ってことで、皆さんも
干物度チェック、やってみてはいかがでしょう。

2007年6月10日 (日)

アジアンタムブルー

アジアンタムブルー DVD アジアンタムブルー

販売元:角川エンタテインメント
発売日:2007/05/25
Amazon.co.jpで詳細を確認する

おととい、初めて近くの花屋さんでアジアンタム
売られているのを見つけた。

そのタイミングで、ちょうどレンタルビデオ屋さんで
見つけちゃったんだから、これはちょっと運命的なものを
感じてしまったとしても仕方ない。

いや、分かってたのよ。
こいつをあのときの感動そのままに映画化するのが
いかに難しいかということは。

分かってたけど、これが、こわいものみたさ。

映画化、という話を聞いて、一番気になっていたのは、
葉子が松下奈緒ということだった、というのは、
以前ブログに書いたとおりだ。

いやしかし。
このキャストは、意外にもそんなに的外れでは
なかったんじゃないか。

松下奈緒が、あんなにあどけない役ができると言うのは、
ちょっとした発見であった、と思う。

いや、でも逆にいえば、それは、
もしかしたら、松下奈緒以外の気になる要因が
多かったから、と言えないことも。。。

主人公のエロ本編集者、山崎が阿部寛であるのは、
賛成だ。
賛成だがしかし。
なんだあのキャラ設定は。
離婚暦あり、不倫、大人の関係ってなんだ。

私の思う限り、山崎は、そういうものとは
無関係であるべきだ。

山崎は、本来、結婚とか不倫とかそういういわゆる
めんどくさいものを(おそらく潜在的に)避けて
生きてきた、そういう、情けなくて弱っちい男だ。

そういう弱っちい男が、愛する女性の死、という、
とてつもなく「めんどくさい」状況になったときに、
ひ弱なスーパーマンになって、病院からフランスへ
彼女を連れ出す、というそのギャップがたまらないと
いうのに、もともと男気あふれていてはその効果が
まったく出てこない。

あと、キャラ設定でいえば、違うのは、
編集長の人柄だ。

いや、小日向文世がいけないと言うことじゃなくて、
ちょっと勢いがよすぎる気がする。
あの編集長は、部下の前であんな必死に
編集者の心意気を語ってるのではなく、飲みながら
静かに心構えを語ってくれるものでなくてはいけない。
フランスに旅立つ山崎を、あんな正面切ってとめるのでは
なく、何も言わずに優しく見守ってあげてほしいのだ。

んー、まぁ、一冊の本を同じように読んで、
あれだけ人物設定の解釈が違っていた、という、
新しい発見をする、という勉強のためには、
見てみるだけの価値はあるんじゃないかと思った。

さて、妹のうちの電化製品も無事にそろい、
今日からはまた一人の夕飯生活に逆戻り。
葉子の「家族もできたし」という台詞に異常に
泣けてしまった、雨上がりの週末の夕方。

2007年5月 1日 (火)

ピタゴラ装置

ピタゴラ装置 DVDブック2 DVD ピタゴラ装置 DVDブック2

販売元:ポニーキャニオン
発売日:2007/04/18
Amazon.co.jpで詳細を確認する

不真面目な私は、はっきり言って受信料を返してほしいくらい
NHKをみないので、ピタゴラスイッチはリアルタイムではまったく
見たことはない。

そんな私がピタゴラスイッチの映像を初めて見たのは
あろうことか、youtube。

子供番組には明らかに不向きな、いつもここから。の2人が
シュールにアルゴリズム体操を踊っている映像だった。

それは、小学生時代に初めてウゴウゴルーガに出会ったときと
同レベルの衝撃で、こういうシュールな子供番組を公共放送が
放送する時代が来たというのは、ある意味恐るべきことだと
思った。

でも、結局NHKを視聴する習慣が身につく様子もない私は、
その後もピタゴラスイッチの全貌をすることもなく。
そういえば、まだ放送してるんだっけ?ピタゴラスイッチ。
みたいな。
(あ。まだやってる

でも、今日偶然行ったタワレコで、見てしまった映像が、
私の心をとらえて離さなかった。

その映像とは、
ビー玉だとかミニカーだとかが、本だとか、木の板だとか、
その辺にあるものを組み合わせて作った装置の上を
ころころころころ転がって、ゴールを目指す、という、
いわばからくり装置の数々。

そして、その装置のフィニッシュに現れるのは、
「♪ピタ・ゴラ・スイッチ♪」という音楽と、ロゴ。

まさか、こんなところで、またピタゴラスイッチに出会えるなんて。
こんな不真面目な私なのに、ここまで会いに来てくれて。
(膨らむ妄想)

そんなこんなで、こんな真夜中(もう朝)に、一生懸命
「ピタゴラ装置」鑑賞をしてしまった、というわけ。
(9連休中のため、生活が思いっきり乱れております)

ここに出てくるからくり装置は、超短い(小さな装置)から、
歌つきの超長いのまで含めて、全部で32種類。
平均すると、1つ30秒くらいだろうか。

全部ぶっ続けで見ても20分くらいで終わっちゃうし、
何より1つ1つの仕掛けがすばらしすぎるので、
全然飽きが来ないのだが、その中でも、特に秀逸なのは、
途中でビー玉が空を飛ぶ、「5つのビー玉」と、
ロゴがくるくる回ってすばらしいバランス感覚でフィニッシュを
迎える「ウルトラC(別名はげたか)」
あと、フィニッシュの意外性でいくと、「はんこ」と、
「ブラックホール」がすばらしい。
(って言っても、見ないと分からないよね。。。)

これらの装置、からくりはとっても複雑でわけが分からないが、
なぜかインテリア雑誌のようにすごく洗練された、装置の
解説本までちゃんとついているので、作ろうと思えば
作れる、はず。
(でもO型的には絶対無理)

でも、DVDを見終わって、このDVDのすばらしさの
確信を得るためいろいろ調べて、さらに感動したのは、
この装置は、大学の研究生の方たちが合宿でこの装置を
作っているということ。
そして、しかも、この研究室は、工学とか機械とかそういうのを
研究しているところではなく、環境情報学部なのだ。
装置を作ることが目的なのではなく、表現とか、教育とか、
そういう研究のためのツールとして、こういう装置を作り、
それを子供番組で見せることにより、子供たちの「考える力」
を育成する。
すばらしい。すばらしいじゃないか。

でも、このすばらしさは、一人で見てもなかなか伝わらないので、
どっかで大勢で見たほうが、きっと何倍も楽しいはず。
そういうコンテンツ。

・・・とりあえず、あと12時間もすれば長野あたりにいるはずなので、
きっと気乗りしないと思われる妹を隣に座らせて、無理やり見せると
しよう。

ってか、その前に、そろそろ寝ろって。

2007年4月15日 (日)

Holiday

「三日三晩泣き続けるでも、傷心旅行に出るでも
いいけれど、何か訣別のための『儀式』があるといい」

という文章が載っていたのは、3月のL25の
本のレビューだった。
(私がR25にしか興味ないと思っているみなさん!
私だってたまには女子用の雑誌も読みますよ!)

レビューされてる方の本は、唯川恵の『燃えつきるまで』

燃えつきるまで 燃えつきるまで

著者:唯川 恵
販売元:幻冬舎
Amazon.co.jpで詳細を確認する

仕事も恋も順調だった30代女子が、いきなり5年も付き合った
男から別れを告げられ、現実を受け入れられないままの
状態の上に、男は新しい女ができて、さらにその女に
子供ができて、急遽結婚。
そんな理不尽な事態に傷ついた女の方は、思い悩んで
仕事も上の空。
新しい女を逆恨みして犯罪すれすれのこともやってみたりの
デフレスパイラル。
(実は私の愛読書だったりする。最近は怖くて読めないけど)

その状態から抜け出すためには、何らかの『儀式』が必要だ、
という、そういう記事だった。

そんな『儀式』をテーマにした映画が、『ホリデイ』

失恋したばかりの負け犬女が2人。
リフレッシュしなきゃ、とばかりに決行したのは、
Home Exchange
自分の周りの世界から離れて、まったく知らない土地で
暮らして、さぁどうなる?
っていう、失恋旅行ドラマ。

失恋旅行って、日本だけの習慣じゃなかったのねー。
(いや、別に日本でも習慣ではないぞ)

予告編ではえらく深刻な話の予感がしたが、
意外にラブコメテイスト。
キャメロンの動きが全体的に大げさなのは、
チャーリーズエンジェルのくせが抜けていないから、
だろうか。

でも、ときどき、2人の女心が見えるときがあって、
そしてそれにはとても共感できて。
悪い男だと分かっていても好きになってしまう、とか、
強くなろうと努力していたら、いつの間にか肝心な
ときに泣けなくなってしまった、とか。

うんうん、分かる分かる。
(自分はラブコメ映画相手にワンワン泣いてるのに、
どうして泣けない女の気持ちが分かるんだ)

そして、やっぱり気になるのはキャスト。
今までジュード・ロウなんて軽そうなイケメン俳優には
まったく興味なかったけど、よく見ると。
やだ、ちょっとかっこいいじゃない!!
特に目が!目がいい!!!
吸い込まれそう、とはこういうことをいうのだ。

そして、ジュードの役が、あろうことか、ちょっと
泣き虫なのだ。
泣き虫は、少年らしさを助長する効果を持っている、
と勝手に思っている。
全然泣かない、とにかく強い男よりも、適度に
涙する男の方が、断然母性本能的にはやばいのだ。
イケメンなのに、涙がかわいい。
理想の男像はこれ、これなんだよ。

そして、キャメロンの足が長い長い。
猫足風呂につかって、浴槽から足を上に出すと、
顔より全然高い位置まで足が伸びるだなんて。
足で水道ひねるくらい朝飯前だ。
(水道ひねるようなシーンないけど)

それにしても。
こういうのを見せられると、失恋旅行=新しい恋を
ゲットする旅行なんだと妙な期待をもってしまう。
現実は、失恋旅行なんて行っても、そんないい男たちに
絶対会えるわけないのだ。
どうせ地図も読めない女一人で旅行に出かけても、
道に迷いまくって、ぼったくりに数回あい、怖いおじさんに
道端で声をかけられて、疲労しまくって帰ってくるに
決まってるんだ。
(超マイナス思考)

でも、4月5月はそんなに仕事もないだろうし、3月まで
まじでよく働いたので、そろそろリフレッシュをしたら
どうだろう、と昨日面談で言われたので、軽く旅行でも
してこようかな。
私でも絶対に迷わないような、単純工程の旅行先、
誰か教えてください。

2006年7月19日 (水)

インパクト!

最近、ブログのエントリーが極めて少ない、と
読者の方からご指摘を受けました。
大変申し訳ございません。(○ロマ風)

一応理由を述べさせていただくと、
やっぱり日付変わってから自宅に到着するような
毎日を送っておりますと、もう帰ったら、風呂入って
深夜番組見て寝るくらいしか・・・

むむ。
少なくとも、帰ってから深夜番組は見てるな。
しかもかなり没頭している。
寝る前1時間は、ぼーっとそんなの見ながら
無駄に時間を過ごしている、気がする。

と、言うわけで、今日は、深夜番組のお話。

月曜(もう火曜になるか)の夜中、ChimpanNewsChannelのあと、
インパクト!というお笑い番組がやっています。

「記録より、記憶に残る芸人を発掘する」番組らしいです。
要は、お笑いのオーディション番組みたいなもんですね。
さまぁ~ずと、この番組でしかみないMCの方が、美女に
囲まれて番組を進行していきます。

似たような企画が、いいともの中で一時期やっていたような
気がするのですが、
最初、芸人さんは、軽く開いたブラインドカーテンの後ろで
(10秒程度)芸を披露します。(テイスティング
その後、一人1秒のボタンを持った観客が投票を行い、
もう少しみたい!(=インパクト大)と言う人の数×秒に
応じて、最大1分の芸披露時間が与えられる、というものです。

そうして、ここに出てくる芸人さんたちは、昼間の番組では
まず出てこない人たちです。
多いのは、体はっちゃう系のガテン系芸人とか、
普通とは一風変わった、たとえば、オペレッタしながらネタやるとか、
そういう芸人さんです。

要は、江頭2:50が次から次へと出てくるような感じなので、
昼間だったらかなり引くと思いますが、夜中は、ちょっと気分が
おかしくなってるからでしょうか、それとも、その日もあまり
いいことがなかったからでしょうか、なんだか腹の底から
どうしても笑いがこみ上げてきてしまいます。
そうして、そのまま心地よい眠りにつけるわけです。

・・・でも、やっぱり夜中の魔法なんですかねぇ。
朝起きると、内容はなんとなく覚えてるんですが、
あの時出てた芸人さんの名前とか、なんであんな面白かったのか、
全然思い出せません。

まぁ、夜中のあの瞬間だけでも癒されるのであれば、
深夜番組としては合格じゃないでしょうか。

そんなこんなで、連日、深夜番組とゲームにいそしんで、
ブログのエントリーが少なくなっている、というわけでした。
(長い言い訳)

2006年7月17日 (月)

フライト・プラン/春の雪

夏の夜長(?)は、暑いから散歩がてらDVDでも
借りに行ってしまうわけです。

フライトプラン DVD フライトプラン

販売元:ブエナ・ビスタ・ホーム・エンターテイメント
発売日:2006/05/24
Amazon.co.jpで詳細を確認する

最近、上映が終わると、即DVDになりますよね。
これも、1月に上映してたと思ったら、5月にはDVDになってた
みたいです。

時が経つのははやいねぇ。

上映中は超CMやってたから、さぞかし面白いんだろうと
思って借りたんです。

ジャンル的には パニック・アクション なんですかね。
周りの人が言うせりふや、環境によって、悪意のない人たちが、
なんとなくだまされてしまって、最後にはジョディーvs乗客全員、
という構図が出来上がり、そこから一発大逆転、なるか?という
お話ですね。

でも、ねぇ。
いや、あまり言うとネタバレになるから言いたくないんだけど、
オチがあまりにもチープすぎやしないかと。
なにしろ動機が不明だ。
こいつが黒幕?という、意外な犯人設定まではちょっと
面白かったけれども。

うーん、★★☆☆☆、くらいかなぁ。
結構くそ映画でした。

春の雪 DVD 春の雪

販売元:東宝
発売日:2006/04/28
Amazon.co.jpで詳細を確認する

これも、2005年10月上映で、4月にDVD?
もう映画館いらずですね。

三島由紀夫の作品の映画化っていうから、素人目には、
どんだけ高尚な話だろう、と思ったのに。

時代とか、文化とか、そういう周りを高尚にしているだけで、
扱っているテーマは、結構低俗だった気がします。

要は、大人になれない20歳やそこらの男が、好きだと
素直にいえないまま他の男のものになった女を
取り返すためにどんどんどんどん周りの人を不幸にして、
最後は自分も不幸になってしまう。
超簡単に言うとそんなお話です。

ただ、不幸になるレベルが半端ない。
不幸って言うか、みんな壊れていっちゃう。
で、最後は当の本人たちも。
最終的にはどうやっても幸せになれないことは
分かりきっているのに、みんな巻き添えにして
破壊するなんて、なんともナンセンス、だと
思うのです。

私も大人になったってことかしら。

うーん、★★★☆☆ かなー。
思ったよりいけてなかった。

2006年6月20日 (火)

CHIMPAN NEWS CHANNEL

暇な部署から忙しい部署に移って半月。
これが、会社にとっての、正しい姿であると言い聞かせながら、
日々残業をしています。

そんな夜も遅い日の楽しみは、深夜番組。
最近あまり見てなかったんだけど、テレビつけたら偶然
やってる番組が、面白い面白い。
久しぶりに、私のテレビっ子魂に、火がつきました。

終電乗って、家帰って、テレビつけると8chでやってる
番組が、CHINPAN NEWS CHANNEL

こいつが、なんとも言えず、シュールです。

なんでも、
日本の小学生の数は1,350万人。
犬の数は登録してあるだけで1,700万匹。
テレビ局はもはや子ども向けの番組を作るよりも、
動物に向けた番組を作るべきである。
そんな発想からできたのが、動物による動物のための
情報番組。
『チンパン・ニュース・チャンネル』

と、いうことらしいです。
(番組オープニングより)

コンセプトどおり、司会が、チンパンジー
ゴメス・チェンバリン。
そして、アシスタントはニホンザルと亀。
挙句の果てに、ゲストは人間(番宣兼ねたお笑い芸人)で、
チンパンジーと掛け合いをしながら、番組を進行する、
という、人を食ったような番組です。

チンパンジーだから、時には暴れたり、話と全然
違うことしてたりしますが、そういう時は、天の声が、
「ご尤もー」とチンパンジーの口癖を叫びます。
これがなんとも人をバカにしたような、「ご尤も」。
心の底から絶対思ってないだろ、っていう。

見てるとなんだかちょっとむかついてきたりしますが、
頭空っぽにして、まったりテレビ見るにはぴったりです。

ちなみに、どんなに忙しい部署でも、水・金は関係なくても、
給料日はやっぱり一斉退社らしいです。
じゃあ早く寝れば?と思ったりもしますが、きっと、この番組
みたさに、ゲームしながら夜更かししそうな勢いです。

2006年3月21日 (火)

ミュンヘン

今週いっぱいで上映が終わってしまうということで、
やっとこさ観に行って来ました。

なんとなく、興味本位で行ってはいけないだろうと、
なかなか覚悟が決まらなかったため、しばらく
様子見をしていたところ、私と同じ考えの人が
多かったのか、あまりランキングもあがりませんでしたね。

結果的に、
観なきゃいけない映画のひとつではあると思う。
でも、それは、興味とか、エンタテイメントとか、そういうことでは
なくて、今の時代を生きていくためには知っておかないと
いけない、そういうレベル。

とにかく、かなりリアルに、次々と人が死んでいきます。
イスラエル人、アラブ人、そしてまたイスラエル人、
ときどきその他の民族も巻き込まれて。

誰のためにこんなことしてるのかよくわからなくなります。
国のためのはずだったのに、途中からそれが最終目的では
ないような気がしてくる。
じゃあなんのため?

こんなの絶対間違ってるって思います。
でも、じゃあ他にどうすればいいんだ、といわれると、
部外者が「殺すな」と適当に言って終われるような
そんな問題じゃない気がします。

でも、ときどき、答えのかけらみたいなのが
見えてきます。

たとえばそれは、ひょんなことから一夜を一緒に過ごす
ことになったアラブ人とユダヤ人。
お互い、どれくらい不幸で、どちらが正しいか議論する中、
後ろから流れる、Let's stay together

どっちが正しい、とかじゃなくて、とにかく、何とか一緒に
生きていけないものか。
という、答えのかけら

そんな精神論みたいなかけらでは、どうにもならないことは
分かっているんだけど、こういう、救いの見えないときには、
そういう些細なところに救いを求めたくなります。

・・・難しい。本当に難しい。
そしてそんなに楽しいもんじゃない。
でも、考えないといけない、そういうこと。

DVDになったら、借りる前に、そういう覚悟があるか
確かめてから、借りてください。

ミュンヘン公式HP

※映画の中で使われたLet's stay togetherはParis Match
 ものではありませんでしたが、リスペクトの意味を込めて
 リンク貼らせていただきました。
 オリジナルは
こちらみたいです。

2006年3月11日 (土)

南極物語

南極に取り残されたハスキー犬、タロとジロ
感動ストーリーが、ディズニーでリメイクされる
みたいですね。

調べてみたら、南極物語の原作が日本で公開
されたのは、1983年のことだったんですね。
もう23年も前のこと。

私が、南極物語に出会ったのは、小学校のときのこと。
小学校のお昼の放送は、給食の時間に、通常は
音楽を流したり、作文を読んだり、そんなことを5分ほど
やるものでした。
どの小学校にもあったはずの、日常ののどかなイベント。
私は結構お昼の放送ファンで、それが高じて放送委員会まで
立候補してやっていた時期があるくらいです。

そんなお昼の放送で、時折、スペシャルなイベントが
行われることがありました。
音楽の代わりに、ビデオを流すのです。

おそらく、校舎が新しくなって、各教室にテレビが設置され、
そのテレビをいかに有効活用するか、という施策として
利用していたのではないかと思います。

ビデオというのは、運動会の映像とかそういった学校
ならではのものから、映画のビデオのときもあって、
そのビデオの1つに、南極物語も入っていたのです。

あのころの記憶がいまいち定かではないのですが、
校舎が新しくなって、しばらくしてから、体育館と
ランチルームが新設されてからは、給食はランチルームで
食べるようになりましたが、私が南極物語を見てたのは、
教室で給食を食べていたころのこと。
だから、南極物語との出会いは、小学校3年生くらいの
冬の時期だったと思います。

タダでさえ、好き嫌いが多くて、給食食べるのが遅かった私。
そこに追い討ちをかけるように南極物語は、私の目に
衝撃的に飛び込んできました。
給食を食べることなんてすっかり忘れて、タロとジロを
応援し、南極に犬たちを置き去りにした人間たちに
非難の言葉を浴びせていました。

今思えば、私が非難していたあの俳優は、高倉健だったの
ですね。
なんと失礼なことをしていたのでしょう。

でも、お昼の放送の時間はビデオ放映のため、若干
長くなっていたとしても、1日たった15分。
しかも、1週間のうち、3日くらいはビデオをやるのですが、
毎日特別バージョンというわけにもいかないようで、
2時間以上ある映画は、いっこうに終わる気配を見せません。

で。結局。
記憶が定かでないのでなんともいえないのですが、
最後まで見てない気がしてなりません。
ビデオが完結する前に、冬が終わってしまったような。

こんな感じで、南極物語のCMを見てたら、なんだか
異常になつかしくなってしまいました。
南極物語の味は、給食の味
今度こそ、最後まで見てみようかな。

2006年2月22日 (水)

マキアージュドラマスペシャル

中吊り見てたらマキアージュのドラマのポスターが。

マキアージュドラマスペシャル

面白そう。
マキアージュユーザとしてはかなり気になるドラマです。
PCのHDD容量が気になるところですが、確実に予約します。

キャストは、
篠原涼子
栗山千明
井川遥
中越典子

マキアージュのCMに出てる、あの話題の・・・
じゃないみたい。

CMって、
篠原涼子
栗山千明
蛯原友里
伊藤美咲

じゃなかった?

よく見ると、えびちゃんはちょい役っぽいけどでてます。
まぁえびちゃんはモデルだし、ドラマも最近出始めて、
スローダンスの雪絵くらいしかまだやってないし、それは
いいと思うんですよ。

ただし。
なぜエルメスが出てないのか?
伊藤美咲なら全然フジで主役ばっかりやってるし、
いけると思うんですが。

こういうキャストだと、何かあったんじゃないかと
勘ぐってしまったり。
まぁ私は伊藤美咲派でないので、全然いいんですが。

それにしても中越典子は、どんどんかわいくなってる。
すばらしい。
このドラマの髪型のせいかもしれませんが、永作博美
ちょっと似てない?

皆様も、金曜の夜なんてうちにいないと思いますが、
できる限り予約しましょう。

だって、うちのHDDいっぱいになって途中で予約エラーに
なってたら誰かの借りないといけないので。

2006年2月20日 (月)

県庁の星

試写会に行ってきました。

県庁の星HP

まだ公開前なので、楽しみにしてる人は、この下は
読まないほうがいいんじゃないかと。
できる限りネタばれにならないよう気をつけますが。

まとめると、あとからじわじわ面白くなる映画ですね。
最初の1時間はぶっちゃけそんなでもなかった気が。
それでもあきらめずに見ていると、きっといいことが
あるはず。

面白おかしく見せるように努力はしてる感じですが、
ネタ自体はかなり既出の問題が多い。
お役所体質とか・・・
いや、こういう仕事してると見えてくる問題なだけかも
しれないんですが。
こういう話題は時代に左右されることも往々にして多いので、
収録のタイミングのときは斬新だと思ったのかもしれないけど、
もう少し、ネタ自体はがんばっていただきたかった。

あと、この映画は、織田祐二と柴崎コウのW主演ばかりを
取り上げていますが、私としては、こういう社会派な映画に
必要以上に恋バナは入れないようにしていただきたいのですが、
話題性を考えると仕方ないのか。
もうちょいプロジェクトKみたいに社会派っぽくやっていただけると
みんなまじめに見るのではないかと思いましたが。

でも、ラストの水戸黄門と2時間ドラマのおばちゃんの反撃は、
良くも悪くもリアリティーがあって面白かったです。
でも、あれは、次回予告をかねてるつもりかも、と思いましたが、
この映画で次回はなかろうに。

なんて。
今日はちょっと辛口批評でした。
ちなみに、プロジェクトKは興味はあるけどまだ読んでません。

20日、30日

今衝撃の事実を発見したので朝だけど短く書き込みます。

はつーかさんじゅにーちごぱーせんとおっふ♪
っていうイオンのCM、知ってます?

日本語だから分かると思うけど、
毎月20日と30日は全品5%オフ、なんだそうです。

でも、2月って、30日はないですよね。

私は勝手に、30日がなければ安いのは20日だけで、
悪く言えばごまかされるのかと思ってました。

そしたらさっき。

はつーかにじゅうしちにちごぱーせんとおっふ♪

だって。

30日の代わりは27日に実行されるみたいです。

来週27日はイオンへ。
23区内にはあまり店舗ありませんが。

2006年2月18日 (土)

きになるCM

最近、テレビっ子度がパワーアップしてます。

この前もぽーっとテレビ見てたら、きになるCMを2つ発見。

①ムサシコスギ
最近再開発進んでますよね。
銀座は僕のクローゼェー!!とか。
そんな感じで、最近武蔵小杉のCMもやってます。

中山美穂が、
「ヨクバリスギ、シアワセスギ、ムサシコスギ」って、
彼女にしか許されないようなギャグを言ってます。

それ自体は美しくてすばらしいんだけど。

でも、中山美穂って、今パリに住んでなかったっけ?
パリで撮影した化粧品か何かのCMもやってない?

いや、別に、本気で現在武蔵小杉に住んでる人を
起用しないといけないってわけじゃないけど、
「パリ」っていうイメージが固定化されてしまった人を
起用するのは、どうなのよ。

チューリッヒ
最近のチューリッヒのCMは、スイスというイメージから、
アルプスの少女ハイジを使ってます。

映像はあのときのまま、せりふだけを変更して使っていますが、
なんともシュールなCMに仕上がってます。

は:おじいさん!チューリッヒはインターネットや電話でお見積もり
   してもらえるんだって!

お:・・・うちにはインターネットも電話もないだろう・・・
は:!!!・・・はろーすーいすー・・・

シュールすぎる。
今までの「チューリッヒ=誠実」と、「ハイジ=感動物」の
イメージをお互いにぶち壊しあってるような、
そんなCMです。

にわかテレビ好き、という人種の人たちは、見たい番組の
ビデオ撮っておいて、あとでCMすっとばして見る、という人が
多い気がしますが、本気でテレビっ子になるには、CMにも
楽しみを見出せないとだめだと思う、今日この頃。

2005年11月25日 (金)

女の一代記

11月のはじめからCMでやってて、

第1夜:瀬戸内寂聴by宮沢りえ

第2夜:越路吹雪by天海祐希

第3夜:杉村春子by米倉涼子

だって、なんだかすごそうだ、と思って、ずーっと楽しみにしてたんだよ。ここ数週間。

そして、昨日、今日と拝見。

やるなら、スペシャルドラマとかで2時間とかで済ませるんじゃなく、ちゃんと1クールとってやらないとだめだね。

悪くない、悪くないよ。

でも、あまりにもハイライト過ぎるんだよ。

なんとなく一生が流れていってしまって、これでは大事なところが伝わってこない。

もったいないもったいない。特に宮沢りえがもったいない。

第3夜の米倉涼子はあまり期待できないし。

やるならちゃんと1クールで。次回はよろしくね。

女の一代記:http://wwwz.fujitv.co.jp/onna/index2.html?REP=Last