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2009年4月25日 (土)

いつもの役回り

覚えているだろうか。
白線流しのラストシーンを。

卒業式が終わり、みんなが旅立っていった
そのあとの教室で、酒井美紀が高校の担任の
先生に言うのである。

「私、気づいたんです。
見送られるより、見送るほうが
好きなんだって。

だから私、先生になります。」

見送られるより、見送るほうが
好き。

私も恐らくそんな風なのだろう。
そういう風に見えるのであろう。

自分の送別会まで自分で企画してしまったのは
はめられたにしても、それでも私は、しょっちゅう
送別会の幹事ばかりやっている気がする。

そう。見送るのが、私のいつもの
役回り。

そんなに普段つながりのない輩であれば、
送別会やるにしても、ゲストとして参加すれば
よいのである。

しかし、なぜか私をいいように都合のいい女
友達としてこき使っていた野郎どもに限って、
次から次へと、自分のやりたいこと見つけて
どんどんいなくなっていくのだ。

まるで、学校を卒業していくように。

そして、勝手に卒業していったやつらは、
夏休みとか、冬休みとか、そんなタイミングで
田舎に帰省した大学生のように私のところに
やってきて、まるで昨日の続きのように、私を
都合のいい女友達として、再びこき使う。

どうやら、彼らは全然考えていないようだ。
帰ってきてみたら、私が
いなくなっている可能性
を。

そして、そんな輩が、またひとり、この教室を
巣立っていくのだという。

いつもなら、また私が、大いに楽しくてちょっと
さみしい送別会を開催して、最後まで大騒ぎして
お見送りするところなんだけど、今回は残念ながら、
私は海外出張であって、送別会を企画することも
参加することもできないわけで。

まぁでも、たまにはこういう、いつもと違う
パターンがあってもよいのではないかと思う。

彼らはきっと、私が送別会にいない事実は
分かっちゃいるが、それがどういうことになるか
なんて、考えてもいないに違いないのだ。

ざまぁみろ。

と、強がってはみるけれども、
でもなぁ。と思う。

私がいない送別会が、無事に、いつもどおり、
大いに楽しくてちょっとさみしいまま終了して
しまったらどうしよう。

私がいるとかいないとか、誰も気づかないまま、
ああよかったねー、がんばってねー、って、
送別会が終了してしまったらどうしよう。

送別会にもいなかったしねー、って、
夏休みとか、冬休みとかの帰省のときですら
会いに来てもらえなくなったらどうしよう。

そう。結局のところ、やっぱり私は好きで
やっているのだと思う。

見送られる役より、見送る役を。
そして、戻ってくると当たり前の
ようにそこにいる役
を。

今回は、100%いつもの役回りを演じることは
できないけれども、せめて、戻ってくる場所で
いることは、演じ続けよう、と思う。

・・・ま、それも、私が家庭を持つまでの、
おそらく短い間だけどね。

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雑談」カテゴリの記事

コメント

そっかぁ、家庭を持つまでか。
じゃあ当分大丈夫だな!!

問題は、そういう無駄な安心感だとおもうんだけど、さ。。
ま、いいけど。

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