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2009年6月

2009年6月29日 (月)

スタンスというほどのことでもないけども

サークルの同窓会で、この前顧問を引退された
おじいちゃん神父さんが説教をしてくれた。

自分の人生は、
自分で決めてるんじゃない。
ただただ、自分の前に
道があるのだ。
と。

神の思し召しのままに、人は進んでいるだけ
という、いかにも神父様っぽい説教ではあったけども、
その考えは私のスタンスとちょっと似ていた。

かくいう私も、自分の進む道は、
自分で決めない、ってか
決めつけない
ようにしている。

会社という組織で働いている以上、決めつけた
ところでその通りにいく確率なんてほとんどないのに、
そんなこだわってどうするんだ、っていうのは
表向きの理由。

本当は、結局のところ、自信がないのだ。
自分の選択には。

昔から、盲目的に自分で勝手に決めたことは、
自分に合わないことが多かった気がする。

たとえばそれは、中学の部活。

入学したとたんに入部を決めた合唱部は、
サボってばかりのしょぼくれ部活であり、
部活中にやっているおもなことは、窓から
活動中の運動部の男子たちを眺めていることくらい。

そんな怠惰な部活にうんざりした私は、
ちょうどそんなときに友達からお誘いのあった
吹奏楽部に吸い込まれるように入部。

そうやって誘われるままに入った部活で、
私は気づけば部長をやっていて、そんなこんなで
それから10年間、流されるままに吹奏楽部員。

他にも、自分で大して調べもせずに即決めたことは
だいたい失敗に終わり、周りから勧められてなーんと
なく始めたことは、意外にうまくいくことが多いような
気がしている。

そういうスタンスってか態度でいると、意外に
向こうから勝手にお誘いってものはやってくるもんだ。
「ねぇ、こんなこと、興味ある?」って。

「興味ある?」の内容は、往々にして、
興味あるかないかなんて考えたこともないような、
自分の選択肢にはまったく浮かんでこなかったような
内容のことが多くて、そのたびに私は目を丸くしている
ような気がしてならない。

でも、不思議なことに、「興味ない?」って
聞かれると、むずむずと興味がわいてきてしまうのが、
単純だけど素晴らしい、O型の性

そして「がんばってね、頼りにしてるからね!」なんて
言われようもんなら、自分から希望したわけでもないのに
勝手にエンジンがかかってしまうのは、燃えやすい
牡羊座の性

でもそうやって、完全におだてられて木に登っちゃった
時のほうが、結果として素晴らしいことになったりするのだ。
たとえそれが、もともとの自分の人生における目標とは
全然違うものであったとしても。

そうそう。
やっぱり人生は自分で決めるもんではないのだろう。
誰かが作った道を、ひたすらに歩いて行くもん
なんだろう。

今回ばかりは、歩き切れる自信が一切ないのが
困ったところだけども、しばらく真面目に頑張って
いなかった反省も含めて、おだてられた通りに、
ちょっと頑張ってみようかなー。

神父さんの説教の次の日にお誘いが来たのも、
きっと何かの思し召しじゃないかと思ったりするからさ。

2009年6月28日 (日)

子供の標的

昔から、男どもにはまったく人気なくても、
近所のチビたちからは絶大なる人気があった。

そしてそれは、今でも続いていて、夏休みに
実家帰ろうもんなら、毎朝従兄の子供が勝手に
実家に上がりこみ、勝手に2階に上ってきて、
まだ夢の中の私の上に乗っかってくる。

そういう子供たちに共通して言えることは、
どうやら私のことを大人だと思っていない
ってこと。

そんな私は、また先週も子供の標的
なってしまった。

原因は明白だ。
私たちが大人っぽくなかったから。

BBQやりながら、水鉄砲水風船を持ち出し、
周りに水ふりまきながら自分たちもどろどろになって、
完全に子供に戻って走りまわっていたところ、気づいたら
私たちの周りには、見知らぬ子供軍団が。

しばらく遠巻きに見ていた子供たちだが、だんだんと
私たちのところに近付いてきて、気づいた時には
水鉄砲が略奪されていた。

それでも、普通、こういうことの相手をするのは男子
に相場が決まっているものであり、お子ちゃまテロリスト
そのルールにのっとって、最初は男子たちを攻撃して
いたので、私は何事もないように、大人のふりして
ディレクターチェアにふんぞり返り、お肉をほおばって
いたのである。

が。

その私の態度がテロリストどもの感情を逆なでして
しまったのか。

急に私の背中に冷たいものが飛んできた。

「ひゃ!」って言いながらのけぞって椅子から
立ち上がってしまった私は、次の瞬間、その選択が
激しく間違っていたことに気づく。

だって、立ち上がったのをいいことに、子供たちが
集団で私を追いかけ始めたのだ。

・・・そ、それから軽く30分。
子供の体力というものは限界を知らないのであろうか。
こっちは精も根も尽き果てているというのに、まだ
子供たちは元気に追いかけてくる。

なんか、これだけ追いかけられてると、水鉄砲で
濡れることなんて、大したことないんじゃないかと
思い始めてくる。

最後のほうは、私は逃げ惑うこともやめ、大人しく
子供の標的になり下がることにしたのだった。

その後、子供たちは母親に見つかりもれなく
連行されていったわけだが、夕方ころ、ひとりの
少女がつたつたと戻ってくる。

大人軍団は、とっさに、その辺に捨ててあった
水鉄砲をテロリストに見つからないように隠す。

そしてその少女は私の所に来て案の定聞くのだ。
「水鉄砲貸して!」と。

へっとへとのこちらとしては、そんなもの貸そうものなら
どんな事態になるか分からないので、とりあえず
だましだまし言ってみる。

「水鉄砲、どっかいっちゃったよ!」

その瞬間の子供の顔は、1週間たった今でも忘れられない。
私のほうを、少女はぎっとにらみながら、捨て台詞を吐いた。

「どうせ、どっか隠しちゃったんでしょ!」

どうやら、最近の子供には、小細工なんて一切通用
しないらしい。

結局、何と言われようと私は水鉄砲を貸さなかったけど、
あの表情にはほんと、こころが、痛んだ。

そして今週。

久しぶりにサークルの同窓会に顔を出したら、一角が
軽く託児所になっていた。

先輩方は子持ちでも全然いいとしても、同級生の子供も
もう2歳半。

そしてその子に、私はどうやら気に入られた、というか、
標的にされてしまったようだった。

急にその子が目をつけたもの。
それはメロン

母親に言わせると、そいつはどうやらメロン、というか、
フルーツは全体的にまったく食べないそうなのだが、
それなのに私の顔をじっと見ながら叫ぶのだ。

「メロン!」

うん。。。そうだよ、それは、メロン。

そしてにこっと笑って、その隣のお皿に目をつける。

そのお皿にも、たしかに誰かが食べ終わった後の
メロンの皮。

「これもメロン!」

うん。たしかに、それもメロンだね。

そしてさらにその隣のお皿。

そこには、ピンクグレープフルーツが食べかけで
置いてあった。

それを見て彼は言う。

「これも、、、これもメロン!
じゃない!」

うん。確かにそれはメロンじゃないね。

なんていうか知ってる?って聞く私の眼を見ながら、
彼はじーっと黙り込んで考えている。

そうか、知らないのか。

「それはね、グレープフルーツ。」

「グググエーフウーウ!」

・・・全然、言えてないぞ、と思うのだが、にっこり
笑って、彼の頭をなでながら私は答える。

「そうだね!グレープフルーツ!」

そんなやり取りが、彼はすっかり気に入ってしまった
らしい。

机をぐるぐるとまわりながら、

「メロン!」
「これもメロン!」
「これも、、、メロンじゃない!」
「なんていうんだっけ?」
「・・・グググエーフウーウ!」

っていうやり取りが続くこと、軽く20回
途中何度も相手するの止めようかと思うのだが、
先週のつまんなそうな少女の顔がちらちらと
浮かんできて、かわいそうになってしまい、なかなか
やめられない。

一通り飽きるのを待っていたら、気づいたら会が
終わりかけていた。。。

あーあ、まただよ。またこういう事態に。
振り回されてばかりじゃいいお母さんにはなれないよな。

・・・・・・・いや、お母さんになる予定なんて、まったくもって
立っていないので、別にいいんだけど、さ。

はてさて。
私が自分の子供とこうやって遊べるようになるのは、
一体いつになることやら。

2009年6月27日 (土)

闇の子供たちと移植法改正

たまには、真面目なお話。
(ほんとたまにだな。。。)

6月のある土曜の真夜中。
見る映画もなくなってしまい、しかも外は雨。

というわけで、梅雨の味方、おひとり様DVD
楽しんでいたわけだが。

見ている映画の内容は決して楽しいものではなく、
私はあまりの恐ろしさに戦慄し、泣くこともままならず、
ただただ口をひきつらせてその映像に見入っていた。

といってもホラーじゃない。
私の見ていたのは、どちらかというと淡々と
ドキュメント的に進行する、「闇の子供たち」

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話にはまったく飾り付けもされておらず、淡々と
進行していくのだが、話の中身はかなりディープだ。

この映画が描き出すのは、アジアの貧困層の子供たちの、
おそらく現実。

貧困層の子供たちは、自分以外の家族のため、
日本では大したことのないような金額で売春宿に売られて
ゆき、主に海外からやってくるいわば変態セレブに好きな
ように扱われて、病気にかかれば生きたままゴミ袋に
詰められて捨てられる

そして、病気にかからなくても、体に問題がなくても、
日本の子供の病気を治すため、親が大金をたたけば、
貧困層の子供たちは生きたまま手術台に
乗っけられるのだ

そう。生きたまま
心臓を移植するために。

生きた子の心臓を移植するってことはどういうことか。
そんなこと言いたくもない。

病気で捨てられた姉はゴミ捨て場から無理やり這って
家まで帰ってくるけど家に着いたところで息絶えて、
体は元気な妹は、手術台に乗っけられ。

最後、息絶えた姉を葬るときの母親の後悔の
号泣が、なんとも痛々しかった。

そんな映画を見終わるとすでに朝3時。
でも映画の中身が中身であるだけにうまく
眠れず、寝不足のままなだれこんでしまった
とある平日の朝。

寝ぼけまなこでテレビ見ていた(ってか聞いてた)
私の耳に、飛び込んできたのは、移植法改正
ニュースであった。

もともと、「闇の子供たち」みたいになってしまって
いたのは、日本では15歳以下の子供から移植
してもらっちゃいけない
っていう法律があるからであって、
もし15歳以下の子供だって移植していいってことに
なれば、アジアの貧困層の、生きた子たちから心臓
もらうなんてひどい事態にはならないはずなのだ。

DVDを見て、激しく衝撃を受けていた私は、4つ
案があると聞いて、即座にA案に賛成した。

そういう私みたいな国会議員さんが多かったんだろうか。

審議の進め方の問題で、A案は廃案になるんじゃないか、
っていう、マスコミの大方の予想を激しく無視して、B、C、
D案の説明を聞くまでもなく、その日の国会では即A案が
衆院を通過した。

そうだよな、どう考えてもA案だよな。
これで闇の子供たちはいなくなるんだよな。
よかったよかった。

っていう私の考えは、あまりにもありきたりかつ急ぎすぎ
だったんじゃなかろうか、って気づいたのは、翌日の朝のこと。

インタビューに答えていたのは、脳死状態になっている
自分の子供を何年も面倒見ているお母さん。

お母さんは言うのだ。
「うちの子は心臓動いてるのに、死んだって言えるのか」
「死んでないのに移植するのか」
って。

死んでないのに移植するのか、っていうのは、
私がDVD見ながら思ったこととまったく一緒じゃないか。。。

死ぬってどういうことなのか。
そこまで全然考えてなかった私は、すがすがしい
はずの金曜の朝、解けない疑問になんだか追いつめられる
ような気分になったのだった。

そうしてとりあえず衆院を通過したA案は来週参院の
議題にあげられるわけだが、さてどうなるんであろうか。

さて、私は、参院に入る前のこのタイミングで、
同じく子供の移植禁止という闇を違う視点で描いた、
野沢尚の「リミット」でも、読み返してみようか、と
思ったりしている。

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言っておくが、こっちも、その辺のホラーより、
全然恐ろしいので、こういう映画や本は、きちんと
覚悟決めてから見たり読んだりしたほうがいいよ。

2009年6月21日 (日)

サッカーと、いいちこさん。

土砂降りの日曜日。

昨日BBQで水鉄砲ではしゃぎすぎ、さらには
夜中に卓球やってはしゃぎすぎて体中筋肉痛なのに、
朝もはよから電車乗り間違えつつ向かった先は、
家からは軽く1.5時間かかる、新横浜。

そう、今日はサッカー観戦

といっても、今日応援するのは、なぜか
先月の試合とは反対側。

先月の浦和さんと本日対戦する、マリノスさん
応援なのだ。

なんでこんなことになってしまったかというと、
私のBlogの読者の方からのお誘いってことなのだが、
まさか浦和さんが相手だなんて知らなかった無知な
私は、軽々しくその案件を引き受けてしまい、さらには
場所取りまで引き受けてしまったってわけだ。

#仕事でもいつも似たような状態になっているような
#気がしますが。

とはいえ、池袋方面からやってくる私の周りには、
埼玉方面からやってくる赤いユニフォームの方々が
あふれており、しかもどうしても青より赤のほうが
目立ってしまうため、道が分からない駅からの道のりは、
赤い人の後ろを気づかれないように歩いてスタジアムに
たどり着く始末。

後ろめたい。
結構後ろめたい。

こちらの応援席から浦和さんちがすごくよく見えて、
本当に後ろめたい。

Cimg0525
(手前は「親子サッカー大会」の様子)

そんな後ろめたさにさいなまれつつも、3時間
待つのはちょっと暇なので、とりあえず
本日発売のタオルなど購入しちゃったりなんか
しているうちに、ぱらぱらと集まってくる本日の
お仲間、総勢17名。
(試合開始までに全員は集まらなかったけども)

そんな14:05。
試合開始。

試合が始まると、絶え間なくサポーターの皆さんが
歌歌いながら応援するわけだが、そんな応援の
ワンシーンを見ながら、私はふと思い出した。

それは、つい先日の、いいちこさん

金曜の夜にアメフト会場で出会ったいいちこさんは、
どんどんテンションの上がっていく3クオーター目に、
なんだかおかしな行動を取り始めた。

選手がボールを蹴る前の溜めのシーン。

いいちこさんは両腕を前に出して、ブルブルブルブルと
揺らし始め、「オオオオオオオオオオ!」
不気味な声を出しはじめる。

そして、選手がボールをけった瞬間。

いいちこさんはその両腕を勢いよく上にあげて、
「オゥ!」

これ、どっかで見たような…
と思いながら金曜はうまく思い出せなかったのだが、
盛りあがるサポーターを見ていたら思いついた。

この応援は、こちらチームがコーナーキックなどやる
ときに、選手にサポーターの「気」を送るべくとる
行動
なのだ。

そう。いいちこさんはアメフト観戦もするけど、
もともとはサッカーファンなのではなかろうか。
(それにしてはリズム感なさすぎるけど)

サッカーのほうが経歴が長いから、アメフトを見て
いてもつい酔っ払って、

「オオオオオオオオオオ!」
「オゥ!」

をやってしまったのではなかろうか。

と、2日ぶりにいいちこさんに思いをはせていた
そのとき。

こちらの、そしていいちこさんの「気」が伝わったので
あろうか。

こちら側に向かって攻め込んできたマリノスさんは、
不意にあいた真ん中のスペースからぐいぐい
攻め込んで、ゴール!

前日あれだけ、浦和さんちの方々から、負ける
負けると言われていたのに、そして今日帰って
来るはずの俊輔は結局帰ってこなかったというのに、
ボールはシュルシュルとキーパーをすり抜けて、
入っていった。

瞬間、私は裏切ってしまった浦和さんちのことも、
「気」を送り続けるいいちこさんのこともすっかり
忘れて、痛いほどみんなでハイタッチしていた。

そのあとも、マリノスさんはさらに1点追加して、
ゲームセット。

試合の終わった後、歓喜にむせぶこちら側のスタンド
には、きれいな傘の花が咲いていた。

Cimg0527

さて、こちら側が勝ってすっきりしたところで落ち着いて
考えてみる。

スポーツ観戦自体、3月が始めてであったため、まだ
サンプルが少なすぎるのだが、ここで1つだけ言えること。

私は、「負けてない。」

3月の日本代表戦・・・・・・・・・・・・・・・・○(1-0)
5月の浦和さん・・・・・・・・・・・・・・・・・・・△(1-1)
6月のいいちこさん、もとい、アメフト・・○(20-17?)
本日のマリノスさん・・・・・・・・・・・・・・・・○(2-0)

引き分けの試合もあるけど、総じて、負けてないのだ。

やだ、私ってちょっと女神っぽくない?

とか軽く調子に乗りながら、偶然浦和さん側にいた
大学の先輩と飲みながら思い悩むことはただ一つ。

さて、こっから先は、浦和さんと
マリノスさん、どっちを応援
すればよいんだろう。

・・・悩みは、思いのほか深い。

2009年6月20日 (土)

アメフトと、いいちこさん。

給料日のとある日。
無理やりにでも定時に会社を追い出されるのを
いいことに、業務終了と同時に会社を出て向かった
先は、東京ドーム

ひょんなことから、またしても全然何も知らないのに、
今度はアメフトを観に行くこととなったのだった。

水道橋にてアメフトマスターと合流した私は、
事前に学習していた、「ラグビーと違って、ボールは
前に投げてもよい」
という知識に加えて、

・試合は15分×4クオーターにて行われる
・とはいえ、しょっちゅうゲームが中断するので、
実質2時間は軽くかかる

ということだけを教わって、ドームに入る。

入ったところでいきなり驚く。

なんでかってあんた、選手の数がやたら多いのだ。
1チーム当たり軽く40人以上が、フィールドの横に
ずらっと並んでいるのである。

アメフトマスターの話によると、どうやら、彼らは
オフェンスのときとディフェンスの時で、メンバーを
総入れ替え
するのだそうな。
そんな総入れ替えにより、オフェンス11人、ディフェンス
11人で、最低22人

そして、ご存知の通り、このスポーツは何しろけが人を
出しまくるものなので、交代要員が、その他たくさん。

そんなこんなで、選手登録は、最高99人まで行ける
というなんとも豪快なスポーツらしかった。

しかし。

試合が始まると、そんなことは私にとっては
どうでもよくなった。

どうしても気になるものが視界の端っこのほうに
ちらちらしているのだ。

それが、チアリーダーのおねいさんたち。

ラグビーとかだとせいぜいハーフタイムにちょこっと
出てくるだけなのだが、このおねいさんたちは、サッカーで
いうところのいわばサポーターの役割をはたしている
ようだ。

アメフトは、ディフェンス側とオフェンス側にはっきり
分かれており、オフェンスが攻めていって、ディフェンスに
つかまったらそのラインからもう1回、っていう、いわば
セットプレーの塊みたいなやつなのであるので、1回の
攻撃は早ければだいたい10秒もあれば終わってしまう。

そうすると、もう1回ライン合わせて再スタートになるので、
その間は試合が一時中断となるわけであるが、おねいさん
たちは、その中断の間、「ディーフェンス!」とか
「オーフェンス!」とか、掛け声を応援席に
強制しつつ、踊り狂っているのである。

Cimg0517

しかもコスチュームがかなり水着レベルであり、
見慣れないこちらとしては、それが気になって、
全然試合に集中できない。

そして、そんな注意力散漫な私の目の前にさらに
気になる人物がいることに気づくのは、それから
間もなくのことであった。

おねいさんが「声出して!」とか「右!左!」とか
いう掛け声に、やたら大きく反応してスティックを
大きくフリフリするおじさまが、私の視界を大きく
遮ってくるのである。

Cimg0515

なんだこいつ、どうしてこんなノリノリなんだ。
リズム感まったくないくせに。
と半ばいらいらしつつ注視してみて、どうやら
その原因らしい物体を発見した。

こいつは、試合を観戦するのに、いいちこ
紙パック(おそらく1ℓ入り)を持参してきているのだ。

会社の同僚とやってきていると思われるその
おじさまは、とりあえず自らいいちこをがぶがぶ
飲み、さらには隣の席や前の席の同僚にも
いいちこを注ぎまくってまだ第1クオーターだと
いうのに、どうやらかなりべろべろである。

そんな彼を、私はひそかに、いいちこさん
名づけた。

そんな第2クオーター目。

先ほどまで0-0で明らかに様子見であった
試合が、ピッチを端から端まで駆け抜けて
6点入れる、というこちらチームの大検討もあり、
7-10の大接戦となり、いまだ全然ルールを
把握できていない私でさえ、いやがおうでも
盛りあがってくる始末。

そんな中、一番盛り上がっているのはもちろん
いいちこさん

Cimg0522 

おねいさんの声に合わせてスティックたたくだけでは
飽き足らず、「いけごるぁ!」とか怒号をふりまき、
2クオーター目が終わるころには、今こちらのチームは
ディフェンスだというのに、
「おーふぇんす!おーふぇんす!」
と騒ぎ始める始末。

そんなこんなで試合は半分が終わり、休憩に入ったところで
チアのおねいさんがワーッとたくさんピッチに入ってくる。

Cimg0524

どうやら、同じリーグのアメフトチームのチアのおねいさん
総動員で「フライデーナイトパニック」
キャッチコピーに踊っているようだ。

選手は今日試合ないからお休みだというのに、
チアのおねいさんは休憩のダンスに駆り出されるだなんて、
大変ねぇ、と現実的なことを考えて逆にちょっと郷愁に
浸ってしまうおばちゃんな私。

その間も、いいちこさんはまたしてもなみなみと
自分の紙コップにいいちこを注いでがぶがぶがぶがぶ。

いい加減いいちこも終わってしまうのではなかろうか。

そんな4クオーター目。

3クオーターが終わったところでついに同点になって
試合は盛り上がる一方であるが、ふと冷静になって
いいちこさんの席を見ると・・・

いいちこさん、消滅。

いいちこやらおにぎりやらは椅子の上に広げっぱなし
なのに、いいちこさんが見当たらない。

最初はお手洗いかしら、とか思っていたのだが、
10分たっても15分たっても戻ってこない。

さすがに、会社の同僚の方も気になったようで、
非常にわかりやすく、いいちこさんに電話をかけ始める。

と。
「どこ行ってるの!違うよ!○列目だよ!」

・・・どうやら、酔っ払いすぎて、自分の席が全く
分からなくなってしまったようだ。

そんないいちこさんがやっとこさ席に戻ってきたとき、
奇跡が起こる。

さっきまで若干おされぎみだったこちら側のチームが
無理やりボールを押し込んで2点ゲット。

そして、その直後、豪快に走りこんでタッチダウンし、
6点ゲットして、ついに逆転。

盛りあがる応援席。
盛りあがりまくってスティックがぼろぼろになってしまった
いいちこさん

そして、いいちこさんのスティックが完全に空気ゼロに
なり、それでも飽き足らずに勝手に関係ない隣の人の
スティックを奪い取ったとき、こちらチームの勝利で、
試合は終わった。

私たちは、全く見知らぬ、私たちの後ろの席の老紳士と
いいちこさんが喜び勇んでスティックをぶつけ合うさまを
見ながら、ドームを出て飲み会に向かう。

ま、総じて言うと、アメフトは試合もおねいさんも
観客も物珍しくて面白い
、ってことだ。

・・・結局、アメフトのルールはいま一つ理解できてない
けども。

2009年6月13日 (土)

アラサーcello教室~体験編~

梅雨の晴れ間の土曜の午後。
まったりしすぎて出遅れて、途中のカフェで大急ぎで
ランチを食べ、私が出かけた先は、
チェロの体験レッスン

なんで急にこんなことに目覚めてしまったかというと、
それは約2週間前の火曜のこと。

全然実りのない客先での打ち合わせがやっとこ
終わったのは夜の10時過ぎ。
狭い客先で、席を与えられないまま、しかも
まったく不毛な打ち合わせ(3時間)にほとほと
うんざりした私は、偶然にも会社の近くで飲んでいた
友達と連絡が取れたのをいいことに、「じゃ、用事が
あるので、先に帰ります」
と、客と飲みに行こうとする
おじさまたちを振り切って、会社近くまで戻ってきて、
走って飲み屋に駆けつけたのだった。

それなのに。

ただでさえ打ち合わせでほとほと疲れていたというのに、
駆けつけてから小一時間、私は友達に説教されっぱなし

説教された理由は、おもに、
「気合いが入っていない」という内容で、
何に気合いが入っていないかと言うと、女子としての
気合いが足りない
んじゃないかということだった。

そりゃあアラサーで一人暮らし、仕事と家の往復の
毎日では、気合いも抜けてくるだろう
、と言い返した
私に、彼らは2つの提案をした。

①引っ越す。
下町のさえない社宅(といっても借り上げマンションだが)に
住んでばかりでは、気合いも入らなかろう。
それならば、家から一歩外に出るにも気合が必要な
おしゃれタウンに住んでみればいいのではなかろうか。

②習い事を始める。
人に合わせて毎週遊び歩いているのもいいが、
自分の好きなことを1つ持ってみてはどうかと。
習い事を始めれば生活にも張りが出て、あわよくば
出会いもあるかもしれないと。

急に引っ越せと言われても、どこに引っ越してよいのやら
分からないし、何より、今の社宅は常識外に安いわけ
なので、金銭面で非常にもったいない気がする。

それならば、何か習い事を、と思った。

でも、何があるだろう。

なにしろ、去年の今頃始めた料理は完全に頓挫して
しまったのだ。
あの失敗はもう二度と繰り返せない。

料理の失敗で学んだこと。
それは、結局人がやっているから、と誘われてやり
始めたことは、続かない
ってこと。

もともと自分で興味のあることを、誰に誘われるでも
なく、ひとりで始めないと、意味ないんじゃないかってことだ。

それならば。

それなら、やっぱり音楽系だ。
ピアノにユーフォニウムにカラオケ。
結局、昔から音楽しかやってなかったじゃないか、私。
#カラオケは違うという苦情は受け付けません。

でも、今からなにやろう。
ピアノは、先生が怖すぎて、ぶっちゃけそんな
好きじゃなかった。
ユーフォも、大学卒業してから全然やってないし、
そもそもレッスンがない。。

吹くのは家で練習できないし、やっぱり弦楽器かなぁと
思って、思いついたのが、チェロだった。

だって、ユーフォとチェロは音域が一緒でヘ音記号。
吹奏楽部のときだって、ユーフォの吹くところは、だいたい
原曲ではチェロがやってるところだったじゃないか。

思い立ったが吉日、という言葉は確実にO型の
人間が作ったんじゃないかと思うが、その言葉どおり、私は
飲んだその夜に家でチェロの体験教室を予約したのだった。

そうしてやってきた体験教室。

体験するのは、私のほかにもう一人。
Yさん、という、おそらく私より少しだけ若いと思われる
女子は、ちょこっとピアノをやったことがあって、あとは
合唱部だったんだそうな。

そして、案内役の楽器屋の店員、Kさんは、昔吹奏楽部で
ファゴットをやっていたといい、だから私と異常に話が
合うのだった。

そうしてYさんと私はKさんの説明を簡単に受けて、
ドキドキしながら教室に向かった。

どうしてドキドキしたかっていうと、吹奏楽部の人間が、
弦楽奏者に抱く、劣等感みたいなもんだ。

音楽っていうのは、そもそもセレブがやるものなんだが、
吹奏楽っていうのは、一般人がセレブ目指して背伸びして
やるもの。
オーケストラっていうのは、生まれつきお金持ちで
小さい頃からバイオリン習っているセレブがやるもの。

そんな偏ったイメージが、いまだに片田舎の一般
家庭には根付いている。

そんな先入観が、少しだけ今も私の中に根付いていて、
そんなこと考え始めてしまうと急に場違いな感じがして
ドキドキしながらドアを開けると、そこにいたのは、
意外にも、ジーパンとTシャツ、ショートカットの、いかにも
フツーのおねいさん。

M先生、というそのおねいさんは、私たちの持ってきた
簡単な体験用テキストを見て、
「あーこれじゃない。今日は、こっちの曲やるから、
これ印刷してきて」

と急にKさんにケチを付け始め、さらにその曲の
ページ開くと、
「なんでこんな落書きしてあるのよ、私こんなこと
書かないわよ」

と、テキストにもけちつけながらごしごしと消して、
Kさんにテキストを渡す。

なんて自然なんだ。
全然弦楽奏者っぽくない。

そんなギャップにあっけにとられつつ、席に着くと、
先生が教室に置いてある2種類のチェロの説明を
始める。

教室には、大きく2種類のチェロが置いてあって、
ひとつはよく見る普通のチェロ
そして、もう一つが、なんていうんだろう、吹奏楽で
いうところの、サイレントブラス。
チェロの骨組みだけのところにケーブルがつながってて、
その先にスピーカーがついているやつ。

こっちもいいんだけど、やっぱり醍醐味はアコースティック
だよねーとかいいながら、私たち2人にアコースティックの
チェロを渡して、自分はエレクトリックなやつを持とうとした
そのとき。

「さっきから気になってたんだけどさぁ、
楽器を丁寧に扱わない人がいてさぁ、このケーブルの、
スピーカーに差し込むところがまがっちゃっててさぁ、
なんかさっきから変な音が混じっちゃうんだよねー」

と、またもやぶつくさ言いながら、先生はスピーカーを
取り替える。

そんなこんなでやっとこさ始まった今日のレッスンの
目的は、とりあえずボウイングのやり方を覚えること
らしく、最初は2番と3番の開放弦を4拍づつ繰り返し
鳴らしてみる。
いわゆる吹奏楽でいうところのロングトーンだろうか。

それにしても、チェロを抱えたところから、もう私は
軽く感動していた。

チェロの素晴らしいのは、何と言ってもこの持った時の
感覚
だと思う。

私がチェロを支えているはずなのに、なんとなく、
私がチェロによりかかっているような錯覚に陥って
しまう、この一体感

先生も、そんな私の気持ちとシンクロするように、
一体感の魅力を語り始めて、さっきまでいろいろと
ケチつけまくっていたのに、チェロの話するときは、
なんだかとっても楽しそう。

それが終わると、次は簡単に指使いの練習。
よく見ると、チェロのネックの横側にちっちゃいシールが
貼ってあって、そこが抑えるところらしい。

と、先生は隣のYさんのシールを見て、
「なにこれ、貼ってある場所違くない?
そもそも、私シール貼るの嫌いなんだよね。
鉛筆で書く主義なの。消せるから」

とまたもやケチを付け始める。

そうして、指使いを簡単に教えてくれるのだが、
意外にこれ、力がいるもので、上手に抑えられない。

そうして指使いもうまく覚えられないまま、
なだれ込むように「月の光」を練習するのだが、
やっぱり全然できない。

2番弦を弾いているのか、3番弦を弾いているのかも
よく分からないまま、とりあえず1回怒涛のように先生と
曲を通したところでだいたい30分。

それが終わると、まだ弾き足りないのに、先生は
急に本番レッスンの説明に入った。
テキストの話とか、1回の流れとか。

あれ?もう終わり?

なんだか物足りなそうな私たちを見て、かわいそうに
なったのか、それとももともとそういうスケジュールに
なっていたのか。

じゃあ私が1曲、と先生は言い、今日はピアノが
いないから伴奏CDに合わせるんだけど、これに
合わせるの大変なんだよねー
、とまたぶつくさ
言いながら、曲を弾き始めた時、私の中には
はっきりと、ある情景が浮かんできた。

その曲は、サン=サーンスの白鳥っていう
曲なんだけど、私が思い浮かべたのは、湖とか白鳥
とか、そういうのではまったくなく、朝の放送室
情景。

その曲は、小学校の時、毎朝始業を伝えるために
流していた音楽で、放送委員だった私は、結構
みんなが嫌がるこの朝の放送を、めんどくさい
マラソンを早々に切り上げて放送室にこもって
流すのがとても好きで、さぼりがちな他の委員の
代わりにほとんど毎朝放送を流していた。
(私の朝のアナウンスも学校ではとても評判が良かった)

なんてことはない単なる録音の伴奏、そして、単なる
練習室の狭い1室。練習用の安いチェロ。

それなのに、ふだんクラシックをあんまり聴くことすら
しない私は、なんだかとても感動していた。

フェルマータも存分にのばしきれない、ちょっと窮屈そうな
演奏ではあったけど、さっきちくちくとケチをつけて
いたとは到底思えない先生の抒情的なビブラートと、
それに呼び出された昔の記憶。

その2つが結びついた私は、このめぐりあわせも運命かも
とか抒情的なことを思ってしまい、最後のフェルマータの
ところで、入会しようって、心に決めたのだった。

でも、どうやら私が体験したこのコースは、まだ
人数不足らしく、コースのスタートは早くて7月から。
(3人集まらないとグループレッスンは始まらないらしい)

月3回のレッスンに本当にちゃんと毎週出れるのかは
あんまり自信がないし、7月からちゃんと始まるのかどうか
まだ確証もないけど、思い立ったが吉日

入会申込書に早々に名前を書いたらなんだかとても
すがすがしい気分になり、そのまま帰るのが惜しくなった私は
久しぶりに隣のブックファーストに駆け込んだ。

2009年6月10日 (水)

ルーキー君とお中元

カメラ付きケータイ型、と言われながら
入社した、7年前の私たち。

「中高年者にとって使いこなしきれない
側面もある。」

という前評判通り、いまだにおじさまたちにお世辞の
一つも言えず、めんどくさい若者である私のところに、
今年もルーキー君がやってきた。

やってきた、と言っても、うちの部に配属されたわけ
じゃない。

最近の若者は、大人たちの手厚い保護を受けている
らしく、急に荒波に放り出されるようなことはなく、
入社して3か月は研修なのだ。

1か月は座学。
そして残りの2ヶ月は、2週間づついろんな部署を
まわってローテーション研修。

というわけで、ルーキー君は、ローテーション研修の一環
として、いわば体験入学的に、うちの部署にやってきたって
わけだ。

ルーキー君がやってくると、気になるのはやはり、
今年の新入社員君のタイプである。

調べてみると、今年の新入社員のタイプは、
エコバッグ型

節約志向(エコ)で無駄を嫌う傾向があり、
折り目正しい。

そんな評判のルーキー君は、最高学府を卒業した
だけあり、初日の業務説明も、自分にとって関係
なさそうなところや分からない用語はすべてすっ飛ばし、
必要最小限と思われるところだけを確実に理解
したようだった。

確かに、無駄を嫌う傾向があるようだ。

そんな次の日。
一緒に客先に出向いた彼は、会社に帰って、
初めての議事録というのを作成した。

まぁ初めてというのは、なんにせよそんなに
うまくいかないものだし、最高学府とはいえ、
そんな最初からうまくいかれてしまうのもこちらも
つまらないので、あたりまえのことであるが、
赤ペン先生のごとく採点して返してやったのだった。

彼のトレーナーから、「彼の成長を見るためにも
議事録はみんなで共有」という指示を受けていたため、
赤ペン先生状態の議事録をみんなに送って、その日は
帰ったのだった。

そんな3日目。

最高学府の彼は、あまり赤ペン入れられたことが
なかったのだろうか。
議事録はみんなにね、と言われたことも忘れ、
彼は即座に議事録を直し、個人あてに返信してきた
のだった。

「できが悪く、大変申し訳ありません。
次回からはもう少しいいものが作れるよう努力
いたします」

というお詫びつきで。

な、なんて折り目正しい

そんな、今年の新入社員を絵にかいたような
ルーキー君の体験入学期間は、2週間。

そうして迎えた最終日。

トレーナーでもない私は、彼がトレーナーさんたちに
業務報告をしている間、客先で相変わらずの
長話にお付き合いしており、業務報告をサボって
しまったわけだが。

そうして夕方に完全に遅れて帰って来た、
ある意味無関係の私にも彼はわざわざ業務
報告をしてくれて、2週間の体験入学は終了。

最後までなんと折り目正しい、と思った私は
そのあとに度肝を抜かれることになる。

最後の最後。

業務が終わった後のフロアで、じゃあ最後に
一言挨拶でもしてもらおうかと、ルーキー君を真ん中に
立たせて聞き入るみんな。

無事に挨拶も終わって、次の研修先でも頑張ってね、
とみんなで送りだそうとしたそのとき、彼は、席に
戻ると、大きな紙包みを持って、真ん中に
戻ってきた。

なにそれ?
どしたの?

と不審な顔をする私たちと、相変わらず無駄のない
冷静なルーキー君。

と。

「あのぉ、これ、お礼です。
皆さんで食べてください」

と、またなんとも折り目正しいことを言いながら、
彼が差し出したのは、ゼリーの詰め合わせ

これ、あれだ。
毎年、お盆のころになると、お仏壇の前にたくさん
並んでいるお中元の中に必ず一つは混ざって
いるやつ。
(実家では、一定期間、お中元をお仏壇の前に並べておくので)

今年はお中元コーナーがいつもより早くオープンした
というから、彼はきっとそこで、このゼリーの詰め合わせを
買ってきたのだろう。

差し出されたほうの部長は、いつもの優準不断さも
合わさって、1~2分はたっぷり悩んだ挙句、恐縮
しまくりながら、しぶしぶゼリーを受け取ったのだった。

それにしても、彼の研修先は全部で3つ。
この部署は2つ目。

前の部署でも、最終日に彼は、お中元を差し入れて
いったんだろうか。

そして、次の部署にもお中元を持って行くんだろうか。

いくらなんでも、折り目正しすぎや
しないだろうか。

そして、エコバッグと呼ばれている今年のルーキー君
たちは、みんなこんなことをしているのだろうか。

中高年には扱いにくいカメラ付きケータイ世代には、
理解できないエコバッグ世代。

こうやって、年々私たちとルーキー君の溝は、
深まっていくのだろうか。

・・・お中元のゼリーは、結局、いまだに
フロアの端っこの冷蔵庫の中で忘れ去られている。

2009年6月 7日 (日)

ウサギとブタとペットと家畜

それは3年前のとある夏の暑い日。
妹がある日突然、実家にウサギを持ち込んだ。

そのとき、父は言ったそうだ。
「なんだそれ、食べるのか」

地元の人が作った歌に、
「うさぎおいしかのやま」っていう歌詞があるが、
あれは食べるためにウサギを追いかけているので
あるからして、食べるのが当たり前なんだ、と
父は言い、今でも実家に来て「ウサギかわいい!」
とかはしゃぐ輩に必ず言うのだ。

「食糧難になったら食べるんだ」と。

そんなことを言われて、いつもおびえているのであろうか。
そのウサギが、なんとも生意気で、家族に全くなつかない。

だっこしてやろうとすれば大暴れしてひとの手に
噛み付き、夜の散歩を終わらせて小屋に返そうと
しようものなら、手足をばたばたさせて最大限の
抵抗を試みる。

そんな生意気な態度に業を煮やしたのか、
時々、飼い主である妹すら、物騒なセリフを吐くのだ。

「そんなことしてると、食べてやるぞ」と。

こいつら、なんて残酷な生き物なんだ、と、
たまにしか実家にいない、半分部外者の私と
しては思うのだが、まぁ、生き物を飼うってことは、
ときどき喰ってやりたいくらい、大変なことなのであろう。

なんていう家族の情景を思い出したのが、
「ブタがいた教室」

6年2組の担任になった新任教師であるところの
ブッキー先生が、ある日突然クラスに豚を持ってきて
いうのだ。

「これからこのブタをみんなで
育てて、最後に食べよう」
と。

ブタがあまりにも愛らしかったものだから、クラスのみんなは
とりあえずこのブタが飼える!ということにはしゃいですぐに
OK。

ブタに名前をつけ、ブタと一緒にサッカーもすれば
花火大会もやる。

秋には一緒に運動会、クリスマスにはプレゼントを
贈る児童まで出てくる始末。

でも、卒業が近づくに従って、最初の目的であるところの
「食べる」を、実行するのかしないのか、の決断を
迫られて。。。

「ペット」「仲間」「クラスメート」「家族」、そして、「家畜」

なんとなく名前をつけちゃったあたりから、このブタは、
みんなの「ペット」もしくはそれ以上の存在になってしまった
ようなかんじがするが、それにしても3月になればみんな
卒業しちゃうわけで、そのあとの責任はどうするのか。

かといって、他の「家畜」と同じように、Pちゃんが肉に
なって出てきたら、平気な顔して食べることができる
だろうか。

台本がきちんとあったのかなかったのか、児童たちは
学級会ではかなり本気で話し合い、気づけばみんな
大粒の涙を流していて、見ているこっちも胸が痛い。

そういえば、ウサギを購入してきた妹のクラスでは、
1年生の時からモルモットを飼っていた。

最初は3、4匹だったと思ったが、メイちゃんっていう、
超子供のできやすい(?)モルモットがいて、気づけば
教室中モルモットだらけ。

小屋替えるのも小学校低学年のあの子たちには
大変だったろうし、教室もいつもどこかけものっぽい
においがしていたのを覚えている。

それでも、教室になにか生き物があるのは、
教育においてはとても大切なことなのだと思う。

土日とか夏休みは誰が世話するのか、とか
児童が自主的に決めて行くのはクラスの秩序
づくりにすごく役立つし、こうやって役割分担を
決めて行くという作業は、大人になって絶対に
役立つことだ。

それに何より、生き物が死んで悲しむ、とか、
生まれて喜ぶ、とかいうのを通じて、クラスが
1つになっていくのはとても素晴らしい。

まぁ、じゃあそれが手間のかかる生き物じゃなきゃ
いけないかっていうと、うちのクラスはみんなで田んぼ
1つ借りてお米作ってたわけで、あれも夏休みの
水の世話とか、草刈とか、稲刈りしてもちつき大会
するとか、そういう行事やってクラスのつながりを
深くしていったわけで、そういうやり方もあるんだと
思う。

動物か植物か、というよりは、手間がかかるもののほうが、
クラスの団結が強くなるってことなんだろう。

と、最近の子供たちを見ると、彼らはおそらく
そういう手間のかかるものは持っていないんじゃ
なかろうかと思われる。

どうも周りの会社の方々のお子さんたちの様子を
見ていると、毎日塾通いに忙しく、夏休みはそれに
加えて海外旅行に1週間、とかやってるから、
あの様子じゃあそんな手間のかかるもの、育てるのは
到底無理であろう。

まぁ最近は、大人もライフワークバランス、とか
言って、仕事しすぎずに、自分の時間を大事にしなさい、
ってことで、あまり会社に長くいるのは評価されない時代
だから、子供も同じように、学校にあんまり拘束されないように、
っていうことなのかな、と思う。

思うけど、なんだかなぁ、とも思う。
なんかそれって、ドライすぎないかなぁ。
子供のころからバランスとか言っちゃってんじゃねーよ、
っていうか。

ああ、こんなこと言ってるから、なんかちょっと時代遅れ
みたいになっちゃってるのかなぁ。

・・・・・・・・・・・・

あ、話戻すと、映画としては、映像美とか特にないし、
映画の半分以上が学級会、という、激しく画面展開の
少ないものだったので、ぶっちゃけ映画館でみる必要は
まったくないと思うのだが、ペットと家畜、とか、クラスの
団結と個人の尊重
、とか、そういうことを考えさせられる、
意外に深い作品なんだなぁと思った。

はてさて。
万が一不景気が深刻になって真面目に食糧難に
なったとき、父と妹は、本当にうちのウサギを
食べちゃうんであろうか。

私は・・・
まず、うちのウサギを捕まえることすらできないので、
食べたくても食べる権利すら与えられないであろう。

Usagi

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2009年6月 4日 (木)

おひとり様重力ピエロ

どんより日曜日。
急に降ってきた大雨の中、めがねにすっぴんで、
私はとぼとぼと映画館にむかった。

歩いて20分の映画館まで、雨とめがねが
気になってずーっとうつむき加減で歩いて
行くと、気分はどんより、ズボンはびしょぬれ。

それでも、この映画は見たかったんだよね。

本を読んだのはもう3年も前のことだったんじゃ
なかろうか。

あのときはまさか映画になろうとは思わなかったけど、
今や、なんだって実写化される時代なんだなぁと
思う。

さて、お話の中身は、

泉水と春の仲良し兄弟は、実は半分しか
血がつながっていない。
それは、お母さんの浮気とか、連れ子とか、
そういうありきたりな理由じゃなくて、とある

衝撃的な事情によるもの。
そんな2人が大人になったころ、彼らの住む
エリアでは
不審火事件が続発するのだが、
それが、実は
「衝撃的な事情」と複雑に
絡み合って。

って感じなのだが、これじゃ全然分からないよね。。

こういう解説をしちゃうと、どうしてもサスペンス的な
お話に見えちゃうし、小説もどちらかというと謎解き
的な要素が強いのだが、映画はもうちょっと
「ファミリーのあり方」に焦点をおいて
いたような気がする。
(意外にすぐに謎は解けちゃうし、かなり設定をいじくられて
いる感は否めない)

まぁでも、小説の中ではトリックは結構複雑に入り組んで
いるから、2時間で本気でサスペンスに持って行くのは、
現実的には無理があると思われ、だからそれはある意味
仕方ないと思われた。

それにしても、この小説に出てくる男性陣はとても魅力的だ。

心優しきよわっちいお兄ちゃんの泉水。
(私は、どんな人がタイプ?と聞かれると、
即座に「よわっちい人!」と答えてしまう癖がある)

ちょっと暴力的で危険なにおい漂う、それでも
邪悪は絶対に許せない、根っこは優しい春。

(危険なにおいの漂う男にも、実は弱かったりする。
それになんといっても春はイケメンだ。)

そんな中、私が一番好きなのは、お父さんだ。

一見、華もなく、弱々しい印象だが、複雑な事情を
抱えた家族を、その細っちい腕で、目立たないけど
必死で支えていて、その覚悟には頭が下がる。

お父さんの覚悟をよく現しているシーンがある。
「衝撃的な事情」により、春を妊娠した母親が、
妊娠したことを告白するシーン。

===
「母さんから妊娠のことを知らされた時、俺は咄嗟に
相談したんだ」
父がそう言ったことがある。

「相談って誰に」

「神様に」それから、苦い果物を噛み砕くような表情をした。
「笑うだろ」

(中略)

「で、返事はあったわけ」

「あった。声が聞こえた」

(中略)

「俺の頭の中に怒鳴り声が聞こえた」

「神様が怒鳴るとは。何と言ってきたわけ」

「『自分で考えろ!』」

「は?」

「『自分で考えろ!』ってな、そういう声がしたんだ」

私は噴き出した。「無責任にもほどがあるじゃないか」

「だがな、考えてみると、これは神様の有り方としては、
なかなか正しい」

「そうかな」

「おれは即座に決断した。自分で考えたんだ」

====(小説より)

そうして、即座にお父さんは、「産もう」と決断し、
複雑な家族を即座に支えていこうと覚悟する。

分かりやすい優しさをつい求めてしまいがちだけど、
こういう地味で目立たないけど、全部背負ってくれる
覚悟をもった男は素晴らしい、とか思ったりした。
(なかなかいないのよね)

あと、キャストとして魅力的なのは、「夏子さん」
っていう、春のストーカー。

最近、ちょいちょい出てくるけど、この吉高由里子って
いう女優は、出たてのブリグリに似てる顔が私の
好みって言うこともあるけど、存在感がすごい。
あんまり軽々しいトレンディードラマには合わないのかも
しれないが、ちょっと影のある役がすごくいい。

そして、雨の弱くなった帰り道をひたひたと帰りながら
私は思った。

こういう映画は、まさしくおひとりさま用だ、と。

「ファミリーのあり方」がテーマではあるけれども、
家族の事情がほんとに複雑であるために、本気で
家族で見に来ちゃったりした日には、2日くらい
目を合わせられないような気もする。

それに、「衝撃的な事情」が事情なだけに、
カップルで来ても、そのあと夕飯食べながら、
ニッコリ笑って「よかったよねー」とか無邪気に
言えるような話でもない。

そういう意味では、まさしくおひとりさま用ムービー
であると。

いやー、いい選択したなぁ。

と、おひとりさま映画館のあるべき姿にたどり着いた
私は、行きとは違って堂々と胸を張って、ひとり
家路に着くのであった。

あ。あと、余談だが、最近私は春であるところの
岡田将生君に気づけばはまっている。

3月のホノカアボーイといい、今回の
重力ピエロといい。
そして、見逃しちゃったけど、きいちゃんと2人で
やったハルフウェイもとても見たかった。
(あれ、きいちゃんと岡田君って、どっかの月9
同じ組み合わせじゃないか)

でも、どの映画でも、岡田君のキャラクターは
それぞれ全然違って、そんな一貫性のなさ
すごく良い。

・・・ま、でも、ホノカアボーイの岡田君か重力ピエロの
岡田君か、といわれると、迷わず私は重力ピエロだな。

ホノカアボーイの優しいだけで芯のなさそうな男より、
冷たくてそっけないけど一本芯のとおった、ちょっと
危険な空気の男。

そういう男には興味持たれないのが常なんだけど、さ。

2009年6月 2日 (火)

眼鏡越しの空

大嫌いだった眼鏡外せない
この何日も
気を隠すにもちゃんと見るにも
都合がいい

っていうのは、ドリカムの「眼鏡越しの空」

一方、いかにも目がよさそうに見えてしまう
私も、実はとても目が悪い。

今日眼医者で測ったら、
右目:0.05
左目:0.03

だって。
最初0.1のところにいた看護婦さんが、気づいたら
すぐ前にいた。

だから、ふだんはコンタクト。
メガネは嫌い。
高校のときの眼鏡だった頃の写真は、
すべて燃やしてしまいたいくらい嫌いだ。

そんな私が、今週はとある理由から、
「大嫌いだった眼鏡外せない」

別に、この歌のように落ち込んでいるわけでも
なんでもなく、単純に、ものもらいなのだ。

ものをもらってしまった大きな理由は、
明らかにラフティング。

ドブンと川に落ちて、衝動的に川の中で
目をあけてしまったのが致命的であったと
思われる。

ものもらいは仕方ない。
だけど眼鏡を人様に見られるのだけは。

と思い、土曜に引き続き、本日も病院に
行き、先生に「コンタクト復帰OKです」って
言われようと思ったのに、「まだコンタクトは
やめてね」
って、あっさり言われてしまったのだ。

眼鏡を見られるくらいならいっそのこと休んで
しまおうかと思ったのだが、そんなことも言って
いられない。
(もういい大人なんだから)

仕方なくお昼前にこっそり会社に忍び込む。

ミーティング中で誰も席にいないかと思ったら、
思いのほかミーティングが早く終わってしまった
ようで、だからよりによって、担当の方々は
皆様席にいらっしゃった。

うつむき加減でこそこそと席に着き、そのまま
顔も上げずにパソコンを取り出してごそごそと
立ち上げて、あとはディスプレイを盾にして
身を隠す。

しかし、そんなしょぼい防具で身を隠していられるのも
お昼まで。

まさかこのまま一人でこっそりディスプレイに
隠れてお昼食べるわけにもいかないので、
勇気を出して、みんなと同じテーブルでお昼を
食べることにする。

突き刺さるみんなの好奇の目線。

と。

「いいよ!なんかいいよ眼鏡!」
「新鮮!」

という賞賛の声。

「エロい!眼鏡エロい!」

という変態の方々の意見は無視するとしても、
眼鏡ださい、とか、やめたほうが、とか、
残念なことをいう人は誰もいないのである。

これはどうしたことか。
高校の時、メガネが気になって常にうつむき加減で、
くらーい人生を歩んでいたあの頃とはえらい違いじゃ
ないか。

ここは一つ冷静に、メガネの私について
考察してみよう。

高校の頃と今週のみんなの反応の違いの理由を
探してみよう。

その1:メガネが違う
  高校の頃は、メガネを強調したくないあまりに、
  縁なし眼鏡をかけていたわけだが、これは逆に、
  眼鏡が大きく見えてしまう、などの弊害を生んでいたと
  考えられる。
  それが、今は小さめの縁あり眼鏡なので、メガネ
  そのものがダサくなくて、それが受け入れられた
  のではないか。

その2:顔が違う
  いや、私は私だし、小さい頃から驚くほど顔が変わって
  いない、とみんなからは言われているのだが、それでも
  高校の頃に比べると顔の輪郭はすっきりしたような
  気がするし、何よりも化粧をしているのであって、その
  おかげで、少しは昔より眼鏡映えするようになって
  いるのではなかろうか。

その3:時代が違う
  私が高校のころは、メガネ=ダサい、とか、
  メガネ=牛乳瓶、とか、メガネ=がり勉、とか、
  そういうマイナスイメージばかりだった。
  それが、今の時代はメガネ美人、とか、
  メガネ萌え、とか、ちょっとやりすぎじゃなかろうか
  というくらい、メガネを称賛する文化に変わっており、
  そのせいで、大してメガネが似合っていなくても、
  勝手に萌えていただけたりするのではなかろうか。

と、ここまで書いたところで思うのが、結局、
「私の眼鏡」っていうのは非日常のアイテム
なのではなかろうか、ということだ。

最初のうちは珍しがられてもてはやされるが、
こんなこと言われるのはやっぱり非日常的な
格好をしているからであって、1週間もこんなことが
続いたら飽きられてしまい、なんとなくみんなから
「お前いつまでメガネしてんだよ」っていう空気が
漂い始めるのは目に見えている。

そして、私にとっても眼鏡って言うのは非日常。
慣れてないから長くつけてると疲れて頭が痛くなるし、
なんといっても、眼鏡は視界が狭くて、危ない。
階段とかだと下が見えにくくて、リアルに怖いのである。

だからとりあえず、これは早いとこものもらいを
治して、コンタクトの日常に戻らないとな。

大きらいなのは眼鏡じゃなく
こんな自分
ガラスの奥で叫んでいても
誰も気づかない

防護壁の役ばかりでごめん
やってみるね
私をきちんと見せてくれる
レンズに変える

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2009年6月 1日 (月)

怒涛の週末その3~そしてさいたまダービー~

さっきまで大降りだった雨がぴたりと止まって、
私たちの二日酔いがちょうど回復の兆しを
見せ始めたころ、車は浦和美園のとある
コンビニの前に停車する。

と、ここで手渡されたのは、真っ赤なユニフォーム。

はてさて。
そろそろ説明しておかないといけないであろう。
とか思って、とりあえずぐぐってみると。

【さいたまダービー】
埼玉県さいたま市にホームタウンを置く日本プロサッカーリーグ(Jリーグ)のチーム、浦和レッドダイヤモンズ大宮アルディージャが対戦する試合(ダービーマッチ)の呼称である。

だって。

単に周りが適当に呼んでいるだけかと思ったら、
しっかりWiki先生にも載っているだなんて。
恐るべし、さいたまダービー

さてさて。話を戻して。
ここで突っ込みたい人もいるんじゃなかろうか。

真っ赤なユニフォーム?と。

ここで、もう一回Wiki先生の下のほうを読んでみると、だ。

1997年までアルディージャは浦和市を本拠とした実業団の
○○○関東サッカー部だった

旧○○○サッカー部であったところの
アルディージャのユニフォームは、オレンジ

対する浦和レッズのユニフォームは、

と、いうわけで、なんとも非国民、ならぬ、
非サラリーマン的な雰囲気の中、真っ赤な
ユニフォームの私たちは、スタジアムに入って行く。

この前は会場は一緒だったが、日本代表戦だったので、
会場は全体的に青かった。

しかし、今回は真っ赤なユニフォームのチームである
からして、会場は当然ながら、真っ赤
ところどころに黒まで混ざって、これじゃあ完全に、
真夜中バイクを飛ばしているお兄ちゃん達の集団
である。

しかし、それより気になるのは、お互いの
剥き出し闘争心である。

あっちのサポーター席のど真ん中に掲げられた
旗には、「大宮独立」の文字。
浦和なんか消えちまえ、ってことだろうか。

まぁなんと恐ろしい。

と、思ったら、こっちもこっちだ。

Reds

橙想心 っていうのは、大宮さんのスローガンみたいな
ものらしい。

そこから漢字を変えて、逃走心

さらには、大宮さんの監督の張さんをもじって、
倒チョン心・・・

ひどい。
そして野蛮。
さすが埼玉。ってかさいたま。

ま、こんなに試合前に盛り上がっても、
結局、実力から言って、浦和さんの
圧勝であろう、と、私は高をくくっていた。

が。

試合開始たったの8分。

あっという間にゴーーーール!したのは、
私の予想を大きく裏切って大宮さん。

その後、前半終了チョイ前に浦和さんは1点
返したものの、いまいち勢いに欠け、後半
ロスタイムの終了間際に、5回くらい立て続けに
シュートしてみたもののそれらは1つも入らずに、
結局試合は1-1の引き分け。

これが、魔のさいたまダービー、ってことなんだろうか。

さて、旅行はここでおしまい、なのだが、バスケ
メンバーは再び降ってきた雨の中をさらに南下して
都内へ入り、そのままバスケの練習へ向かう。

昨日のお酒がぶり返したのか、単に疲れたのか、
血の気の引いた顔で、ふらふらとボールを追いかけながら、
私は考えた。

バスケを始めてそろそろ1年半。
そもそも苦手で大嫌いだったバスケを始めてからと
いうもの、苦手だったものとか、大嫌いだったものに
流されるままにチャレンジしている私がいる。

それはたとえば駅伝
スキーだって、今までもやってたけども、
自分からスキー買ってまでやろうと思うことは
今までなかった。
そしてサッカー観戦ラフティング

運動は苦手なの、とか、スポーツ見るのは
興味ないの、とかいろいろ言い連ねてみた
けれども、結局、単なる食わず嫌いだったって
ことだろう。

飲み会は選別しなさい、とか、遊ぶ相手は
選びなさい、とか、この年になると絞り込みを
要求される場面が多くて悩んでしまうことも
あるけれども、今まで食わず嫌いで生きてきた分、
ちょっと遅いかもしれないけど、これから広げて
行かなきゃいけない世界も、きっとあるはず。

そう思ったらふらふらしてるけどなんかちょっと
すがすがしくなって、大雨の中、私たちは、
ラーメンを食べて解散した。

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