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2010年2月

2010年2月21日 (日)

思い出と友愛と国家権力と

その日、お給料日なのをいいことに、外出先から
きっちり定時で帰宅した私は、相変わらず、ドラクエ
片手にツイッター読みつつ、かなり久しぶりにロードショーを
鑑賞していた。

ロードショーでは、最近とんと見てなかったナウシカ
やっており、私は、小さいときの記憶を呼び起こしながら
ナウシカを復習。

でも、小さい頃、私はナウシカが大嫌いだった

理由は忘れたが、私が小学生のころ、母はママ友から
毎週1回くらい、近所のあの子を預かっていた。

私より4つ年下の女の子。

少し(いや、かなり)ぽっちゃりしていて、やたらとおとなしく、
手間はかからないのだが、一つだけいやなのは、その子が
毎週持ってくるとあるビデオ。

それが、ナウシカであったのだ。

一人っ子だから、一人でビデオ見るのが習慣になっていたの
だろう。

その子は家に来ても、うちらと一緒にわーきゃー遊ぶわけでもなく、
だいたいは姉妹喧嘩を繰り広げているうちらの前を素通りし、
だまーって茶の間に座り、だまーってテレビつけて、
だまーってビデオをデッキにいれ、一人黙々と、ナウシカを
鑑賞するのだ。

それが、何しろ幼い(といっても小学校低学年の)私には
気持ち悪くてならなかった。

虫が大暴走し、腐ったロボット的なもの
真っ赤な火の海を闊歩して。。。

なんで、まだ保育園に通い始めたばかりのこのガキが、
こんなおぞましいものを食い入るように見ているのか、
私はそのころ全然分らなかった。

しかし。
今思うと、小さい頃の私は、なんとまぁ浅はかであったのだろうと
思う。
気持ち悪さにばかり目を取られ、この話が何たるかをまったく
理解しようとはしていなかった。

そんな私を戒めるように、最後にばばがいう。
「なんといういたわりと友愛じゃ!」

そう、これは、オームとナウシカ、という、本来なら
一緒には生きていけない敵であるはずの者たちの
「いたわりと友愛」の物語。

あのぽっちゃりの子は、あの年で、もしかしたら
「いたわりと友愛」が何たるかを知っていたのかもしれない、と、
私は昔の思い出をほじくり返し、今更ながら、初めて彼女を
尊敬したのだった。

そんな、次の日。

どんなに引っ越し準備が忙しくても、結局2週間に1回ペースで
観てしまう映画に、またしても私は出掛けた。

その日の獲物は、伊坂幸太郎「ゴールデンスランバー」

何でもない普通の運送会社の配達員、青柳雅春は、
ある日突然、首相がパレード中に爆弾で殺される事件の
犯人にされてしまう。

事態がまったく把握できないまま、とにかく仙台中を逃げ回る
雅春。

と、ここまでだと、この話は完全に、J.F.ケネディ暗殺の
あの話
と丸被ってしまう。

でも、この話は、「本当の犯人はだれか」とか、
「誰の陰謀だ」とか、そういう国家権力の裏側を明らかに
しようとしてるわけじゃない。

フォーカスされるのは、逃げる雅春を信じて、何気に
協力する、大学時代の友達とか、昔の知り合いとか、
知り合ったばかりの一般市民とか。

「お前が犯人であるわけがない」と彼を信じ、1%も
疑うことなく、国家権力なんてものともせずに、手を貸す
彼らの姿は、まさしくナウシカと一緒。
「いたわりと友愛」の塊であった。

でも、さらに良いのは、それを、「いかにも」という感じで
表現しないところ。
大げさに涙流すでもなく、不幸を嘆くわけでもなく、
まるで、テストの予想問題のノート貸すくらいの感覚なのが、
なんとも21世紀らしい。

そして、そんなに軽々しい感じの中に、ふと挿入される、
大学の時の思い出。
(それがヒントになっていることもある)

みんないつも一緒だった大学時代と、犯人扱いされて、
どこにも行けないまま逃げ回っている今と。

「昔は、帰るところがあったのに」とか
言われた途端、私は逃げ回っているわけでもなんでも
ないのに、毎度のことながら号泣。
こ、こんな軽々しいタッチなのに、こういうところだけ
ちゃんとしやがってー、と悔しさ全開で。

まぁ一つ問題点を挙げるとすれば、主人公の青柳雅春は
30歳、という設定らしいのだが、どう頑張っても、みんな35歳
くらいの設定に見えてしまうところが、アラサーとしては
許されざるところではあるが。
(だいたい、うちらが大学の時にビートルズを好んで聞いていた
学生がいったいどれくらいいただろう)

とにもかくにも、最初は笑っていたのが、最後おお泣きして
しまい、どんなに直しても化粧が思い通りにいかず、その日の
合コンが最悪の出来であったことは、言うまでもない。

私に、帰るところが出来るのは、どうやらまだまだ先のこと、
らしい。

2010年2月 6日 (土)

おひとり様で妄想する、愛とか、夢とか。

結局、1月は映画を1つしか見れなかった。

急に引っ越ししようとか思って家を探し回っていたのが
いけないんだが、それにしてもストレスがたまる。
お酒が切れるとぶるぶるする人がいると聞くが、私の
場合は、映画が切れるとイライラする

家が決まったからには、家具買ったりしないといけないのだろうが、
とにかく映画が切れてしまっては話にならないので、チェロの
レッスンのあとに、久しぶりにおひとり様映画館

みる映画はもちろん、年末から予習していた、
サヨナライツカ

日本でお見合い結婚を決めてからタイに赴任してきた豊。
しかし、自分の婚約祝い@タイで、豊はやたらセクシーさが
際立つ、沓子に出会ってしまう。
沓子は豊に一目ぼれ。
婚約者の光子などお構いなしに豊のところに押しかけて、
あっという間に浮気の関係に。
でも、光子との結婚はキャンセルされることもなく月日は
流れ、気づけば光子がタイに引っ越してくる日が迫っていて―

っていう話で、原作 辻仁成、主役の沓子はその妻 
中山美穂(なんとまぁ・・・)。
監督は韓国のお方。

で、もう一人の主役の豊は、というと、西島秀俊なのだが、
最初は私がこの配役がいまいち腑に落ちなかったのだった。

しかーし!
映画見始めてすぐに分かった。

西島君は、いわゆるモムチャンなのだった。

モムチャン(韓)=立派なお体。
っていう意味で、韓流スターの本流である。

そいでもって、この映画はR15指定だけあって、前半の
シーンのほとんどは、上半身裸。
なんとも筋肉質な上半身を惜しげもなく見せちゃって
いるのだった。

さらには顔も、じーっとみるとどことなく韓流スターっぽくて、
監督が韓国の方であれば、まぁ抜擢しちゃう気持ちもよく
分かるのだった。
主婦メロメロだなこりゃ。

また、小説では、豊から見た沓子ばかりが際立っているわけだが、
映画になると、どちらかというと、豊の人生に焦点が当たっている
ように見える。

小説じゃ、前半は豊が沓子に振り回されてばっかりにしか
見えなかったけど、実はどういう風に仕事していて、どんな
夢があって、何を考えているのか、そういうのが映画だと
よくわかる。

そんな夢が、沓子と別れて大人になって(出世して?)
行くとともに、かなえられるはずがどんどん遠くなってしまう
こととか。

最初は、誰だって、夢描いて会社に入る。
そして、それを叶えようとして、そのために仕事頑張る。
そのうちに、頑張るだけじゃ夢は叶わないことに気づいて
偉くなろうと努力する。
だけど、その道のどこかで気づくのだ。
あれ?偉くなるために仕事してるんだっけ?それとも
何かやりたいことがあったんだっけ?

(まれに気付かない人もいるかもしれないが、そいつは
頭の線がどっか切れてしまったんだ、きっと)

CMで散々やっている、
「君は、愛したことを思い出す?それとも愛されたことを
思い出す?」

という、豊の「愛」についての問い。そして、
「君の夢に惹かれたの。だけど、夢の叶え方は一つじゃない。」
という沓子の「夢」についての考察。

この2つが重くのしかかってくる、いい映画だった。

あ、ひとつ注意するとすれば、CMで、東京、バンコク、
ニューヨーク、とか言ってるけど、ニューヨークのシーンは
1秒もございませんので、騙されぬよう。

あと、男女2人で行くと、「愛してる!」とかふわふわした
気分になって軽々しくなってしまう気がするので、ストイックに
おひとり様で見ることをお勧めします

まぁとにもかくにも、空いた映画館で号泣できて、なんとも
すっきりした、木枯らしビュービューの夜のことであった。

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