バスケとママさんバレーの思い出
うちの母は、ママさんバレーチームに入っていた。
近所の主婦さんたちが集まって作ったバレーボールチームには、
不死鳥を意味するやたら大げさな名前がついていて、いかにも
強そうであるのだが、別になんのことはない、ふつーのママさん
バレー。
練習は毎週水曜日の夜、近所の中学校の体育館を
借りていた。
大きな水筒(ポット?)に、夏は麦茶、冬はお茶を
入れ、家にある漬物とかリンゴとかをタッパーにつめ、
ときにはバレーボールがいっぱい入った袋を車の
後ろに詰めて、母と娘たちは体育館に向かうのだ。
ばあちゃんたちと同居している家では、ばあちゃんが
子供たちの面倒を見てくれるので、バレーに連れてくる
必要はないんだが、うちは核家族だし、あのころは
父の帰りも遅くて、子供だけで家に残しておくのは
あぶないと判断した母は、ほぼ毎週のように、私たち
3人を連れて、ママさんバレーに行っていた。
母たちがバレーボールに専念している間、子供たちは
中学校の体育館のステージの上で、校長先生がお話を
するときの教壇を使って隠れたり、どこからかバドミントンの
ラケットを持ってきてバドミントンしたり。
多くの時は、子供は私たちだけではなく、他のお母さんが
連れて来た近所の子供たちと一緒だった。
9時。
バレーが終わると、母たちはモップがけをはじめ、子供たちも
それを手伝って、それが終わるとステージ下に集合。
各家から持ってきた漬物やらリンゴやらを取り出して、
みんなで反省会、もとい、井戸端会議をし、9時半ころみんな
車に乗って帰ってゆく。
それ以外の日は厳しく9時には寝るようにしつけられていた
私は、ちょっとだけ夜更かしはできるし、夜なのに友達と
遊べるから、ママさんバレーについて行くのがとても好きだった。
・・・っていう遠い昔の思い出がふと頭をよぎった、
昨日のバスケ。
夕方から始まったバスケに、異変が訪れたのは、始まってから
30分もした頃だろうか。
得点係をしていた私の眼に飛び込んできたもの。
体育館に向かって歩いてくるのは、大人2人と・・・
ベビーカー??
よく見ると、やたらでかい大人のほうは、バスケチームの
一員で、最近は遠方で働いているのでお休み中の
「元同期」。
そしてその隣にいるのは初対面だけど彼の奥さまで、
さらに、その胸に抱かれているのは・・・
かわいい赤ちゃんだった。
一時的に東京に戻ってきていた彼らは、今日バスケやってる
のを知って、子供連れで見学にきたというわけだ。
父親に全く似ず、くるくるの天然パーマでくりくりおめめの
女の子は、大人ばかりのこの状況がかなりアウェイであると
本能的に感じたのか、母親の手を離れるとやたら泣きわめく
のだが、大人たちはそんなこと関係なく、珍しい来訪者に
いろめきたつ。
そんな情景を見ながら、思い出したママさんバレーの
風景。
こういう風にして、このアラサーバスケチームが、だんだんと
「パパママバスケ」になっていけばいいなぁと思った。
大人たちがバスケをたしなむその横で、子供たちも
交流し、年上の子供が年下の子供の面倒をみて、
そのうち大人たちの試合の間に、子供同士で
試合やらせてみたりして。
思い描くだけでも、なんとも幸せな光景ではなかろうか。
・・・あ、もちろんその中には、私の子供だっている、はず。


突然の参加ですいませんでした。
次回はゆっくり二郎でも行きましょう。
投稿: ファク | 2009年11月 3日 (火) 21時08分
いやいや、父親に似ずかわいい赤ちゃんを見せてくれてありがとう。
あの赤ちゃんに幸せがいっぱい詰まってたよ。
二郎行くかどうかはともかく、次回はゆっくりしましょう。
香港も行きたいわ。
投稿: ribbon | 2009年11月 3日 (火) 23時00分