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旅行

2009年8月31日 (月)

RSR体験記(4)~After Rising Sun~

さて、結局寝過して、「勝手にしやがれ」
スキップしてしまった怠惰な私。

それでも、「勝手にしやがれ」が終わってしばらくすると、
テントの周りががやがやと騒がしくなってきて、これは
到底寝てられるようなテンションじゃない。

寝返りを打ちながら外の会話を聞いてみると、
どうやら、ツアーでやってきている方々は、
最後のステージが終わって1時間以内に荷物
まとめて出て行かないといけないのだそうだ。

そうだ、ここからが、Rising Sunの醍醐味じゃないか、
とほぼ2時間弱しか寝てなくて全然眠い体を奮い立たせ、
私はテントからのそのそと這い出した。

トリを務めるThe Pillowsというバンドは朝4:30から
始まる予定で、彼らが歌い始めて少ししたところで、
ちょうど朝日が昇り始める。

そのRising Sunをみんなで拝む、というのが、
本イベントの本来の目的である。

私が這い出してみると、まずは後輩君に、
「勝手にしやがれ終わっちゃいましたよ!」
軽く怒られる。

はい。存じ上げております。
やさぐれた先輩で、大変申し訳ありません。

「じゃ、行ってくるわ」と、トリをステージで
観たいファンの皆さんはテントエリアから
出て行くが、楽器屋さんの範疇外である
彼らのことは全く存じ上げない私は、焼きそばを
ほおばりながら彼らを見送って、日の出に
備える。

遠くからThe pillowsが流れ始めるころ、
空はだんだんと薄明るくなってきて、なんだか
すごくすがすがしい気分。

そして、3、4曲目のころに、本格的にやってくる、
Rising Sun

Cimg0712

富士山のご来光を見ると、心が洗われる、と言うけれど、
一晩中踊り狂ってへっとへっとで見る朝日というのも、
それと同じくらい価値があるんじゃなかろうかと思うほど、
すごい達成感。

へっとへっとにかまけて、寝てなくて本当によかったと
思った。

さてさて、そのあとは感動もつかの間、残りの焼きそばを
食べ終わると、そそくさと後片付けを始める面々。

テントたたんで、鍋とかを洗い、きちんと分別してごみを
処理し、テントに戻ってくると、メンバーの一人が言った。

「ピラミッドやらない?」

へ?なに?なんでこの状況でピラミッド?

「4+3+2+1はいくつだ!」

状況を理解できないうちらに、提案者は若干キレ気味の
様相を見せ始める。

「・・・10?だよね?」

と、ここで気づいた。

今日ここに集合しているアラサー+若者集団は、
全員で10人。

10人ならば、ちょうどきれいな4段ピラミッド
できるってわけだ。

普通ならへとへとでそんなことやってる場合では
ないのであるが、へっとへっとまで行くと、テンションが
若干おかしくなってくるらしい。

「いいねそれ!」

と、勝手に口が合意してしまう。

そんなこんなで、やってしまったのが、
この、オトナノピラミッド


(上が。切れてる。。。)

うちらのカメラがバシャバシャ言うのはいいのだが、
この変なテンションがよほど珍しかったのだろう。

周りの何にも知らないギャラリーも、いつの間にか、
バシャバシャ写真を撮っている。

さっきの朝日のときとはまた一味違った、しょうもない
達成感。

そうして、アラサーと若者の壁がやっとこさ取り払われた
ところで、ドラクエ集団はお近づきのしるしにすれ違い
通信をして、そのあとみんなで再度お風呂に入ると、
アラサーと若者は、再び2つに分かれた。

札幌観光に向かう若者と。
洞爺湖に向かうアラサー達と。

もちろん洞爺湖方面に乗り込んだ、やさぐれアラサーの
私は、同じくアラサーの男たちに囲まれて、一路洞爺湖に
向かう。

そう。この半徹夜明けの状態で、私たちはこれから
洞爺湖観光をしようという、アラサーとは思えない
無謀な計画を立てていた。

徹夜明けでコンタクトも付けられず、あのものもらい
騒動
以来のありえないメガネ姿でたどり着いた洞爺湖。

本当は旅館に入ってひと眠りしたいところだけど、
洞爺湖なんて人生において再び来れるかどうか
分からないので、無理やり観光する。

洞爺湖見て。

Photo

ウインザーに行く途中で偶然見つけた
メジロ牧場でメジロドーベルに会い。

Photo_2

そしてTシャツにジーンズ、というあるまじき
恰好でウィンザーに侵入し、素晴らしい
たたずまいの教会に、可能性が見えない自分の
結婚式への思いを馳せる。

Photo_3
(画面の手前のきらきら光ってるのが教会)

そして、ホテルでまったりすると、初日のあの騒ぎが
再来する。

そう。ドラクエ三昧

夕飯待ちながらドラクエして、
夕飯喰ってまたドラクエ。

しかしながら、何しろアラサーになってしまった私は、
気持は若くても、体がついて行かない。

お風呂のあと、洞爺湖の花火を見ながらも、
私の頭の中は、現実と夢の世界を行ったり来たり。

それでも張り切って、夕飯のあと再びドラクエに
チャレンジしようとして、他人の世界に飛び込んだ。

ところまでは確実に覚えている。

しかし。
そこから先の記憶は一切途切れたまま。
気づいた時には私はDSを布団のわきに置いて、
眼鏡も取ってしっかり布団にくるまっていたのだった。。。

そんなこんなで、自分がもう若くないことを思い知らされた
ところで、おそらく最初で最後のRSR旅行、終了。

そう。
アラサーである私たちの中には、そろそろ家庭を
もつような輩もいるわけで、家庭を持ってしまうと、
こんなお盆真っ盛りの時期に、家族を置いてロックフェスに
行くわけにもいかなくなる。

そんなアラサーとしては当たり前の人生のサイクルに
すっかり置いていかれている私は、そんな話を聞くたびに
若干へこんでしまうわけだが、でも大丈夫。

独身だからこそ、あんだけきれいでみずみずしい
キョンキョンという、あこがれの存在ができた
わけだから。

・・・というのは、きっと強がりなんだろうけど、さ。

2009年6月 1日 (月)

怒涛の週末その3~そしてさいたまダービー~

さっきまで大降りだった雨がぴたりと止まって、
私たちの二日酔いがちょうど回復の兆しを
見せ始めたころ、車は浦和美園のとある
コンビニの前に停車する。

と、ここで手渡されたのは、真っ赤なユニフォーム。

はてさて。
そろそろ説明しておかないといけないであろう。
とか思って、とりあえずぐぐってみると。

【さいたまダービー】
埼玉県さいたま市にホームタウンを置く日本プロサッカーリーグ(Jリーグ)のチーム、浦和レッドダイヤモンズ大宮アルディージャが対戦する試合(ダービーマッチ)の呼称である。

だって。

単に周りが適当に呼んでいるだけかと思ったら、
しっかりWiki先生にも載っているだなんて。
恐るべし、さいたまダービー

さてさて。話を戻して。
ここで突っ込みたい人もいるんじゃなかろうか。

真っ赤なユニフォーム?と。

ここで、もう一回Wiki先生の下のほうを読んでみると、だ。

1997年までアルディージャは浦和市を本拠とした実業団の
○○○関東サッカー部だった

旧○○○サッカー部であったところの
アルディージャのユニフォームは、オレンジ

対する浦和レッズのユニフォームは、

と、いうわけで、なんとも非国民、ならぬ、
非サラリーマン的な雰囲気の中、真っ赤な
ユニフォームの私たちは、スタジアムに入って行く。

この前は会場は一緒だったが、日本代表戦だったので、
会場は全体的に青かった。

しかし、今回は真っ赤なユニフォームのチームである
からして、会場は当然ながら、真っ赤
ところどころに黒まで混ざって、これじゃあ完全に、
真夜中バイクを飛ばしているお兄ちゃん達の集団
である。

しかし、それより気になるのは、お互いの
剥き出し闘争心である。

あっちのサポーター席のど真ん中に掲げられた
旗には、「大宮独立」の文字。
浦和なんか消えちまえ、ってことだろうか。

まぁなんと恐ろしい。

と、思ったら、こっちもこっちだ。

Reds

橙想心 っていうのは、大宮さんのスローガンみたいな
ものらしい。

そこから漢字を変えて、逃走心

さらには、大宮さんの監督の張さんをもじって、
倒チョン心・・・

ひどい。
そして野蛮。
さすが埼玉。ってかさいたま。

ま、こんなに試合前に盛り上がっても、
結局、実力から言って、浦和さんの
圧勝であろう、と、私は高をくくっていた。

が。

試合開始たったの8分。

あっという間にゴーーーール!したのは、
私の予想を大きく裏切って大宮さん。

その後、前半終了チョイ前に浦和さんは1点
返したものの、いまいち勢いに欠け、後半
ロスタイムの終了間際に、5回くらい立て続けに
シュートしてみたもののそれらは1つも入らずに、
結局試合は1-1の引き分け。

これが、魔のさいたまダービー、ってことなんだろうか。

さて、旅行はここでおしまい、なのだが、バスケ
メンバーは再び降ってきた雨の中をさらに南下して
都内へ入り、そのままバスケの練習へ向かう。

昨日のお酒がぶり返したのか、単に疲れたのか、
血の気の引いた顔で、ふらふらとボールを追いかけながら、
私は考えた。

バスケを始めてそろそろ1年半。
そもそも苦手で大嫌いだったバスケを始めてからと
いうもの、苦手だったものとか、大嫌いだったものに
流されるままにチャレンジしている私がいる。

それはたとえば駅伝
スキーだって、今までもやってたけども、
自分からスキー買ってまでやろうと思うことは
今までなかった。
そしてサッカー観戦ラフティング

運動は苦手なの、とか、スポーツ見るのは
興味ないの、とかいろいろ言い連ねてみた
けれども、結局、単なる食わず嫌いだったって
ことだろう。

飲み会は選別しなさい、とか、遊ぶ相手は
選びなさい、とか、この年になると絞り込みを
要求される場面が多くて悩んでしまうことも
あるけれども、今まで食わず嫌いで生きてきた分、
ちょっと遅いかもしれないけど、これから広げて
行かなきゃいけない世界も、きっとあるはず。

そう思ったらふらふらしてるけどなんかちょっと
すがすがしくなって、大雨の中、私たちは、
ラーメンを食べて解散した。

2009年5月31日 (日)

怒涛の週末その2~時間つぶしに弟子入り~

日曜の朝8:30。
昨日ラフティングで盛り上がったはずの私たちは、
なぜかものすごく低いテンションで朝食を無言で
食べていた。

別に喧嘩したとかじゃない。

昨日の夜、宿にたどり着き、軽く風呂に入って
体を温めたメンバーは、夕飯をはさんでもう一回
しっかりと風呂に入って旅館の風呂にありがちな
なんちゃらの塩を体中に塗りつけて大騒ぎし、
さらには脱衣所で顔にいろんなクリームをそれぞれに
塗りたくりながらガールズトークに花を咲かせた後、
10時くらいから宴会を始めたのだった。

最初は自己紹介でもしながらまったりと酒を飲んで
いたのだが、男性陣はそれじゃ飽き足らなかったのだろうか。
途中から、黒ひげ危機一髪なるゲームを
持ち出し、がんがん黒ひげおじさんを飛ばしまくって
飲みまくり、それでもまだ満足できなかったのか、
よく似た形のR15黒ひげおじさんを持ち出して、
ちょっと大人の罰ゲームでひとしきり騒ぎ終わった後、
最後は腹が減ったとカップラーメンを持ち出して、そこに
ウコンやらコーラやらファンタやらを混ぜ合わせて
みんなで食べる、という暴挙に出て、結局寝たのは
朝4時過ぎ

社会人7年目にもなって、これじゃ大学の
合宿
である。

社会人2年目くらいの女の子たちはそれでも
元気そうだが、7年目のおばちゃんとしては、
もう少し寝ていたい。

それでも、宿のチェックアウト時間は10:00。
昨日の夜の燦々たる祭りのあとを片づけて
出て行かないといけない。

でもさぁ、これからどうするの?

今回の旅行の予定は大きく2つ。

1日目は群馬でラフティング
2日目は埼玉でサッカー観戦

でも、サッカーは夕方からなので、とりあえず
午前中はやることないのだ。
しかも、私たちの寝ている間にどうやらひと雨
降ったらしく、外はどんよりとした曇り空。

それじゃあさぁ、たくみの里行こうよ。

と言い出したのは、水上経験者の幹事の方。

前回、スキーに来たときにそこで陶芸品を作って、
ちょっとおもしろかったんだそうな。

昔から美術と技術は出席点だけで生きてきた
私は、あんまり乗り気ではなかったのだけども、
外は雨なので、野外で遊ぶこともままならないわけで、
ほかに選択肢もないから、そこは大人しく幹事の
意見に従うことにした。

有無を言わさず陶芸をやらされるのかと思った
私は、たくみの里の総合案内所である道の駅で、
軽く驚愕した。

たくみの里、というのは、陶芸体験所という
わけではなく、木工細工、絵、染物、ガラス細工などを
とりあつかう工房の集合体のことだったのだ。

たくみのメニューを見ながら、どれにしようか考える。

染物とガラス、どっちがいい?
と聞かれて、私は思い出した。

そういえば、うちには花瓶がないことを。

ホワイトデーで花束貰っても、結婚式でブーケ
ゲットしても、うちには花瓶がなくて、こっそりと
私は、お料理の時に使うボールの中にお花を
飾ってしのいでいたのだ。

しかし、それではあまりにも女っ気が足りない。

そんな私の個人的な理由から、私たちは8人
揃ってガラス細工を体験することにして、
たくみの家に向かった。

ガラス細工、というからには、テレビでよく見る、
ガラスを膨らますあれかと思ったら、どうも
そんな大層なものじゃないらしかった。

たくみの家に並んでいるのは、すでに出来上がって
いると思われるグラスの数々。

私たちがやるのは、そのグラスに模様をつけること
らしい。

それぞれに、グラスと、紙に書かれている絵を
持って席に着き、グラスに絵を張り付けて、紙の
上から絵のとおりにカッターで削って行く。

あー、これ昔やったわ。
年賀状。

小学校の時にやった、版画の年賀状を思い出しながら、
地道に削って行く。

あの時は、指の位置を間違えて、彫刻刀を人差し指に
ぶっさして、そのまま絆創膏まいて公会堂の行事に
行ったっけか。

なんて昔の思い出に浸りながら、カッターを進めて
いく。
みんなも似たようなこと考えてたんだろうか。
それともただ疲れているだけなんだろうか。
たくみのおじちゃんは昨今の新型インフルによる
影響などを話しているが、みんな無言。

ただひたすらにカッターを進めていく。

そうして、45分も経った頃、私は気づいた。

簡単な絵柄を選んだはずなのに、気づけばすでに
半分以上の人、それも、私よりよほど難しい絵柄を
選んだ人たちが削り終わって、次の作業に入って
いるじゃないか。

やべ、これでは小学校のころと一緒だ。
どんくさくて何やるにも一番びりだった小学校の
頃と。

無理やりに朝顔を削り終えると、次はなにやら
粉のようなものを吹きかける作業に入る。

たくみの話によると、これは紙やすりの粉みたいな
もんで、これを吹きかけることによって、ガラスに
傷をつけているってことになるんだそうな。

ふーん。
ガラスに傷付けてるような感覚は全然ないのだが、
とりあえずたくみに言われたとおり粉を吹きかけ、
グラスを洗って出来上がり。

なんとか、クラスで一番最後になるのは免れて、
物のできはどうあれ、私は満足だった。

Cimg0504

気づけばもうお昼。

まだまだ眠い私たちは、それでもさいたまダービー
観戦すべく、一路埼玉にむかった。

2009年5月30日 (土)

怒涛の週末その1~チキン野郎のラフティング~

絶叫マシーンはきらい、ってか乗れない。

ネズミの国のスプラッシュなんちゃら、の
最後の滝で泣いたことがある。

スペースなんちゃら、がこわすぎて、
乗り場にたどり着く前に、「チキン野郎用出口」
から下界に戻ってしまったこともある。

そんな私が、ラフティングをやることに
なってしまったのは、いわゆる勘違いってやつだ。

それは、夜のお肉にありつくため、お昼から母と一緒に
焼肉屋に並んでいたときのこと。

友達から「ラフティングに行かない?」
いうメールが来たのだが、ラフティングってなんだっけ。

普段ならとりあえずPCで検索してみるのだが、
ここは焼肉屋。

ああ、たしかあれだ。
カヌーで川下る、あれ。

と、私と母は、実家の近所でよく見た光景を
ラフティングだと仮定し、即OKしたのだった。

そんな土曜の朝。

2台の車に分乗して向かった先は群馬の水上
メンバーは8人。

8人、というのは、ラフティング1台に乗れるのが
8人だったから、らしい。

しかしながら。
カヌーだと思い込んでいた私の前に横たわって
いるのは、それとは似ても似つかないゴムボート

どうやらラフティングとは、このボートの両端に
いわゆる箱乗りの体勢で乗って、雪解け水が
激しく流れる急流の中を、エキサイティングに下る、
という、実家のあたりでよく見かける
ほのぼのカヌーとは、似ても似つかぬ
ハードなスポーツであるようだった。

ベルトとか全然ついていない、簡単なゴムボートと、
雪解け水が轟々と流れる急流に、周りのみんなは
楽しそうにしてるけど、チキン野郎であるところの
私は、心の中ではがくがくぶるぶる

しかも、8人乗りだけど、インストラクターの
お兄さんが最後の1人となるため、乗れるのは
7人。

ってことで、はみだしてしまう私たちのグループは
2台のボートに分乗することになり、2つに引き裂かれた
ことで、さらに心細くなるチキン野郎な私。

簡単にボートの正しい乗り方と、正しい漕ぎ方を
教えてもらうと、私たちはすぐにボートに乗り込んだ。

乗り込むと、すぐにインストラクターのお兄さんは言った。

「すぐそこに急流があるからね!」

え?!どうしよ。まだ心の準備が・・・

とはいえ、お兄さんは言うのだ。
ほら漕いで、もっと漕いで、と。

そしてすぐ、お兄さんは指示した。
「はい、しゃがんで!」

箱乗りの体勢から、ボートの真ん中の凹みに
しゃがむ体勢に即座に切り替えて、ボートに
張り巡らされているロープをつかんで、体が
投げ出されないようにするのだ。

とはいえ、急流の勢いは半端ねぇ。
川のくぼみに入り込んだボートは、どぶん!
バウンドし、あれほどしっかりつかんでいたにも
かかわらず、私は浮き上がって、前の人の背中に
激しくぶちあたった。

川に落ちるってことはなかったけど・・・顔が痛い。

その後も、私たちは、漕いではしゃがんで
バウンドに耐える、という、みんなにとっては
エキサイティング
な、私にとっては恐怖
時間が繰り返された。

Dsc_0035
(この写真の右下のあたりがバウンドポイント)

しかし、しばらく行くと、ボートは温泉街
中に入って行く。

Dsc_0088

急流には閉口するが、これは絶景である。
(温泉旅館はちょっと寂れていて残念だけど)

そして、橋の上では温泉に遊びに来ている
おばちゃんたちが手を振っていて、なんとも
のどかな光景である。

そういえば、急流にもだんだん慣れてきた気がする。

そんなこんなで30分も経っただろうか。

「ここでだいたい急流は終わり。あとは
景色を楽しみながら行きましょう」

と言われ、ちょっとリラックスして後ろを見ると、
他のボートのみなさんは、自分から川に落ちたり、
他の人たちを落としたりして遊んでいる。

しかしながら、そんな勇気のある行動に出られる
人間のいない私たちのボートは、余計なお遊びを
することなく、淡々と緩い流れに流されていった。

それなのに。

ボートは、いったん止まろうと、川の端っこに
寄って行った。
目の前には防波堤。

でも、そのときお兄さんは言ったのだ。

「壁にはぶつからないよ」って。

しゃがめとも言われなかったし、だから一番後ろの
私はリラックスして、ロープにつかまることもなく、
流されるままになっていた。

それがいけなかったのだろうか。

お兄さんの予言は外れ、ボートの前面が防波堤に
ぶつかり、ボートの後ろ側が大きくバウンドしたそのとき。

一番後ろの私はバウンドに耐えられず、まるで
後ろにでんぐり返しするように、川に落下した。

コンタクトなのに、思わず目をあけたまま
冷たい雪解け水に入ってしまった私は
混乱の中で、本能的に思った。

Stand UP!Stand UP 私!

しかしながら、川は思ったより深く、全然立つことが
できない。

そんなとき、事前レクチャーのお兄さんのセリフを
私は奇跡的に思い出した。

川の中で立つと怪我するから、立とうとしては
いけません。

落ちたらとりあえず、パドルをボートの上の人に
渡すこと

(1つ3,000円もするんだから)
そして、自分はボートのヘリのロープにつかまって、
ボートから離れない
ようにすること。

そうだ、ロープ。
ロープどこ?

川の流れはちょうど緩やかなところだったので、
私とボートの間はそんなに離れておらず、だから
私はとりあえずボートまでたどり着いてロープを握り、
助けて!の体勢をとって、男性の皆さんに無事
捕獲されたのだった。

ずぶぬれ。
しかも、川の中で目をあけたのがいけなかったのか、
片方のコンタクトがどこか行ってしまった。

それでも、私はなぜか穏やかな気持ち
だった。
絶叫マシーンではあんなにパニックになると
いうのに、それ以上に追いつめられると、
意外に冷静になるってことに気づいて、私は
なんだか達観した気分になった。

周りも、まぬけな私が川に落ちたのを見て、
吹っ切れたようで、周りのボートとじゃれ合って
川に落ち、そのまま流されて他のボートに
引っ越し
する人間まで現れる始末。

そこはもう、無法地帯だ。

そして、みんなの遊びが手に負えなくなったころ、
スタート地点から12kmほど下ったところで、
ラフティングは終了。

ずぶぬれで冷たくて、長靴をはいた靴の中では
足がふやふやだけども、それでも川に落ちたことで、
どこか限界を突破して、ひとつ大きくなったような、
そんな気がした、ある晴れた土曜の夕暮れ時。

ボートを降りて再度合流した8人は、体を温める
べく、近くの温泉に向かった。

2009年5月 3日 (日)

パンデミック旅行記(3)~あっという間の帰国~

結局、BonniePinkの言うとおりになってしまった、
と、飛行機に乗ってオーディオをつけながら思った。

彼女の予言したとおり、2泊の出張になって
しまったと。

そして、運よくビジネスシートに座れた私たちの
ところに、それぞれ配布された、2枚一組の紙切れ。

健康状態質問表(?)と書かれたその紙には、
熱はあるか、とか、咳は出るか、とか書かれていて、
要は、うちらに新型インフルの症状が出ていないか
調べるため
なのだ。

なんとなくすぐ書けという雰囲気だったから、
とりあえず書いてはみたものの、特に回収される
こともないまま、飛行機は飛んでゆく。

と、私はあることに気づいた。

みんなの見ている映画。
明らかに、意図的なのか、偶然なのか、4月の
リストに入っていた感染列島を見ている輩が
多いようだ。

なにみんな。
それ、予習のつもり?

そういえば、以前、看護師の妹が言っていた。
あの映画は、かなりリアルに作られているので、
看護師としても、そのときに備えて、しっかり
観ておいたほうがいい映画なのだと。

・・・ふん。
だからなんだっていうんだ。
私は絶対に観ないからね。
パンデミックのせいで即帰国になってしまったというのに、
これ以上パンデミックの映画なんて、観てやるものか、
絶対

でも、まさか本当に、あれが現実になろうとは。

飛行機が出発してから14時間。
やっとこさ日本に着いた私たちは、飛行機から
早いとこ降りて、早いとこ帰って寝たいと思っていた。

何しろ、到着したのは日本の祝日の午後。
明日はふつーに日本で会社に行かねばならないのだ。

しかし。

しばらく待て、と機内放送は言った。
携帯を使うのは特別に許可してやるから、
いかんせん降りるな
と。

そして30分後、あいつらがやってきた。

青くてやすっちい手術服みたいなの着て、
強靭なマスクして、絶対今回の事態には
関係ないと思われるゴーグルまでつけて。

・・・そう。
感染列島の格好そのままの、検疫の方々が。

どうやら、飛行機が着いてから彼らが入ってくるまで
30分もかかってしまったのは、あまりにも急なことで、
検疫担当の人数が足りておらず、他の飛行機の検疫に
手間取っているうちにどんどん飛行機が到着して
しまうからなんだそうな、と、いうのは、帰ってから
テレビ見ていてやっとわかったことだ。

そんな事情で、彼らは少しづつ到着し、特に
何も言うことなく私たちの手元の健康質問表を
回収していく。

…口もききたくないってこと?
感染してるかもしれない輩とは。

と、あとから入ってきたのはポラロイドカメラみたいな
物体を持った係員。

あやしげなカメラをいろんな角度に向けながら
ゆっくりと進んでいく。

そうかぁ。
あれがうわさのサーモグラフィー

カメラマン、もとい、熱測定員の方が通り過ぎると、
前の席のほうはすっかり静かになる。

でも、飛行機のドアは空かない。
近くて遠い、日本の入口。

と、先ほどまでの淡々とした様子とは違った、
明らかにあわてた3人の男がどたばたと
後ろのほうに走って行った

バケツの中には、体温計らしきものがいくつかと、
布みたいなもの。

おいおいなんだよ。
なにがあったんだよ。

そしてまた不気味な静寂。

検査が始まってから約20分後。
機内放送が入る。

「まだ状況がわかりませんので、
もう少々お待ちください」

状況って、なんの状況??

・・・結局、私が日本の地を踏んだのは、検査が
始まってから30分後。
ってことは、飛行機が着いてから1時間後のこと。
みんなにそれぞれマスクと、こんな紙を配って、
検疫の方たちは帰って行った。

Cimg0423

日本の入口のところには、新聞社の方たちが
待ち構えており、私たちはまるで芸能人のように
迎えられ、「機内の様子は」「検疫の人から質問は」
との彼らの質問を、まるでお忍び旅行から帰って来た
芸能人
よろしく無言で通り過ぎ、やっとこさ日本に
入国したのだった。

次の日。

日本で会社に行くのがめんどくさくなってしまった
私は、とりあえず2時間休んでのそのそと出ていく
ことにし、課長様にご連絡させていただいたのだった。

と、始業時間のはずだった時間の直前。
2時間遅れの私がのそのそと化粧をしていると、
けたたましく会社携帯が鳴った。

なんだよ、休んでるんだよいまは!!

とかぶつぶつ言いながら電話に出ると、それは部長様。

「どうしたの!熱があるの?」

え。。。あ、いや、熱ないですけどあのその・・・

「違います、ちょっと時差で」

時差ボケになるほどアメリカの時間に慣れてなかった
だろ、私。

「あ。そう。どこか具合悪いってことはない?」

・・・はぁ。どこも。
むしろビジネスシートでよく寝たので、いつもより
調子いいくらいです。

不可解な電話をとりあえず切り上げると、
今度はメールがやってきた。

今度は課長かよ。。。
同じ場所にいるはずなのにどうして別々に
連絡が来るんだよ。

とかぶつぶつ言いながら、メールを開くと。

「総務部からの指示だから、発熱がなく、
出社する場合はしっかりマスクをつけてくること」

・・・知ってるよ。
だからさ、その、出社する場合は、ってやめなよ。
会社命令で出張行って来たんだし、休めば休んだで、
さっきの部長みたいな感じで、めんどくさい対応を強いられる
はめになるでしょ。

と、理不尽な命令にいらいらしながらも、
私は家を出て会社に向かう。

バッグの中に、しっかりと飛行機でもらった
マスクを忍ばせて。

2009年5月 1日 (金)

パンデミック旅行記(2)~フェーズ4~

その日、いったん朝食で散会した私たちは、
お昼に再び集まって、相変わらず豚インフル
話をしていた。

その場には、日本からやってきていたお医者様も
いて、お医者様から今回のようなパンデミックの
手ほどきを受けていた。

お医者様というものは、どうやら常にタミフル
持っているらしく、今回もしっかりタミフルを
携帯されているのだという。

「ま、みんなの分はないんだけどね」

と、お医者様は高らかに笑った。

「だけど、今回、新型なのにタミフルなんて
効くんですかね」

というのは素人の質問。

先生曰く、今回の型というのは、既存の
インフルエンザと似通ったタイプなんだそうで、
だからたぶんタミフル飲んどけば大丈夫

なんだそうな。

そうか、じゃあ安心だな。

と思いながら、昼食は散会。

どうやら、これなら帰らなくてよさそうだ、と思ったのは、
ほんの束の間のことであった。

フェーズ4になったらしいよ!」

と、夕方に一大ニュースを持ってきたのは、仲の良い
他社の方。

ん?
フェーズ4って何。

と、とりあえずパソコンを開く。

フェーズ4
限定されたヒト-ヒト感染を伴う小さなクラスター(集積)が見られる。しかしウイルスがヒトへ十分順応していないことを示唆するように、拡散は非常に地域的に限局している。

なぁんだ。地域的に限局、か。

って、またもや楽観的に考えていた私だが、
どうやら上はそうもいかなかったらしい。

それは夕飯のときのこと。

お昼すぎにやっと到着した後入りのお客さま方が
時差ボケを直してやっと起きてきたこの頃、
日本のビジネスタイムが始まってしまった。

そしてさっそく、今日の朝(=日本の月曜のお仕事
終了後)つながらなかった上司への電話をかける
部長様。

数分後。
電話を終えた部長様が戻ってきて、運命の
一言を告げた。

「明日の飛行機で、帰ります」

ええええええええ。
だだだって、私まだここについてから、1歩も
外に出てないのよ。

そそそれに、お客さんだって今やっと時差が
直ったところで、本格的に始まるのは明日
じゃない。

なのになのに、帰るわけ?
帰ってしまわれるわけ?

その質問に部長は答えないまま、とりあえず次の
指示をだす。

「とりあえず、飛行機変更の手続きをとって」

・・・は、はい。。
わわ私も、社の方針には従わなければならない
ササササラリーマンのはしくれですから。

すかさず出張の手配をお願いしたおねいさまに
お電話をかけ、日本からやってきた残念なお知らせを
ぐるりと伝え返す。
この数時間で飛行機の座席がいっぱいになってしまった
という奇跡を心の中で願いながら。

「では手配して、30分後に電話します」

おねいさん、仕事、早いっすね。。。

というわけで、思いがけず最終日になってしまった
アメリカ2日目の夜、関係者で打ち上げをしようと、
私はこの旅行で初めて、ホテルの外に出た。

アメリカ北部は仙台とおんなじくらいの気候だと
どこかに書いてあったが、そんなのウソだと思った。

外に出ると、急にやってくるモワッとした暑い空気。

これはあれだ。
ちょっと涼しい、サイパンの夜。

10分ほど歩いて日本料理屋にたどり着き、
お酒を頼むと、パスポート見せろと言われた。

思いがけず、未成年に間違われるアラサーの私。
これも、アメリカンドリームのひとつなんだろうか。

それでも、アメリカの夜はどうやら早いらしい。
あっという間に店が閉店だから、と追い出され、
あっという間にホテルに戻る。

あ。そうだ。
忘れてた。

30分後に電話かかってるはずだったのに、
外に出たことがうれしくてすっかり忘れてた。

急いでかけなおすと、おねいさんから残念なお知らせが。

「飛行機、とれました」

あー、取れちゃったのねー。

しかも、追加料金も手数料もいらないのだという。

豚インフルだと言ったら、追加料金なしになったのだと。

そんな緊急事態なのかね。

と、周りの他社の方に聞いてみると、どうやら
騒いでいるのはうちだけのようだ。

会社によってこれほど対応が違うものなのかと
思い知らされて部屋に帰り、ぶつぶつとメールを
開くと、また総務部からメールが入っていた。

曰く、出張、旅行を問わず、ゴールデンウィークに
海外に行く輩は全員報告してから行くこと。

帰ってきたら10日間は要観察。

熱が出たら休むこと。

熱が出なくて出勤する場合は、オフィスでマスクを
着用すること。

と、ここまで読んで私はいい加減イラっとした。

出勤する場合は、オフィスでマスク。。。

いったい、どうして、会社の命令で海外行って
危険にさらされ、会社の命令で早く帰らされた
挙句、もともとは海外にいるはずだった日に会社
来るんであればマスクしろなんて言えるんだ。

憤然とパソコンを落として、部屋を見回し、
溜息をついて私は帰国準備を始める。

でもそのとき私はまだ知らなかった。

帰ってもまだ理不尽な仕打ちが待っていることを。

でもそれはまた、次の話。

2009年4月29日 (水)

パンデミック旅行記(1)~不安の旅立ち~

飛行機のオーディオをつけたら、BonniePinkが
歌っていた。

♪明日は出張で飛行機
 2泊ばかりの旅行記…♪

ふふん。
2泊じゃないもんね。
今回4泊なんだもんね。

って、ちょっと勝った気になったのが
いけなかったんだろうか。

それは、日曜のお昼前のこと。
久しぶりの海外出張にあたふたしながら
飛行機に乗り込んだのだった。

13時間後。
着いた先のアメリカ北部の都市は、
日本で出発した時間とちょうど同じ時間帯。

時差ボケにぼーっとしながらホテルにたどり着き、
とりあえず、寝た。

そして起きたころ、アメリカではWelcome Partyが
始まり、それが終わるころに、日本のビジネスタイムが
動き出す。

そう。日本が月曜の朝になり、ビジネスタイムが
始まったころから、私たちには暗雲が立ち込めて
きていた。

WelcomeParty後、今日はとりあえず時差ボケ直し、
ってことで、部屋に戻った部長を待ち構えていたのは、
その上の部長様からの電話であったらしい。

その内容をわざわざ復唱して私たちにccしている
部長のメールを見て、私はビビった。

そこには、
「緊急事態なので、社の方針に従い、
1日くらい早く帰ることは可能かと思います」

ん?今着いたところだけども、帰る話してるの?

そういえば、部長はずーっと気にしていた。
日本からちゃんとマスク持ってきて、空港から
ホテルに向かうタクシーの中でも、タクシーの
運ちゃんにaskingしていたのだった。

「こっちは豚インフルエンザ大丈夫?」

そう。土曜の夜から若干報道はされていたのだが、
守るべきものなど何もない私は、まったく気にしては
いなかった。
しかしながら、確かにここから南に下がった
メキシコで、豚インフルエンザは大流行しており、
守るべきもののある人たちは、ちゃんと予防措置はとりつつ、
それでも会社の方針で出張にやってきているのだ。

でも、そんなのメキシコの話。
と、タクシーの運ちゃんは予想通りの反応で笑い飛ばした。

そうだよね。
アメリカは関係ないよね。

と、私は楽観的にとらえていたのだが。

その日、CNNニュースはずーっと
SwineFlu=豚インフル
特集を流していて、それを見ながら私は就寝した。

次の日=アメリカ的には月曜、の朝。
早く起きてしまった私は日本でいうところの、
月曜のビジネスタイム終了くらいのタイミングで
メールを開く。

と。

会社の総務部は明らかにあせっているらしかった。

メキシコの人は全員ただちに帰って来い!とその
メールは叫んでいて、ついでに、アメリカへは
出張自粛
、の文字。

自粛ったってもう来ちゃってるけどもね。
来ちゃってるから大丈夫だよね。

と、とりあえず私は状況を、出張手配してくれた
職場のおねいさまにメールで聞いてみる。

そしたら。

5分後になった電話。
相手はメールしたおねいさま。

「大部長様も、そのまた上の大大部長様も
皆さんのことをかなり気にされていて。。。」

とおねいさまは言った。

でですね。
一応、今日明日の飛行機の空きを見て
みたんですけどね、

とおねいさまは続ける。

いや、そんな、急がなくてもいいですよ。
と私は思う。
まだ滞在丸1日たってないし。

でも続けてしまわれるおねいさま。

どちらも結構席に余裕はあるんですよね。

あー、言っちゃったよー。

ということで、部長様と大部長様で今後の
対応について話し合ってもらうよう、私から
部長に一言言っておきなよ。

とおねいさまは最後に私に忠告をして、
電話を切った。

えー。今始まったところじゃない。
やっと今日から本番なのにさー。

そう。会議は今日からなのだ。
昨日は単なるWelcomePartyだけだったので、
お客さんたちも、じゃ明日くればいいやって感じで、
関係者はほとんどいない。
だから、今日からが本番なのだ。
まだ始まってもいないのに、帰る話するなんて、
どういう神経なんだろう。

それでも私だって残念ながら、
「社の方針に従う」サラリーマンの一人で
あるからにして、とりあえず朝食のときに部長に
知らせてみる。

あのぉ。。一度大部長様にお電話されたほうが。。。
気にされているようですので。。。

・・・案の定、部長は朝食もそこそこに電話をするため、
部屋を飛び出していった。

しかしながら、日本はすでに月曜の夜。
電話はうまくつながらず、兵隊といえども
一回それは撤退するしかなかったようだ。

よしよし。
とりあえず急場はしのいだようだ。

しかし。
事態が急変するのは、アメリカ的には
その日の夜、ってことは日本でいうところの
火曜日の朝のこと。

でも、その話はちょっと引き伸ばしてみることに
しようかね。

Joy/Happy Ending

Joy/Happy Ending

アーティスト:BONNIE PINK

Joy/Happy Ending

2009年4月 2日 (木)

寒空の下の出会い

それは誕生日の2日前のこと。

なぜか私は、朝もはよから、鹿児島のとある山の
てっぺんにいた。

どのくらいの距離なのかよく分からず、市内で
早めにタクシーを捕まえてしまい、予定より
40分も早く山のてっぺんにたどり着いてしまった
私は、向かい側のゴルフ場で平日にもかかわらず
ゴルフに興じるおじさまたちを眺めながら、
途方にくれていた。

鹿児島だから、と、油断して薄着でやってきたら
山のてっぺんはとっても寒くて、周りにあるのは
ゴルフ場くらいで寒さをしのげる場所もなく、
仕方なく背中を必死で太陽の方に向けて、
日光浴に励むことにした。

と、そのとき。

一台の小さい車が私の目の前に止まった。
待ち合わせしてるおじちゃんかな?と思ったのだが、
降りてきたのは1組の老夫婦。

老夫婦?

私の仕事ははたから見れば女子がやるような
ものとは思われないほどマニアックな感じで、
今この瞬間も私の背中の方にはいかにも
マニアックな建造物がたたずんでおり、だから
ここは絶対に老夫婦がのどかに寄り道するような、
そんな場所じゃないのである。

と、その老夫婦は、私のまん前にあったちょっとした
土手みたいなところに侵入していき、何かを採取
し始めた。

それは、つくしんぼ

老夫婦は、土手に生えているつくしんぼを、
一生懸命探し、採取している。

つくしんぼ???

わざわざこんなマニアックな建物の前で?

10分ほど老夫婦はそうしていただろうか。
ある程度の量、つくしんぼを採取し終えた老夫婦は
車に戻っていこうとした。

と、そのとき。

おばちゃんと、私の目が合った。

私が、よほど不審なまなざしで彼らを見つめていた
のだろうか。

おばちゃんが私のほうに寄ってきて、
なにやら説明し始めた。

「これね、つくしなの。」

はい。それは分かってます。

「食べるんですか?てんぷら?」

と聞き返す私に、おばちゃんはニコニコと説明
してくれた。

油でいためるの。
このね、節のところがあんまり黒くなっていないのが、
やわらかくておいしいのね。
で、家に帰ったらこの茎の葉っぱを取って、
きれいにしたのを油でいためて食べるとおいしいの。

それで、つくしをとりにわざわざここに?

ここね、いいつくしが取れるから毎年来るのよ。
あんたもよかったらもって帰りなさいよ。
でもね、ここは秘密の場所なの。
誰にも言っちゃだめだよ。

と、おばちゃんはちょっとだけ声を潜めて、私に
教えてくれた。

私の田舎にもこういうのがあった。
つくしんぼじゃなくて、その対象はこごみ
ふきのとうだったけど、家庭ごとに、おいしいのが
よく取れる秘密のスポットみたいなのがあって、
車で何分もかけて、毎週そこにでかけて行くのだ。

そして、おばちゃんは気がついたように私に聞く。

「おじょうちゃんは、どこから来たの?」

「んーと、私の東京の・・・」

港区って言っても、分からないよね。

「東京タワーの近くから来たんですよー」

「ああ、東京タワーの辺は、去年行ったの。
孫のね、結婚式があって、そのときにね、
あの辺に行ったよ」

と、うれしそーに話すおばちゃん。

そして、おばちゃんは最後にもう一度、私に
言った。

いい?もって帰るのは、
この節のところが黒くなって
ないやつだからね。

もちろん、私はつくしを飛行機に持ち込んでまで
もって買える気はさらさらなかったけども、
おばちゃんの、必死でつくしんぼについて説明する
姿がとってもかわいらしくてなんとものどかで、年度末処理で
ささくれだった私の心はなんだかとっても暖かくなった。

そうそう。
しばらく忘れていたよ、こういう出会い。
心がほんわかするような、こういう出会い。

時は無常に過ぎ去り、27歳は何事もないまま、
あっという間に28歳になってしまうけども、
運命的な出会いに恵まれなかったとしても、
なんてことはないけどちょっとだけあったかい、
こういう出会いを糧にして、小さな幸せを大事に
生きていこう
と思った、そんな晴れ上がった空の下。

そして私はおばちゃんとの約束を守って、
待ち合わせのおじちゃんにも、お客さんにも、
帰りのタクシーのおじちゃんにも、あそこが
つくしんぼの名産地だなんてことはおくびにも出さず、
飛行機に乗り込んだのだった。

おばちゃんたちはきっと今日も、山のてっぺんで
こっそりとつくしんぼを摘んでいることだろう。
にこにこと笑いながら。

2008年8月18日 (月)

北海道旅行記最終回~妹たちの巻~

親戚のおばちゃんは、どうしても私たち3人の
名前を一発で当てることができないようだ。

が行けば、真ん中の妹の名前を呼んで、
真ん中の妹が行けば、下の妹の名前を呼んで、
下の妹が行くと、今度はなぜかいとこの名前を呼ぶ。

ちなみに、いとこの子供のことは、犬の名前で
呼ぶこともあるみたいだから、そもそも正気では
ないのかもしれないが、でも、間違っても仕方ない
くらい、顔は似ているようだ。

しかし、顔とは違い、性格はまるで違う

優等生だけど、つまらない、姉
家庭的で、ひょうきんな、真ん中の妹。
マイペースで、夢見がちな、下の妹

それでも、3人揃うと、バランスはとれるのだ。
真ん中の妹を姉とは思っていない下の妹が
真ん中の妹に喧嘩を挑み、私が下の妹の
ご機嫌をとる
、っていうバランス。

でも、今回は下の妹はお仕事のため、旅行は欠席。

そうすると、バランスは一気に崩れ、
真ん中の妹のひょうきんな感じが
鼻につくのだ。

そんなストレスの溜まりきった私は、
ホテルでの最後の夜を満喫していたわけだが。

妹は、またしてもホテルのお土産屋さんを物色
している。

思い起こせば、この妹は、旅行の初日から、
ずーっとお土産を物色している。

高速のSAでもお土産、
旭山動物園でもお土産、
テレビ塔でもお土産。

特に何がほしいというわけじゃないらしい。
とにかく、お土産屋さんで物色する、という
ことに満足感を覚えているようなのだ。

これが、姉としてはとてもムカつく

早く移動したい時もお土産、
もう少しじっくり見たい時もお土産、
ラーメン食べたい時もお土産。

そして、妹は無邪気に言うわけだ。
「お姉ちゃん、ご機嫌
斜めだねー」

誰のせいだと思ってるんだ。
お前のお土産中毒のせいだろう。

それに、私が唯一ほしいお土産であった、
じゃがぽっくるは売り切れだったし。

Dsc02120

あーあ、じゃがぽっくる、どこにあるんだろう。。。
と思い続けてはや最終日。
気づけば、帰りの空港で東京行のチケットを
発行してもらっていたりして。

チケットももらって、出発まではまだ2時間もある。
妹は、後ろに広がるお土産屋さんにわくわくドキドキ
そんな妹に、私はげんなり。

げんなりしながら、広大な敷地を占めるお土産屋さんを
見回す私。

ちょうど、その時である。
お土産屋さんゾーンの入口にあるお土産屋さんに、
段ボールがどかりと置かれて

おばちゃんが段ボールをぱかりと開くと

そこには、大量のじゃがぽっくる!

あまりにも突然のことに、口あんぐりの私。
群がる群衆。

やっべぇ。
早く取りにいかないと、購入できないではないか。

ねぇ、じゃがぽっくるって、何?
と困惑気味の家族を無理やり総動員して、
一人2個までのじゃがぽっくるを買いあさる。

そうして、やっとお目当てのお土産を手に入れた
私に、妹は無邪気に言い放った。

「お姉ちゃんはじゃがぽっくるのこと
ばっかりだねー」

よりによって。
よりによって、お土産騒動の当の本人である
妹の口から、そんなこと言われるだなんて。

あまりにショッキングな出来事にあいた口が
ふさがらない私のことなんてお構いなしに、
妹は最後のお土産購入のため、お土産屋さんに
飛び込んで行くのだった。

そうしてムカついたまま、気づけば東京駅。

そして、そこには、本日仕事お休みの、
もう一人の妹が待っていた。

年の近い真ん中の妹のことは、姉とも思わず、
軽蔑している下の妹であるが、その上の私の
ことは、ちゃんと姉だと思ってくれているようで、
だから、下の妹はいつだって、私の味方だ。

そんな下の妹に、私はやっと、ちゃんとした
愚痴をこぼすのだ。
長野組と別れて、二人で帰る、丸ノ内線の中で。

あ。そうだ。
お姉ちゃんだけ旅行行っちゃって悪かったので、
今日は夕飯おごってあげようね。

というわけで、自宅近くのファミレスで妹にご飯を
おごってあげたところで、北海道旅行終了。

終始土砂降りかつイライラしていた旅行であったが、
ちょっとは家族の絆、深まっただろうか。

2008年7月28日 (月)

北海道家族旅行記(2)~父の巻~

父が中国旅行をあきらめて、北海道旅行に
合流すると聞いてから、嫌な予感はしていたのだ。

そんな嫌な予感の原因は、小学校5年生の終わりの
春休み。

5月に迫った修学旅行の行き先に、納得行かなかったのは、
あのクラスで私だけではなかったはず。

だって、隣の、3クラスもある大きな小学校は、
数の原理を最大限に利用して、ディズニーランド
1日中遊ぶっていうのに、1クラスしかない、
しょぼ小学校であるうちの学校は、(まだラクーアに
なる前の)
後楽園だなんて。

そんな私のしょぼくれた姿を見かねた父が企画したのは、
「修学旅行下見がてらにディズニーランド
ツアーだった。

西船橋のぼろ旅館に泊まった次の日。
私は楽しみに胸ふくらませ、カーテンを開けたのだ。

それなのに。

それなのに、外は土砂降りの雨
春休みなのに、がらがらのディズニーランド。
母は急いで、ディズニーショップで雨合羽と
ナイロンの帽子を3人分買い揃え、私たちは
いやいや、土砂降りのディズニーランドで、
ほっとんど乗り物も動いていない中、なんとか
空飛ぶダンボをはじめとした5つの乗り物に
乗って、早々にディズニーランドをあとにした。

そんなトラウマがあったので、それからというもの、
私たちは極力、父と野外スポットに出かけるのは
避けていたのである。

でも、今回の目的は旭山動物園であるからにして、
当然そこは野外スポットなわけだ。

あの日、天気予報でいやーな予感はしていたものの、
まぁ見なかったことにして、次の日の朝、勢い込んで
カーテンを開けた妹その1の気持ちはどれほどの
ものだっただろう。

隣でその情景を見ていた私は、ほんと、
デジャブかと思った。

案の定、外は土砂降りの雨。
そして、ホテルで朝食バイキングをしている間にも、
どんどん雨は強くなる。

それでも、動物園に行く日は今日しかない。
夕方には札幌に移動なんだから。

こんな雨の中行きたくないでも行きたい

そんな気持ちのせめぎあいの中、たどり着いた
動物園。

Dsc02086
(この前オープンしたオオカミの森)

雨が弱いうちに、 何とかあざらしとペンギンを鑑賞し、
もうじゅう館も見学した。

Dsc02075
(土砂降りなのにさらに水浴びする熊)

しかし。
もうじゅうをあとにしてほっきょくぐまに行こうとした
ところで、早くも足止め。
それはもう、夕立みたいな雨なのである。
まだお昼前なのに。
しかもそれが30分も勢いそのまんま。
北海道って、梅雨ないんじゃなかったっけ。

それでも土砂降りの中、なんとか通りを渡って
ほっきょくぐままでたどり着いたものの、
雨はますますひどくなり、にっちもさっちも行かない。

Dsc02083
(ああかったりぃ。のホッキョクグマ)

屋内スペースでベンチに座り、途方にくれる父と母。
元気のない父は、自分が雨男であることにたいし、
もしかして責任感じているのだろうか。

と思ったのもつかの間。
まだ全然雨も収まらないのに、父は急に発言した。
「もうさ、早く回ろう!たばこ吸いたい。」

・・・あ、たばこ、吸いたかったの?

そういえば、旭山動物園は、全館(?)禁煙である。
喫煙所は、出口のところに微妙にあるだけ。

元来、動物好きな父なので、動物を見たいことには
見たいのであるが、1日2箱は10mgのマイセン
吸ってしまう父である。

たばこが吸えないのはいかんせん耐えられない。

その後、父は、急いで動物を見学し始める。
雨が降るのも、私たちが立ち止まるのも、
妹その1ががちゃがちゃをひたすらまわすのも関係なし。
もうとにかくたばこ吸いたい一心で。

でも、小さい頃から、私は父においていかれるのが
一番嫌いなのだ。
子供に慣れておらず、子供扱いができない父親の
あとを、私は昔から泣きべそで追いかけていた。

喫煙所に向かって走る父
父を追いかける私

そんな大急ぎの動物園滞在時間は、1時間くらい
雨宿りしていたにもかかわらず、3時間弱。

そうして、3時間後に命の一服を終えた父は
エンジンをかけながら楽しそうにいうのだった。

「おい!ラーメン屋さがせ!」

・・・父の好きなもの。
それはたばこラーメン

私はまたもや、父についていこうと、必死でガイドブックを
めくるのだ。

あ。ちなみに、このあと、父に付き合って、私は3日間
お昼はラーメンを食べ続けることになる。

次回、母の巻。

<おまけ>

※地味に雨宿り場所の取り合いをするカピバラさん。
Dsc02094

※あざらしを待ちくたびれ、のガキども。
Dsc02062
(ガキどもは我が家とは一切関係ありません)

2008年7月27日 (日)

北海道家族旅行記(1)~田舎者たちの旅立ち~

銀行でパートをしている母は、
労働基準法と、銀行の方針のため、
毎年この時期に1週間休みを取らねば
ならないらしい。

もともと、家で家事ばかりしているのが
嫌で、古巣の銀行に雇ってもらった身である
母は、1週間の休みを、家でじっとしている
ことができず、去年は、父と2人で、中国へ、
新婚旅行以来の2人旅に行ってきたのだった。

さて、今年はどうしようか、と悩む母に、
父は言ったのだった。
「俺は今年も中国に行きたい」

母は、別にそんな中国ばかり行きたい
わけではない。
大体、中華料理はちょっと脂っこすぎて、
4日も5日も食べ続けるのはちょっときつい。

中国はちょっと、ねぇ。
と悩む母を尻目に、父は、とっとと
会社のお友達と中国旅行の計画を
練ってしまった。

じゃあ、私ちょっとお金出してもいいから、
どっか他のところ旅行に行かない?
と誘ったのは、私のひそやかな親孝行
一環。

「じゃあ北海道に行きたい!」
言い出したのは、妹(その1)の単なる好奇心
である。

いや、お姉ちゃん、北海道行ったことあるんだけどさ、
まぁ、でも、旭山動物園行きたいんならお母さんと
3人で行こうかねぇ。

と、いう感じで決まった今回の北海道旅行

GWに旅行のパンフレットを持って帰って、
日程とルートをだいたい決めて、女3人旅の
準備は、順調に進んでいた。
(日程の合わない妹その2には申し訳ないけども)

そんな旅行の予定が大きく変化したのは、
6月のはじめのこと。

こうなるんじゃないかというのは、
5月の半ばから薄々思っていたから、
だから私はメールしたんだ。
「地震のあったところって、お父ちゃんが
旅行に行くあたりじゃないの?」

でも、そのときの父の返事といえば。
なぜか題名の欄
「違うも」
と書いてあるだけで、本文には何も
書いていないメール1通だけ。
PCのメールは結構日常的に利用している
父であるが、携帯メールは慣れて
いないようである。

よくわかんないけど、要は
地震と父の中国旅行にはあまり
相関性がなさそうなので、放って
おいたのだが。

6月のはじめ、父は本当に残念そうに
電話をかけてきたのだった。
「俺も、北海道に行く」と。

父は、最後まで粘ったらしいのだ。
俺が旅行に行くところは、ロシアの
国境のほうなので、四川とは関係ないんだと。

でも、やっぱり安全のためにあきらめようという
お友達の意見は、冷静且つもっともなことであり、
父もしぶしぶあきらめたんだそうな。
中国旅行。

というわけで、父も入って4人で行くことと
なった北海道旅行。

母が定めた日程は、7/10出発というものだった。

ん?
7/10?
あれ?その辺って、何か日本にとって
重要なことがあった気が。。。

まいっか
7/10ね。
飛行機とホテルとレンタカーは
予約しとくよ。

そうして、ニュースを横目にしか見ない
田舎者の一家は、サミット終了直後
厳戒態勢の北海道に旅立つことに
なったわけだが。

Dsc02055
(サミットムードの新千歳空港)

地元のローカル線が1時間半に1本しか
ないせいで、飛行機出発の2時間前に
羽田に着いてしまった田舎者一家。

しかし、2時間の空港滞在に退屈するでも
なく、羽田のデッキでなぜか家族写真まで
撮ってご満悦の

実は飛行機が嫌いで、自分で北海道を
指定したにもかかわらず、
「あーあー、飛行機乗るのやだなぁ~。」
とぶつぶつ文句を言い出す妹その1

そして、家族旅行なのに、いつもどおり
パソコンを手放さず、案の定空港の
セキュリティチェックにしっかりと
引っかかってしまった

こんな田舎者たちを連れて、飛行機に
乗り込む私は、もうすでに疲労困憊であった。。。

次回、父の巻。

2008年3月 9日 (日)

蔵王スキー旅行記(4)-O型旅行のマナー(後編)-

さて、最終回も、O型旅行の極意。
(前編はこちら)

③競合他社の登場

今回は、どこぞの労働組合様に旅費を出してもらう
こともなく、自分たちで(というか言いだしっぺがほぼ
一人で)旅行を計画したわけだが、当初は、10人で
来るはずだったのだ。

いや、特にメンバーは決まってなかったけど、
過去の実績から、勝手に、
「俺らの計画する旅行、10人は集まるだろうpunch
と予測していただけなんだが。

しかーし。
結局参加者は5人。
最初に予約しかけた部屋も大幅に削減しての
開催となってしまった。

その理由として飲みながら話し合われたのが、
「競合他社」について。

どうやら、このスキーの前の週に、今回スキーに
来そうだった方々(しかも女子たちvirgo)が、北海道に
スキーに行ってしまったらしい、という噂。

それまで、
「みんな来たいのは山々だったらしいんだけどさ、
ちょっとお金が足りなかったり、今週予定が
入ったりして来れなかったのさ。残念だねー」
とか、ちょっと上から目線で感想を述べていたのに、
急にみんなあわてだす。

そう、O型は、マイペースなようでいて、
周りからの目を超気にする。

自分の計画は完璧だと思っていたのに、
女子たちが他の計画に乗ってスキーにいっただなんて。
一体、何がいけなかったというのだろう。
何を改善すれば、次回はたくさんの人が集まるのか。
北海道みたいに、おしゃれリゾートじゃないとだめなの?

もう気になって、夜も眠れないのだ。
周りの目を気にする上に、かなりのさびしんぼう。
立ち直りは、早いんだけどね。

O型が出したプランには、とりあえず乗ってあげること。
どうしても参加できない場合には、プランを否定せずに、
自分の非、ということにしてあげること。

④集金

スキーも散々やったし、散々食べて散々飲んだ。
そんな夢うつつの時間が砕け散る瞬間。
それが、集金の時間だ。

蔵王のツアーはどれもすでに満員で、だから、
ツアーじゃなくて、新幹線も宿も通常料金で、
だから、結構な旅費がかかっていた。
それを、とりあえず幹事が立て替えてくれていた
わけで、だから、その苦労も考えたら、出せと
言われた瞬間に、耳そろえて金を差し出すのが
礼儀というもの。

なんだけど。

いや、先に言っておくけど、私は、気合入れて、
ちゃんと旅費とお小遣いは別に管理して、
出せと言われたときに耳そろえて出したのよ。

だけど、問題はその他のメンバーだ。
最初に予算報告があったにもかかわらず、
半分くらいしか残ってないのは当たり前。
ひどい人は残金10000円を切る有様。

田舎の旅館はカードなんて使えないので、
とりあえず、ありったけの現金でぎりぎり
払ったら、全員一文無し。

最終日、みんなで銀行探すも、唯一見つかったのは
郵便局のみで、しかも、祝日なのでお休み。

ジンギスカン食べようにもお金がなくて、
500円の中華そばで我慢我慢coldsweats02

どこの学生だよ一体。

そう。
O型って、お金集めるのも苦手だし、集められるのも
苦手。

でも、なんだかんだ言って、自分が払ったときもあれば、
払えなかったときもあるので、実はトントンなんじゃないかと、
私は勝手に思っている。

O型が、お金払えなくても、くすねようという気は
ないので、その場で激しくしからないこと。
どうしても集金のタイミングがつかめないときは、
次回の飲みの支払いをO型にさせて、トントンに
するよう、周りが努力してあげること。

そんなこんなで、今年のO型どたばた旅行は終了。
来年は、競合他社に負けないように、秋くらいから
ちゃんと企画しようね。
おしゃれリゾート。

2008年3月 3日 (月)

蔵王スキー旅行記(3)-壁-

1日目は樹氷に振り回されつつも、初めてのナイターを
経験し、飲んだくれて就寝。

そして、2日目。

期待と不安の入り混じる中、窓の障子を開く。

天気は・・・残念ながら、大雪。
ガスもかなり出ているようだ。

こういうとき、10年前までは、絶対に滑らなかった。
大雪なのに滑りに行かないと滑るチャンスがない、
都会のお兄ちゃん、お姉ちゃんを見送って、家族で
UNOなどやりながら、こたつでみかん食べてたものだ。

こんな日にスキーやって、何が楽しいのかねぇ、とか
言いながら。

しかし、私も、そんな都会のお姉ちゃんになってしまった。
こんな大雪の日でも、滑れる限りは滑っておかないと
いけない。

毎日雪といやでも戯れていた10年前の自分を懐かしく
思いながら、吹雪の中、スキーを担いで出かけていく。

さて、今日はどのあたりを滑ろうか。

さすがに、こんな天気の中、樹氷を見に行くわけにはいかない。
ってか見えないし。

「じゃあさ、壁方面に行ってみようよ。」

誰からともなく発せられた台詞。
壁、ねぇ。
言っとくけど、見に行くだけだからね。

壁、
とは、
蔵王温泉スキー場最大の難関コース、
「横倉の壁」
のことだ。

最大斜度38度
38度って、熱じゃないんだから。

てか、スキーやらない人には、38度って
どれほどのものか、分からないんじゃないだろうか。

たいした斜度じゃないんじゃないか、と思った、
そこのスキー初心者。
そんなこというんだったら、1回、38度の坂を、
真上から見てみるといいんだ。
あれは、はっきり言って、坂じゃない。
だぞ。
下なんてまるで見えないんだから、その怖さと
言ったらないぞ。

そんな憤りに震えながら、またもや連絡コースを
横に滑っていくが、視界は最悪。
周りは真っ白で、どこがコースなのやら。
1m後ろに着いてきている仲間が全然見えない。
がやがやと声がするだけだ。

とりあえず横に滑って一番端までたどり着くと、
そろそろお昼。
目的地を目指すだけで、半日たってしまうとは、
恐るべき広さ。

ここを下っていったところに、横倉の壁がある。
そして、お昼を食べるレストランも。
ああ腹減った。

とりあえず、午前の挑戦者1名。
残りのメンバーは、まずは下から見てみることに
した。

横倉の壁が、いかにであるかを。

そうして、延々長い初心者コースを下って、
壁に挑む挑戦者を置き去りにして迂回コースに
まわり、壁の下側に出てきたところで、みんな
度肝を抜かした。

Dsc01825

それは、まさしく、coldsweats02
私たちの前に、大きくたちはだかる壁。

しかもひどいことには、ごつごつしてやがる。
こんなに急じゃ、こぶの状況がどうなっているかも
分からないではないか。

そして、挑戦者たちは、ところどころ立ち止まりながら、
壁を滑って、というか、ほとんど転がるように落ちてくる。

それはもう地獄絵図wobbly
蜘蛛の糸にうまく掴まれなくて、落ちてくる人々の
姿にも見える。

いや、やっぱり、私、このコース、やめとくわ。
ほら、今日天気悪いし。
昨日も急にがんばって、若干筋肉痛の予感もするし。
いやぁ、残念だなぁ。
体調ばっちりだったら、考えたんだけどなぁー。

とか言いながら、レストランの方角に一直線に滑っていく。
というか、逃げていく。

お昼を食べたら、もうそろそろスタート地点へ戻り始めないと
いけない時間。
私たちは、早々に壁をあとにして、連絡コースを地道に
戻り始めたのだった。

次回、ついに最終回。

2008年2月24日 (日)

蔵王スキー旅行記(2)-樹氷との出会い-

旅館について、軽く昼飯を食べながら、
本日の滑走スケジュールについて話し合う。

滑走スケジュール、と言ってももう午後の1時。
リフトは5時には終わっちゃうから、滑っても
3時間ちょいよねー。

と、地図を開いてみるものの、ぱっと見だけでも、
なんとも広大なゲレンデ

私たちが今いるのが、地図の一番左側のほう。
その遥かに上のほうに樹氷が広がっており、
全国的に有名らしい「横倉の壁」をはじめとする
滑りがいのありそうなコースは、地図の一番右の
ほうに広がっている。

いや、私のようなペーペーは横倉の壁なんて
恐ろしいコース、絶対行かないんですけども。

横倉ゲレンデのほうに行ってみたいけども、
あと3時間ちょいで、地図の一番右まで行って
戻ってくるのは、ちょっと無理がありそうよねー。

って言いながら見上げた空は、冬型の気圧配置にしては
珍しいくらい真っ青だった。
今日樹氷見たら、なんだかちょっとすばらしい景色が
見られそうじゃない?

と、いうわけで、1日目は樹氷探索に出かけることに
決定。

しかし。
重たいスキーを背負って、急な坂を上ること10分以上。
汗だくになってスキー場に到着し、ゴンドラに乗っていると、
なにやら雲行きが怪しくなってくる。

ってか、スキー場のスタート地点から、樹氷までの
道のりが、異常に長い。

最初にゴンドラ乗って、
着いたところから微妙に下ってリフト、
リフト降りたらゲレンデ間の連絡通路をひたすら横に
滑っていく。

この連絡通路が曲者だ。
とくに、スノボ派の方々は、スケーティングという
技がないので、横に滑るのは誠に大変そう。

その点、スキー派、特に、無理やりでもクロスカントリーの
経験がある私みたいな人間は、かなり有利だ。
こんなスケーティングの実力が問われるコースは
初めてだ。

滑って乗って、滑って乗って、を繰り返して、
やっとのこと、「これに乗ると樹氷に到着!」という
ゴンドラにたどり着く。

Zao_2008__06(photo by Hitsuji)

しかし、このゴンドラが軽くディズニーランドみたいな
混みあいを見せていた。
すっかり雲行きも怪しくなって、軽くガスまで出てきてるのに、
「ただいま25分待ち」だって。

あー寒い、外で待ってるのは寒い。
って、カイロとか持ち出して震えてる私たちの前に、
ライバルが現れる。

それは、スキー目的ではなく、樹氷だけを見に来た
観光客の皆さん。

なんと、観光客の皆さんは、特別なチケットを持って
いるようで、スキーの私たちとは違うルートから
やってきて、ほとんど並ばずにゴンドラに乗れちゃうのだ。

いわゆるファストパス状態。

そんなこんなで、2時前から滑り始め、樹氷までたどり着いたのは、
15:30。
一直線に、寄り道もせずに樹氷をめざしたのに、
結局1時間半もかかってしまったというわけだ。

もうすっかり天気も悪くなって、ガスが立ち込め、
きれいなはずの樹氷も、こんな感じになってしまっていた。

Dsc01820

もう、真っ白で、何がなんだか。

こうして、いまいちぱっとしなかった1日目の樹氷。
たとえ飽きっぽいO型でも、これでは納得いかない。
樹氷の実力は、こんなもんじゃないはずだ。

でも、2日目はガスやら雪やらで天気は最悪。
樹氷なんて行けるわけもなく。

そして、迎えた最終日。
本来なら、3日目はもうスキーせずにまったりしても
よかったのだが、ちゃんとした樹氷を見るため、
筋肉痛のふくらはぎを励ましながら、同じコースを
通って樹氷に向かう。

天気は、奇跡的にも、1日目に増して良好。

ディズニーゴンドラは1日目の倍の、50分待ち
でも、幸いにも天気が悪くなることはなく、日差しが
あたたかいので、全然気にならない。
気になるのは、「ちゃんとした樹氷」のことばかり。

そうして、朝から滑り始めて、お昼近くにやっと
たどり着いた、「ちゃんとした樹氷」
それは、蔵王に来て丸2日、辛抱強く待った努力が
やっと報われた瞬間だった。

Dsc01832

さて、次回は、蔵王の他のゲレンデについて。

2008年2月18日 (月)

蔵王スキー旅行記(1)-O型旅行のマナー(前編)-

1年ぶりのスキー旅行。
去年は巨大企業の巨大な組合様に連れて行って
いただいたが、今年は同期の自主企画。

去年のスキー旅行の特徴として、
「8割がたO型」だったことが挙げられたが、
今年も集まったのはO型ばかりが5人。
「100%O型旅行」である。

どうしてもO型だらけになってしまうのはなぜだろうと
思いつつ、今回は、O型と旅行をするときのポイントを
考えてみようと思う。
そりゃぁもう、大人たばこ養成講座なみに。

①遅刻への対処法。
朝7:15。
寝不足の目をこすりながら東京駅に集合したのは。。。総勢4名。
ひとり、足りない。

ひとり遅刻、というのは事前に聞いていた。
3連休とはいえ、仕事が終わらないのでは仕方がない。

ところで、いつごろもう一人は、来るわけ?

ん?
って顔でそれぞれ顔を見合わせる面々。

「明日の朝も東京で用事あるとか言ってたような。」

え?
そしたら今日中には来ないってこと?

「今日の最終では来るって言ってなかった?」

お?
やっぱり今日来るってこと?

最終的なO型の結論としては、
「ま、いっか。来るって言ってたし、場所は知らせてあるから、
たどり着けるでしょ」

そんなこんなで旅館に到着し、スキーに行く前に、
おかみさん(というかおばちゃん)に、
「今日は5時半からすき焼きね」
と言われて思い出す。

そういえばさ、夕飯までにたどり着けるんだっけ?
もう一人。

ん?
って顔でそれぞれ顔を見合わせる面々。

・・・来ないよね。
たぶんたどり着けないよね。
5時半にここにたどり着くためには、お昼過ぎに東京
でないといけないもんね。

「あのー、一人遅刻なんですけど、夕飯一人分キャンセル
できますか?」

「・・・もう材料用意しちゃってるから、キャンセルはちょっとねー。
いいんじゃない?食べちゃえば」

・・・おばちゃん、あんたもさては、O型だな。

そうして、もう一人は、私たちがナイターを滑り終わったあとに
終電の山形新幹線に乗り込み、日付が変わる頃、無事
たどり着いたのだった。

O型が多少遅刻をしても、必要以上に
気に留めないこと。
遅れた人の夕飯は、代わりにみんなでおいしく

食べてあげること。

Zao_2008__32 (Photo by Hitsuji)

②事前調査
お正月、一緒にスキーに行った人には、血液型は
確認していないけど、絶対A型だったと思っている。

だって、1日目のスキーが終わって、夜みんなで
テレビ見てるときに彼が持ち出したのは、
3年位前に販売されていたらしい、全国スキー場ガイド

そこには、全国のすべてのスキー場のコースマップと、
レベル別に、このスキー場ではここを滑るべき、という
注釈が列挙されている。

そして、彼はそこに几帳面にも、自分の行ったスキー場の
ページにしっかりインデックスつけているのだった。

毎回、彼はそうやって、事前に、今度行くスキー場では
どのコースを滑るか計画を立てて滑っているようなのだ。

それに比べて。

「ねぇ、蔵王って、何があるの?」

「ん?樹氷?」
「あと、壁みたいなやばいところもあるんでしょ?」

みたいなあいまいな返事が返ってくるうちはまだいい。

「ってかさ、旅行が今日だって知ったの、この前の月曜日
なんだよね」

みたいな発言が飛び出す始末。

そんな私も、旅行が今日、ってことは知ってはいたけど、
その前の日曜日、東京に大雪が降って競馬が中止になったのを
理由に、私も買い物に行くのを中止して、家でぶるぶる
震えており、まったく準備なんてしてなかったんだが。

もちろん、誰もコースマップなんて事前に見ている者は
おらず。

まぁいいよ。行けばきっと滑れるよ。
どうせ旅館とかリフトとかその辺にいけば、地図もらえるって。

いつも行き当たりばったりだから、その時点で
なんとかするのが、O型のすばらしいところであり、
今回も、旅館でしっかり地図を見つけて、リフト
1つ降りるごとにみんなで行き先確認して、なんとか
樹氷まで、1日目のうちにたどり着けたのである。

O型が事前に何の調査もしてこなくても、
目くじらたてて罵倒しないこと。
逆に、O型のその場の勘には野生的なものまで
感じられるので、迷ったらO型に決めてもらうこと。
Dsc01815

次回、O型講座後編、の前に、蔵王について。

2008年1月14日 (月)

スキー場のサービス

正月は養豚場と化した実家にて、かなり太ってしまったので、
東京からやってきた会社の人たちとスキーをすることにした。

1日目は隣村のスキー場に行ったわけだが、
吹雪かつ濃霧の中、すさまじく凍えながら、
なんとか滑りきったわけだが。

2日目は、快晴の中、うちの実家の市内の
スキー場
に行ったわけだが、しばらくぶりに
行ってみると、すばらしくサービスがよくなって
いたのだった。

①ジモティへのサービス

実家に帰るにあたり、会社の人から、
「地元の人向けのチケットとかあれば使わせてほしい」
とのオーダーを承っていたので、実家に帰った早々、
母親に聞いてみたのだった。

そしたら、台所から、おもむろに母親が持ってきたチケット。

それは、市民向けの1日リフト券無料チケット
(しかも3枚)

通常1日券4,500円のところ、市民であれば無料、というわけだ。
(市内のスキー場であれば、どこでも無料になるようだ)

昔、こんなチケットなかったよな、と思って母親に
聞いてみると、なんともいい加減な答えが返ってきたのだった。

「区長さんのうちに行ったら、1枚持ってっていいよ、って
言われてね。」

母よ、でもここにあるのは3枚ではないか。

「本当は、1軒あたり1枚らしいんだけど、どうせ、年寄りしか
住んでない家は使わないから、3枚もらっちゃった。」

いいのかそんなことで。
聞いた話によると、このチケット、ヤフオクでは
結構いい値段で売ってたらしいぞ。
年寄りのうちでも、売りに出せば家計の多少の
足しにはなっただろうに、適当にもらってきてしまうなんて。

しかし、スキーをするのは、私含め4名。
1枚、足りないねぇ。

と話していたら、さらに割引チケットを取り出す母。

なんと、「地区名」と、「世帯主名」をチケット内に
書き込むと、1日チケットが、今度は1,000円
なるんだそうな。
(こっちはスキー場限定。スキー場側が配布しているものだろう)

こっちは地区の雑誌(無料配布)に入っていたんだそうな。

というわけで、本日のリフト代、4人で1,000円。

②子供向けのサービス

当日、スキー場に行くと、やたらと子供の姿が目立った。

聞くと、最近では、「中学生未満はリフト料金無料」
なんだそうな。

もともと、ファミリー狙いでいろんなプランを展開している
スキー場ではあったが、ついにリフト無料時代か。
そんなにサービスがいいと、市民としては、経営状態が
不安になってくるものなのであるが、おそらく、ペンション街
としては、泊りがけで家族で来てもらえば、その分儲かるから
大丈夫、と思っているのだろう。

ついでに、ボードレッスン(初心者用)も、1時間無料でやってくれるらしい。

なんともはや。。。

③レストランでのサービス

スキー場のもっとも大きなレストハウスの隣に立つ、
ちょっぴり小さいレストハウス。

大きなレストハウスに対抗するためだろうか。

入り口の看板には、
「お食事をご注文のお客様には、ケーキ無料サービス!」
の文字が。

ついでに、その店の放送を聴いていると、
「席が空かなくて、10分以上待っているお客様には、
手作りジャムを無料でプレゼント!」

おい。
お正月で、快晴で、子供はただで、市民もただで、
当然ひどい混みようのこのスキー場で、10分待ち以下で
お昼食べられたら、それはかなり奇跡的な状況だろう。

ってことは、お昼の時間帯は、ほぼ全員にジャムを
プレゼントしないといけないことになるぞ。

いいのかそんなことで。

というわけで、当然私たちは大きなレストハウスでなく、
ケーキ無料のレストハウスでお昼。
当然ケーキつき。

ただ、ジャムはやめておいた。
だって、スキーをやるのに、ジャム片手にできないし。

ちなみに、その隣の、大きいほうのレストハウスでは、
近所且つ親戚の伯母がバイトしていたことが後日発覚。

母よ。
そういう情報は、先に言ってもらわないと、
偶然会ってしまったりしたら、1時間は話聞かされて
ロスタイムを蒙ることになるところだったじゃないか。

そんなこんな、久しぶりの地元スキーでは、地元ならではの
すばらしさを再確認したのであった。

あ。ちなみに、
うちにあるチケットはほとんど終わってしまったので、
今から私にチケットをお願いしても、無駄です。
チケットがほしい人は、また来年ね。

2007年12月24日 (月)

ミシュラン的紅葉狩り(やっとこさ10合目)

帰り道は、1号路

どうやら、この道が高尾山的に
一番ポピュラーな道のようだ。

その証拠に、人の密度がのぼりの道の比じゃない。
しかも、その人たちの格好が、総じてふざけた格好
なのだ。

たとえば、女子は、ロングブーツに短いスカート
まるで渋谷でデートみたいないでたちである。

一方、フリースにジーパン、リュックの私たち。
そこは、まるで日本の格差社会の縮図。

・・・いや、間違ってない。
うちら間違ってないよ!
だってさ、ここは山なんだから。
ミシュランに載ってるからって別にざぎんの
レストランに来てるわけじゃないんだから!

そうやって、自分たちの気持ちを鼓舞しながら
下ってくると、山の中なのに、神社的な建物が。

<高尾山薬王院>

Dsc01700

どうやら、あの街中観光みたいな格好の方々は、
登山目的ではなく、神社参りが目的のようだ。

ここから下は、道もしっかりと舗装されている。
なるほど。このあたりがミシュラン的にすばらしかったのかしら。
気楽に来れる山ってことで。

しかし。
それでも、運動不足がひどい私のひざは、そろそろ
やばい雰囲気をかもし出してきた。
足がとまらない。
無理やり止めるとひざががっくんがっくん。

それでも周りのみんなは普通の様子。
うーん。運動しないとだめだなぁ。

と。神社を出ると、次は白い建物が。
あの形は、日本ではなかなか見られない・・・

<仏舎利>

Dsc01711

なんでこんなところに仏舎利が。
傍らには、「日泰友好・・・」とかなんとか
書いてあるけど、なんでこんなところに仏舎利。

でも、仏舎利と紅葉、という妙なコントラストが、
なんだか異常に面白い。

でもさ、仏舎利もいいんだけどさ、そろそろ、
あったかいもの、食べたいよね。
下りは汗かかないからちょっと寒いよね。
そろそろホッカイロも効き目が切れてきちゃったしね。

そして、やっとこさ見えてきたケーブルカーの駅。
ここからなら、ケーブルカーでも下れるってことね。
もう歩くの疲れてきたし、ケーブルカー乗ってみるのも
いいよね。

・・・と思ったのもつかの間。
駅の周りには大量の人・人・人。

<ケーブルカー山上駅>

Dsc01721

そして、係員に詰め寄るケーブルカーに乗りたい
登山客。

しかし、その答えは、
「70分待ちです」

ここからならあと2kmくらいの下りだし、
70分あれば十分歩いて下れるじゃない。
この寒い中外で70分も待ってられるかよ!

いいよ、分かったよ。
うちら若いし、歩いてもう少しがんばるよ!

あー、それにしても、あったかいもの食べたい。
花より団子、ならぬ、紅葉より団子。

でも、今ここでお茶屋さんにでも寄ったら、
もう二度と出て来れなくなりそうなので、
怠惰な気持ちを必死で抑えて黙々と下る。

そしてゴールは、高尾山名物、酒饅頭
あったかいストーブの前で、あったかいお茶と、
あったかい酒饅頭。

寒かったけど、これが食べられただけで、
上った意味、あったな。

・・・ってか、あれからはや1ヶ月。
もう紅葉の時期はとうの昔の話。
季節はもうしっかりと冬になってしまった。

でも、冬は新規に発足したこのアウトドアメンバーで
スキー。

この登山をきっかけに、来年は、インドア干物生活から
脱出できるか。

2007年12月11日 (火)

ミシュラン的紅葉狩り(7合目くらい?)

頂上についたらお昼。。。と思いきや、
お昼を食べる場所が見当たらない。

何しろ、朝方駅にいた大所帯が、
全体的に頂上方面にあがってきてしまったのだ。
そして時刻はちょうどお昼をまわったところ。

要するに、こんな感じだったってことだ。

<高尾山頂上に群がる人たち>

Dsc01692

そして、こいつらが一斉に地面にビニールシートを
広げて、お昼を食べようとしているってわけだ。

それでも、なんとか、やっとこさ5人座れそうな場所を
見つけて、砂利の上でかなり痛いけど、がさごそと
お昼を広げ始める。

で、こういうときは、通常、女子が朝から健気に
お昼を作って愛妻弁当的な物を持ってくるのが
常であると思うのだが、残念ながら、私たちは
別に愛妻でもなんでもないし(ってか初対面だし)、
朝から料理するような根気(こういうのを田舎では
ずく」という)は持ち合わせていない。

そして、そんな私たちを見兼ねてか、幹事な方々が、
すでに弁当を用意してくれたのだ。

東京駅に新しくできたグランスタで。

・・・ま、要は、駅弁ってことだ。

しかも、私は、駅弁を買ってきてもらっただけでなく、
駅弁の種類まで指定してしまった。
(だって、魚介類が苦手だからさ)

指定した弁当は、浅草今半の牛丼。
もうわがまま三昧である。

しかも、その弁当を、幹事の男子の方は、
頂上まで背負って持ってきてくれた
なんとすばらしい。
こんなに特別扱いをされたのは、人生において
ほとんど記憶にない。

しかも、牛丼を食べ終わった後には、
その場でお湯を沸かしてコーヒーを作ってくれちゃったり
なんかして。

ああ。満喫。
頂上を、満喫。

こんなに人がいなければ、
人が多すぎるせいで(?)、頂上のゲストハウスの中の
お手洗いが断水になってなければ、確かに、★★★
だなぁ。

と、満喫したところで、そろそろ下山。
しかし、短いけど、諸事情により今日はここまで。

次回、とうとう最終回

2007年12月 2日 (日)

ミシュラン的紅葉狩り(早くも5合目)

思えば、行きの電車のときから、何かが
おかしかったのだ。

高尾行きの準特急。
1本目は、やたら混んでいたので、2本目に
乗ることにした。

あのとき、混んでいる原因として、
私が真っ先に思いついたのは、ジャパンカップ
だった。

だって、確かに、スポーツ紙を広げている
親父どもは多かったのだ。
だから、こんなに混んでいるとしても、
どうせ東府中まで行けば電車はがらがらに
なるだろうと思ったのだ。

そうそう。
どんだけミシュランと言っても、そんなに、
登山ばっかりやる人がいるもんか。

・・・しかし、東府中で親父どもは若干いなくなったものの、
尋常でない数のお年寄りの皆様と、ガキども

それでも、まだ私は信じない。
このガキどもは、きっと、東武動物公園行きだ。
象やらカンガルーやらそんなもんを見に行くのだろう。
ガキどもは、動物園にでも行くほうがお似合いだ!

でも、降りない。
東武動物公園を過ぎても、ガキ軍団は電車を
降りないのだ。

こいつら、どうしても高尾山に行く気なのか。
ガキのくせに!

というわけで、電車は満員のまま、高尾山口に
到着。

Pasmoを使える自動改札が1個しかない
高尾山口の改札口は、尋常じゃないほど人が
あふれかえっており、階段から降りることも
ままならない。

駅を出ても、延々と続く、人・人・人。
その人の列は、ケーブルカー駅の入り口まで
つながっていた。

<ケーブルカーに群がる人たち>

Dsc01682

ケーブルカーは、軽く40分待ちくらいだという。
そこはもうすでに、ねずみの国のアトラクション並み。

でも、こんな丘のために、40分待ってケーブルカーに
乗るなんて、あほらしい。
ここは男らしく、やはり歩いて頂上を目指さねば。

アウトドアリーダーの事前学習に基づき、
上りのルートは、稲荷山コース
どうやら、このコース沿いの紅葉がきれいなんだそうな。

・・・しかし、だ。
上り始めて10分もしたときに気づいたのだが、
このコース、どうがんばっても、初心者むけでは
ないようだ。

坂が、異常に急、な気がするのは、普段の
運動不足のせいだろうか。
どう考えても、丘の感覚ではない。

道が舗装されているだけまだいいものの、
早くも太腿が悲鳴をあげている。

あのー、これって、何分くらいで頂上に着くものなんでしょうか。
と、コースの地図を見ると、そこには、「1.5時間」。

うひゃ。このペースで、1.5時間?
丘とか言って馬鹿にしてる場合じゃないよ。

30分もたつと、汗だくだく。
フリースのファスナーを全開にするが、
それでもまだまだ暑い。
ホッカイロを背中に貼ってきたのが裏目に出た。

それでもなんとか、急な階段を上りきったところに、
休憩所が見えてきた。

やっと休憩できる!
もう、一刻も早く、休憩しよう。

<休憩所からの景色>

Dsc01687

写真を撮る元気はあるが、感想を言う元気はない。
だって息が切れているから。

そんな私を見兼ねてか、リーダーが、差し出してきたのは、
小さなタッパー。

中には、沖縄産の黒糖が。
そういえば、疲れたときには甘いものだよね。
登山するときの基本だよね。
私、そんな単純なこともすっかり忘れていたよ。

後半は、一瞬坂が緩やかになるが、緩やかだと
それは逆に、寒いと言うことだ。
再びフリースのファスナーを閉める。
急だと息切れ、緩やかだと極寒。
いったい、どうすりゃいいんだ、私。
ってか、紅葉見てる暇なんて全然ないし。

常日頃より、アウトドアな方々は、この前行った
屋久島の話とか、放課後バスケ部とか、
ウィンタースポーツはどうするとか、やはり
アウトドアな話で盛り上がっているが、運動不足が
ひたすらたたっている私のほうは、息切れのため
すっかりおとなしくなってしまった。

ああ、早く着かないかな。頂上。

と。そろそろ頂上の看板が見えてきた。
やった!頂上だ!お昼だ!

・・・しかし、最後の最後にやってきたのは、
やばいくらい急な階段。

<大きなあと一歩>

Dsc01689_2

上が・・・見えない。

・・・そうして、息切れと太腿の痛みが頂点に達した頃、
やっと、頂上にたどり着いたのだった。

次回、ミシュランかぶれたちのお昼争奪戦。

2007年11月25日 (日)

ミシュラン的紅葉狩り(1合目)

いや、もともとはミシュランとは関係ない
企画だったのだ。

私たちが高尾山に行くことを企画したら、
高尾山が★★★をとったのだ。
まさに、それは、時代が私に追いついてきた
瞬間。

・・・といっても、登山なんて小中のときに
1回づつ、半ば無理やりに学校行事に
連れて行かれるのみであった。
小学校は志賀高原、中学校は・・・どこだっけ?
もう場所も覚えてないけど、妹が燕山って
言ってたからたぶんその辺だ。

スポーツはからきしだめな私は、登山のときは
もちろん一番最後から、はぁはぁ息切らして
着いていくだけ。
いい思い出なんて全然思い出せないのだ。

だから、誘われたときも、私にしては
結構ダイレクトにお断り的な雰囲気を出しては
見たのだが、、、やはり伝わらず。
どうしても断り上手にはなれない私。

どうしてそんなに断りたかったかって。
体力に自信のないのはもちろんのこと、
登山なんて趣味でやったことはもちろんないので、
登山にふさわしい服装も道具も全然
持ち合わせていない。

ってか、登山にふさわしい格好って、
一体何なのさ。

と、再び断る姿勢の私を察したのか、
とあるURLが送られてきた。

それは、高尾山に登るときのポイントを
まとめたHP
であった。

しかし、見れば見るほど本格的。
リュックに水筒、ウインドブレーカー
いやだからさ、これから二度と行かないかも
しれない登山のために、こんなにいろいろと
買い揃えないといけないわけ?

と、今回の主催の登山好きな先輩(初対面)が、
そんな私にちょっと気が楽になるアドバイスを
くれたのだった。

・ズボンはジーパンでよし。
・弁当は俺が駅弁を買ってきてやる。
・女子のもちものは、水とタオル、そして
 服はなるべく厚着で。

お。なんかちょっと気楽になってきた。

さらに、高尾山についてもう少し調べてみると、
なんのことはない。
高尾山の標高は、599m
山のくせに、標高599m。
笑わせるんじゃない。
山育ちをなめるんじゃない。
私の通った中学の標高は、確か360mくらい
だったぞ。
そこから200mしか違わないじゃないか。
それで、山を語ってもらっちゃ困る。

よし、お姉ちゃん行ってやるよ。
山登りならぬ、単なる丘登り、行ってやるよ。

そういうわけで、当日。
結局、高尾山をなめた目で見るようになった私は、
ウインドブレーカーなんて二度と使わないものを
買うのはやめた。
買ったのは、ユニクロのフリースと、一応斜めがけの
リュックのみ。

しかも、前日は終電まで高校の友達(+妹)とダーツ。
おかげで、登山前だというのに、すでに腕が
若干筋肉痛という有様。

そんな斜に構えた、私の登山が始まった。

・・・次回、ミシュランにつられてやってきた
ミーハーたちとの戦い。

2007年11月23日 (金)

ミシュラン

それは確か、火曜日の朝のこと。
いつものように「めざましテレビ」を時計代わりに
見ながら、優雅にメイクタイム。

時刻は8時直前。
そろそろ大塚さんから小倉さんへバトンタッチ。
・・・の前に、明日の予告と占いね。

明日の予告では、
「ミシュランに載っているのはレストランだけじゃない!」
とかなんとか言っている。

ふぅん。そうなの。

「ミシュランに載っている日本各地の観光地を・・・」

その瞬間。
一瞬、なにか見慣れたものが目の横をかすめた気がした。

メイクの手が止まり、テレビを凝視してみるが、
何しろ予告である。
私がテレビの方向を向いた瞬間にはすでに
画面はまったく違う観光地に切り替わっていた。

でも、私はその一瞬の映像で確信していた。
あれは、絶対地元の国宝、善光寺にある仏像。

そう思った瞬間、もうメイクなんて後回し。
PCを立ち上げて、急遽検索開始。

すると、やはり
やはり私の予想は正しかった。

あれは、善光寺だ。
善光寺の仏像だ。

あの仏像、「びんずる尊者」・・・私は
あいつに名前がついているなんて全然
知らなかった。長野の夏祭りの名前って、ここから
来てたのね・・・を、私はもう何度こすったことだろう。

仏像とは、普通は触ることすら気がひけるものだが、
あの仏像に限っては、みんな、ひたすらこする。
群がってこする。
若者も、年よりも、みんなでこする。

なんでこするかって。
仏像の、自分の体の調子が悪い部分と同じ部位をこすると、
調子がよくなる
って言われているからだ。

おかげで、私も、冷え性で足が痛いといえば、
「足をこすって来なさい」と言われて人ごみの中に
押しやられ、小学校に上がれば、今度は
「頭がよくなるように頭こすりなさい」と言われて
みんなの一番前まで連れて行かれ、親に抱き上げられて
頭をなでさせられたものである。

おかげで、明らかに、私の小さいときよりさらに、
あいつの顔や体はのっぺりしてしまい、特に顔は、
どこが目でどこが鼻なんだか、もうさっぱり分からない。

そんな思い出の仏像が、ミシュランで★★★だなんてね。
(善光寺自体は★★だというのに。)

と、気づいたら遅刻直前。
まだメイク途中だし。
マスカラがかたっぽついてかたっぽついてない、みたいな。。。

とりあえず、明日めざまし見よう。
久しぶりに善光寺を拝ませてもらおう。

と、会社に駆け込んだ火曜日。

でも、結局、火曜日の夜は、給料日ということで
うきうきしてしまったおじ様方が、カラオケで

・40過ぎの親父がTRFを聞いてSAMダンス
・ビールをこぼした床でスケート
・雪合戦ならぬ、ポップコーン合戦
・自分のベルトで人を殴るプチSM
・タンバリンでカラオケの壁を破壊

という、史上最悪の飲み会に付き合わされた結果、
気づけば時間は25:30。

飲み始めたのは18:30だったから、計7時間飲んでたのか。
まだ火曜日(水曜の朝)なのに。

もちろん、次の日のめざましテレビのミシュラン特集なんて、
見れるような有様ではなかったのだった。

いいもん。
お正月に、例年より絶対込んでる善光寺に今年も行って、
びんずるさんを拝んでくるんだから。

2007年10月22日 (月)

大人の休日(2回目)

とある平日の夜。
久しぶりに早めの岐路についた私は
帰りの電車で偶然妹に出くわした。

妹に出くわしてなにやらうれしくなった私は、
出張の帰りにお土産を買ってくるので、
妹が仕事休みの土曜日の夜に一緒に
食べることを約束し、そのついでに嬉々として
報告したのだ。

「土曜日の昼間は、箱根に行くんだ」

箱根、という言葉はどこかで聞き覚えがあったのだろう。
(まさか、またお天気カメラってことはないと思うが)
ちょっと興味を持ったらしい妹はちょっと突っ込んできた。

「へぇ。何しに行くの?」

「温泉入って、しゃぶしゃぶ食べて、和室でごろごろして、
帰ってくるんだ!」

ちょっと怪訝な顔をする妹。

「和室でごろごろするために、箱根に行くの?」

「うん。なーんにもしないのよ」

なんだか納得いかない様子の妹。
そうしているうちに、電車は私の駅に滑り込む。

「じゃ、土曜の夜ね!」

そう。
妹の贅沢旅行とは、所詮、この前友達と行ったという
ディズニーランドが関の山。
並んで乗って、並んで乗って、の繰り返しだろう。

つまり、分かっちゃいないのだ。
大人の贅沢とはなんたるか、ということを。

大人の休日第1弾をやったのは、確か5月の終わりだった。
そして、あのときの感動が忘れられず、私たちはもう一度、
大人の休日を楽しむことにしたのであった。

土曜日。
風邪でダウンした1名をのぞいた3名が
朝8時に新宿に集合。

現地でもう1名と合流し、目指すは大人の休日、
日帰り温泉である。

バスの前のほうでは、「三十路会」のチラシを
持った男女7人連れががやがやとやっていたが、
この人たちも、「大人の休日」だろうか。
いや、そうに違いない。
だって、私たちより相当大人なのだから。

でも、大人なのであれば、せめて袖の縫い目に
大きな穴ぼこの空いた服を着るのはやめて
いただけないだろうか。

腕を上げたときに、脇の下がぽっかりしてるのは、
まったく大人ではない、と思うぞ。

そうして、温泉にたどり着いたのは、朝10:30。
何はともあれ、まずは風呂だ、風呂。

湯に浸かったり、ベンチで休んだりしながら、
散々仕事の愚痴を言い合って、存分に汗を流す。
お湯で火照った体を、秋風がやさしくなでていく。
ああなんというマイナスイオン
なんという贅沢。

そして、湯からあがって気づけばもうお昼前。
あら。私たち1時間以上も風呂に入っていたのね。
待ちくたびれた様子の男子たち。

まぁいいじゃない。
そんなせかせかしなくてもさ。
なんたって、大人なんだから。

ってかさ、お風呂で汗流したら、激しくお腹すいたんですが。
しゃぶしゃぶ、食べませんか。

そういえば、最近、社食ではめっぽう食欲のなかった私。
皿の上で水切りをされるパスタかぴかぴのご飯などに
うんざりし、仕事の忙しさにも追われて、なかなかちゃんと
ご飯食べれなかったのだった。

でも、ここではそれが嘘のよう。
最初にオーダーした豚しゃぶ4人前は、あっという間に
なくなって、すかさず1人前追加。
野菜もうまいし、うどんもうまい。

そして、さらに食欲を増進させるのが、ワインだ。
まだお昼だしね、と頼んだハーフボトルもあっという間に
空っぽになり、結局またハーフ追加。
そんなら最初からフルボトル頼んでおけばよかったよ。

さて、風呂も入ったし、腹も満たされた。
これからすることといえば、もちろん、お昼寝
だって、朝も早かったしさ。
お酒も飲んじゃったしさ。
足の先までなぜか真っ赤だしさ。

そして、和室を貸し切って、お昼寝。
山の風が吹き込んできて、ちょっと寒いけど、お昼寝。

・・・しかし。
みんなが寝静まる中、眠れない私。
理由は簡単だ。
酔いが回りすぎているのだ。

酔いが回りすぎると、鼓動が早くなって、
目が冴えてしまうのだ。
全速力で走ったあと、みたいなあの感じ。

眠いのに、寝れない。
こんなの、大人じゃない。

しかし、ここで暴れたら、もっと大人気ないぞ。
眠れなきゃ眠れないで、その状況を楽しまないと。

仕方ない。
じゃあ、本でも読むとするか。

と、がさごそと本を取り出して、読みふける。
うとうととしながら、適当に休みながら、読みふける。
ああなんて大人。

読んでいるうちに、気づけばもう15:00。
あ。これからお土産買って東京着けば18:00に
なっちゃう。
妹が腹を空かせて待っている。

そう思い始めると、もうそれは、大人ではなくて、
の心境である。

さ。帰ろうか。

夕暮れ時のロマンスカーでは、もう、大人も
親も通り過ぎた年頃のおじ様おば様たちが、
チーカマだの、するめだのをかじりながら
ビールを飲んでいる。

充満するするめとチーカマとアルコールのにおい。
大人を通り越すと、人間はこういうにおいになっていくのだ、
と言わんばかりのにおいの強さであった。。。

そうして、大人→親→ご老人、という時間の流れを
1日で見せ付けられたような「大人の休日」は終了。

妹のうちにお土産を持っていった私は、
料理をよく知らない妹に、野菜炒めと塩焼きそばを
作ってさしあげるのだ。

「大人の休日」の贅沢さなんて、所詮全然
分からない、妹のために。

2007年9月17日 (月)

超多忙旅行記~祭りの後~

そうして、かなりリアルな過疎化&少子化問題を
目の当たりにしながら、はてさて、次世代を
担うはずの私は、子供をはらむそぶりも見せず、
田舎に帰ってくるそぶりも見せず、こんな感じで
社会的に本当に大丈夫なんだろうか、といささか
真剣に悩んでいるうちに、女流薙刀は終了し、
ついに登場するいとこの息子、とその友達。

そこで勃発する2つ目の問題。

それが、「親ばかと野次」問題だ。

前の組の薙刀のときも、その傾向はちら見
できたのだけど、うちの組のときは、本当に
ひどかった。

まず、ステージの真下ににじり寄り、
下の娘を肩車して、食い入るように
薙刀見学を始めたのは、ステージにいる
いとこの子供の父親、ってことは、
うちのいとこのお兄ちゃんなんだけど。

「うぉらぁー!しっかりやれよー!」

うちのお兄ちゃん、ただでさえ声がでかくて、
しかもよっぱらうとさらに声がでかくなるのに、
今日はその声を一段と張り上げて応援している。

お兄ちゃん、まずはその肩車を降ろしなって。
後ろの人が全然見えないでしょ。

私も、親戚一同なので、できるだけステージのまん前で
カメラを構えたところで、薙刀は始まった。

Dsc01583

だけど、うちの子は、完成された前の組と違って、
年齢もかなり下だし、薙刀も今年が初めてなのだ。
しかも、うちの子は、声のでかい父親と違い、
利発だが、あまり運動とか得意なほうではないと
思う。

案の定、薙刀を高速で振り回すような難しいところは、
結構たどたどしい出来ではある。

しかし、だからと言って、あの周りの野次
ひどかったのではないか。

「おい!どうした!ちゃんとやれ!」
「もっとがんばれ!」

次から次へと小さい子供に対して振りかけられる怒号。

そして、それに便乗して声援を送る父親。
「ほら、○○、がんばれ!」
「やっちまえ!」

やっちまえって、別にその刀、神剣でもなんでもないんだから。

鳴り止まない怒号。
後ろのほうで、お祭りの練習の反省会を始める大人たち。

ああ、なんだかうちの子が馬鹿にされてるみたいで、
妙にむかついてきて、そして。。。

「がんばれ!○○!がんばれ!!!」

あー、結局、私も親ばかの一員になってしまった。

そうして、鳴り止まぬ野次や怒号の中、薙刀は終了。

最後に、親ばか代表のいとこのお兄ちゃんは、
おもむろにこちら側を振り返り、大声で、
「ありがとうございました!!!」

・・・・・・だからさ、お兄ちゃんを見に来たんじゃないんだってば。
なんでもかんでも、お兄ちゃんがお膳立てしてあげなくても
あの子は利口だからちゃんと生きていけるんだってば。

それにしても、お祭りのときの薙刀って、
私がよくお祭りに行っていた時代は、もっと整然と、
厳粛な空気の中でやっていたのではなかったか。

それが、10年たって、厳粛な薙刀は、運動会のかけっこ
同等の取り扱いになってしまった。

いとこの息子が成長した姿を見れたのはすごくよかったけど、
もうこんな大人たちの中にはいられない。

お父ちゃん、アイスでも買って、帰ろう。

・・・・・・
次の日は、お囃子の音でたたき起こされた。
なんか、うちのすぐ近くでお囃子がなっている。

もしや!

あわててパジャマを脱ぎ捨て、一応人前に出られる
格好をして、カメラを持って下に降りる。

お祭りの2日目は、薙刀とか獅子舞の一団が、
新築した家とか、子供が生まれた家とか、そういう
お祝い事のあるところを順番に回って、薙刀や
獅子舞を披露して、安全祈願をしてくれるのだ。

そして、その一団が回ってくる家は、一応上記のような
基準はあるのだが、結局は、役員の気の向いた家
ということになり、今年の場合、薙刀をやってる子の
親戚である我が家は、結構回ってくる率が高いはず。
何しろ、青年団を仕切ってるのはあの親ばか兄ちゃんだし。

家族そろって外に出てお囃子の様子をじっと見ていると、
やがてお囃子は信号を渡って、我が家の前にやってきた。

Dsc01597

ここでは、最初から最後まで全部舞ってる時間はないので、
プログラムの一部分を披露してくれる。

昨日と違って、観客は少ないので、ここでは落ち着いて、
息子の成長の様子を見ることができた。

そして、お兄ちゃんも、さすがに朝は酔いもさめて、
でしゃばる様子もなく、じっと息子の様子を見ている。

そして、短いプログラムのあと、寸志をもらって
お囃子隊は去っていく。

去っていくとき、先頭のお兄ちゃんは、
大太鼓担ぎながら、私たちに叫んだ。
「ありがとうな!」

その「ありがとう」は、寸志の3000円に対しての
ありがとうだったのか、はたまた、息子の薙刀を
鑑賞してくれたことへの、親ばか的なありがとうだったのか。

お兄ちゃんも、わざわざうちに寄ってくれて、
息子の成長した姿見せてくれて、ありがとうね。
でも、次に私が帰ってくるときまでに、その度を越した
親ばかは、自粛するようにしといてね。

さて、そろそろ私は帰ることにするよ、東京に。

・・・今夜は、合コンだからさ。
(親不孝者でごめんなさい)

超多忙旅行記~祭りの中~

夕方にやっとこさ長野にたどり着き、
せっせと母を手伝って大量の夕飯を用意した
というのに、6時過ぎにやってきたのは2名だけ。
しかも、その2名も、2時間ほど夕飯を食べながら
無駄話に花を咲かせ、散々酔っ払った挙句、
なんと、祭りが始まる前の、夜の8時に帰って
しまった。

うちの親戚は、いかんせんみんなマイペースなので、
こういう事態は、ままあることではあるが。

ままあることではあるんだけど、私、何のために、
田舎に帰ってきたんだっけ。
親戚の相手するためじゃなかったっけ?

まぁともあれ、父親が祭りに出かけてしまい、
親戚も帰って、家には、母と私(とばかウサギ)だけ。

もしかして、私が来なかったら、こんな浮かれた日の
夜に、母は家に一人きりだったのかと思うと、
ちょっと背中が寒くなる。

とりあえず、そろそろお祭り始まっちゃう。
早く神社に行かなきゃね。
と、小屋から抜け出したばかウサギを追い回して
小屋に戻す。
あんたはどうせ祭り行けないんだから、おとなしく
してなさい。

そうそう、言っておくと、この時点ですでに夜の9時
うちの田舎のお祭りは、夜の9時では、まだ何も
始まらない。

9:20。お宮に到着。
10年以上の間を空けて再び見るお宮は、
前に見たときより、確実に一回り、小さくなったような
気がした。

と。坂の下には屋台が集結している。
さて、そろそろ1つ目の屋台があがってくるかね。

あ。そうそう、解説しておくと、
うちのお祭りは、3つの地区(昔は部落と言っていたが、
たぶん今はそういう呼び名は使っちゃだめなのよね)

が集まって行われるわけだが、それぞれの地区ごとに
屋台(って言ってるけど、一般的には山車というのではないか)
を用意し、その屋台は、順番に、お宮の前の急な
坂を、大勢の人が引っ張ることによって引き上げられ、
整列するわけだ。

と、よく見かける顔が。
親戚のお兄ちゃん、つまりは、薙刀をやるいとこの
子供の父親である。

声をかけると、私がわざわざ東京からやってきて
いることへのねぎらいの言葉は一切なく、
「おぅおぅ。今日は、俺の祭り、たっぷり見せてやるからな」

誰の祭りだって?
言っとくけど、薙刀やるのは、お兄ちゃんじゃなくて、
お兄ちゃんの息子なんだよ?
自分は屋台引っ張って大太鼓を支えるくらいなのに、
大きなことばっかり言ってるんじゃないよ。

とか思っている間に、急な坂を上って、
屋台は神社前に整列。

Dsc01553

ちなみに、この伝統的な、遺産に指定されても
おかしくないような屋台に、なぜかうちの若者たちは、
それに似つかわしくない飾りつけをする。

写真をよーくみてもらうと分かるんだが、
今年のうちの地区の飾りつけは、
ビリーだ。

ちなみに、ほかの地区は風林火山スティッチ
それぞれ、地元の青年団がマスコットを考える
らしいんだが、せめてもう少し、統一感を持たせる
ことはできないものか。

屋台の傍らには、お神酒をそのままラッパ飲み
している父親。
さっきウコンの力を飲んで出て行ったから、
いつもよりは若干平気そうだが、これ以上
飲ませたらまたコンビニでアイスを20個くらい買って
帰ってくるような気がしたので、とりあえず集団から
引き離す。

柱に寄りかかった父親は、もう帰ろう、と
うわごとのように繰り返す。
俺の仕事はもう終わったんだから、帰ろう、と。

だめ。今帰るのはだめ。
確かに父の仕事(屋台の後ろで行き先をコントロールする役目)
終わったかもしれないが、お祭りはまだ開会宣言も
してなければ、いとこの子供の薙刀も始まっちゃいない。

やっとこさ、開会宣言が行われたのは、夜の10:10
こんな時間から小学生に芸をやらせようだなんて、
無理にもほどがあると思うんだが、これがうちの
田舎の伝統なんだそうな。

開会宣言が終わると、早速各地区ごとに、
薙刀が行われる。

いとこの子供の出番は、2番目。

最初の組の薙刀が始まった途端に、
なんだか、すごい違和感。

違和感の原因は、2つ。

1つは、この地区の薙刀をやっているのが、
女の子だということだ。

私がよく祭りに行っていたころ、
祭りに参加できるのは、男の子だけだった。

地区によっては、少子化問題のあおりを
受けて、お囃子にはやむなく女子を参加
させる地区もあったんだが、薙刀とか獅子舞とか、
そういうものは、男子でなければできない伝統
だったはずだ。

しかし、伝統を覆さなければならないほど、
少子化問題は深刻らしい。

しかも、その女の子は、もう小学6年生で、
薙刀3年目

薙刀は、大体小学校3年とか4年の子が
やるものであって、その機会は本来一生に
一度。

一度だから、大変だし、価値があったはずなのだ。
なのに、この子達はもう3年目。
3年目ともなると、もう教わらなくても薙刀の技術は
全部マスターしているので、もう希少価値も何もなく、
忙しいとお祭りの練習も休みがち。

親の感慨もそんなに深いところはないらしい。

東京では、そんなに実感わかない少子化問題も、
田舎ではかくも深刻なものなのか。

そして、2つ目に気になった問題が、親ばか問題
なわけだが、長くなってしまったので、この続きは、
うちのいとこの息子の薙刀を見ながら語ることに
しよう。

この続きは、また今度。

超多忙旅行記~祭りの前~

別府から朝一の飛行機で帰ってきて
いったん家に帰り、30分で荷物をまとめて
2つ目の旅行に向かう。

向かった先は。。。実家だ。

なぜ、こんな超多忙スケジュールをおして、
田舎にたった1泊で帰らないといけなくなったのか。

話は、1週間前にさかのぼる。

家の電話には、友達は電話をかけてこないから、
9割は家族からの電話だ。
(あとの1割は、なにかの押し売り)

電話に出ると、母はいきなり切り出した。
「来週の土曜日、帰ってこれる?」

来週の土曜日?
うーん、日曜の夜にはどうしても東京に
いなきゃいけない用事があるのだけど。
でも、土曜だけでいけば、まぁ帰れないこともないが。

煮え切らない様子の私に、母は次の攻撃を
仕掛ける。

「次の土日がお祭りなのよ。
お祭りだから○○さん(と、母は親戚の名前を挙げる)ちが、
遊びに来るって言ってるのね。
でも、お父さんは役が回ってきたから、屋台の後ろを
努めなきゃいけなくなっちゃって、○○ちゃん(と、次は
妹の名前だ)は、仕事は休み何だけど、その日は家に
いないっていうのよー」

要は、親戚がやってくるというのに、
父はお祭り妹はデートで、母は家に一人
母は、どちらかというと親戚が来るときは
料理を順番に出さないといけないので、
台所と茶の間を行ったりきたりする間の
接待役がいないと困る、というわけ。

そういう時は、一番てっとりばやいのは、
その、デートの予定が入っているという、
不届きな妹をねじ伏せればいいんじゃないのか。

・・・とも思ったが、若者にとってあまり娯楽のない
田舎で両親と一緒に毎日暮らしている妹。
かたや、毎日東京で遊んで暮らしている姉。
そう思うと、ちょっと妹にも遊ぶ時間を
与えてやってもいいんじゃないか、という
気がする。

そんな、まだ思い悩む様子の私に、
母は最後の一撃を繰り出す。

「それにね、○○が、今年は薙刀やるのよ」

今度の○○は、小学校3年になった
いとこの子供(=はとこ?)のことだ。

いとこの子供、なんて、現代の普通の親戚づきあい
的にはまったく価値をなさない関係なのではないかと
思うのだが、うちの場合は違う。

何しろ、実家から横断歩道渡って1分のところに、
そのいとこ(とおば)の家はあり、その、いとこの
子供たちは、休みともなれば、こっちの家にやってきて、
私たちが昔遊んでいたおもちゃを片っ端から
引っ張り出してきて、うちの実家を散々散らかして
帰って行くような、そんな関係なのだ。

だから、いとこの子供たちにとって、私は、
親や祖父母とほぼイコールの関係であるに
違いない。
(と、私は勝手に自覚している)

だから、その子が、わが地区を代表して
薙刀をやるなんていうのは、そのへんの
運動会よりもよほど鼻の高い行事なのだ。

だから、とっても忙しいのは百も承知だけど、
だけど私は行くことにした。

いとこの子供の名誉ある薙刀と、
多少の親孝行のために。

・・・と。
祭りはまだ始まってもいないのに、なんだか
すごく長くなってしまった。
仕方ない。1泊のくせに、またもや連載にします。

お祭り本番は、また、今度。

2007年9月14日 (金)

リアルタイム旅行記~別府~

いや、旅行じゃなくて、出張ね。
出張のはずなんだけど、なぜかやってきたところが
偶然別府だったのね。

そして、今日は夢のお一人様出張。
さらに、今日は珍しく、お客様の夜のお供も
しなくてよいわけで。

お客様のところを出て、タクシーに乗り込む。
出張先では、タクシーに乗ったらリサーチ、と
相場が決まっている。

あらかじめ調べておいた観光ガイドの
裏をとることにする。

「あのー、この辺って、砂湯があるって聞いたんですけど」
「そうそう。あそこの砂湯はねー、道後温泉と同じ建物
なんだよ。」

道後温泉の砂湯の建物は、残念ながら見たこと
ないのだが、わざわざ引き合いに出すくらいだから、
すばらしいに違いない。

「九州って、砂湯は結構あるんですか?」
「いや、あんまりなくてねー、大分と鹿児島にしか
ない
んだよー」

そんなにレア物なのであれば、行かないわけに
いかないだろう。

さっそくホテルにチェックインし、すぐ近くの
砂湯に向かう。

と。
地下道を渡ると、そこは、砂湯、ではなくて、
果てしなく続く(ように見える)歓楽街

いわゆる、スナックだらけの通りだった。

あれ。地下道を渡ったら、竹瓦通りなんじゃ
なかったっけ?
竹瓦通りって、こんな歓楽街なわけ?

・・・まぁ、地図的には、ここを抜けると砂湯が
あるって書いてあるし、行ってみるか。

だんだんと奥に入っていくと、スナック通りは
次第に風俗のお店へとかわっていき・・・・・・

そして、砂湯にたどり着いた。
趣のある、古い建物。

料金はちょっと高めの1,000円であるが、
なにしろレアなので仕方ない。

1,000円を受け取りながら、番頭のおばちゃんは、
「飲酒、妊娠、高血圧・・・の人はだめだけど、大丈夫?」
と、呪文のように質問を投げかける。
確か、さっき懇親会で多少ビールを飲んだけど、
そのあとにしっかりウーロン茶飲んだし・・・
「あ。問題ないです」

・・・さて、砂湯砂湯。

浴衣に着替えて砂湯に入っていくと、先に一組の
カップルがおばちゃんたちに砂をかけられている。
ごめんね、私は一人でさ。

そして、私も砂をかけられる。

水分を含んだ暖かい砂は、湿度たっぷりで、
非常に重い。
でも、意外に熱くはなかった。
うん、これなら耐えられるだろう。10分だし。

と思ったのは、ほんのつかの間。
一粒一粒はそんなに熱くなくても、
それらに体を挟まれて、密閉されると、
それは非常に熱をもってくるらしい。

これは、あれだ。
そのあたりのサウナよりよほど手ごわいんじゃないか。
ただでさえ、サウナ苦手なのに。

3分もたつと、顔から噴出す汗、汗、汗。
額の辺りから流れ落ちた汗は、耳の中に
ジャストイン。

ふぁ!!
かゆい!耳の中がかゆい!

でも、汗を振り払う役目の手も、重くて熱い
砂の中。

ぬぁぁ!かけない!!

一生懸命顔を振ってみるが、汗は耳の中から
出てくる様子はない。
そして、その間にも、いたるところに流れ落ちる
汗、汗、汗。

サウナだって汗かけばぬぐうことはできる。
ゲルマニウムの時だって、手はお湯の中に
入れているけど、顔を置くところにいつも
タオルが置いてあるので、そこに顔をこすりつけると
やっぱりぬぐうことができる。

でも、砂湯の場合はそういった汗をぬぐう手段が
すべて禁止されているじゃないか!
手ごわい!こいつは手ごわいぞ!

5分もたつと、
「そろそろちょっと動いて隙間作ろうかな」
って気分になってくる。

でも、周りを見回しても、例のカップルは
涼しい顔で、寝息まで立ててたりする。
あれ。どうして?どうしてこの非常事態に
寝られるわけ?

一方では、おばちゃんたちが、私たちのことを
一生懸命監視している(ように見える)。
ああ。きっと私が動いて隙間とかできたりすると、
おばちゃんが怒りながら、さらに重い砂を
乗っけてきたりするんだろうなー。

と。
それは8分もたったころ。
一生懸命顔を振り振り絶えている私に、
おばちゃんが、言葉どおり、手を貸してくれた。
ふぁ!ありがとうおばちゃん!
汗拭いてくれたりして!

ついでに、おばちゃんからの天の声まで聞こえてくる。
「あんまりつらかったら、手をちょっと出してもいいよ」

おお!おばちゃんから許可が!
監視してたんじゃなかったんだね!心配して
見ててくれたんだね!
そんなに応援してくれるんなら、私がんばるよ!
あと2分。

そんなこんなで最後は手を出したおかげでちょっと
涼しくなって、砂湯終了。

シャワールームでシャワーを浴びて、軽く湯に
つかり、最後にアクアブルガリア(なんて懐かしい!)を
飲んで、風呂をあとにし、再び向かう風俗街。

・・・しかし、最後の最後に私は気づいたのだった。
風俗街の通りの1本向こうの通りに、
「竹瓦アーケード」と大きな看板のある通りがあることに。。。

そんなこんなでリアルタイム別府は終了。
明日は、朝一の飛行機でいったん東京に帰り、
次の旅行先へ向かわねばならない。

だから、この続きはまた今度。

2007年9月 6日 (木)

姉妹旅行記(3)~やっとこさ、江ノ島~

結局、人力車のお兄さんに乗っけてってもらった
八幡宮参拝は、ものの20分で終わってしまった。
だって、妹が、せっかく神社に来たのに、おみくじは
やりたくないって言うんだもん。
なにか、おみくじにトラウマでもあるんだろうか。

八幡宮から鎌倉駅までは、人力車のお兄さんの
手(足?)を借りずに歩いて戻って、江ノ電に乗り込む。
ごめん、お姉ちゃん、江ノ電待ってる間に、1本会社に
電話入れてよい?
(妹の承認は絶対必要)

と、妹が、やたら感激している。
気づくと、江ノ電が鎌倉駅に入ってきているところなんだが、
この旅で一番というほど、珍しく、妹のリアクションがでかい。
自分から何かをしゃべっている。

ちょっとどうしたの?
お姉ちゃん、まだ電話中なんだけど、終わってから
話してもらえる?

聞くと、
どうも、2両構成且つ、やたら作りが甘いところが、
地元のローカル線にそっくり!なんだそうな。
お姉ちゃん!電車が短いよ!

東京に来て、10両編成の東京メトロばっかり見てきた
妹にとって、このゆるーい電車は、ど田舎を彷彿と
させる、なんともなつかしいツールだったようだ。

でもね、お姉ちゃん知ってるんだよ。
地元のローカル線ディーゼル車なんだよ。
電車じゃないんだよ。
その証拠に、上に電線ついてないでしょ、
田舎の電車、もとい、ディーゼル車は。

それにね、江ノ電は10分に1本はやってくるけど、
ディーゼル車は1時間半に1本しかやってこないでしょ。
大雨が降ると、山が崩れて2ヶ月くらい運転できないでしょ。
江ノ電は海沿いを走るから、きっと2ヶ月動かない
ことはないのよ。

あ。でも、作りは江ノ電の方がディーゼル車より
甘いよね。
ディーゼル車は雪に合わせて作ってあるから、
頑丈よね。
江ノ電は穏やかな気候の土地を走るから、
おもちゃみたいな作りだよね。

・・・なんて、鉄子さんな会話をしていること20分。
電車は、急に路面電車になって、(このとき妹は
明らかに目をきらきらさせていた)江ノ島駅に
滑り込んだ。

よかったねー、電車が楽しくって。
お姉ちゃんもうれしいよ。

さて、ときにお時間の方は15:30。
やべ、ちょっと鎌倉で油売りすぎたか。
水族館がゆっくり回れないじゃないか。

結果として、そんな私たちの杞憂は、無駄に
終わったわけだ。
夏休み中だからなのか、水族館の営業時間は、
るるぶに載っているのより1時間伸びて、6時まで。
よかった、2000円払う甲斐があったね、
あ、お姉ちゃんが3000円払うから、やっぱり
1000円でいいからね。

それにしても、
美ら海水族館の色鮮やかな観賞用の魚たちと違って、
江ノ水は、なんか、食べられる魚の展示が多すぎやしないか。
鰯とか、鮎とか。
やっぱり、相模湾の魚が中心だからなのかねぇ。

挙句の果てに、なぜか、釣り針と一緒に魚が展示されて
いる。
これじゃ魚もびびっちゃうんじゃないかと思うんですが。

そんな気の毒な感じで各水槽を見て回っていると、
「今日最後のイルカショーがはじまりますよー」

相模湾の夕日とイルカプールのすばらしいコントラストに
すっかり見とれていると、

「本日のドルフェリアハーモニーでは、最高のパートナーである
アクアンとイルカの競演が・・・」

ねぇねぇ。
今のアナウンス、なんか変じゃなかった?
ドルフェ・・・?アクア?

ふぇ?って顔で見返してくる妹。
あ。あんた今、明らかにボーっとしてたね。
アナウンスなんて聞いてなかったよね。
あ。そういう周りの言うこと聞くのはお姉ちゃんの役目でしょ、
って顔してるね。
・・・はい、確かにそのとおりでございます。
聞き逃したおねえちゃんが悪かったです。

と、突如始まる大音量の音楽。
そして出てきたのは・・・イルカじゃなくてお姉さんたち。
しかも、調教師のお姉さんとは明らかに違う。

だって、なんか変なコスチュームを着ていて、
しかも、オペラ風に何事か歌っているのだ。
(どうやら、このお姉さんたちが「アクアン」であるらしい)

そして、さらにおかしなことには、お姉さんたちは
笛も持ってないし、えさも持っていないというのに、
イルカが勝手に音楽にあわせて飛び跳ねている。

さらにさらに、お姉さんたちが突如水中を
泳ぎ始める
始末。
ちょっとちょっと、お姉さんたちは何者なわけ?
歌は口の動きとちょっとあってないところを見てると、
歌は歌えない方々なのよね?
で、イルカと戯れてるけど、おそらく、調教師では
ないよね?
だって、調教師は泳げないし踊れないもんね?
とすると、一番近い職業としては、シンクロの選手の方?

なんて、イルカのことよりお姉さんたちのことを
考えているうちに、イルカショーは終了。

あ。そうだ、あっちのほうが、噂の、
「江ノ島海岸」ね。
ほら、お天気カメラの映像とおんなじ映像でしょ?

そして、最後に、私たちは生まれてはじめての物を
目撃する。

それは、「波の上を走る、サーファー」

なにぶん、山育ちの姉妹なので、サーフィンを
趣味でやっている人なんて身近にいたことがない。

だから、あれはあくまでもテレビの世界。
まじめに人間が波の上で立つことができるなんて、
あるわきゃないと思っていた。

それが、確かにたっているじゃないか。
波の上を走っているじゃないか。

人間って、すごいね。
あんなこと、できるんだね。
「クララがたった!」の気分だね。

と、感激しながら夕飯を食べて、姉妹旅行は終了。

海と山に囲まれた、おいしい空気を吸って、
すっかり元気になったハイジは、東京砂漠に
吸い込まれていった。

お互い、これでまたしばらくの間、砂漠のどまんなかでも
がんばれるね。

枯れちゃいそうになったら、すぐにお姉ちゃんに
言いなさいね。
また一緒に旅行に行こうね。

江ノ水のイルカショーの写真は、こちらへ。

2007年9月 2日 (日)

姉妹旅行記(2)~人力車~

私がいかの刺身と海老天を分けてやり、
代わりに妹の嫌いなきのこのてんぷらを
食べてやったことにより、妹の機嫌はどうやら
元通りに戻ったようだ。
それが証拠に、私がお昼中会社に電話入れてても、
いやな顔ひとつせず、ご満悦だ。

ああよかった。
これで平穏な旅が続けられる。

当初の目的地は江ノ島水族館だったけど、
この際、もうちょっと寄り道してから行こうよ。

1,2,3
「別にいいよ」

この子、別に、じゃなくて、「それがいいよ」っていうことは
ないんだろうか。
まぁ反対されるよりいいけどさ。

とりあえず店を出て、小町通りを鶴岡八幡宮方面へ。
そういえば、鎌倉って、絶対江ノ島とセットで日帰りなので、
だいたい鶴岡八幡宮で時間切れなのだ。
ほかにどこに寺があるのか知らないし。

それにしても、今日は暑いねー。
なんか歩くのめんどいよねー。

妹も、そうだそうだ、といわんばかりに、
珍しく大きくうなずいた(ように見えた)。

ちょうどそのとき、うつむきがちの
私たちの行く手をさえぎるのは、
真っ黒に焼けた、マラソンランナーのように
細い体型の・・・人力車の運転手(?)さん。

「どうですか、人力車乗ってみませんか」

人力車が異常に高い値段だということは
知っている。
だから、普段だったら絶対乗らない、んだけど、
でも、この強い日差し。
果てしなく遠く思える八幡宮。

・・・ちょっとさ、条件だけでも聞いてから
判断しようよ。

お兄さんいわく、
・料金は2人で、1km(1区間)3000円~。
2km(2区間)だと6000円で、そこから
 先は時間制で貸切。
・小町通りから八幡宮までの1区間だと、
 ちょっと小町通りから外れて、ほかのお寺も
 軽く案内してから八幡宮、というルートかな。
・1区間だと、時間的には10分ちょっと?
・単に1kmぐるっとまわるだけじゃなくて、
 お兄さんの鎌倉観光ガイドがつくよ。

3000円はちょっと高いような気がするが、
でも、観光ガイドつきには心を揺さぶられる。
お寺って、ただ見てもよく分からないのよね。

どうする?と妹を見ると、
どうやら、こういう姫君を輸送するような乗り物には、
興味津々の妹。
でも、あんた、お金は払えないのよね。

乗りたい。でもお金ない。
そんなとまどいの表情を全力で姉に向けてくる
妹君。

・・・分かったよ。
お姉ちゃんが2000円払うから、乗ろうか。

というわけで、人力車に乗り込む姉と妹。
人力車は小町通りを左折し、細い道を進んでいく。

思ったより速くて、風が気持ちいい。
と思ったら、下界では、お兄さんが玉の汗を
流しながらはぁはぁ息を切らせて走っている。
天国と地獄。

それにしても、小町通りはあんなにざわざわしてたのに、
ちょっと道をそれると、本当に閑静な住宅街。
沢にはカニがいたりして、まるでうちの田舎みたいだ。

と、妹がぼそっと感想をもらした。
「山が見えるって、いいよねー」

東京暮らしも丸3ヶ月がたったが、
360°山に囲まれた土地で育った妹にとっては、
延々と建物しか見えない東京の風景は、
なんとも味気ない、というか、窮屈な景色だったらしい。

対照的に、鎌倉は海と山に囲まれていて、
こんなに閑静で水もきれいで。

アルプスの少女ハイジみたいな感想だったけど、
妹の気持ちは、私もよく分かる。

と。
そんな私たちの会話を聞きつけたお兄さん。
「田舎はどちらのほうなんですか?」
「あ。長野なんです」

ちなみに、知らない人と話すのは、姉の役目だ。
妹は、私の横で笑ったりうなずいたりするだけ。
人見知りなのだ。

「僕、長野には建築の勉強で善光寺に
行ったことありますよ」

ふとお兄さんの頭のはちまきを見ると、
「牛に引かれて善光寺参り」のはちまき。
確かに、善光寺のやつですね、と言った私に、
お兄さんは、自分のことを語り始めた。
汗だくで息を切らせながらだったけど。

お兄さんは、昔サラリーマンやってたけど、
あんまり楽しくなくて、やっぱり人生楽しくなくちゃ、
と思って会社をやめ、今は、昼間は人力車を引っ張り、
夜は建築の学校に通って、日々建築の勉強してるんだとか。
いつかは建築士になるのが夢なんだそうだ。

お兄さん。。。
あんたすごいよ。
うちら、八幡宮までの1kmを歩くのが嫌で、
金に任せて人力車乗ったのに、お兄さんは
そんな人力車を1日に何十キロも引っ張って、
夜は勉強してるなんて。
ごめんね、1キロ3000円なんて高くない?とか
思って。
お兄さんみたいな、夢を持った素敵な男子になら、
3000円くらい、安いもんだよ。

そんなことを感慨深く思っているうちに、
人力車は小さなお寺を2つまわって、八幡宮の前へ。
最後にお兄さんと一緒に人力車に乗ったまま
写真を撮って、お兄さんとお別れ。

がんばってね、お兄さん。
うちらももうちょっと東京砂漠でがんばるよ。

そんなこんなで、姉妹は八幡宮の中に足を踏み入れた。

さて、次回はやっとこさ、江ノ島。

お兄さん案内による鎌倉の写真は、こちらへ。

2007年8月30日 (木)

姉妹旅行記(1)~江ノ島と思ったら鎌倉~

妹はサービス業なので、あまり土日は休みではない。
休みはだいたい平日だ。
だから、今月に入って妹とほとんど遊んでない。

妹は手間のかかるものだが、手間がかからないと
さみしい、というのが、姉の本心である。

せっかくの夏休みシーズン、私も平日に大手を振って
休める状態(というか、休まないといけない)ということもあり、
久しぶりに、妹と遊ぶことにした。

せっかく丸一日遊べるならちょっと遠くに行きたいよねー、
ということで、妹に神奈川方面を提案してみると、
よくわからないから勝手に決めてくれと。
ほら、やっぱり手間がかかる。

夏だから、やっぱり海が見たい。
日本海じゃなくて、やっぱり太平洋だ。
妹は、ほとんど太平洋見たことないみたいだし。

「じゃあ、江ノ島に行こう」と姉が提案すると、
妹はしばらく考えてから、
「江ノ島って、海岸のあるところだよね?」

海岸?
海岸なんて、湘南に行けば、江ノ島だけじゃなくても、
茅ヶ崎とかいろいろあると思うんだけど、何で
江ノ島=海岸?

と。
「よくテレビに出てくるよ、江ノ島海岸」

あー!
君の言っているのはもしかして、お天気カメラ映像の
ことか。
確かに、夏になると毎朝江ノ島海岸の様子、やってるね。
「今日も混んでますねー、暑そうですねー」って。

でも、江ノ島のイメージがお天気カメラしかないなんて、
あまりにも不憫ではないか。
これはなんとしても、妹を湘南に連れて行かねばならぬ。
(姉の意地)

とりあえず、るるぶを購入し、藤沢行きの電車に乗り込んだ。
新入社員からの電話がちょいちょい鳴っているが、
それはもう気にしないことにした。
手間のかかるのは、1日一人で十分だ。

あんまり旅の工程を前もって決めておくのは好きではない。
というか、できない。
だから、とりあえず、メインスポットを1つ決めて、旅に
出ることにしている。
今日のメインスポットは、江ノ島水族館だ。

でも、電車に揺られているうちに、急に水族館に行っても
面白くないんじゃないかと思った。
だから、鎌倉に先に行くことにした。
妹は、適当にだませば勝手についてくる。

「鎌倉のほうがおいしいランチ食べれそうだから、
鎌倉に先に行こうよ」

ゆっくり3つ数えるくらいの間をおいて、
妹は言った。
(妹は、だいたい私が質問すると、3つくらいの間をおいてから
話し出す)

「別にいいよ」

ほら、妹はいつだって「別にいいよ」って言うのだ。
ランチの場所は、決めていいからね。
ほら、るるぶでも見て決めなさい。

一生懸命1000円ランチのページを吟味する妹。
ひそかに、1000円じゃなくてもいいのに、と思う姉。
でも、仕事を変えたばかりの妹は、1ヶ月半給料が
入ってこないらしい。
いつまでもおねえちゃんがおごってあげるわけにも
いかないし、自立への第一歩なので、ここは黙って
1000円を選ばせよう。
そうだよね、そろそろ自立しないといけないんだもんね。

1000円のお好み焼きが食べたいという妹。
よし。じゃあそこに行こうじゃないか。

でも、地図が(私以上に)読めない妹。
いや、読み方を学ばない妹。
結局道案内する私。
まだ自立には程遠い。

と。鎌倉駅近くの一軒家お好み焼き屋さんにたどり着くも、
なんと準備中。
よく張り紙を読むと、
7月~9月までは夜5時から
だって。
まるでヨーロッパ気分だな。

あ。
妹君が、微妙にご機嫌斜め。
ごめんごめん、次に行きたい店はどこ?

「じゃあ石焼ビビンバが食べたい」という妹。
うーん。ここは駅の反対側だね。
ちょっと歩くけど、大丈夫?

1、2、3。
「別にいいよ」

向かった先は、小町通りからちょっと
外れたところにある焼肉屋さん。
韓国料理の看板を見て、「焼肉って韓国料理なの?」
と聞く妹。
まぁ一応焼肉は韓国料理なのよ。
だけど、あんまりお姉ちゃん以外の人の前で
そういうこと聞いちゃだめよ。
ばかだと思われるからね。

と。
店の中がなんだか薄暗い。
悪い予感がする。

・・・やっぱり、「準備中」の張り紙。
あれ?ここもお休み?
と、るるぶをよく見ると、「定休日:火曜日」の文字。
あー、今日火曜日だった。
今度ばかりはおねえちゃんがるるぶをよく読まなかったのが
いけなかったです。
ごめんね、ほんとごめんね。

だんだんムスッとしてくる妹君。
もう1000円で食べたいもの何にもないよって顔だね、それ。

じゃあさ、とりあえず近くのお店はいろうよ。
ご飯ものが食べたいんだね。わかったよ。
何を食べても1000円もらえばいいよ、あとは
お姉ちゃんが払うから。

というわけで、やっと入った定食屋さん。
刺身定食を頼む私と、天丼を頼む妹。

私は、いかの刺身を、妹君に譲ることにした。
これで機嫌直してくれれば安いもんだ。

がんばれ姉!
がんばれ私!

というわけで、久しぶりに連続ドラマ形式で
お届けすることにします。日帰り旅行のくせに。

2007年8月13日 (月)

海は、元気です

お盆休み2日目の暑い日曜日。
デートに行ったきりその前の日の夜から帰ってこない
妹に痺れを切らし、親たちと、田舎に帰ってきたは
いいが、長い東京暮らしのせいで田舎に遊び相手のいない
姉(=私)は、夏の小旅行に出かけることにした。

夏と言えば、海!

あ。今、
「おまえの田舎、海、ないじゃん。」って思った
そこの丘サーファー。
確かに、長野には海、ないです。
だけど、うちの田舎のすぐ隣は、新潟県なのだよ。
新潟=日本海が、うちで言うところの、海なわけで。

しかし。
新潟の海、といえば、思い出されるのはあの地震。
7月の中越沖地震。
柏崎一帯の家々は倒壊、道路も寸断。

そして、被害はうちの市内にも及んだ。
確かに、うちの実家自体は被害がでなかったが、
老舗商店街の道路が陥没、水道管が破裂し、
中高生がよくローファーを購入に行く、市内では
一番有名な靴屋さんに激しく水が流れ込む
様子がニュースで流れた。

市内で一番有名で、阿弥陀堂だよりにも
出てきたお寺の壁が崩れ、他のお寺でも、
国宝の像が倒れ、壊れた。

そんなこんなな有様で、海のほうなんて、
行けるんだろうか。
どこかで道路が通行止めになってるなんて
ことはないだろうか。
そして、柏崎原発の影響はどうなんだろうか。

というわけで、柏崎方面の海は一応避けてみて、
上越から西の方の能生の海岸を目指してみることに。
(柏崎は上越から東に上がったところ)

と。
高速に入った瞬間から、既に日本海方面、渋滞中。
こんなに日本海に行きたい人なんているんだろうか、
と思ったら、どうやら、高速が1車線になったり2車線に
なったりしているため、車線減少の際に車が
たまってしまうらしい。

長野県内は、オリンピックのときに結構ちゃんと
2車線の高速を作ったんだけど、長野から新潟の
つなぎのところは、予算不足なのかなんなのか、
ちょっと作りが甘いのよねー。

ところで、
50過ぎの両親と、2○才の娘が3人で海に行って
何するのか、と不審に思っているそこの丘サーファー。

泳ぐわけ、ないじゃない。

食べに行くのだよ、かにを。
日本海のかには、うまいのだよ。

なんて説明しているうちに、
高速で1時間強。
道路には特にどこにも異常はないまま、
能生ICに到着。

かにが食べられる「マリンパーク能生」は
能生ICからすぐ近く。
その周りの海岸では、乱立するビーチパラソルと、
水着の子供たち。
そう、これが、日本の夏休み。
大人たちの方が多いサイパンとはちょっと違う。

到着した「マリンパーク能生」は、ようは
道の駅だ。
道の駅の基本は、お土産やさんと食堂、
それと、地元の名産品。

名産品=かに なのだ。

とはいえ、激しく混んでいるかに直売所。
直売所の隣には、一応かにを食べる
建物がたっているのだが、クーラーも
効いておらず、席も満席。
外のビーチパラソルの下でかにを食べている人は
まだまし。
そこもいっぱいになって座れない人たちは、
そのあたりの日陰でかにを食べている。

ひどいにおいだ。
こんな暑さの中でかにを食べてもおいしいとは
思えない。

と。
道路の向こう側に、「冷房」という文字が。

おお!冷房がある!
あそこ、かにも売ってるみたいよ。

というわけで、地下道をくぐって、冷房を求めて
店に入る。

そこには、まだ梁とかコンクリートとかむき出しの
がらんとした空間。
そこに、ありあわせの机といすを並べて、
かににむしゃぶりつくお客様たち。

それと、なにやら暑苦しい店員のおにいちゃん。
だいたいさぁ、何その栄チャンのTシャツ
もっと涼しげなTシャツ着なさいよ。

どうやら、おにいちゃんの話によると、
お店の建設が、地震のせいでちょっと
遅れて、お盆に間に合わなかったんだそうな。
それでも、とりあえず今開けないともったいないから
店を開けてみている、というわけ。

あら。大変だったわねー。
とりあえず、800円のズワイガニ2つと、
1000円のズワイガニ、1つね。

クーラーの効いた店内で売ってるかには、
一度も冷凍していない、「冷蔵」のかに。

冷凍のかにを解凍すると、ちょっとぱさぱさ
するんだけど、冷蔵のかにはみずみずしくて、うまい。
食べ始めて20分。
家族3人でかにの足だけでなく、かにみそまで
全部平らげた私たちは、「うまかった、おなかすいた」と、
炭水化物を求めて店を後にした。

と、いうわけで、
結果的に、日本海はとっても元気です
原発の影響も特にうけず、ちゃんとかにも
他の魚も売ってるし、道路も全然通行止めには
なっていません。

ただ、お店の人とか海の家の人たちは、
一重に「風評被害だけがつらい」んだそうな。

そんな日本海の夏も、おそらく今週いっぱい。
来週になれば日本海にはくらげもたくさん
出てきちゃうし、水も冷たくなってくる。

だから、このお盆休み、日本海に近い地域の
方々は、日本海に行って、うまいかにでも
食べてきてはいかがでしょうか。

日本海は、元気です。

2007年5月 6日 (日)

お土産(2)~長野編~

もっ○りシリーズ特集で、北海道とか広島とかの
品格を疑ったのは、確かほんの1週間前のこと。

今、心から思う。
ほんっとうに申し訳なかった、と。

というのも、ついに見つけてしまったのだ。
自分の地元でも、もっ○りシリーズを。

Dsc01273

その名も、もっこりんご

まりもっこりはジャージが緑(まりもだからね)だけど、
もっこりんごは赤ジャージ。
だってりんごだし。

全体的には、まりもっこりには衝撃度が落ちるけど、
モコミカンよりはましではないか。
だって、モコミカンはふんどし一丁という体たらく
だったけど、こいつは一応ジャージ着てるし。
そもそも、もっこり+りんごならちゃんとしゃれにも
なっている。
何度も言うようだが、もっこり+みかんはまったく
関係ないだろう。

でも、りんごって、残念ながら長野は日本一じゃないのだ。
ご存知のとおり、りんごといえば、日本一は東北青森。
ってことは、青森にも売ってるんだろうか。
誰か青森でこいつを見かけたら連絡して欲しい。

で。
やっぱり女子としては、こいつを携帯にぶらぶらぶら下げるのは、
ちょっぴり抵抗がある。
まぁ、ほら、ひとりで物色してるときならいいんだけどさ。
後ろ向くと、私が何を探しているのか見学している家族と
親戚一同がいるわけだ。

そんな状況で、もっこりんごだけ買うと、いかにも
東京で汚れたあばずれ娘みたいじゃないか。

だから、女子的マスコットも探すことにした。
でも善光寺キティちゃんとかじゃちょっとつまんないしなー。
かわいらしすぎるとそれはそれで東京で怒られそうだし。

と。
ついに発見してしまった。
不思議マスコット。

Dsc01272 

おやきキューピーちゃんだ。

おやき、と言っても意外に知らない都会の方が多いようなので
解説すると、肉まんとかあんまんとかの類と似たようなものだ。
なすだとか、野沢菜だとか、まいたけだとか、とにかくなんでも
よいので、それを小麦粉で作った皮に包んで、蒸したやつ。
うちは核家族なのでおやつに出るということはなかったけど、
おばあちゃんのいるうちではごく普通におやつで食べる。

まぁそんなおやきがどうこう言うのではなく、
なんといってもこの格好。
いままで桃キューピーとかホルスタインキューピーとか
そういうのは購入したけど、ここまで不恰好では
なかった。
どいつも、ウエストのラインくらいは保っていた。
それに比べてこいつはもう完全に単なるおやきの具と
化している。
すばらしい。すばらしいよ!

こうして、またもやつけるところもないのに大量に
ストラップを購入した私と、親戚一同は、県境を
超えたところにある、一時期超問題になった
厚生年金で作った施設、グリー○ピアに遊びに
出かけた。

ちなみに、おやきキューピーは私の携帯に無理やり
とりつけることに成功しましたが、いい加減、もっこりんごは
つけるところがありません。

私は写真撮影で満足したので、どなたかもらってやって
いただけないでしょうか。

2007年4月28日 (土)

お土産

北海道では、あるキャラクターが空前の大ヒットを
していて、こんなキャラクターを堂々と売り出す北海道の
方々の神経をちょっぴり疑ったものだ。

そのキャラクターとは、まりもっこり
(このリンクの「まりもっこりとは」の右下の写真は、
変態以外の何者でもない。セクハラヘルプデスクか
何かに電話したら相談にのってもらえそうだ)

その名の通り、まりもが、ジャージ姿で、よく見ると
一部もっ○りしたところがある、という、中学生的
下ネタを、そのまま製品にしちゃったような変態的
逸品である。

もちろん、あまりにも変態的なので、女子としては
その携帯ストラップの売り場の横を、しっかりと
前を見たまま素通りし、まんまと買ってしまった男子を
激しく非難してみたりして、そりゃあもういっぱしの
中学生女子みたいな振る舞いをしてみたわけだ。

しかし、変態なのは、北海道のみなさんだけではなかった。

それは、昨日ぶらりと立ち寄った広島空港の
お土産屋さんにて。

いや、別に変態的逸品を見に行ったわけじゃなくて、
空港のお好み焼き屋さんで、焼きたてお好み焼きを
早く食べたいけど、マヨネーズつけたほうが絶対
うまさ倍増だと思って、急いでマヨネーズつけようと
思ったら、マヨネーズ抽出口のふたがブォッてとれて、
スーツの一部がマヨネーズまみれになったから、
染み抜きを買おうと思ってお店を回っていただけなんだけど。

中学生女子を装った私としても、中学生男子が
身近にいない状況では、この商品の変態さを
世に訴えるために即買いしてしまった。

その商品とは、モコミカンC

Dsc01242

モコミカンがまったく関係ない気がするが、
よくよく考えると、多分タレントのもこみ○
かけているんだろう。
なんて無理のある発想なんだ。

まりもっこりは、まりもということもあり、
服装は緑ジャージだったので、全身の
体格を隠しつつ、どうしても隠しきれない部分が!
という、日本古来のがあったので
まだよかった。

でも、モコミカンはミカン=黄色っぽい
オレンジ、ということで、素肌にふんどし
一本
、という服装である。
肌が出まくっていて、趣は一切感じられず、
もっ○りしてなくても、警察沙汰の格好である。

そして、何より気になるのはキャッチコピー。
感度良好!って、携帯ストラップだから、電波の
感度とかけてるのは分かるんだけどさ、もう、
ほんとに変態以外の何者でもないって。。。

と。この変態商品を手にとって、女子としての
プライドもかなぐり捨ててひとりで興奮している
私の目に、もうひとつ目に入った携帯ストラップ。

それは、仮面ミカンダー

Dsc01245

シュワッチ!!のポーズは別にいいんだけど、
やっぱりキャッチコピーが気になる。

虫からミカンを守るため!

って。
目的がちっちゃすぎるだろ。

と。
これ以上つける場所もないのに、携帯の
ストラップを2つも即買いしてしまった私だったが、
どうも違和感がぬぐえない。

よく考えたら、ここは広島空港なのだ。
ミカンのキャラクターがこれだけ氾濫しているわけだが、
ミカンって、そもそも、広島名産だっけ???

ミカンといえば、やっぱり愛媛とか和歌山とかさ。
そのあたりがやっぱり「ミカンの国」なわけでしょ。
広島でも、そりゃあミカン取れるところもあるだろうけど、
そんなミカンでがんがん笑いとっちゃっていいわけ?
ミカンの国から苦情は来ないの?

・・・とりあえず、冷静になった私は、広島らしさと
女子の威厳を取り戻すために、隣にあった
あなごキティちゃんのストラップも一緒に購入し、
飛行機に乗り込んだ。

2007年3月18日 (日)

北海道旅行記最終章~メンバー共通の事実~

スキー場で軽くお昼食べたというのに、
そしてバスの中ではどでかポテチを
食べたというのに、空港に着いた頃には
なぜかゼロクリア。

あーあ、せっかく北海道だし、もういっちょ、
うまいものが食べたいなぁ。

というわけで、またもや11人でわらわらと
向かうは、空港のラーメン道場
確か昨日の深夜もラーメン、という苦情は
聞こえません。

いろいろとラーメン屋はあるのに、
別にばらばらの店に入ってもいいのに、
やっぱりなぜか同じ店に入り、同じ
塩ラーメンを注文してしまう同期11人。

塩ラーメンをずるずるとすすりながら、
誰からともなく、この3日間抱えていた
疑問を口にした。
「どうして、誰も単独行動とかせず、
ずーっと一緒に同じもの注文するんだろう」

そうそう。
それは私も不思議だなぁと思ってた。
普通、11人でずーっと3日間、けんかも
仲間割れも単独行動もなく、一緒に
いられるものだろうか。
いや、そんなことはまずありえない。

そんなこと考えながら、ひたすらに塩ラーメンを
すすっていると、おもむろに始まる、血液型
アンケート。

結果は、衝撃の事実だった。
同期11人中。
A型:4名
O型:7名
B型:0名
AB型:0名

そう。
この旅行は、日本人の血液型比率を
まったく無視した、O型とA型のみの
旅行だったのだ。

そう思うと、こうして、誰も問題行動を起こさなかったのも、
なんとなく納得だ。

O型もA型も、和を重んじるから、勝手にひとりでいなくなったり、
人の嫌なことをすることはまずありえない。
そして、なんといってもおおらかなO型。
ちょっとくらい周りが羽目をはずしても、寛大に受け入れられるのが
特徴だ。
(自画自賛)

しかも、O型って言うのは、形が1つしかない。

例えば、A型なら、親がAとOならAはAでもAO、
親が両方A型なら、AA(AOの場合もある)とか、
パターンがあるけど、O型というのは、どうがんばっても、
OOしかない。

ワンパターンだから、どうしても行動パターンが
似てくるのだそうだ。
ああ、だからラーメンもみんな一緒のやつ、ね。

でも、似ているもの同士の旅行って、なんだかすごく
楽だ。
結構心の底からキャーキャー騒いでても、
例えばゲーセンでひとつのゲームで閉店まで
熱中しても、文句言わずにみんな応援してくれる。

気づけば、家族旅行も、うちの家族はAとOしかいなかった。
だから、この旅行は、なんだか家族と一緒に旅行してる
みたい。

事前にやることをきっちり決めてから行くのではなく、
だらだらまったり、そのときしだい。

これが、楽しい旅行の秘訣だ。

その後も、それぞれにまったりとお土産を買い、
適当に集まって飛行機に乗り、現実世界に
帰ってきた。

=========

そうして、旅行のときのままのまったり気分で
旅行記を書いていたら、気づけばもう3月も
半ば。

東京では、結局2月は1回も雪が降らず、
最近やっと、季節外れの雪が降ったらしいが、
まったく冬らしくないまま、終わっていこうとしている。

そして、冬らしくないのはうちの田舎も同じらしく、
結局積雪10cm。
(去年は250cmだったのに)

結局入力ミスのため、まだ桜は咲いていないけれど、
この調子なら、誕生日の頃には、ちょうどよく満開の
桜に出会えそうだ。

花粉症はちょっと堪えるけれど、やっぱり、極寒の
冬よりも、桜の咲く春が、一番好きだ。

今年は誰と、お花見をしようかしら。

2007年3月17日 (土)

北海道旅行記(5)~カービング・スキー~

雪国生まれの私は、幼少の頃から、
長靴の下におもちゃみたいなスキーを
はいて、雪に慣れ親しんでいた。

そして、小学校に入って最初の冬。
授業でスキーをやることになって
最初に買った本格的なスキー。
それは、おそらく都会の人は誰も知らない、
オールマイティスキーだった。

ぐぐっても全然出てこないので説明すると、
クロスカントリーも、アルペンスキーも、
どちらもオールマイティーなのだ。

太さとしては、ちょうどクロカンとアルペンの
間くらい。
で、後ろの金具は、アルペンのときは
つけて、クロカンのときははずせるように
なっている。
エッジは、ついてない。

小学校低学年のときは、クロカンの
授業も、アルペンのスキー教室も、
両方このスキーで済まされていた。

ちなみに、このオールマイティースキー、
私が幼少の頃は存在したが、
一番下の妹が小学校に上がる頃には、
もうなくなっており、妹は最初から普通の
スキーだった。

そんないい加減なスキー用品を通じて
スキーを始めた私にとって、スキーの
メーカーだとか、値段だとか、そんなものは
ほとんど気にならなかった。
スキーなんて、滑れればそれでよかった。

でも、そんな私の価値観を変える出来事が、
北海道スキー2nd@手稲で起こるのだった。

普通なら、昨日借りたスキーをもう1日使う
のだが、当初、スキーは1日だけで、この日は
小樽でまったり寿司、の予定だったため、
スキーはいったん返してしまった。

だから、もう1回、スキー場でスキーをレンタル
することになったのだが、単にスキーを貸してください、
と言った私に与えられたスキーは、普通のアルペンでは
なく、カービングスキーだった。
なんか板が太い。そして先っぽが丸い。

こんないけてるスキー、はいたことないよ。
なんかスキー靴の金具も複雑だし。
こんなにたくさんとめられないよ。

まぁ、滑ってみるか。

普通のスキーより、曲がりやすい、という噂の、
カービングスキー。
でも。

なんだか曲がりにくいのだ。
曲がりにくい、というか、曲がる方向が
定まらない。
スキーのエッジが、やたらと雪に引っかかって
来るのだ。
前のエッジが引っかかってハッとして、
曲がりきったと思うと、今度は後ろのエッジが
引っかかってくる。

スキーって、履くものによって、こんなに違うものか。

そんなこんなでカービング君に苦戦しているうち、
なんだか天候もあやしくなってきた。

気づけば、視界はほとんどゼロ。

そして、このスキー場、札幌オリンピックの
回転で使ったスキー場だけあって、結構
上級者コースが多いのだ。

急なコース、視界は最悪。
ああもう滑る気がしない。

だけど、みんなのぼってっちゃうし。
仕方ない。
着いていくか。

と思って、乗ったリフト。
でもこれが罠だった。

リフトを降りると、目の前に広がる、コブ、コブ、コブ
下が見えないほど急な斜面。

うちら以外の人の姿はなし。
降りしきる雪。

リフトの番をしているおじちゃんに聞いてみる。
「ここって、初中級者向けのコースはないんですか?」
そうそう。普通は、上級者コースの裏には
抜け道がついてるもんだ。
それがスキー場の義務ってもんだ。

だけど。
おじちゃんの返事は冷たいもんだった。
「ここは、このコースしかないよー」

本気かよ!
たじろぐ私。
何事もなかったかのように滑り出すメンバー。
みんな、その自信はどこから。

仕方ない。
ちまちまと少しづつ降りていこう。

そうはとても見えないらしいんだが、
絶叫マシーンはだいっきらいだ。
だいたい、絶叫マシーンなんて、信用ならないじゃないか。
脱線ぎりぎりのスピードで、細いレールの上を走って、
いつ何が起こるかわからないじゃないか。

でも、それ以上に信用ならないのは自分だ。
マシーンなら制御がきくけど、この運動不足な
自分の体は、いつ言うことをきかなくなることやら。
だから、初心者コースでよかったんだ。
こんな自分の実力をはるかに超えたコースに
来て、また足でもつったりしたら。

そんなことを思いながら、やばいと思ったら
ちょこちょここけつつ、何とか下までたどり着いた。

もう、十分です。
残りの時間は初心者コースでちょこちょこやってます。

でも、この怖がりな自分がだめなのだ。
怖がりだから、ひとりじゃ何もできない。
これからは、いろいろなことを、ひとりでも
できるようにならないといけないんだから。

何はともあれ、そんなこんなで2日目のスキーは
たった半日で終了。

昨日ゲットした大量のお菓子を食べながら、
空港へ向かうへとへと同期11人。

次回、空港で気づいた衝撃の事実。

2007年3月11日 (日)

北海道旅行記(4)~大人の夜遊び~

1日目の夜は、ジンギスカンパーティーが催されたが、
2日目の夜は完全自由行動だ。

バスの中でひとり残らず熟睡し、体力の消耗がリセットされた
単純かつ簡単な同期11名。
気持ちも新たに夜遊びに向かうことにした。
短かったけど、今日は札幌最後の夜。

まずは腹ごしらえだ。
以前も札幌にスキーに来たメンバーがお勧めする、
安いけどうまい!の回転寿司チェーン、とっぴー

そうそう、昨日は刺身は食べたけど、寿司は
食べてないもんね。

奇跡的に、隣り合うテーブル席2つをあてがわれ、
11人一緒にいただきます。

トロもうまいしかにもうまい。
だけど、この店で一番うまいのは、あぶりトロサーモンだ。

Dsc02170
(photo by tamachan)

しょうゆもつけずにぱくっと口に放り込むと、
口の中に広がる、サーモンとコショウのハーモニー。
あぶってあるから、程よく油が落ちていい感じなのだ。
ああ、書いているこの間にも思い出されるあの味。

結局、大企業に染まった、横並び志向同期11名は、
全員残らずこのあぶりトロサーモンにはまり、
売り切れになるまでこいつを頼み続けた。

さて、腹がいっぱいになったところで、大人の楽しみ
第2弾。

それは、ゲーセンだ!

マリオカートもやったけど、11人で最新プリクラにも
挑戦したけど、これは、高校生のときからやっていた
子供流ゲーセン。

でも、ゲーセンにも大人の楽しみ方がある。
それは、例えば、コンビニで、チロルチョコを、
大人だから、一気に20個買ってしまう、あの
大人買いとよく似ている。

つまりは、金に糸目をつけずに、目的を達成するまで、
がんがん金をつぎ込むということ。

今回、大人買いの標的になったのは、小さいお菓子が
ぐるぐると回っているのをすくいあげて、その上の
2段階に分かれている台に乗せると、上の台が下の台に
あるお菓子を押し出す、という、あれだ。
(名前は知らない)

それが、単に小さいお菓子が取れるというのであれば、
そんなに盛り上がるはずもないのだが、あいつは、
ただものではなかった。
小さなお菓子が押し出される台のはじっこに、なにやら
柱が立っている。
その柱から、ずーっと視点を上にずらしていくと、
どでかいチョコレートが。
そう。小さいお菓子を押し出すことによって、柱がずれていくと、
最後に大きなお菓子が落ちてくる、という寸法だ。

最初は、ちょっとからかってやるようなつもりで、
こいつに挑んだのだが、はじめてみるとどんどんのめりこむ。
それはまるでホストにのめりこむ人妻のように。
(そんな経験ないけど)

結局、6000円をつぎこんだころ、店には閉店の
音楽が流れ始め、店員さんが静かににじり寄ってくる。
これは、帰れ、のサインだ。

と。
早く帰れよ、と、逆上した(?)店員が、下にあった
お菓子を、勢いよく上の台にぶちまける。
あふれるお菓子。
勢いよく押し出される柱。
その勢いで落ちてくるでかチョコレート。

・・・・・・目的は、達成された。無理やり。
だけど、なんだか達成感はゼロだ。
せっかくホストと楽しくやってたのに、急に
ドンペリ(やっぱりピンク)を頭からかけられて、
「うまいだろ!」と巻き舌で言われた
ような気分。
(やっぱりそんな経験ないけど)

そんな興ざめな気分の11人に残されたのは、
大量の小さなチョコレートと、絶対食べない
どでかチョコレート。
それと、うちらがチョコレートに苦戦してる間に
他のゲームをやっていて、簡単にゲットした
どでかいポテチ(のりしお)だった。

ゲーセンではしゃいだら、なんだか腹が減ってしまった。
回転寿司がゼロクリアだ。
手元にどでかチョコはあるけど、せっかくの北海道で
どでかチョコはありえない。

そうだ。ラーメンだ。ラーメンのうまい店はないか!

北海道→ラーメン→○やき と、思いつきで
乗ったタクシー。
でも、タクシーの運ちゃんは、そんな単純な私たちを
たしなめる。

違うんだと。
札幌ラーメンの真髄はけ○きじゃないんだと。
俺のよく行くラーメン屋、つれてってやると。

とりえは、こだわりがないこと!の同期11名。
まぁ地元の人がそういうなら、いいんじゃないかと
いうことでたどり着いた、宝龍

確かに、けや○ほど並んでないし、すぐに入れそう。
みそのいいにおいが漂っている。
やっぱりメインは、味噌ラーメンらしい。
いつもは味噌を食べない私も、こういうときはやっぱり
味噌だな。

またしても、カウンターとテーブルに分かれて、
11人全員同時に席につけた私たち。
なんとまたしても、全員トッピングは違えど
味噌ラーメンをオーダー。
(店には、一応、塩もしょうゆもあるというのに)

味噌ラーメンは、なんだかピリッとちょっと辛さの
入った、ちょい辛ラーメンだった。
うん、これはこれで、冷え切った体には効く味だ。

と、思ったのだが。
ラーメン屋を出て、味を復習する。

「ラーメン、ちょい辛でおいしかったよね?」
「え?ちょい辛だった?普通に味噌だったけど・・・」

・・・・・・・・・・・あ!
そういえば、カウンターで食べてた3人の中に、
味噌は味噌でも辛味噌ラーメンの人がいた。

漫才コンビみたいな2人のラーメン職人は、
辛味噌ラーメンを作ってから、そのまま普通の
味噌ラーメンを作り、鍋に残った唐辛子が、
普通の味噌にも混入し、ちょい辛味噌ラーメンが
できた、というわけだ。
あの両方ぼけ担当コンビが!
まぁそれはそれでうまかったんだけどさ。

そんなこんなで、札幌の長い夜は更けていく。

次回、最終日もやっぱりスキー。
その前に、カップでもいいから、ラーメンを買ってこよう。

2007年3月 4日 (日)

北海道旅行記(3)~4年ぶりのスキー~

「出身は?」
「長野です。」
「じゃあスキー上手なんだよね、きっと」

こんな会話を、もう何回繰り返してきたんだろう。
東京に来てからの、この8年間。

そのたびに、
「長野だからって、みんなスキーうまいと思うなよ」
と、恨めしく思っていた。

確かに、冬の体育の授業はスキーだった。
でも、こっちのスキーはいわゆるアルペンスキーじゃない。
クロスカントリーだ。
荻原兄弟とかがやっていた、あのクロスカントリー。
細くて長い板の、あの歩くスキー。
それを、小学校のときは、毎日学校の裏山でやっていた。

アルペンスキーは、年に2回のスキー教室と、
あとは、晴れてる冬の、すごく暇な日曜の午後の行事だった。
しかも、私はそんなに運動神経がいいほうではない
(むしろ激しく悪い)ので、スキー教室行っても、
午前中の先生が指導するときはそれなりに滑るけど、
午後はほとんど雪合戦だった。

だから、私はスキーに特に執着してもいない。
だけど、こういうときだから、気持ちの切り替えの意味も含めて、
普段やらないことを久しぶりにやるのも、いいんじゃないかと
思った。

気づけば、長野(北信)以外でのスキーは、初めてだった。
東京に来てからも、友達を連れてスキーに行くのは、
無意識のうちに実家のそばばかりだったから。

というわけでやってきた、札幌国際スキー場
札幌国際、とか言っても、市街から1時間もかかるとは、
さすが北海道。

ぼろっちぃスキーをレンタルして、ゴンドラ乗って頂上まで
行き、とりあえず滑ってみよう。

と思ったんだけど、坂を目の前にすると、
やっぱりちょっと怖い。

いまどきのスノボの方々も、老舗のスキーの方々も、
どんどんすべり出している。
私も、滑らなきゃ。
ストックで、怖がりの自分をぐいっと押し出す。

と。
最初のターンでふんばったとき。
スキー靴の中で、左足の裏が、つった。
スキー靴の中だから、傍目にはなんともなさそうだが、
痛い。
地味に痛い。
それでもなんとかターンし、滑りながら足の裏の
神経をぐいっと伸ばして、事なきを得る。
ああ、なんて運動不足。

それにしても、都会の皆さんは、お上手だ。
やっぱり好きこそ物のなんとやら。
今日が人生初めてのスノボの人だって、
半日もすれば、普通に滑れるようになっている。

それに比べて、私はやっぱり怖がっている。
体重が後ろにかかってこけそうになる、と言うのは
スキーヤーとしてあるまじき行為だ。

でも、それが午後になると変わってくる。
足がつらなくなってくるのは当たり前として、
だんだんと、前傾姿勢も板についてきた、
気がする。
そして、北海道の雪質はすばらしい。
どんなに足を踏み外しても、雪がちゃんと支えてくれる。
全然こけない仕組みになっている。

こうなってくると、考えるのは明日のスケジュールだ。
明日は、当初の予定だと、小樽観光をすることに
なっている。
だけど、その観光は必須ではない。
スキーをやりたい人は、スキーの方を選んでもいいのだ。

小樽も行きたい。
でも、せっかく調子出てきたのに、ここでやめたら、
また少なくとも1年はスキーできない。
そうしたら、また、来年の初回は足がつるまま
終了だ。

でも、小樽で寿司食いたい。
寿司も食いたいけどもう一滑りしたい。
こんなに悩むのは、1年に1回くらいしかないだろうなー。

そんなことうにゃうにゃ考えながら滑ってるうちに、
1日目のスキーは終了。
先生!もうちょっとうにゃうにゃ考えさせてください。

と言いつつ、もう気持ちは90%スキーなわけだが。

とりあえず、次回、北海道大人の豪遊第2回目。

2007年3月 3日 (土)

北海道旅行記(2)~豪遊1日目

皆さんぐっすりご就寝のまま、ホテルに到着したのは
午後6時。
気づけば、今日のイベントはたったの3時間で、あとは
寝てただけだ。
だからなのか、夜6時なのに、なんだか朝のように
すっきりした目覚めだ。

旅行1日目の夜は、組合様の用意してくださった
ジンギスカンパーティーが催されることになっている。

荷物を置いて、またバスに乗って15分。
それにしても移動が多い旅行だ。
着いたのは、札幌だけに、サッポロビール園
そういえば、今日の早朝、ニュースで、サッポロが
アメリカンな会社にTOBとか行っていたけど、ちゃんと
営業してるんだろうか。

・・・そんな余計な心配もむなしく、サッポロビール園は
今日も普通に営業していた。

さて、ジンギスカンが食べ放題!
張り切るメタボリック11人組。

野菜を鉄板の外周に沿って置き、
その後に肉を真ん中に置くと、肉汁(!)が野菜に
染み渡ってうんまい、と、ちゃんとレシピがついている。

とりあえず、まずはマニュアルどおりに作ってみよう。

Dsc01156

ぐおお!うまそう!

今日は動物園でのウォーキングくらいしか
運動していないはずなのに、みんな激しいスタートダッシュ。
肉がどんどん消えていく。
ビールもどんどん消えていく。

・・・でも、そんな勢いも、最初の1時間がいいところだ。

だって、食べ放題なのはジンギスカンと、
ビールを主とする飲み物だけであって、
飯がないのだ、飯が。

つまり、味がだんだん単調になってくるのだ。

うまい、だけど飽きる。
仕方ないじゃん、人間だもの。

そうして1時間半後。

Dsc01158

・・・鉄板は、落書き帖に早変わり。

そうして、落書きしながら2時間が経過し、
一同はバスに乗ってホテルに戻る。

でも。

北海道の夜は、ここからだ。

まだ、肉以外のものを食べていないじゃないか。
そうだそうだ!とりあえずバスを止めろ!

と、一同、すすきので途中下車。

肉の次は魚、だろ。

先ほど、一度たらふくになったはずなのに、
そして今日は動物園を1周しただけだというのに、
どうしてこんなにおなかが空くんだろう。

刺身もうまい、かに汁もうまい、夕張メロンのシャーベット
うまいうまい。

あーあ、北海道って、すばらしい。
このすばらしい気持ちのまま眠って、明日の朝を
迎えよう。

次回、恐怖の4年ぶりスキー。

2007年2月25日 (日)

北海道旅行記(1)~雪の動物園~

同期の男女総勢11名で、しかも男6、女5だと
会社のおじ様に話したら、
「そんな不順異性交遊は許さん」といわれた。

おじ様、私たち、もう高校生じゃないんですよ。
25より上の、ちゃんとした大人の社会人なんですよ。

そんなあきれた気持ちで有給を申請し、北海道に
やってきた総勢11名。
大きな会社にありがちの、権力のある組合主催の
2泊3日の北海道旅行。

最初の目的地は、日本で一番有名な動物園。

やっぱり北海道はでっかい。
札幌に着いたのは朝の9時半だったのに、
そこから3時間もかかるんだって。

こんなに早く起きたのは久しぶりなぐうたら
入社4年目軍団は、朝からビールをがぶ飲みして
ご就寝。
途中のサービスエリアで、滑り台を楽しんで、
うまいアイス食べて、また就寝。
早起きしてもこれではまったく意味がない。

そうして動物園に着いたのは、午後1時。

Dsc01111

雪の中に、その動物園はぽっこり現れた。

都会の方々は、雪の上でつるつる滑ったり
すっころんだりしながら動物鑑賞。
みんな、雪の上の歩き方が分かってない。

田舎にいたころ、東京は雪で交通機関がマヒ、
とか、今日は大雪で滑って骨折した人が○人、
とか、そういうニュースがやっていたけど、
あれは、絶対に嘘だと思っていた。
だって、大雪ったって、たかが1日で10cmくらいの
雪。
都会の人も、電車も、なんて軟弱なんだと思っていた。

でも、こうして目の前で一瞬浮き上がってから、
漫画みたいにこける人を見てると、あながち
あのニュースも嘘ではないのかもしれない、と
思ってしまう。
そして、気づくと私も危なっかしい歩き方になっていて、
都会に染まった自分に、少し驚く。

それにしても、動物も寒そうだ。
Dsc01115

まぁサルはもともとここで生きるべき者だから
よいとして。

Dsc01127

ライオンが雪国にいる、というのは、通常の
自然界ではありえないことだ。
(雪の上では寝れないらしく、木の板の上で
日向ぼっこ)

さて。
そろそろ足も冷たくなってきたところだが、
ここからが旭山動物園のメインエベント。
ペンギンの散歩
気づくと、坂の下のペンギン館の周りには、
あのネズミのいる遊園地のパレード並みの
人だかりができていた。

急いで(と言っても走れないけど)駆けつけると、
散歩に出るために玄関(?)に集合している
キングペンギンたちに出会う。

Dsc01129

そして、その横では、おねいさんが、ペンギンの散歩の
注意事項について演説している。
ペンギンは人間が嫌いだから触っちゃだめとか、
ペンギンの中で散歩にいけるのは、この動物園で
飼っている中で一番大きいキングペンギンだけだ、
とか。

その横で、チビペンギンたちが、「俺も連れて行け」
おねいさんに自己アピールしている。

Dsc01131

でもね、お前は連れて行けないのだよ。

そして、玄関(?)の扉が開いて、ペンギンたちが
流出、もとい、散歩に出かける。

Dsc01136

お母さん、パーマ頭が邪魔です!

Dsc01137

付き添いのおじさんも邪魔です!

・・・散歩はこんな感じで、やっぱりじっくりと
ペンギンを観察することができなかったので、
お留守番のチビたちを見に行くことにする。

と。

Dsc01153

ペンギンが、空を飛んでいた。
長年の夢、ここに叶ったり!

さて、ペンギンの飛ぶ姿を拝めたところで、
そろそろ閉園の時間だ。

そして、ぐうたら11人は、また、熟睡しながら
ホテルに向かうことにした。

北海道豪遊1回目は、また次回。

2007年2月10日 (土)

台湾旅行記最終回~お茶屋の真実~

本屋を出て、台北101を出て、タクシーに乗って、
タクシーの運ちゃんに言う言葉はやっぱり、
「小籠包のおいしいとこは?」

るるぶを運ちゃんに渡すと選んでくれた店は、
鼎泰豊

雨の中走り出すタクシー。

と。
「台湾はやっぱりお茶だよ。お茶買った?」

ああ。
買ったよ。高いお茶。

「どこで買ったの?」
と聞かれ、昨日渡された名刺を差し出す。

「これは、全然有名な御茶屋じゃないね、もしかして、
故宮で声かけられた?」

あ。うん。そうですけど。
なぜわかるのですか。

「100円タクシー?」

おお!そこまで当てられるなんて。

「あれ、日本人みんなひっかかる。
だっておかしいでしょ?行くときいくらだった?」

200円ですけど・・・

「ね。200円かかるところを、どうして100円で帰れるの。
だまされてるに決まってるでしょ。
お茶いくらだった?」

2000円です・・・。
はい、全然損してます。

・・・なんとなくそんな予感はしてたのよ。
してたけど旅の恥は掻き捨て的にあきらめてた
ところだったのに、そんなはっきり言われると
さすがに落ち込んじゃうじゃない。

そして、昨日も小籠包を食べたという私たちに、
運ちゃんは、「どこに行ったの?」

いや、ここですけど・・・

「そこも全然有名じゃないよ。それもだまされたね!」

ええええ!
またもやそんなざくっと・・・

あーあ、結局台湾の半分くらいはだまされてたってことね・・・

そうして、落ち込んでるうちに、タクシーは
鼎泰豊に到着。

Dsc01068

たしかに。ここは有名らしい。
だって、各国の方々が、寒空の下、並んでいるのだ。

私たちも20分待ちを命ぜられ、雨の中待つことに。
それにしても寒い。
沖縄より南のはずなのに。
コートを持ってきた同伴者がちょうどいいくらいだ。
店の外には焼却炉の小さいの、もとい、ストーブ
らしきものもあって、おばちゃんたちはそこに
たかってたりする。

なにしろ風邪のせいで元気が出ない。
話すことも思い浮かばない。
ただただ無言で20分待ち続ける。

そうして20分後。
やっとありつける小籠包と牛肉麺。
はふはふしながらがっつくと、
「私も結構食べる方で、麺類も大好きなんですけど、
先輩、全然レベル違いますね。」

そう?
高校の頃から、食欲は変わってないですけど。
よく帰りに一緒にコロッケ買って食べてたよね?

と、ちょっと○年前の田舎者だった頃の
思い出に浸りながら、台湾旅行終了。

次の日、日本に到着して会社のメールを覗くと、
台湾の文字が並んでいる。
なんだろ、私の話題かしら?と思ったけど、
よく見ると、台湾地震でケーブル損傷で大事の
メールばかりだった。。。

そんなケーブルもそろそろ前面復旧。
ケーブルの復旧作業より時間のかかる私の旅行記。

これからは、ちゃんと書くようにします。
目指せ、週2回更新!

2007年1月27日 (土)

台湾旅行記(6)~日本文化との出会い~

風邪引きの3日目は、しとしと雨の降る寒い朝だった。
とにかく喉が痛い。ボーっとする。
ぶっちゃけどこにも行ける気分じゃない。

だけど、同伴者は張り切って準備中。
今日は、まじめに観光しようと決めていたんだ。

とりあえず、孔子廟に行ってみる。
行っては見るが、雨だし寒いし誰もいない。
木の上にリスがいるだけだ。
それでも楽しそうな同伴者。
展示してある伝統楽器を傘で鳴らしてみたり、
ご機嫌だ。
インフォメーションのおばちゃんも暇してたんだろう、
私たちにいろいろ案内してくれる。

うん。
単なる神社みたいなところにしては、面白いよね。
予想外の面白さだよね。
元気なときならね。

でも、元気じゃないときは結構きついんだ。
野外で雨ざらしっていう状況は。

本当なら、ここからもう2つくらい回る予定だったけど、
残念ながら、体力の限界。
同伴者を何とか説得し、予定変更する。

向かったのは、世界一高いビル、台北101だ。
その名の通り101階建て。
どんなに見上げても、全然てっぺんがみえない。

よかった。
これでやっと屋内だ。

すると同伴者。
「漫画売ってますかね」

どうやら。
昨日私がエステ疲れで昼寝をしている間、
同伴者はローカル放送でやっていた、台湾版
「こちかめ」を見ていたらしいのだ。
しっかり携帯でテレビを撮影したりしていた。

こちかめがやってるんなら、日本の漫画も売ってるだろう。
そう、思ったらしい。

屋内への予定変更に付き合ってくれたからには、
彼女の漫画探しを断るわけにもいかないだろう。
私たちは、ビルの中にある本屋さんへと勇んで入っていった。

同伴者は、中国語はもちろん、英語もまったくだめだが、
度胸は人並みはずれているらしい。
誰にだって、日本語や、知ってる英語の単語を並べて、
なんとかコミュニケーションしようとする。

今日も、店員に向かって、とりあえず、
「コミック、ある?」
(敬語だとややこしくなるから、敢えてタメ語で)

「ある?」の部分は絶対に理解できていないと思われるが、
とりあえず店員が案内するように歩き出す。

そしてつれてこられた店の奥。
そこには、日本の漫画がずらりと並んでおり、
どこからやってきたのか、小学生たちが群がっていた。

ここからは、「台湾で広がる日本文化ピクチャーズ」を
クイズ形式でお楽しみいただきたい。

======

Q1.この漫画の邦題は?

Dsc01057

A.ご近所物語

Dsc01058

近所=芳郷

Q2.じゃあこれは?

Dsc01062

(読んでも分かりそうだが、この色合いでも
分かっちゃう気が)

A.おいしんぼ

Dsc01063

しんぼ=大兆戦?

=======

そして、群がる子供たち。
Dsc01059

群がっていた漫画は、遊戯王とかその辺だったと思う。

ジャパニメーションの勢いをひしひしと感じるひととき。
ネタ程度に、田舎の妹にこんな漫画を買ってみる。

Dsc01060

これなら内容知ってるだろう。
きっと中国語の勉強にもなるはずだ。

さて、そろそろお昼か。
昨日急いででじっくり味わえなかった小籠包を
もう一度味わおう。

次回、明かされるお茶屋の真実。

=========

ちなみに。
土産に買ってきたこの漫画。
妹とは若干の世代の隔たりがあったようで、
話の内容を詳しく知っていなかった妹たち。

興味を示さなかった妹たちを尻目に、
激しく興味を示したのは父親だった。

中国かぶれの父親。
あまりに見かねた私が、父の日に中国語の入った
電子辞書を贈っちゃってからというもの、今では
中国語版ヒアリングマラソンを常にイヤホンで聞いている
有様だ。

そんなだから当然、急に漫画を必死で読み始め、
分かるところは訳していく。
加油=がんばれ! だとかどうとか。
まだ話の本編が分かるようにはなっていないらしい。

でも、本編が分かっても、買ってきた漫画は激しく
少女漫画なので、本当の意味で父親が理解するのは
難しいだろう。

こんなことならドラゴンポールか名探偵コナンでも
買ってきてやるんだった。

2007年1月21日 (日)

台湾旅行記(5)~エステ~

女同士で旅行に行かないとできないことがある。
それが、エステだと思う。

男と旅行に行っても、エステを受けるのは私だけだから、
その間、男を待たせることになってしまう。
それはとっても悪い気がするし、しかも、待たせてると
落ち着いてエステに浸るのなんて到底無理だ。

でも、今度は女同士だから、一緒にゆっくり、セレブリティな
エステタイムを楽しんで、落ち着いた時間をすごそうと思った。

でも、台湾エステは、そういう想像を覆す、
衝撃のエステだったのだ。

黒地にピンクの文字の派手な看板の前に、タクシーが止まった。
キャ○クラみたいだけど、ここがエステサロン。

受付を済ませると、スナックのママならぬ、エステサロンの
結構上の人だと思われる日本語堪能なおば様が現れる。

地下1階に連れて行かれ、コインロッカーの鍵とタオルを
手渡され、とりあえず、脱げと指示される。
バスローブらしきものは、渡されない。
ってことは、素っ裸・・・よね?

着替えルームって言うか、ロッカールームで素っ裸になると、
次は、とりあえず、シャワーの指示。
ああ。シャワールームでとりあえず軽く洗えってこと?
と、タオルを巻いてついていく。
すれ違う台湾女性は、タオルを巻くしぐさも見せず、
全員堂々と素っ裸で、胸張って歩いている。

シャワールームだと思ってつれてこられたところは、
そんなプライバシーの守られた空間ではなく、
銭湯だった。

あるのはオープンなシャワールームに大浴場。
大浴場には一応ジャグジーとか付いているけども。

もしやここって、エステと一緒に、銭湯のビジネスでも
やってるんじゃないかと思った。
それくらい、エステやったことのあるとは思えないような
スタイルのおば様たちがたくさん歩いている。

目的はエステだし、シャワー浴びろって言われたから、
とりあえず、軽くシャワーしてみる。
はやいとこ前座を済ませて、エステに行きたい。

5分後。
シャワー終わったよ!と戻った私たちに、
店のおばさまは。
「風呂は?」

えー?!風呂も入らないといけないの?
早くエステ行きたいのにー。

常連おば様が、お湯の温度を仕切っているらしいのは、
日本も台湾も変わらないらしい。
初心者の私たちがお湯に入るのを、ギロっとにらむ。
いや~!はやくあがりたいー!
ってか、まさか、エステじゃなくて、単なるジャグジー体験
だったらどうしよう。
ぼったくり!さぎ!

・・・そうして、おばさまの顔色を伺いつつ30分。
やっとお風呂終了。

またもやどこかに連れて行かれる。
どうやら風呂だけで終わりではなかったことに
無駄に安堵する。

ロッカールームを越え、廊下を歩き、階段を登り・・・
その間、すべてタオル1枚巻いただけの破廉恥
格好で。

到着すると、そこには、タオル1枚をそれぞれの上にかけて
寝そべるおねいさん方がたくさん横たわっていた。

友達と私、それぞれなぜか別々の部屋に連れ込まれる。

エステルームといえば、1組づつのプライベートルームにて
行われると思っていたが、ここは、一部屋に簡易ベッドが
8台。
やすっちい病室(大部屋)みたい。

そういえば。
エステって、テレビで見てると、大体、足と背中にオイル
かけられて撫でられてるところしか写っていない。
でも、全身エステっていうんだから、やっぱり全身なんだろうか、
っていうのが、エステ未体験女子の素朴な疑問。

うつぶせにされて、タオルをかけられ、やっぱり足から
スタートした。
さする部分だけを、順番にめくっていくようだ。

なるほどねー、と思っていたそのとき。
腕をさすっていたと思っていたら、ぐっと腕をめくられる。
ん?
と思ったのもつかの間。
腕を持ち上げたおばちゃんは、脇の下までさすり始める。
ええ!そんなところまで?

気持ちはあたふたしていても、うつぶせの状態で、
しかも腕をつかまれているから、どうしようもない。
そ、そんなところ、見なくていいからー、と思いつつ、
通り過ぎるのを待つだけだ。

その後も、体をひっくり返され、あんなところやこんなところを、
思う存分さすられまくり、1時間。
やっとエステ終了。

エステとはヒーリングだと、勝手に思っていたが、
あんなところとかこんなところとか、普段手抜きだったところを
初対面のおばちゃんや、隣でエステしてるおねいさんたちに
見られると思ったら、全然落ち着かない。

その後は、仕上げにサウナに通される。

それにしても、台湾のおば様たちはオープンだ。
サウナでタオルを巻いてるおば様は一人もいない。
みんな素っ裸で、あぐらかいてテレビに見入っている。
中には、寝そべって、足を上げて壁にくっつけて
テレビ見てるようなやからも。

理想と現実のギャップを激しく感じるエステタイム。
ホテルに戻って、まだ夕方だったけど、どっと疲れて
昼寝することにした。

・・・おきたら、喉が痛い。
エステで体を冷やしてしまったらしい。

次回、風邪引きの台湾3日目。

====番外編====

写真の中の、間違いをさがしてください。

Dsc01110

(2007/01/19  @広島バスセンター)

2007年1月14日 (日)

台湾旅行記(4)~拉致最終章~

拉致られてタクシーじゃない乗り物にのせられること
15分。
着いたところは、小籠包屋さん、じゃなくて、工作員の
経営するお茶屋さんだった。

いったん会社に立ち寄り?と思いきや、
降りろと言われる。
まさか、ここで拘束される?

入ってみると、すでに一組の日本人カップルが。
拉致被害者は私たちだけではないらしい。

言われるがままに席に着くと、机の上には
中国茶器セット。

もう、読者の方はとっくに気づいているだろうと思うが、
予想通り、ここから先は、従業員による、お茶の売り込み、開始。

高山茶はどうだの、阿里山烏龍茶はどうだの、
といろいろ説明をうけつつ、たらふくお茶を飲まされること
20分。

最後に。
さて、どのお茶をどのくらい買う?
と従業員に記入用紙を渡される。

ちなみに、お茶の値札は、
高山茶:100g 400円(≒1500円)
烏龍茶:100g 800円(≒3000円)

となっている。

うーん、別にいらないんだけどなー、でも
実家の土産にちょっとだけ、買うかな。

というわけで、
高山茶 100g
烏龍茶 150g 
と記入。
合計 1600円(≒6000円)
友達も、よくわからないから私に倣う。
まぁこのくらいならね。

しかし。
従業員に紙を渡すと。

渋い顔を一瞬した後、なぜか、修正し始める従業員。

修正した紙を見ると、烏龍茶が300gに!
いやいらない。
そんなにいらないって!!

驚愕の私たちに、従業員はさらに続ける。
「値引きするあるよ!」

と、大きく、全部で3000円(≒11300円)を記入。
値引きね。値引き。
確かに普通に買ったら、3600円(≒13500円)だから、
まぁちょっと安くなってる、けれども。

それでも、当初考えていた値段の2倍じゃないか。
それより、もともとは普通にタクると200円で小籠包に
ありつけたことから考えると、15倍!

でも、断って、ここで放り出されたら、小籠包屋さんまで
どうしたらいいものか。。。

仕方ない。
どうせどこかでお茶のお土産買うことになるのなら、
今買っとくか。

というわけで、私も友達もそれぞれ2000円づつ
お支払いの上、再び車へ。
あーあー、だまされちゃったなー。

そして、社長お勧めの小籠包屋さん
(多分、お勧めというより会社に近いだけ)に連れて行かれ、
無事、開放された私たち。

気づけば、3時からエステの予約入れているというのに、
もう2時過ぎ。

猛スピードで小籠包を腹にとどめると、急いで、
エステに向かうことにした。

次回、衝撃のエステ初体験。

2007年1月 8日 (月)

台湾旅行記(3)~拉致られて~

故宮の従業員用駐車場に連れて行かれ、
乗せられた車は、タクシーではなかった。
普通の乗用車。
もちろんメーターなし。

あやしい。
あやしいけど、二人で100(台湾)円(≒380円)って
先に言われてるし、大丈夫、、、だよねー、とか
思いつつ車に乗り込む楽天家O型2人組。

走り出した車。
説明を始める台湾親父。

曰く。
自分は、お茶の卸業をやっていて、故宮の4階にある
喫茶店にお茶を仕入れに来た帰りなんだそうな。

ふーん。。。お茶屋さんねぇ。。。
納得いかない様子の私たちに、アイテムを取り出す
お茶屋さん。

アイテム。それは名刺ファイル
あけると、中には日本人の名刺、名刺、名刺。
しかも、そのほとんどが、部長以上。
会社の大きさはわからないけど。
うーん、なんとなく偉い人とのつながりをアピール
しているのね。
強敵だわ。

と。
通りかかったのは、忠烈祠
時刻はちょうど午後の1時。
衛兵さんたちの交代セレモニーが始まっていた。

「ちょっと車降りてみてきなよ」
と言って車を止めるお茶屋。

まぁいいか。
とりあえず見に行ってみるか。

ポシェットを肩にかけ、車を降りる私。
そして、私に続いて降りる友達。

が。
荷物を持ってない!

大きな荷物だから置いていけ、と御茶屋に
言われたらしい。
いや、確かに大きなバッグ持ってたけれども。

一方、御茶屋はまだ運転席。
車の中で待ってるつもりだろうか。
いや、このまま走り出しかねないぞ。
走り出したら全財産もカードもパスポートだって
もってかれちゃうぞ。

ノー天気に携帯の写メールで撮影している友達。
やばいやばいやばいやばい、と、少しづつ
車ににじりよる私。
この距離なら走り出しても走って追いつけるかな。

と。
「もっと前行って見てきなよ」

気づくと、御茶屋は私の横にいた。
よかったー。車から降りてる。
これなら急に走り出すことはまずないだろう。

というわけで、やっと安心して撮影する。

Dsc01042

そして、10分後。
車は再び動き出す。
もちろん、私たちを乗せて。

ここで、思い出してみよう。
最初の約束を。
私たちは、当初、故宮のあと、おいしい小籠包を
食べに行く予定だった。
そして、そこで、御茶屋に出会い、100円(≒380円)で
小籠包屋さんに連れてってくれるというから、
乗り込んだわけだった。

が。
がしかし。

車が走り出してから10分後。
車が止まったところは、小籠包屋さんではなく、
雑踏の中にたたずむ、彼の経営するお茶屋だった。

次回、(やっと)拉致最終章。

2007年1月 3日 (水)

台湾旅行記(2)~拉致~

の前に。
あけましておめでとうございます

Dsc01100

(善光寺のおみくじ売り場で包まっていた猫)

今年は雪が異常に少ない長野で、毎年のように
まったりと餌付けされています。

朝から餅をたらふく食べ、気づくと12時でラーメン屋に
入り、初詣して新しくできたゲーセン行ってがきどもに
混じってゲーセン版マリオカートにいそしみ、
帰ってきたと思ったらしゃぶしゃぶ食べ放題。
実家は養豚場です。
でも明日の夜には東京に逆戻り。
明日の夜はプチ断食でもしないとあさってから
スーツが入りません。
特に見せる人もいないんだけどさ。

というわけで。

========
今回の同伴者は、12月で前の仕事をやめ、
1月から高給まったりの仕事に就くんだそうな。

で。
前の職場には、大御所と呼ばれる、要はお局さんが
3人いて、お局と言うからには、もちろん30代後半
未婚で、暇さえあれば海外旅行に行ってる、
要は、10年後の私みたいなおば様方なので、
台湾旅行に際し、いろいろとアドバイスを
されたんだそうな。

そのアドバイスの1つが、
故宮博物院には行っておけ」
だったらしい。

大御所に言われたら、やっておかないとあとが怖い。
もう仕事やめたから二度と会わないけど。

だから、特に中国美術には全然興味ないけど、
とりあえず行ってみることにした。

改装されたばかりだから、とりあえずきれいだったけど、
何しろ、世界史はやってたけど、中国部分にまったく
興味のなかった私たち。
後半は、芸術ウォッチングじゃなくて、芸術品を見に来た
人間ウォッチングになってしまった。
なにしろ、私たちが覚えてる世界史の授業の記憶は、
「実は実は週刊実話」
という、先生の口癖だけなんだから仕方がない。
そういえば、あの先生はそろそろ結婚できただろうか。
あんな駄洒落を言ってるうちは無理だと思うけど。

3時間もあれば、興味のない人なら十分に全館見学
できる。
だってあんまり立ち止まらないから。

さて。
タクシーでもつかまえて、お目当ての小籠包でも
食べに行くか。

と思って外に出たときの事。

故宮の外観でも撮ろうと思って構えていた私たちの
後ろから、声が。

「タクシータクシータクシータクシー」

最初は無視ってたのだが、そんな同じ単語ばかり
繰り返されると、さすがに無視してばかりもいられない。

怪訝な顔して振り向いた私たちに話しかける現地の人。

「タクシー乗る?次どこ行くの?」

見た感じタクシーの運転手ではないっぽいけど。。。

おずおずとお目当ての小籠包屋さんのメモを
見せる。
(発音は違うけど、漢字ならお互い読めるから、メモ書いて
渡せ、とるるぶに書いてあった)

「大丈夫。私乗せていくよ。2人で100円でいいよ」

100(台湾)円≒380円。
ちなみに、行きはホテルから200円だった。
安い。ってかタクシーは人数関係ないはずだけど。

あやしい。
あやしいけど安い。

ちらちらと同伴者を見るが、彼女はまったく怪しむ様子も
なく、後ろを着いて行く。
・・・ま、いいか。旅行だし。

そうして、私たちが後をついていくと、つれてこられたのは、
タクシー乗り場ではなく、従業員用駐車場だった。

続きは正月明け。

2006年12月30日 (土)

台湾旅行記(1)~キティちゃん飛行機~

空港に到着する前は、テンションが低かった。
だって、NEXに乗ったときに気づいたんだ。
ガイドブックを忘れてきたことに。
友達のるるぶがあるからまぁいいようなものの、
このために買ったガイドブックなのに。
今回シカゴの反省も含めて、また、地図が読めないことを
考慮して、結構予習したはずだったのに。
予習のし過ぎで、どうやら最後に入れるのを忘れたようだ。
ああなんて波乱の幕開け。

でも、空港についた頃から、テンションは徐々に
あがってくる。
そういえば、いつも第2ターミナルばかりを
使っていて、改装した第1ターミナルは
初めてだった。

夜の第1ターミナルは、静かで、そして
ちょっと高級感が漂う。
大人のターミナルだな。

もともと、マイルもたまるしJALがよかったのだが、
1ヶ月前の段階で、飛行機は満席に近い状態で、
やっと見つけたのは、EVA Airの臨時便。

台湾は沖縄みたいなもんだとどこかに書いてあったので、
コートは空港に預けて、たどり着いたEVAAirのカウンター。

どうやら、中国系の航空会社っぽいのだが、
カウンターのあちらこちらにキティちゃんが。

もらった航空券もキティちゃん。

Dsc01096

飛行機の機体もキティちゃん。

Dsc01036

(見えてない)

テレビ画面もキティちゃん。

Dsc01095

なんともポップな機体だ。
隠れキティラーとしては、テンションが
異常に盛り上がってくる。

キティちゃんでサービスをごまかしているのかと
思いきや、結構サービスもいいのだ。
どこかのNORTHと違って、各座席にちゃんと
テレビついてるし、JALでは、映画の始まる
タイミングを自分では計れないのだが、
こちらはちゃんとこちらが再生ボタンを押したときから
始まってくれるし、一時停止や巻き戻しもちゃんと
できる。
足置きだって着いている。
ゲームだって、JALよりよほど面白いものがそろっている。

困ることと言えば、テトリスの操作方法がありえない
ボタン配置だったことと、日本語の通じるスッチーが
少ないことくらいか。

そんなこんなで4時間が過ぎ、飛行機は台湾に到着。

観光なのに、出張を髣髴とさせるワールドウォーカーを、
なぜかうれしそうに持っている友達は、おもむろに
携帯の電源を入れた。

すると。
「台湾で地震あったよ!」
のメール。
友達の妹からだ。

おもむろに空港の外を見回すが、特に変わった
様子はない。
だけど、日本でもないし、そんなに地震の多い
土地ではないとみた。
そんなところで地震だなんて、ちょっと不気味だな。

空港を出たところにいた陳さんが、客を
順番にホテルに送り届けていく。

私たちのホテルのチェックインをする陳さんに、
友達が聞いてみる。
「今日台湾で地震あったんですか?」

数秒の沈黙。
そして陳さんは、自分では思い当たる節がなかったのか、
ホテルのお姉ちゃんに確認する。

そして。
「ちょっと揺れたみたいだね」

あ。そう。
たいしたことないのね。

そのとき、私たちは知らなかった。
台湾地震が、実は大変な災害で、日本では
通信障害でてんやわんやになっていたことを。

そのとき、私が気になっていたことはそんなことではなく、
思ったより、台湾が寒いことだった。
空港にコート置いてなんか来なきゃよかった。

2006年12月26日 (火)

台湾旅行記予告編

シカゴもまだ書き終わってないだろ、というつっこみは
受け付けられません。

でも、公私共にまったく充実してなくて、クリスマスは最悪で、
そんな状態で、楽しく来年を迎えられるわけもなく。
だから、そんな自分を少しでも前向きにするために、
いろいろと手段を試している、そういう感じ。

だから、めったに連絡を取ってこない友達からいいタイミングで
連絡もらったときに、これは行っておこうと思った。
たとえ月に2回も海外で、出国審査の人から見ると
激しく怪しいと思われるとしても。

でも気づけば、女同士の海外旅行って、4年以上
行ってなかった。
なんだか女同士のいろいろな所作を忘れている
ような気がして、今から何かやらかす気分満々だ。

でも、やらかす可能性は、今回の相方のほうが
高いであろう。
何しろ、彼女は海外旅行が初めてで、電話してくるときも、
「どこでもいいから海外旅行につれてってください」
・・・いや、私、金は払わないよ。パトロンじゃないんだから。
しかも、職場の電話を私用で堂々と使っちゃだめなんだよ。
たとえ一人でお留守番だとしても。

行き先も自分では思いつかなくて、私がアレンジ。
心配だ、とても心配だ。

行き先を決めるポイントは、やっぱり
あったかくておいしいところ
シカゴ出張の教訓をしっかり活かして
アレンジしてみた。

O型女同士の、ずぼらで、出たとこ勝負で、地図も
読めない旅。
自分では心配だらけなのに、心配してくれる人は誰も
いないから、ちょっとすねた気持ちで、旅に出ることに
する。

出発前から大雨で、すでに波乱の幕開け。
飛行機もちゃんと飛ぶのか心配極まりないけど、
ここは新しい一歩を踏み出して。

とりあえず準備しなくちゃ。

2006年12月16日 (土)

シカゴ出張記(3)~シカゴピザ~

たどり着いた薄暗いピザ屋
店の中もなんだか寒い。

とりあえず、口にしたいのはピザより何より、
あったかい飲み物。

紅茶を頼む私たちを、店員は怪訝な顔で見た。

さて、あったかくなったところで、ピザだピザ。

サイズを見るが、なにしろここはアメリカだ。
何をもってSなのか、何をもってMなのか。
侮ってはいけないんだ。

店の人がやってくる。
周りの人が食べているピザを指差す。
アメリカンが4人くらいでつついているピザだ。
「あれのサイズは何よ」

あれは、Lだよ!
と店員。

ほほーん。
アメリカンは4人でLを食べるのか。
じゃあ、日本人は4人でMだろ。

紅茶を飲みながら、テンション低く、ひたすら待つ。
何しろ、シカゴの午後1時は、日本の朝4時なのだ。
眠い。眠すぎる。
いや、時差だけではないような気もする。
寒いから、余計疲れる。
そう。それは熊が冬眠に入るときのように。

会話少なげな私たちを盛り上げるかのごとく、
やってくるピザ。

それを見た私たちは、盛り上がるどころか、凍った。
なにしろそこには果てしなく分厚いピザがあったのだ。
厚さは、5cmはあるだろうか。
ピザって、カリカリの薄いやつ、という先入観を
見事に覆す分厚さだ。

Dsc00929

これが、ひとり分。
それでも、女性と男性は見分けて切り分けて
くれたらしい。
男性は、これの1.3倍くらいでかかった。

Dsc00930

これが、4人分。
あと2切れほど鍋の中に入ってるけど、2切れ目を
チャレンジできるような大食漢はさすがにいなかった。

チーズが効いてて、味は結構いける。
でも。
これはピザじゃない。
どっちかって言うと、これはキッシュだ。
激しくチーズのかかったキッシュ。

と。店員にサイズを聞いたメンバーが気づいた。
最初の、アメリカンが4人でつついていたピザ。
あのピザと、私たちの目の前にあるピザの、
サイズが一緒だということに。

あの店員、適当なことを言いやがって。

さて。
栄養も満タンになって、本気で眠くなってきたので、
またも眠気覚ましに繰り出すことにする。
今度はタクシーで。

ショッピングセンターの前でおろしてもらった私たち。
大きなクリスマスツリーにびびりつつ、店の中を
物色する。

Dsc00931

やっぱりアメリカンのクリスマスは本気だ。
なにしろ写真にてっぺんまで入りきってないもんね。

本気なのは分かったんだけど、もうなんか
歩きながら寝そうなほど眠い。
こんなセキュリティが甘い状態で歩いていたら
間違いなくアメリカンに襲撃される。

そんな状態は、私だけでなく、メンバー状態に
見受けられる。
これじゃ4人とも襲撃される。

仕方なく、私たちは、いったんホテルに帰ることにした。
やっぱりあたたかいタクシーで。

結局、この後、私たちは1度も電車には乗らなかった。
さて、明日からは仕事だ。
仕事の話はできないので、次からはシカゴの
気になるトピックをそれぞれまとめて紹介することにしよう。

2006年12月10日 (日)

シカゴ出張記(2)~時差ぼけと寒さ~

思えば、散々海外をふらふらとしていても、
こんなに時差が激しいところに来たのは初めてだ。
ヨーロッパに行った時だって、あれは確か時差9時間
くらいじゃなかったか。

それが今回は15時間である。
日本を出たのが日曜のお昼だったのに、着いたのは
同じく日曜の朝8:30。
巻き戻ってしまっている。
意味が不明だ。

とにもかくにも、寒いから、電車はあきらめて、
タクシーを捕まえてホテルにチェックイン。

日本時間で言うと、ちょうど夜中の1時くらいの時間帯だが、
ここで寝たらおしまいだ。
永久に時差ぼけから開放されない。
という、海外出張1ヶ月で3回という強行スケジュールを
こなしている今回のリーダーの指示のもと、荷物置いて
風呂に入ったところで、お昼に繰り出すことにする。

ひとりでは危なくてできないことでも、4人寄ってたかれば
怖くない。
そんな経験のひとつに、公共交通機関の活用がある。
アメリカのメトロなんて、危険だから、ひとりでは到底
乗れない。
だけど、4人で乗れば怖くなかろう。

そんな予想の元に、極寒の空の下、4人でお昼を求めて
街に繰り出した。

目的は、シカゴ名物のピザだ。
なんでも、激しく分厚いんだそうな。

とにもかくにも、まずは電車に乗ってみる。
駅は見つかったが、どうやって乗るんだろう。

と。
「ねぇちょっとその本貸して」

そういえば、私、張り切って出張のくせに、
地球の歩き方買ったんだった。
でも全然読んでない。
いつもそうなんだ。
私は買う係。
道案内は同伴者。
だって、どうせ地図見ても分からないんだもん。

今回のリーダー、そういえば、飛行機の中で、
私に地球の歩き方借りて、一生懸命読んでたな。

どうやら、地球の歩き方に、電車の乗り方が
書いてあるんだそうな。
私写真しか見てないから、そんなこと書いてあるなんて
全然知らなかった。
まず、交通機関の発達したところに旅行に行ったこと
ないから。

5日パスを買おうとするも、この駅の近くには
売ってなさそうなので、普通に2ドルで切符を買って、
ホームに向かう。

地下鉄じゃなくて、高架の駅だった。
マイナス13℃の晴天の空の下、電車を待つ
日本人が4人。
一応囲いのあるところに入るも、体の芯が
どんどん冷えてくる。

待てども待てども電車は来ない。
手袋もほとんど意味を成さないようだ。
唯一、効き目があるのは、日本で買ってきた
耳あて
耳だけすごくあったかい。

20分くらい待ってたような気がするけど、
それは単に寒さのせいで、実は5分くらいだったのかも
しれないと思えてくるような、完全に時間の感覚が
なくなってきた頃、やっと電車がやってくる。

約20分後。
目的の駅。
さて、ここからは徒歩である。

晴天だから、きっと日向はあったかいんだろうけど、
何しろ、ここは都会なのだ。
都会→ビルが多い→日向がない!

日陰は、おそらくマイナス13℃をはるかに下回ると
思われた。
寒いっていうか冷たい。
冷たいっていうか痛い。
なんで私、スキーするわけでもないのにこんなところに
いるんだろう。

ピザ屋までは3ブロックほどの距離だっただろうか。
でも、1ブロックでもうかなり限界だ。
もうみんな無言。
生きていくだけで精一杯だ。
テンション激下がり。

そんなとき、やっとピザ屋が見えてきた。
暗いけど、営業はしているらしい。

さて、シカゴピザとはいかなるものか。
でもそれはまた、次の話。

2006年12月 6日 (水)

シカゴ出張記(1)~極寒~

飛行機の中で見てた映画は、フラガール

フラガール Music フラガール

アーティスト:サントラ,ナレオ
販売元:ソニーミュージックエンタテインメント
発売日:2006/08/23
Amazon.co.jpで詳細を確認する

※これはサントラ。

東北のハワイを舞台にした映画をみながら、
暖かい気分で眠りについた。
乾燥して、狭くて、ちょっと寒気のする飛行機の中で。

しかし。
目覚めて、窓の下の景色を見ると、
事態は一変していた。

一面、雪景色。
晴れているけど、街中、雪が積もっている。

追い討ちをかけるように、機内アナウンス。
「ただいまの到着地の気温は、マイナス13℃・・・」

ちょっとまて。
さっきまで、ハワイにいたのに、全然暖かくないじゃないか。
マイナス13℃って、どういうことだ。
雪国生まれでも、スキー場以外ではそんな温度聞いたこと
ないぞ。
しかも、スキー場は、運動しているから、寒さなんか
感じないんだぞ。
今回、ブーツは持ってきたけど、スキー仕様の格好は
さすがに持ってきてないんだぞ。
だって、今回は遊びじゃないんだからな。
あくまで出張なんだからな。

そうそう。
最初に言い忘れてた。
今回は、遊びじゃない。出張だ。
初めての海外出張、初めてのアメリカ大陸。
遊びじゃないから、そんな面白いことはない、はず。

悲鳴をあげる私たちを尻目に、飛行機はいつの間にか
着陸していた。

入国審査にいくと、今出勤してきたばかりみたいな
審査官。
その頭にのっている帽子は、昔、ロシアから生中継のときに
見たような、通称「モスクワ帽」。
通称って、私の中だけで呼んでるんだけど。
席について、帽子をとると、アルシンドばりの○げが。
なるほど。そのは○が寒いから、モスクワなのね。

出口をでると、まだそこは外じゃないのに、異常に
寒い。
寒いっていうか、冷たい。
冷たいっていうか。痛い。
電車ももあるみたいだけど、すでに気持ちが萎えている。
ここはあれだ。タクシーだ。

ホテルに着いたのは、朝の10時半ってところか。
都会だから、チェックインはこんな朝でもOKだった。

さて、時差ぼけ解消のためにも、寝るんじゃなくて、
うまいものでも食べにいくか。

でも、ここは極寒の地。
食べ物にありつくにも相当な覚悟が必要なわけだが。

それはまた、次の話。

現在のシカゴ時間:12/5 AM11:40
気温        :約-5℃
            (これでもいつもよりだいぶ暖かい)

2006年11月 6日 (月)

那須旅行記(5)~那須観光~

2日目。
高原の朝は優雅にテラスで朝食から。

朝食が終わると早速、昨日の
カオリちゃんのページを見ながら観光の
予定を立てる。
(あくまでもオフライン)

いまいちピンと来るところがなかったけど、
根気強く探したところでひとつ、心に残る
スポットが!

その名も、3D宇宙・恐竜館
なんて心をくすぐる名前!

後片付けをして、出発はお昼過ぎ。
一瞬寄り道をしていい景色を見て、
いよいよ3Dの世界へ。

車で30分も行っただろうか。
大通りを横道にそれると、○ホ○の商人の
集会所の目の前に、お目当ての建物が。

Dsc00906

・・・うん、わかりやすい。
駐車場の車、約5台。
(多分従業員所有)

屋内に入ると、まず渡されるのは、
3Dめがね
あの、片方が青、片方が赤になってて、
度は入ってないあのめがねね。

真っ暗な展示ルームに案内されると、
目の前に3Dの映像が現れる。
まずは、NASU号(多分NASAとかけてる)に
乗って出発。

木星やら土星やらの説明がもれなく3Dで
行われたところで、世界はいきなり恐竜世界に
突入する。
(宇宙と恐竜の接続ポイントは特になし)

途中から、あまりの3Dにちょっと気持ち悪く
なってくる。
車酔い状態。
酔ったことないけど。

3回くらい吐き気を催したところで、やっと出口。
これで、入場料1300円。

気づけば、入場する前のサーバールームが
ガラス張りになっていて、館内のすべての3D映像が
(小さいけど)全部モニターで見れるようになっている。
入る必要ないじゃん。

失望の中、大通りまで戻ると、そこには、おしゃれな店たちが。
そうそう。
本来那須ってこういうところ。
やっぱり横道に逸れちゃだめだ。

おしゃれ街道に戻ったところで、アジアンレストランで
腹ごしらえして、そろそろ那須ともお別れだ。

時間は夕方6時。
日曜の夕方、高速は当たり前のように渋滞している。
でもそれはまた、次の話。

2006年10月31日 (火)

那須旅行記(4)~那須流夜の楽しみ~

一通りBBQを終えると、もう夜の帳が
那須高原におりてきていた。

BBQの残り火で温まっていると、誰からともなく、
「花火やらない?」

もうドリカムの「サンキュ。」モード。
季節外れの花火、水張ったバケツ持って。

タイミングよくダイソーの花火セットを持ってくる
若者たち。
大量の花火。占めて500円。
100円ショップってすげぇ

でも、花火が始まると、ドリカムみたいな情緒は
まったくもって消し飛んだ。
何しろ、とんでもないはしゃぎようなのである。
若者たちが。
花火の色がピンクだといっては走り回り、
花火の持ちが悪いことにいちいち激怒している。
これじゃ煙に襲われて走りながら「キレイ」なんて
そんな風流なこと、言ってる場合じゃない。

結局、花火が始まってからすべてやりつくすまで、
30分とかからなかった。

花火が終わったところで、今度は風呂だ。
別荘に風呂はついているけど、年頃の女子を
5人も抱えて、この調子じゃ、風呂が終わるまでに
どんだけ時間がかかるかわかったもんじゃない。

だから、温泉を探すことにした。
真っ暗な那須の空の下、アウトドアおたくの小さな
VAIO君を開いて。
(しかしオフライン)

アウトドアおたくのキャッシュの中には、
カオリちゃんの那須紹介ページというのがあって、
かろうじて夜遅くまでやっている温泉(銭湯?)が
見つかった。

ちょっと熱めの温泉につかって、冷え切った体を
暖めて、お風呂から上がったと思ったら。
若者たちは、そろいもそろって化粧を始める。
いつの間に化粧品なんて持ってきたんだ。
好きな人に見せるわけでもなし。
男性陣は、アウトドアおたくやら下僕やら、そんなの
ばかりだというのに。
分からない乙女心。
そしておばちゃんになっていく私。

別荘に帰って、トマトスープをアレンジしたパスタを食べ、
インドア派の私たちは踊るレジェンドを見、その間に
アウトドアな人たちが作ってくださったりんご焼きを食べ、
腹もいっぱいになって、そろそろ宴も終わりかと思い、
粛々と布団をひいていると、下から、なんだかのりのりな
ドリカムの歌が聞こえてきた。
(サンキュ。ではない)

なんだどうした、なにがあった。
階下に降りて行くと、そこには簡易カラオケセット。
あんまりいいマイクとはいえなかったが、みんな
盛り上がっている。

でも。
このカラオケセット、ちょっと選曲が変。
一応、古い歌から、最新ヒット(たとえばReal Voiceとか)まで
入っている。
でも、メモリに限度があるみたいで、曲数は、全部で100曲
くらいだろうか。
それならそれで、メジャーな曲だけ用意しておけばいいんじゃ
ないかとも思うんだが、なんか変なんだ。
たとえば、美少女戦士セーラームーン
タキシード・ミラージュは入っているのに、
ムーンライト伝説が入っていない。
そんな感じで、なんだかどこかちぐはぐだ。

それでも夢中に歌うのは、ドリカムマニアの女子1名。
他の子は、なんだかどこか眠たそう。
そんな中、マイクを渡されて、私もカラオケに参戦
することにした。
目指すは95点。

なんとか94点までは行くのだ。
あと1点がどうしてもあげられない。
他の人が寝静まっても3人だけ。
かわりばんこに95点を目指して熱唱する。
だけど常に点数は91点~94点。
なんだこいつ。
壊れてるんじゃないのか。

気付いたらもう夜の1:30。
よく考えたら、今日は6時起きだった。
急に眠くなってきた。
95点は来年までとっておくことにして、とりあえず
寝よう。

さて、明日はどこに行こう。
でもまたそれは、次の話。

2006年10月28日 (土)

那須旅行記(3)~那須流BBQ~

材料が足りないことに気付いて、トマトを
買いに行った即席カップルを、焚き火をしながら
待っていると、風向きが変わったのか、急に
香ばしい香りが漂ってきた。

顔をしかめる私に、解説を始めるアウトドアおやじ。
「1kmくらい先に、豚小屋があるんだよ」

・・・なるほど。
それ以上の解説は結構です。

さて、トマトがそろったところで、火加減もばっちり、
香ばしい匂いもなくなって、なんともバーベキューに
似つかわしい環境が整った。

先ほど、交渉の挙句に買い取ってきた大量の
肉を取り出す。

安い順に味わうことを強要され、まずは鳥からだ。
ただの鳥じゃないぞ。那須鳥だ。

「料理はできないけど作業ならやる」と
よく分からない境界線について力説しながら、
アウトドア親父が手際よく肉を並べ、ひっくり返し、
お皿にあげていく。

味付けは、やっぱり肉屋で交渉の末にただで
もらってきた(かっぱらってきた?)あら塩だ。

軽く塩を振って、たれもつけずにそのまま口に
運ぶ。
・・・・・・おおおおお!
これはんんまい!!!
なんとやわらかい!
なんと味のある!
これで、100g130円だというから、日ごろ
食べてる肉がいかにぼったくりなのかと思う。

一通り鳥が終わると、今度は豚。
やっぱり那須豚だ。
那須豚ってことは、さっきの香ばしい
香りの・・・

まぁ、そんなこと考えてもまだお腹が
全然潤ってないわけで。

これも、やっぱりあら塩でいただく。
豚のくせになんてやわらかいんだ。
これならその辺の牛にも劣らない。

とか思っていたら、アウトドア親父が取り出した
リーサルウェポン。
さっきは「出世したらね」とか言っていた、幻の
那須牛
どうやら、豚と同等の値段で、肉屋のおばちゃんが
特別に売ってくれたらしい。
なんていいおばちゃん!
なんて交渉上手な営業!

うしうしうしうし!と合唱する若者。
ジュージュー焼かれていく牛。

まさか今日牛があるだなんて思ってもいなかったので、
うれしさもひとしお。

やっぱり塩をかけていただく。
塩で味付け、というのは、よほど肉本来の味に
自信がないとお勧めできないであろう。

と。
肉を一通り食べ終わった若者たち。
結構お腹も膨れてきた。

が。
まだまだこれでは那須流BBQは終わらない。

先ほど即席カップルが買ってきたトマトが、
まだお目見えしていなかった。

ちょうどそのとき、ぐつぐつといい音。
トマトのいいにおい。

見ると、本日のシェフの自信作、具沢山トマトスープ
ダッチオーブンの中で見事に完成していた。

お腹はいっぱいになったはずなのに、スープは
水分が多いから別腹扱い。
若者は柔軟だ。

はらわたに染み渡る優しいスープの味。
冷えた体もあったまってきた。

と思ったら、即席カップル改め、本日のパティシエが
あらかじめこしらえてきたチーズケーキを取り出す。
紅茶とチーズケーキ。
那須からイギリスにでも飛んでったような、優雅な
午後のひと時。

と。一通りバーベキューを終えてみると、
時間は午後5時を回っている。
全然ランチじゃないじゃない。
気付くと、周りはもう薄暗くなり始めていた。

夜は真っ暗な那須の夜の遊びの話は、また次の話。

2006年10月24日 (火)

那須旅行記(2)~バーベキューセッティング~

高速を下りると、ラブリーエンジェルから
エリリンに通達を入れる。
「エリリンは左折してマックスバリューで
待っているように。」

エリリンを残して右折するラブリー。
同乗する私たちにも行き先は告げずに、
誰もいない那須の町をレーザー
攻撃しながら爆走していく。

5分ほど走って着いたのは、サラ金の看板
ばかりが目立つ、寂れた商店街の寂れた肉屋。
「うし、うし!」と連呼する若者たちに
「出世するまで牛はなし!」と厳しい一言を
残して、一人肉屋に向かうアウトドアおやじ
もとい、アウトドアおたく。

まるでバーのカウンターのごとく、肉屋の
カウンターに片腕を引っ掛けておばちゃんと
話をするアウトドアおやじ。

しっかしなかなか肉が出てこない。
何を無駄話してるんだアウトドアおやじ。
交渉にてこずっているのか。

そうして15分も待っただろうか。
がっつり肉を抱えておやじが戻ってきた。
交渉成立。

生肉があるから急がないと」という
言葉とともに急発進したラブリーは、
一路マックスバリューへ。

トランシーバーという通信手段は半径1㌔
なので、このときばかりは文明の利器、
携帯電話でエリリンに通達。
「生肉があるからすぐに出られる用意をしておく
ように」
ビールが飲みたい、との若人の意見よりも、
生肉を新鮮なまま食べることが優先。

そうして、2台の車たちは、猛スピードで
別荘に乗り込んだ。

別荘にはもうひとりの親父が先について、
若人たちのために下ごしらえをしていた。
傍らにはその妻とその娘(10ヶ月)。
娘は母親の半径10cm以内にいないと
激しく嗚咽するため、もてなし料理はだんなの
役目。

その一方で、アウトドア担当親父は、バーベキューの
用意をしていく。

別荘に用意してあったのは、なんとも手入れの
行き届いたバーベキューセット(武器)。

煙突効果で早く火を起こす武器。
組み立て式の机。
普通の鍋かと思いきやちゃんと名前がついている
ダッチオーブン。
鍋つかみみたいな形しているけどゴムでできている
防具。

そうして、これらのほとんどに、colemanというロゴが
ついている。
これらの武器たちすべてあわせていったいおいくら万円?
という若人たちの質問には、「昔からチョコチョコ買っている
のでトータルは分からない」とのお答え。
さすが、年季が入ってるな、アウトドアおやじ。

さらに、これらの武器を、絶対に汚さないように、
ビニールシートで保護し、火がつくものは、アルミホイルで
保護しまくっている。
アウトドアおたく的には、いかに片付けるシチュエーションを
見越して用意するかがプロと素人の境界線なんだそうだ。

途中、中で下ごしらえをするシェフの材料が足りず、
30分ほどトマト待ちをして、さてこれからが、バーベキュー
本番。

あ。でもこの続きは、また次の話。

2006年10月23日 (月)

那須旅行記(1)~アウトドアおたく~

行動的なアウトドアと、内向的なおたく。
本来であれば、絶対一緒に使ってはいけない
言葉。
だったはず。

だけど、「アウトドアおたく」と言う言葉が
この人にはぴったりだった。
アウトドア旅行にしか使えないであろう
武器をたくさん振りかざし、その薀蓄を惜しげもなく
披露する、そういう人。

●武器その1:トランシーバー

出会いは浦和。
土曜のくせに朝8:20という狂った時間に待ち合わせ。
10分遅れでやってきた彼の車は、独身には
似つかわしくない真っ白なセレナだった。

蓮田でもう一台と待ち合わせ。
もう一台は、きゃぴきゃぴかしまし女子×3と、
その奴隷1名。

女子のおやつ買出しに付き合って、再び出発しようと
したそのとき。
勇者は道具箱から武器を取り出した。

持ち出したのはトランシーバー
これで、通信しながら走るんだそうな。

そうして、トランシーバーなんて本物には
初めて出会ったものめずらしそうな乙女たちを
相手に、使い方説明と薀蓄の時間が始まる。

・トランシーバーは半二重だから、こちらが
 話しているときはそちらは話してはいけない。
・トランシーバーは、免許を持っていない人が
 使うと、電波法違反であるから、ばれないように
 こっそり使うこと。
 特に通信事業者が違反した場合は、普通の
 人の倍の罪が・・・(以下省略)

・・・最初から、上級レベル用の武器だった。

そうして、彼は最後に言った。
トランシーバーで会話するときは、コードネームで
呼び合うことにしようと。
(ばれないように?)

「じゃあそっちはエリリンで、こっちは
ラブリーエンジェルってことで」

・・・このあたりが、おたく。

●武器その2:レーザービーム

しばらく走っていると、生意気にも追い越していった
エリリンから通達が入る。

「エンジェル!前についている武器は何でありますかっ!」

乗っている私たちにはなんのことやら
さっぱり分からない。

しかし、彼の回答は早かった。
「敵を攻撃するための武器だよ」

やべえやられる!と思って急いでSAに入るエリリン。
追いかけるラブリー。

SAで車を降りて前の様子を見ると。
ほんとだ!武器がついてる!

フロントのライトの上に、ついている、細い
ランプ。
これが単に普通のランプだったらいいのだが、
なぜか絶え間なく点滅している。
ビビビビビビビ・・・・
確かに、レーザービームだ。

ヤン車ヤン車、と騒ぎ立てる未熟な私たちに、
勇者は薀蓄をたれる。

・これはヤン車ではない。
・このライトは、単なるデコレーションのために
 やっているものではない。
 ライトとは、そもそも自分の位置を分かりやすく
 するためにやるのであり、このライトもその
 目的から外れていない。
・このライトは昼間でもついているが、ヨーロッパ
 では昼間もライトをつけることを義務化している
 国だってあるのだ。
・しかし、明るさが変わるライトを、日本では許可
 していないため、このライトは車検では通らない。

さすがアウトドア。
分かりにくい道を走るための仕様にしていると
いうわけだ。

そんなこんなで、様々な武器を振りかざしつつ、
車は、彼の知り合いがオーナーをしている
別荘に向かっていく。

別荘でも、様々な武器が登場するわけだが、
それはまた、次の話。

2006年10月 9日 (月)

グアム旅行記4日目~イルカ?ウォッチング~

イルカウォッチング、1人25㌦。
1時間クルージングしてイルカ見て25㌦。
これはお得な企画だと思った。

コギャルたちもこの企画には参加しておらず、
参加者は10人くらいで静かだ。

せいせいしながら船に乗り込む。
ひとつだけ注意事項を聞かされて。
「相手は野生のイルカなので見れない
こともありますよ」

でも、今日の午前中は見れたんでしょ?
じゃあ問題ないだろう。

10分後:本島の港の近く
イルカなし。
まぁまださんご礁の中だしな。

20分後:そこから少し北の入り江
イルカなし。
ここにいる日もあるけどいないときもあるんだろう。

30分後:そこから西に行った深いところ
とびうおはいるがイルカなし。
なんだかとびうおウォッチングみたいになってきた。

40分後:急に戻りだす船
イルカなし。
え。これってもしかして。。。

50分後:話しかけてくるクルー
「キョウハイルカイナイネーゴメンネー」
・・・・・・・・

結局、とびうおウォッチングのまま
イルカウォッチングは終了。

なぜ、1人25㌦という格安価格だったのか、
ちょっと分かった気がした。

ついでに、船のクルーはもうひとつ残念なお知らせを
残していった。
「コノシマニハサカナゼンゼンイナイネー」

え。
魚もいないの?
ロタ島には、立って歩けるくらいの浅瀬にも、魚
いっぱいいたのに。
昨日張り切って魚肉ソーセージの缶詰も買い込んで
来たのに。

あきらめきれずに、シュノーケルセットを持ち出して、
海の中を覗き込む。

小島の代表格、マニャガハ島は、世界でも有数の
透明度の高い島だった。
だから、小島というものは、透明度が恐ろしく高いと
思い込んでいた私たちの考えが甘かった。

全然透明度高くない。
むしろ、ホテルについてたビーチのほうがきれいでは
ないだろうか。
はっきり言っちゃえば、ちょっときったない。
これじゃ伊豆か何かと一緒じゃない。

不満たらたらで、それでも覗き続けてみると、
白い影がすっと横切った。
あれ?
でもここには魚いないって。

ちゃんと確認するため、もう少し奥に泳いでいく。
と。
わんさか魚がいるじゃない!

急いで魚肉ソーセージを取りに戻り、そこからは
餌付けタイム。
魚の種類はほぼロタと一緒。

と。
頭の中で、ドドン!と言う音。
スーパーマリオで、あのどでかいミサイル
マグナムキラー?)が発射されるときに鳴る、
あの音。

音に促されて前を見ると、一風変わったお魚が
目の前をスーッと通り過ぎていく。

透明で、くりくりした目。
体長は、50cmくらい?
すんごい細長くて、とんがった口。

あれは・・・今思うと、サヨリ???

瞬間、やばいと思った。
あの口がもし体のどこかに刺さったら・・・

とりあえずいったん岸の方へ逃げてみる。

10分後、再度餌付けを再開してみるが、
5分も餌付けしていると、どこかからサヨリが
やってくる。
どうやらこいつも魚肉ソーセージ好きらしい。
そうして、来るたびに私たちはちょっと避難して、
おっかなびっくり餌付けを続けた。

こうして、最終目的、魚の餌付けを今年もつつがなく
終えたところで、グアム観光は終了。

バスは、コギャルたちの歌声を乗せて、ホテルへと
帰っていった。

2006年10月 8日 (日)

グアム旅行記4日目~ギャルとの遭遇~

昔から、旅行は好き。
だけど、大勢で旅行するのは嫌い。
だって面倒くさいから。
みんなで食事行かなきゃいけないとか、
観光する場所を決めるのも、軽く会議状態で
決めるのは、気まぐれな私にはかなり苦痛だ。

だから、最近出張の多い部署に来て、
うれしいことはうれしいんだけど、常にほかの人と
一緒、というのには閉口する。

でも、女の子というものは、どうしていつも大勢で
行動しないと気がすまないのか。

それというのも。
4日目は、スキューバ疲れを回復させるため、
リゾートな小島、ココス島に行くことにした。
サイパンのマニャガハ島をみてからというもの、
小島といえば、海がきれいで、砂浜は白くて、
そりゃあすばらしい場所というイメージがある。

ここ2日間のスキューバ漬けで筋肉痛がすごいので、
出発は遅めの時間にして、10時出発。

いつもどおり、順番にホテルに寄って、ピックアップ
していく。

結構遠くのホテルのところで、他方面から来たバスと
合流することに。

そのときだった。
うるさくて下手な合唱が聞こえてきたのは。
あの歌なんだったかな。
確か島歌とか、そういう微妙に古めな感じの。

歌声とともにバスに乗り込んできたのは、
I love GUAM と書かれたおそろいのロゴTを着た、
女性7人の集団。

うわぁ。私が一番嫌いな感じの・・・

年的には20歳くらいだろうか。
ロゴTだけでなく、頭のハイビスカスの髪飾りまで
おそろい。
そうして、いつも合唱している。
合唱部かな。
合唱部の割には歌がポップすぎるけど。

バスは歌声を乗せて走り出す。

そこから港まで40分くらい。
そこから船で10分。
その間中、女学生たちは激しくしゃべり、
激しく歌っていた。

でも、島に着くとあることに気付く。
実はこのグループ、4+3なんだ。
前の方で楽しげに歌っている4人と、
後ろからちょっと距離を置いて着いていく
3人。

あの3人は、言ってみればスネオ君だ。
ジャイアンに着いていくだけの、スネオ君。
あの3人にはおそらくWillはない。
ロゴTを買うときも、なんとなく「みんなでそろえようよ」
って言い出したジャイアンに逆らえなくて、買ってしまった。
歌を歌うときも、選曲は前の4人の、その中でもおそらく
一番前の子。
1人が歌いだしたら一緒に歌ってみる。

そうして。
おそらくココス島に来たのも、その前にグアムに
やってきたのも、彼女たちのWillはないのだ。
既に決まったこととしてジャイアンに申込書だけ
渡されて、記入したらこんなところにつれてこられた。

そう思ったら、なんだか気の毒になってきた。
女社会にはどうしてもなじめない。

だから、ちょっと女の子たちのいないところに
行こうと思った。
島の外でやるオプションツアーなら、さすがに
歌声は聞こえないだろう。

目に付いたのは、「イルカウォッチング」。
早速予約して、船に乗る前にとりあえずハラゴシラエだな。
というわけでイルカはまた、次の話。

2006年10月 1日 (日)

グアム旅行記3日目~学科試験~

学科試験を現地で受けることにした私たちに、
宅急便が届いたのは8月の終わりころ。
袋の中に入っていたのは、教科書と問題用紙が
人数分、それとDVDが1枚。

DVDは1組1枚しか与えられず、しかもレンタル。
見たら旅行の出発日までに宅急便で送り返せと。
返却遅れたら1日300円取るぞと。

DVDって、普通2時間くらいだろ、早く見て早く
返そう、と思って再生ボタンを押すと、レッスン1~5までの
5章構成。

とりあえず、第1章をはじめてみる。

基本、ダイビングの講習でどんなことするか、という
講習ビデオなんだが、いたるところにショートコント
(しかもアメリカンジョーク系)が入っていて、とにかく
長い。
1章がだいたい1時間弱。

それでもまじめに3章くらいまでは見たと思う。
そこから先は、半睡眠学習。

旅行の前日に、なんとかDVDを返すだけ返し、
当日答え合わせするから、というプリントを
30分くらいで終わらせるだけ終わらせ、
夏休み明けみたいな勢いで、なんとかここまで
やってきた。

しかし。
昨日はプリントを持っていったのに、MASAは
一向に答え合わせする気配なし。
宿題やり損。

でも。
昨日の講習終了後、MASAがふと思い出した。
「今日教科書持って来た?」
いや。怖いマネージャーにプリントは持って来いと
言われたが、教科書はいらないってはっきり言われて、
だから教科書はいまだにスーツケースの中だ。

あせった様子の私たちに、MASAがポストイット
渡す。

「じゃあ、今からいうことをメモして。」

途端、MASAがいきなり丸暗記でページ番号を
唱え始めた。
「P12、P106、P42と49・・・、あと、計算問題は
できるようにしといてね」

なんて堂々とした山かけだ。

私たちはMASAがかけた山の通り、そこだけ音読して
就寝したのだった。

そんなこんなで迎えてしまった学科試験の時間。
大丈夫かこんな山掛けで。

ところで、これって、何問できれば合格なんだろう。
そんなことも知らずによくも試験なんて受けられるもんだと
自分で自分をあざ笑ってみる。

自習時間に、元テニサーインストラクターSAYAKAが
何でも聞けとできるおねいさん風を装っているから、
ためしに聞いてみる。
「これって何問できればいいんですか?」

意外にそんなことも知らずにやってくる者が結構いるのか、
SAYAKAは涼しい顔。
「ああ。50問中38問」

ついでに、またも山を教えてくれちゃったりする。
「あ。ジェスチャーが8問くらい出るよ」

だからさ、そんなはっきり教えちゃだめだって。

そうして配られたファイル。
「今日の試験はAです」

解答用紙を見ると、testA と testBの選択肢。
まさか、テストって2種類しかないのか。

驚いているうちにテストは始められ、スコールが
激しく降り始めた。
屋根はあるけどここは外。
うるさいよ、スコール。

全部選択式かと思いきや、ジェスチャーの8問は
記述式。
確実に覚えているのはOKとエア切れくらいなので、
あとは直感。
ここで5問くらい間違えてもまだ7問間違えられるしな。

このテスト、特に時間も決まっていない様子。
みんなが暇そうにし始めたところで、
「そろそろ終わろうか」とSAYAKA。

隣の人と答案を交換して、その場で答え合わせ。
あそこまで山を教えまくったら、さすがに落ちることは
なかろう。

案の定、全員めでたく合格し、臨時ライセンスをゲット。

Dsc00893

ありがとうMASA。
ありがとうSAYAKA。
ありがとうOLちゃん。
ありがとう女相撲母子。

さて、旅行もあと1日か。
明日はどこに行こうかな。
でもそれはまた、次の話。

2006年9月29日 (金)

グアム旅行記3日目~ラスト・ダイブ~

海猿方式でドブンと飛び込んで、ロープにつかまり
18m下まで潜行していく。
今日の1本目はクレバスという有名なダイビングポイント。

上のほうは軽くスコールが降り始めたけど、下のほうは
そんなの関係ない。
降ってるとはいえ太陽は出ているので、透明度も抜群だ。
水面から水底がばっちり見渡せる。

今日はコンパスナビゲーション。
腕時計みたいなコンパスをつけて、MASAが示す
方向へ、10キック。
10キックしたら、元の場所まで10キック。
昨日のマスク脱着よりはよほど楽。
ウェイトも昨日の4kgの半分にして、それでも沈んだ状態を
ある程度保っていられるようになった。

そんなこんなでこの深さに30分。
そろそろあがらないと、減圧症になってしまう。

といっても、急に上がってはだめ。
水深5mくらいで、3分くらい安全停止。
さようなら18m。

======3本目のログブック======
・場所:clevas
・深度:16.6m
・潜水時間:35分
・開始時タンク圧:200
・終了時タンク圧:65
・塩水 ボート
・ウェイト:2kg
・気温:30℃
・水面温度:29℃
・水底温度:28.5℃

・透明度:30m
============================

2本目はもう少し北のほうになるらしい。
移動しながら、水面休息

ポイントには15分くらいで着いたけど、
まだ潜ってはだめ。
1時間くらいは水面休息取らないと。

水面休息中。
インストラクターたちは無邪気にシュノーケル。

意気揚々と水に飛び込んだ船長のVAN。
あっという間にボートの上から姿が見えなくなった。
どこにいるのかと思って、マスクつけて水の中を
覗き込むと、まっさかさまに素潜りしていく巨体が見えた。

と。
急に茶色くなる水面。

何かを抱えて、VANが戻ってきた。

?????????
あ。

タコだ。

タコを素手で捕まえてきたらしい。
「これで
たこ焼きができる」
と無邪気に喜ぶインストラクター諸君。
・・・初心者は、引き気味で見つめるのみ。

さて。
2回目行くか。

2回目のポイントは、スパニッシュ・ステップ
あんまり有名ではないけど、小物のかわいらしい魚が
多いんだそうな。

まずは浅いところで、最後の講習。
その名も、「コントロールされた緊急スイミングアセット」

昨日、バックアップ空気源の浮上をやったけど、
バディの空気を借りようかと思ったら、バディが
いなくなっちゃってたとき。

そういうときは。
レギュレータを加えて、
「あああああああああああ」
と大きく叫びながら浮上する。
小さい声だと逆に息切れするから、大きな声で
しっかりと。

最後のダイブで教わるのはこれだけ。
あとは、MASAがホワイドボードで魚の名前を
教えてくれながらナビゲートしてくれた。

======4本目のログブック======
・場所:spanish step
・深度:17m
・潜水時間:35分
・開始時タンク圧:100
・終了時タンク圧:65
・塩水 ボート
・ウェイト:2kg
・気温:30℃
・水面温度:29℃
・水底温度:28.5℃

・透明度:30m
============================

さて。
ダイビング講習は終わって、一人旅OLちゃんは
めでたくライセンス取得。
あまり感情を表に出さないOLちゃんは、そんなに
うれしそうにするわけでもなく、淡々と臨時ライセンスを
受け取って帰っていった。

日本でさぼっていた私たちには、もう一仕事。
学科試験をやらないとライセンスがもらえない。

その前に、お昼でも食べよ。
続きはまた、次の話。

2006年9月24日 (日)

グアム旅行記3日目~ボートダイビング~

昨日の帰りのこと。
リタイア組が2人減って、車の中には、
私たちと、MASA、それと、グアム一人旅OL
(年齢・理由不明)。

その中で、MASAに、今日の感想を聞かれたOLちゃん。
その回答は。
「タンクを背負って歩くのが辛い」

確かに、確かに引き潮のビーチを、泳げるところまで
15kgのタンクを背負って歩くのは辛い。
だけど、ダイビングの感想として、それはメインの感想
ではないはず。
わざわざ1人でグアムまで来て、やる気まんまんかと
思ったのに、そういうわけでもないのね。

それでも優しいインストラクターMASA。
ちゃんと解決策を示してくれた。
「じゃあ明日は、ボートダイビングにしましょう。」

MASAの提案は、別にそんなこと思ってなかった私にも、
十分魅力的なものだったから、たなぼた的幸運であった。

同意を求められた私たちも、もちろん二つ返事で同意。

と。
同意を取り付けたあと、MASAは言ったんだ。
「じゃあ、明日追加で1人50㌦づつ持ってきてくださいね☆」

・・・。
そんなさわやかに言われたところで。
日本では、お金のかかることは先に言うのがルールだった
はず。
でも、OLちゃんは満足そうな顔してるから、今更断るのもなぁ。

とか思ってるうちに、OLちゃんのホテルに車は到着し、
その成り行きで、次の日、朝っぱらから、私たちは、
ボートに乗り込んだ。

ダイビングショップの向こう側は、そのまま入り江に
なっていて、そこからボートは出航。

ボートの船長は、VAN。
陽気なチャモロのおっちゃんだ。
アドバンスコースのお姉ちゃんたちから、マリオと
ニックネームをつけられて、ご機嫌だ。

隣のOLちゃんも、
「ボートだと、担いで歩かなくていいから楽ですよね~」
と、これまたご機嫌だ。
昨日からこればっかり。

今日は、なんだか人が多い。
オープンウォーターコースが私たちともう一組。
アドバンスコースが5人くらい。
ファンダイブの人たちがあわせて10人弱いただろうか。
それに、乗組員やらインストラクターやらで、
船の中はなにやらテンションが高い。
どうして、ダイビングの人たちはこんなにみんな
陽気なのか。

と。30分くらい南に行っただろうか。
ダイビングショップのあった位置からちょうど真南に位置する
海の真ん中で、ボートは止まった。

今日の一本目はクレバス。
どうやら、グアムでも有名なダイビングポイントらしい。
クレバスという名前だけに、要は溝である。
溝に入る前の浅いところは18mくらい。
溝の中は40mくらいあるらしい。

ちなみに、40mというのは、人間がもぐれる最深の
水域らしい。
だから、初心者は40mなんてところまで潜っては
いけない。
私たちのレベルでもぐっていいのは、18mまで。
18mっていうのは、水からあがるときにちょうど1分
くらいであがってこられる水深。

では、早速ダイブ。
とは言っても、ボートの上からダイブってどうするの?

と。
ボートによってやり方が違うらしく、今日のホスト、
SAYAKA(推定元テニサー)がタメ語でレクチャー。

今日の飛び込み方は、ジャイアントストライドエントリー。
片手はレギュレータ(呼吸器)を抑えて、もう片方の
手を後ろに回してゴーグルのストラップを抑え、
そうして前を向いたまま片足を大きく一歩前へ。
海猿のエントリーでよくやってた、あれだ。

みんなに続いて、私も大きく一歩前へ。

それが、今日のダイビングの始まり。
続きは、また次の話。

2006年9月19日 (火)

グアム旅行記2日目~アフター・ダイビング~

お母さんの反乱のおかげで、他のグループに大きく
遅れを取ってしまった。

気付けば、みんな2本目も終了に近い時間になっている。

でも、このコースには、時間が2日しかない。
妥協してこのまま帰るわけにはいかないのだ。

なんだか肩の荷もおりた気分で、2本目の海に入っていく。

2本目は、深いところでもう少し難しい練習。
・疲労ダイバー曳航
 -疲れたバディをひっぱって連れて行く。
・中性浮力
 -浮きも沈みもしない重力にするために、自分の
  浮力を調整。
・ウエイト脱着
 -水の中で、ウエイトをはずしたりつけたり。
・バックアップ空気源の浮上
 -自分の空気が切れちゃったときに、「エア切れ」サインを
  出して、バディの予備の空気源をもらって浮上

合間には、魚の名前を教えてもらったりして、
さっきまでのあの波乱含みの講習はなんだったのかと
思うくらい。

======2本目のログブック======
・場所:Piti channel
・深度:?
・潜水時間:51分
・開始時タンク圧:200
・終了時タンク圧:70
・塩水 ビーチ
・ウェイト:4kg
・気温:30℃
・水面温度:30℃
・推定温度:30℃
・透明度:15m
============================

お母さんたちの反省をしながら、インストラクターMASAの
運転でホテルに帰る。

リタイアの人なんて出てくると、どんだけ講習が厳しいのかと
思われるかもしれないが、MASA的にもリタイアする人なんて、
本当に久しぶりだったらしい。

そうして、リタイアは、年ともあまり関係がない。
65歳でも、このコースでちゃんとライセンスとった人も
いるらしい。

要は、やる気の問題ということだ。

でも、なんとなく、MASAには、
「こいつ、リタイアするかも」という懸念はあったみたい。
だいたい、同じこと5回も6回も聞かれるなんて言うのは、
よほど集中力がないということだ。

それにしても、このコースに来るまでに、あの親子は
相当な資金と労力を必要としているはず。

私たちは現地でやることにした学科試験を既に終え、
当日は早めにショップに行ってセッティング演習は
私たちの倍の時間行い、時間があまっていたからなのか、
ショップに超バカ高い値段で売っていた、ゴーグル&
シュノーケルセットまで買って準備万端だった。

それなのに。それなのにそれなのに。
それなのに、ちょっとゴーグルから水が出せない、
それだけの理由で、すぐにリタイアしてしまうなんて。

そんな風に、いろいろと考えをめぐらせていると、
もうホテルのそば。

と。
インストラクターMASAが、衝撃的な台詞をつぶやいた。

「そういえば、あのご家族も、このホテルですよ」

車から降りて、ホテルのロビーに行くと、
噂のお母さんが、現地の人に文句らしきことを
まくしたてていた。。。

・・・ステーキでも食べて、気を取り直して早く寝よ。

明日は8時にホテルを出てボートダイビング。
でも、それはまた、次の話。

<おまけ>
グアムの○ブン○レブンのロゴTシャツ
(子供用Mサイズ)

Dsc00876

2006年9月18日 (月)

グアム旅行記2日目~お母さんの反乱~

15kgのダイビング機材をしょって、
私たちはまるで入水自殺みたいに海に
そろそろと入っていく。

まずは、浅いところで、基本の練習。

沈めないと、深いところにはいけないから、
最初は沈む練習だ。
15kgのタンク背負ってるし、3kgほどの
ウェイトもつけている。
まさかこれで沈めないなんてこと、と思ったら
大間違い。
これが意外に沈まない。
機材が重過ぎて、くるっと反転してしまいそうだ。
もがけばもがくほど、どんどん浮いてしまう。
息を吐けば沈める、と言われるけど、水の中で
息を吐き続けるって結構難しい。
全部はいたらおぼれちゃうじゃない、っていう、
多分そういう潜在意識のせいだ。

ウエイトをさらに2つ付け加えて、ロングトーンの
要領で息を吐き続け、「もう無理、まじで」くらいまで
ずーっとやり続けたとき、やっと、手が底についた。
と言っても、ここはまだ水深1mくらいだけど。

そこから、この水深で、基本練習。
・レギュレータ(呼吸器)クリア
  -いったんレギュレータはずして付け直す。
・レギュレータリカバリ
  -レギュレータを体の後ろに離してから、手探りで
  とって、付け直す。
・マスククリア
   -マスクの中に水を入れて、鼻から息を出して水を
   出す。
・マスク脱着
  -水の中でマスクいったんとって、1分待って付け直す。

いうだけなら、なんてことないけど、どれも結構難しい。
特に、マスク脱着は恐怖だ。
コンタクトの人は、水の中で目を開けると、コンタクトが
取れてしまう。
だから、水の中で1分間、ひたすら目をつぶって待って
いないといけない。
慣れない水の中で何にも見えないと、1分というのは
もう永久かと思うくらい、ほんとに長い。怖い。
もうパニック寸前だ。

それでも30分も繰り返し練習しただろうか。
私たちは、一応合格をもらった。
約1名を除いては。

さて、残ったのは、お母さん(自称60歳)。

どうやら、課題はマスククリア。
鼻から息を吐けないらしい。

まぁ60歳だしねぇ。
最初はそりゃ大変だわな。
と、みんな温かい目で見守っていたんだ、
最初のうちは。

10分もみんなで待っていた頃だろうか。
ふと顔を上げると、聞こえてきたのは
お母さんの言い訳。

「先生、もう私は無理です。
鼻から、とか、口から、とか言われても、
どっちから吸ってるのか、吐いてるのか、
全然分かりません!!」

お母さんちょい切れ。

「頭でイメージしてからもう一度やってみましょう」

冷静なインストラクターMASA。
意外にこういう生徒、多いのかな。

その後、また10分くらいした頃。
聞こえてきたのはお母さんの叫び声。

「ぎゃーーーー!!
足つったーーー!!!
M子ちゃん助けてーーー!!!!」

・・・どうやら、娘(推定120kg)は、M子ちゃんと
言うらしい。

「じゃあ、ちょうどいいから足つったときの
対処法を教えましょう」

まだまだ冷静なインストラクターMASA。
えらい。えらすぎる。
それにしても、お母さん、本当にあのとき
足つっていたのか。
もう練習したくないから言ってみたんじゃないのか。

ちょっとこの状況でこの練習ばかりやっているのは
無駄だと判断したのか、
「もう少し、深いところで1つやりたいレッスンが
あるので・・・」

と話を切り替えるインストラクターMASA。

とりあえず、1m50cmくらいのところで、
フリーフロー(レギュレータが壊れたときに半分だけ
加えてすすりながら上昇)の練習をしてから、
再度お母さんもう一度練習。

どうやら、これがマスターできないことには、
どうしても深いところに行ってはいけない決まりらしい。

厳しいインストラクターMASA。

と。
「先生、私もうリタイアします。
みなさんにも迷惑かかるし。
私、もともとこういうの苦手で、シュノーケリングができる
ようになるまでにも、相当時間かかったんです。
だから、こんな短期間でやるのなんて無理だったんです。
日本で、『高齢者ダイビングコース』にでも行きます」

あまりの衝撃的発言にびびったのか、
「『高齢者ダイビングコース』なんてあるんですか?」
と的外れな質問をしてしまうインストラクターMASA。

「いや、探せばあるかと思って」

・・・その場しのぎの台詞だったらしい。

「ほんとに私もうリタイアします。
M子ちゃん、あとはがんばってね♪」

もう、ここまでまくしたてられたら、さすがにとめるのは
無理と判断したのだろう。

「・・・わかりました」

ちょうど、タンクの空気も切れそうだった私たちも、
交換のために一緒に陸へ。

陸へあがったお母さん。
いそいそと、ウェットスーツを脱ぎ始める。
と言っても、お母さんをダイビングショップまで送っていく
手段は、MASAが車で送っていくしかないわけだが、
あいにく、私たちはもう1本泳がないといけないわけで、
お母さん一人をここで送っていくわけにはいかない。

「多分、もう一グループがもうじきあがると思うので、
その人たちに一緒に乗っけてってもらってください。
それまでは、ここで待っていてください。」

まぁ仕方ないわな。

そのときだった。
お母さんが豹変したのは。

「先生、携帯は?」

んん?

「携帯で、私タクシー呼んで、ショップに戻ります。
こんな炎天下でずーっと待ってるなんてできません。
携帯あれば、タクシー呼んでもいいし、そのまま私
ホテルにも帰りますから」

日本の大人の悪い癖。
困ったときは、金で解決。

「・・・いや、携帯持ってないんで。」

冷たく突き放すインストラクターMASA。
当たり前だろ。
水の中入るんだから。
携帯なんか持ってくるわけないだろ。

私たちは、聞こえない振りで、タンク交換。
さて、これからが楽しいダイビング。

タンクをしょって、また入水していくMASAと生徒3人。

気づけば、M子ちゃんも、炎天下のなか、
お母さんと並んで、私たちを見送っていた。
どうしてお前までリタイア・・・

基本練習も終わって、これからがダイビングの本番。
でもそれはまた、次の話。

======1本目のログブック======
・場所:Piti channel
・深度:4.5m
・潜水時間:49分
・開始時タンク圧:200
・終了時タンク圧:50
・塩水 ビーチ
・ウェイト:4kg
・気温:30℃
・水面温度:30℃
・推定温度:30℃
・透明度:15m
============================

2006年9月17日 (日)

グアム旅行記2日目~ダイビングレッスン開始~

セッティング、と一言で言っても、これがかなりの重労働。
バルブをあけたり閉めたり、部品と部品をつなげたりする
のだけど、バルブは固いし、接続部分もかなり頑丈な
作りになっている。
でも、ダイビングはすべて自己責任でやらないといけない。
バディって言っても1/2+1/2じゃないんだ。
一人一人が1であることが第一条件。

汗たらたら流しながら、やっとこさセッティング練習終了。

通常はここからプール講習なんだけど、
2日間の短期集中コースなので、プールなんて省略。
早速車で5分くらいの海に行くことにする。

ウェットスーツに着替えて、、、
と、そのとき、第1の事件が起こった。

例の女相撲親子。
娘のレンタルしたウェットスーツはXL

でも。
これが入らない。
足はなんとかはいるんだけど、ヒップがなんとしても
入らない。

見かねたインストラクターMASA。
「ぬらすと入りやすくなりますよ」

というわけで、シャワーのところで、お母さんの補助のもと、
再チャレンジ。

・・・それでも入らない入らない。

さらに見かねたインストラクターMASA。
もうひとつ大きなサイズをもってきた。
このサイズが、このショップのMAXSIZE。

・・・・・・・・それでもまだ入らない。
ぬらしてぬらして、シャワーの下で30分もそうして
いただろうか。

見守る私たちは笑っていいのやら何をして良いのやら
分からず、唖然として見守るばかり。
空いた口が塞がらないとはこういうことか。

やっと、ぎりぎりヒップが収まった。
今にも破れそうだ。
乾いたら破れる。
急いでまたぬらさないと。

というわけで、ペンギンみたいになった娘を連れて、
車は海へ。
その中でのお母さんの言い訳。
「身長155cmの子が、身長185cmの男の人と同じもの
食べてたらだめよねー。止めなかった私が悪いのよー」
・・・何を言い訳したいのかがまず分からない。

海に着くと、インストラクターとお母さん、2人がかりで
娘の背中の肉を押さえつけ、ファスナーを無理やり上げる。
これでペンギンさんの完成。

こうして、やっと、私たちは15kgの装備を背負って、
海に入っていくことになった。

海の中でも、この女相撲たちはひと悶着やらかしてくれる
わけだが、それはまた、次の話。

2006年9月16日 (土)

グアム旅行記2日目~ダイビングをはじめるまえに~

昨日、ホテルに着いた直後に、ダイビングのお店に
電話してみた。
電話してみると、ちょっと関西弁のこわめのおじさまが対応。

学科の勉強はしてきたか、とか、ひとしきり尋問にあったあと、
「で、明日の集合時間ですが、12時になっていますが、他の
3人が予定つけば、もう少し早めにしますが、いいですか。」
「はぁ。」
「じゃあ明日の10時ころ電話します」

3人・・・。
ダイビングとは、バディでやるもの、というのは、海猿
散々学習させられた。
つまり、偶数でないとできないんだけど。
3人って言ったら、多分女の子3人グループだろうな。
男3人はちょっとむさいだろ。

と思ったんだけど。

その日の朝、迎えに来たのは、前日の電話の怖いお兄さん。
車の中でも、車運転しながら携帯に向かって怒鳴っていた。
もしや、海軍式のスパルタレッスンだったりして。。。

と。
車はもうひとつのホテルに止まる。
3人グループのおでましか。

しかし。
乗ってきたのは女の子が1人。
あれ?1人?

聞けば、グアムに1人でやってきたらしい。
なかなか海に一人で来るって言うのは聞いたことないぞ。
よほどダイビングにやる気があるのか。
それとも、よほどの事情があってのことか。
珍しいシチュエーションなので、どうしてもいろいろかんぐってしまう。
だって、そんなダイビングバリバリやりそうな体育会系タイプでも
ないし。
色も真っ白だし。

そういえば、残りの2人は全然乗ってくる様子がない。
車はどんどん南部へ進んでいく。

そうして30分後。
車は火力発電所を過ぎたところの、ダイビングショップに到着。

そのとき。
ダイビングには到底似つかわしくない2人の親子を発見。
娘は推定120kg、(身長は155cmくらい)
その横の母親も、80kgはあるだろうか。
2人とも、ふくよか過ぎる。

最初は、このショップの関係者かと思った。
そのくらい、堂々と、彼女たちは弁当をほおばっていた。

車から降りると、関西弁のお兄さんはどこかに行ってしまった。
代わりにやってきたのは、イケメンお兄さん。
お兄さんは、MASAと呼ばれていた。
どうやら、怖いほうのお兄さんは、マネージャー的立場らしい。

早速、レッスン開始。
まずは、セッティングの練習から。
目の前には、いろいろと装備の着いたベストと、
重そうなタンク。

と。
横にやってきたのは、お母さん。
え。まさか、こいつら・・・。
ちなみに、娘のほうは、ふてぶてしく、お母さんの練習を
横から覗いている。

「じゃあお母さんももう一度セッティングの練習をしましょう」
ええええええええ!!!!!!!
こいつらが残りの2人かーーーーー!!!

というわけで、このふくよか親子が、レッスンの進行を大きく
阻害することになるわけだけど、それはまた、次の話。

2006年9月15日 (金)

グアム旅行記1日目~ドッグレース~

夜7:30頃。
迎えのバスがやってきた。

目的地はもちろんドッグレース。
島の北のほうにあるホテルからは30分くらいだろうか。

バスに乗ると、「ドッグレースのつぼ」という
パンフレットを渡される。
もちろん全部日本語だ。

最初に、ドッグレースのルールを説明しておくと、
ドッグレースは、ウサギみたいな疑似餌を犬に追いかけさせる、
というレース。
距離はだいたい440ヤード。

賭け方はほぼ競馬と一緒。
掛け金は基本3ドル。
WIN=単勝
QUNINELA=馬連
TRIFECTA=3連単
BOXED TRIFECTA=3連複(これだけ6ドル)
で、極め付けが、SUPER TRIFECTAで、いわば6連単。
こいつは2ドルでいいらしい。

でも、人気のある犬の名前とか全然知らないし。
と思ったら、会場で、こんなものを渡された。

Dsc00872

公式予想紙?みたいなもんだ。
これも全部日本語。
しかも字が汚い。○なんだか△なんだか分かったもんじゃない。
ってか、予想紙って、たくさんのバリエーションがないと
意味ないんじゃないか。
これだと、オッズに偏りが出ちゃうのでは。

バスが到着したのは、第3レースが始まる直前。
急に3レースを買うなんてバカなことはしない。
まずは見学して、学習しないと。

と。パドックに行ってみる。
パドックと言っても、コースの端っこにあるお立ち台で、
犬を見せるだけなんだけど。

Dsc00847

それにしても。
犬が意外にかっこいい。
無駄な肉が一切ついてないし、何よりこの長い足!
最近、日本で見るのは、チワワやらダックスフンドやら、
そういう軟弱な犬ばかりだったから、なにやら新鮮な気持ちだ。

パドックも終了し、みんなわらわらと券を買いに走る。
それにしても、日本人ばかりだ。

犬が半強制的に枠の中に入れられたところで、
からからと、疑似餌が後ろの方から走ってくる。
犬の横を通り過ぎると、ゲートオープン。

Dsc00849

疑似餌だということを知ってか知らずか、とにかく
犬は必死にウサギを追いかける。
それもそのはず。
犬はレース8時間前から、全然えさを与えられていない。
不憫だ。

そうして、あっという間に犬が戻ってくる。
あまり、順位は変わらないのね。
刺し馬ならぬ、刺し犬とかっていうのはほとんど
ないらしい。

そして、ゴール。

Dsc00846

ちなみに、犬にとっては、ゴールだとかあまり関係ないらしい。
スピードを緩めることなく、しばらくウサギを追いかけ続ける。
不憫すぎる。

そして、4レースから犬券を買うことにする。
予想紙→パドック→券買所→スタート地点→ゴール地点の
際限ない繰り返し。

1レース10ドル以内が目標なので、3通りまでしか賭けられない。
馬連と3連単でひたすら勝負する。

しっかしこの予想紙。
あんまり当たらない。
パドックで見ると、どうも△くらいの犬の方が調子よさそうだし、
実際早い。

そうして、予想紙を中心に賭ける私たちもなかなか当たらない。
当たっても元本割れ。
だって予想紙1つしかないから、みんな似たような犬を買って
しまう。

結局、最後の8レースで14ドル勝ったくらいで、
後は大して勝てなかった。
本日の結果:-23ドル

・・・もう、今日は早く寝よう。

さて、明日からはメインイベント、ダイビング講習。
ダイビング講習では、とんでもない人たちが登場することになるけど、
それはまた、次の話。

2006年9月14日 (木)

グアム旅行記1日目~旅のはじまり~

Dsc00829

ノースウェストの機体は、いつもぼろい。
着陸前、ボカッと音がしたと思ったら、私の斜め上の
荷物棚の扉が大きく開いていた。
衝撃で空いてしまったらしい。
荷物の持込が激しく制限されていてよかった。
いつもどおりみんなが荷物を持ち込んでいたら、ちょうど
私の頭の上に荷物がガツンと落ちてくるところだった。

グアムで迎えてくれたのは、日本語の発音がとてつもなく
へたくそな、劇団ひとり似の現地の人だった。

ホテルへの道すがら、坂が多いとこだと思った。
サイパンには、ほとんど坂らしきものがなかった。
多分、グアムは内陸まで開発がされているから。
サイパンは、まだ海に近いところしか開発されてないのかも。

まるであのねずみのリゾートみたいなメルヘンな通りを
のぼったところに、ホテルはある。
劇団ひとりは、またごにょごにょとクーポン券の袋を渡して、
帰っていった。

部屋に入って水着に着替えて、早速プール。
でも、今日は激しく泳ぐのはやめておこう。
だって、明日から2日間のダイビングライセンスの取得コース。
たぶんきっと、結構大変だろう。

だから、ちょっと海とは別のことをしてみようと思った。
サイパンは、9時を回るともう真っ暗だったけど、
ロタなんて、7時を回るともう真っ暗だったけど、
グアムはサイパンやロタよりは都会だから、夜の
遊びも充実しているはず。

劇団ひとりが置いていったオプションツアー案内を
読んでみる。

と。
見つけたのは、ドッグレースに行こう!

競馬のあの興奮が、よみがえってきた。
早速ツアーデスクに電話してみる。

さて、競馬で鍛えた勝負の勘は犬相手でも当たるのか。
でもそれはまた、次の話。

2006年5月23日 (火)

沖縄プチ旅行記(3)~初夏の海~

Saturday 13:00 p.m.
イルカショーは、野外の「オキちゃん劇場」で
始まった。
ちなみにこのオキちゃん劇場は、野外のイルカプールなので、
水族館の入場料を払わなくても、無料で観ることができる。

品川の水族館で、飛べないイルカのショーを観たことが
ある。
あのときのイルカはカマイルカ
プールが小さいだけに、イルカも小さいイルカだった。

こっちのプールは、海のすぐ横にある大きなプール。
だから、イルカもでかい。

Dsc00619

でかいけど、鯨じゃない。これだってイルカ。
オキゴンドウイルカというらしい。

Dsc00621

こっちは一回り小さいミナミバンドウイルカ

やっぱり水族館はイルカショーだと思う。

Saturday 14:00 p.m.
プールの隣にたっていた案内板を見ると、
500m先には、ビーチがあるという。

青い空。青い海。
そういえば、那覇から名護に来るまでの間に、たくさんの
ビーチがあったが、車を降りてビーチに行ってみたり
していなかった。
やっぱ沖縄に来たら、ビーチに行かないと。

名前の通りの炎天下の中、ビーチまで歩くことにした。

歩きながら考える。
そういえば、沖縄の海開きは4月、というのを聞いたことがあった。
と言うことは、もう泳げるんだろうか。
泳げるとしても、こんな時期に泳ごうと思う、せっかちなやからなんて
いるんだろうか。

と、見えてきたのはエメラルドビーチ
Dsc00627

おー、海だねー。青いねー。
視線を右にずらしてみましょう。

Dsc00629

お?
ぽつぽつ海の中に点が。
拡大してみましょう。

Dsc00630

分かる?
おにーちゃんおねーちゃんに、お父さん、
お母さん&ガキどもまで、みんな水着。
5月だというのに、普通に泳いでる。

そこに聞こえてくるのは。
♪この恋、感じて~♪」って、チューブかよ!
まだちょっとチューブは早いんじゃないの?

間近で見ている光景なのに、なんだか別世界の
できごとみたいだ。

でも、サンダルで海に走っていくと、それは一気に
現実になった。
暑い砂、青い海、青い空、暑い日ざし。
でも、これはあくまでも、5月の日本。

Saturday 19:00 p.m.
海を満喫して、ついでに首里城周って、空港で海に
さようなら。

Dsc00639

よく考えたら、これは出張のついで旅行だったことを
空港で思い出して、なんだか現実が急に大きくのしかかって
重たい気分。
いいもん、きっとまた来てやるから。

そしてまた、今日も、再びこうやって出張ついでに羽根
伸ばせる日を夢見ながら、健気に仕事に励んでいる。

2006年5月22日 (月)

沖縄プチ旅行記(2)~世界一と世界初~

Saturday 8:15 a.m.
・・・寝坊した。

だいたい、昨日の夜のあの露天風呂はなんだ。
露天っていうかテントじゃないか。
屋根が強風でばっさばっさ言って、いつ飛ばされるとも
しれないあの状況で、落ち着いて入れるわけないじゃないか。
しかも、湯船は露天でもいいけど、どうして洗い場まで
露天なんだよ。
風で寒くて体もろくに洗ってられないじゃないか。

それに夜中のあの蒸し暑さ。
これが5月の日本なのかと、本気で問いただしたい。
暑くて全然寝付けなかった。

それで、寝坊。

Saturday 10:00 a.m.
ホテルから水族館まで、30分。

車から降りたところにあったのは、パラダイス、という
言葉そのものだった。

Dsc00588

これだけパラダイスの雰囲気むんむんなのに、
この公園、入場無料である。
さすが国営の威力はすばらしい。

Saturday 11:00 a.m.
公園内の暑い日差しの中を歩くこと5分のところに、
美ら海水族館がある。

最近は沖縄の定番観光スポットになっているらしいが、
修学旅行のときはこんな施設名候補にすらなかったから、
できたのはおそらく最近なんだろう。

ここの水族館の売りは、なんといっても「黒潮の海」水槽。

Dsc00595