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2009年3月

2009年3月22日 (日)

ジェネラル・ルージュ

小春日和の土曜日。
せっかくの3連休なのに昨日の休日出勤以外はとくに
やることもなかった私は、先日の宣言通り、早速、
たった一人で家から歩いてとしまえんの映画館に
やってきていた。
(お前、何週連チャンで映画観てんだよ!っていう苦情は
受け付けません)

特にすんごい観たい映画があったわけじゃないんだけど、
3連休、休日出勤とか人の結婚式の準備ばかりじゃ
つまらない。
なんか自分のためになることをやらねば、と思って
衝動的に朝映画館のWebを観て、観たいけども誰を
誘ってもあまりのってこないだろう、というやつを
選んだら、「ジェネラル・ルージュの凱旋
になった。

なぜ誰ものってこないと思ったかって。
それは、1年前のこと。
私と友達は、「チーム・バチスタの栄光」で、
同じ白鳥・田口ペアに痛い目にあわされて
いるからだ。

それなのに、もう一回観に来てしまったのは、
白鳥・田口ペアのためじゃなく、速水先生
堺雅人だったからだ。

ジェネラル・ルージュが堺雅人だなんて、
TBSもなかなかツウな配役をしてくれる。

そんな期待と諦めがないまぜになったなか、
映画は始まった。

映画はなんというか、やっぱり田口先生が
若くて女子、という大きなハンデを抱えている
ところもあって、周辺情報は原作とかなり
かわっている。

たとえば、田口先生速水先生は原作では
同期だったのに、映画では初対面だし、
リスクマネジメント委員会と倫理委員会は
映画ではごっちゃ混ぜになってしまってるし、
ワープロ打ちの告発文書はなぜか白鳥
ところに届いちゃうし、よく分からないけど
周辺で殺人事件まで起こってしまうわけで。

そこに、冒頭はやっぱり結子タンのソフトボール
シーン
がお決まりのように入ってしまっており、
原作愛好者としては「なめてんのか」と思う
ところもまぁ多々あるわけだが、今回は、肝心の
物語の芯のところはちょっと悔しいけどしっかりと
伝わってきて、なんというか、最後にやってきた
ドクターヘリを見ながら、私は一人で号泣して
しまった。

そして、そんな速水先生の奮闘ぶりを見ながら
私は一昨日の送別会のことを思い出していた。

早期退職ってことで、若干早めに退職することと
なった、新米のころお世話になった課長さんは、
わがままな若者たち(といっても彼らもいい大人の
年だったけど)
を影から支えて、好きなようにさせて
くれる、この映画で言うと、ちょうど
花房看護師長みたいな役割の課長さん
であった。

だから、そんな課長さんにお世話になった人々を
集めてみたら、次から次へとわがまま
ジェネラル
みたいなおっさんたちがわらわらと
やってきた。

そんなわがままジェネラルたちのかつての
やんちゃな話を聞きながら、私はふと思ったのだった。

最近、こういう人たちが少なくなってきたなぁと。

私が新入社員だった頃には、良くも悪くも、
わがままジェネラルなおじさまたちが、周りに
たくさんいたのだった。

でも、ほんとうに悪いだけのおっさんもいたけれども
彼らの多くは、1つちゃんとした信念をもっていた。

そして、それを実現するためなら、多少常識から
外れても、人に迷惑かけても、敵を作っても
かまわないくらいの気概が感じられたのだった。

それはまるで、多少規則から外れても、
「ひとりでも多くの人を救う」ために爆走する
速水先生のように。

それが最近はどうであろう。

法律だ、コンプライアンスだ、と周辺環境に
振り回されて、おっさんたちが、なんとチキン
なってしまったことであろう。

若いころは持っていたはずの信念が、周りの
厳しい環境に締め付けられてどこかに飛んで
いってしまい、「この案件は、リスク高いから、
やめようね」
っていうセリフばかりが耳に付き、
でも、会社自体がそういう環境に振り回されて
チキンになってしまっているから、そんなセリフを
はいちゃうようなチキン上司ばかりが出世して、
その下の若者たちもそれを見習ってどんどん
チキンが増えていく。

それはまるで、
黒崎教授→沼田教授→小峰準教授
の負の連鎖のように。

世のチキンたちよ、常に退職願を胸ポケットに
入れて仕事する、速水先生のような気概を
見習え!

沼田先生と三船事務長の自己保身のためだけの
計画が暴露された時、私はそう、心の中で叫んだ。

そして、映画の最後、速水先生はどうなるのか、
というのは、ここでは内緒にしておくけど、
私がとってもすっきりして映画館を出た、という
ことだけは言っておこう。

それにしても、ひとりで映画観ると、あんまり人目を
気にせずに泣けてとてもストレス発散になる。
なんか癖になりそうだな、おひとり様映画館。

あ。あれ。
そういえば、私、おひとり様は好きじゃないって
言ってから、まだ半年もたってないような。。。

お、おかしいな。

あ。そうそう。
別に、2人で観に行っても号泣できるくらい
心を許せる人がいれば、全然2人で映画行っても
大丈夫だし、そうしたいのはやまやまなのよ。

心を許せる人がいれば、ね。

2009年3月19日 (木)

ビフォーアフター

土曜日になんとなく風邪をうつされて、
日曜、月曜は潜伏期間。

火曜から明らかに喉の調子がおかしかったのだが、
春闘で残業もできないし、帰ってもやることないし、
結局飲んでしまったのだった
(いや、風邪なら帰って寝ろよ、と言われても無理です)

そして、水曜日。

朝起きてびびった。
声が全然出ない

おもいっきし声出してみても、
壊れたスピーカーみたいな声、っていうか音が
ザーザー流れるだけ。

どうしようどうしよう、と、とりあえず
のどあめをひたすらなめながら会社に行き、
恐る恐る声を出してみる。

おばびょうぼざびまず…

だ、だめだー。
やっぱり声でねー。

声を出そうと四苦八苦している私をちら見して、
課長がぼそっと言う。

「・・・歌いすぎ」

いえ課長、違うんです課長。
昨日は1曲も歌ってないんです。
歌ってないんですが、若干声を
出しすぎまして。。。

と、ここまで話して思い出した。

そういえば、6月もこんなことあったなぁ。
風邪で声がかれているところに、出張先で
カラオケ連れていかれて、声が出なくて、
大変なことになってからよく考えたらまだ
1年も経ってない。

でも、あのときから確実に変わったものがある。

それが、課長の席にやってきた部長のセリフである。

朝から部長が課長の席までやってきて、なにやら
話をしていると、隣の席の私に電話がかかってきて、
私はしぶしぶ電話に出た。

それを聞きつけて、彼はびびって私に聞いた。

「どうしたその声。」
あのぼ、、か、かぜぼびぎまじで。。。

ふーん。
って顔を部長がしながら、しかし彼はしばらく黙った。

そしてもう一度口を開く。

「そ、それってさぁ、
ほんとに風邪?」

え。
風邪ですよ風邪。
あたりまえじゃないですか。

風邪以外にこんな症状ありえない。。。

あ。

部長の言いたいことがやっとわかった。

部長は、またあいつがリターンズしてきたのかと
疑っているのだ。

正体不明のウイルス君が。

そしてこのチキンな部長様は、そのウイルス君が
自分にのりうつることを懸念して、私に確認して
いるのだった。

いや、今回は本当に風邪ですよ。
この前のウイルス君のときは熱は高かったけど、
咳は出なかったですからね。
喉も痛くなかったし。

でも、どんだけ説明しても、いまいち納得いかなそうな
顔をされるのは、やっぱり私がアフターウイルス
だからだ。

一度ウイルスを経験してしまうと、6月のころのような、
無邪気だったビフォーウイルスには、きっと二度と
戻れないのだ。

ああ。
そうやって考えると、たった3週間、ウイルス君に
とりつかれただけで、なんと激しく私の人生が
変わってしまったことか。

そして、そのとき一緒に考えた。
きっとこれは、ウイルス君に限ったことじゃないのだと。

これから経験する事象の1つ1つによって、
私はどんどんビフォーからアフターになっていって、
どんどんどんどんビフォーの頃の無邪気な私から
遠ざかって行くのだ。

歳をとるって、こういうことなんだなあきっと。
と、私はまたもや咳きこみながら、朝の東京湾を
眺めつつ、ぼんやり考えるのだった。

2009年3月16日 (月)

年齢とキャラのバランス

それは、2月終わりの、雨のちらつく寒い
夜のこと。

みんなでお好み焼きつつきながら、
なにかの拍子にこんな話になったのだ。

最近、年齢とキャラクターのバランス
がとれなくなってきたと言っている同期がいるのだと。

新入社員のころは、担当の集まりとかでも
元気にはしゃいでいれば許されたものが、
この年になるとそういうキャラクターでは
生きていけないんだそうな。

その話を聞きながら、私も、「あっ」と
思った。

私が最近感じていた違和感はこれだったのだと。
私も、「年齢とキャラのバランス」がとれなく
なってきたのだと。

新入社員のころは、カラオケ行ってあやや
踊ってさえいれば、おじさま方がひたすら
私の名前を呼んでいわゆる「黄色い声援」を
送ってくれたものだった。

それが、今やどうであろう。

あややをやったって、モー娘。をやったって、
若者たちは「ふる!」みたいな顔をし、おじさま
たちは、「まだやってるよ」みたいな顔をして、
飛んでくる声援といえば「重い!古い!」
声ばかり。

重いのは仕方ないじゃないか。
アラサーにもなれば、自然と歌にも重みが
出てきちゃうのは、そのまま人生経験の
重さなのだから。

でも、そうやって言われると、気になっているのは
私と同じくらいの年のタレントたちの「年齢と
キャラクターのバランス
」である。

たとえばそれは大塚愛
これが、たぶん私がはまっているパターンであろう。
昔作ってしまったキャラクターからうまいこと抜け出せない
うちに時がたってしまい、なんとなく不自然なバランスに
なってしまったパターン。

若い時の曲を今更歌ってもちょっと古いし、かと言って、
バラード調の大人の曲を歌うと、なぜかちょっと違和感。

これは、昔アイドルだったタレントの多くがはまっている
現象であろうと思う。

逆に、竹内結子なんかはもともと大人びていたから、
昔は若干地味なイメージがあったけども、最近やっと、
自分のイメージに実態の年齢が追い付いてきたような
感覚がある。

そうして、多くのタレントたちも知らず知らずのうちに
はまっている「年齢とキャラクターの
バランス
」を、しっかり保っているのが広末涼子
じゃないかと思う。

いわずと知れた、私と同い年の彼女。
(いや、知られてないよね)

昔は、ビーチボーイズのころは、彼女はすごく
元気なイメージがあった。

マジで恋するちょい手前だった彼女は、
ショートカットでいつ見ても若干飛び跳ね気味で
歩いており、その元気な姿が若い男子たちを
とりこにしたものである。

しかし、それだけでは生きていけないことを、
彼女はいつ悟ったのであろう。

私と同じタイミングで大学に入って、マジで
恋しちゃった彼女は、しばらくして大学を
休み、芸能活動も休んで、気づけば母親に
なって戻ってきた。

そして戻ってきたとき、彼女はあの元気な感じから
うってかわって、笑っているのになんかちょっと
さみしそうな感じを漂わせる、大人の女
になっていた。

これだ。
これなんだよ。
キャラと年齢のバランスがとれてる女子って言うのは。

同じことは、北の国から戻ってきた内田有紀にも
言えるような気がしていて、そこまで考えて、
私は1つの結論にたどり着いた。

もしかして、しばらく休養をいただけば、その間に
イメージチェンジして、大人が似合う女子になって
帰ってこれたりするんだろうか

あれ。
でも休むってことはそれなりの理由があって、
それで休むわけでしょ。

で、だいたいあれだ。
休む理由っていうのは、とある男性にマジで恋
しちゃって、しばらく仕事ができなくなるときだから。

あれ。
おかしいな。

年齢とキャラクターのバランスがとれていないと、
そもそも恋がうまくいかないのではなかろうか。

そうすると、自然と休養もとれなくて、そうすると
イメチェンができなくて、結局年齢とキャラクターの
バランスがとれないのでは。。。

あれ。

・・・こうやって、ぐるぐると思考が行ったり来たりしながら、
初春の夜は更けてゆく。

さてそんなこと考えているうちに28歳も目前。
28歳の今年、私はちゃんと年齢と
キャラクターのバランス

とれる大人の女になれるのだろうか。

まだ答えにはたどり着けないけども。

2009年3月15日 (日)

ムービーウィークエンド(その2)

さてさて。
あの別次元のドラゴンボールの話はきれいに
忘れて、本来のレビューに戻ろう。

ドラゴンボールから1週間前の土曜日のこと。
あまりの小春日和と、久し振りの妹とのデートが
うれしすぎて、フリフリの春物のスカート引っ張り出して、
おろしたてのスプリングコートで20世紀少年を
観に行ったのだった。

そしてロックな音楽とともに始まった
20世紀少年 第2部

全3作のうちの第2部だから、1部と3部のつなぎって
ことで、コミックを読んでいない私たちにとっては、
真相も分からなければ、ものすごく大きな事件も
起きない(あ、あったのかな)ってことで、なんとも
辛抱の第2部であったのだが、すごかったのは
なんといっても小池栄子だ。

小池栄子がやっているのは、「ともだち」の部下である
ところの高須っていう役なのだが、これが見事だ。
見事に気持ち悪い

もともと顔は気持ち悪いと思ってるんだが、
「ともだちランド」という、どこかのネズミの国みたいな
アミューズメントパークのアトラクションのおねいさんを
あり得ないテンションでやっていて、その気持ち悪さの
半端なさといったらすごい。

それにしても。
この話、やっぱりちゃんとコミック読んでから行かないと、
登場人物が多すぎて頭がついていかない。

しかも、ただでさえ人が多いのに、その人の子供
時代の話まであるわけだから、子役との整合性が
とれなくなって、「あのお面をつけてる子供は結局
誰だったの?」
みたいな話になって、どんどん謎が
増幅されていくのであった。

あぁ。
運命の第3部は8/29から
意味の分からない第2部で深まった謎を解くために、
それがどんだけ複雑怪奇でよく分からないものであろうとも、
最後まで物語の成り行きを見守らないとならないのが
人間心理。

よくできてるなぁ。

さて。その翌日。
前日とはうってかわって、寒くて曇天の朝。
寒いこともあったけど、戦争ものを観に行くんだから、と、
今度はスキニージーンズに黒いコート、ブーツまで
履いて、私は意気揚々と、池袋の風俗街の中にある、
ぼろっちい映画館に入って行った。

もう上映開始から2か月たっていることもあるけども、
予想以上に観客は少なく、総勢20名程度。

あ。そうそう。
私がこの映画を見ようと決めたのは、そろそろ私も
あのときのチェ・ゲバラと同い年になるから
、というのが
大きな理由であるが、それを後押ししたのがとあるポスター
である。

大きなチェ・ゲバラの顔の上に、こんなキャッチフレーズが
一面に書かれていた。

「ゲバラのいない時代は不幸だが、
ゲバラを必要とする現代は、
もっと不幸な時代だ。
   ――スタジオジブリ 鈴木敏夫」

もうこれだけで、通勤途中のくせに若干うるうる
来てしまった私は、誰がなんと言おうとも、たとえ一人でも、
この映画だけは見ておこうと、心に誓ったのだ。

そして始まった、「チェ・28歳の革命」。

映画はドキュメンタリー調で、いまいち、アルゼンチンの
医者であるところのゲバラがカストロに同調して革命に
乗り出す本当の理由はちょっと良く分からなかったけども、
農村、っていうか本当の山の中で、農民を説得しつつ、
教育の大切さを兵士たちに説き、訓練場の中で学問を
教えていくその姿勢を、チェ・ゲバラ本人の昔の
インタビュー映像を交えながら、映画は映し出していく。

キューバ革命の真髄って言うのは、おそらくこういう
ところなんだと思った。

チェ・ゲバラたち反政府軍が革命に成功したのは、
軍事的にすぐれていたからじゃない。
彼らが農民の生活向上を心から願い、農民が
その心情に同意して軍を拡大させていく、という、
信念の力なのだと。

国連では、ソ連とキューバはいっしょくたにされて、
非難されてるけど、そういう意味ではこの2つの
革命は、全然違う。

単に結果的に、政治体制が同じになってしまった、
というだけなのだ。

最後の、チェ・ゲバラの言葉
Patria o muerte―祖国か、死か―
をかみしめて、私はいったん映画館を出た。

あ。別に帰ったわけではない。

28歳の革命が終了したのが、13:20。
このあと14:00から、39歳 別れの手紙が始まる。

その前に、お昼を食べないといけない。

時間は40分。
チケットもう一回買って映画館に戻ってくることを
考えると、20分くらいでお昼食べて帰ってこないと。

というわけで私は走って、光麺に駆け込んで、
コートを脱ぐ間も惜しんで「熟成光麺!」
叫んで、5分でラーメンを食べきって、映画館に
駆け戻った。

さて。
そんな感じで始まった39歳 別れの手紙

キューバ革命から数年後。
キューバの大臣として生きていくことを拒み、
カストロに1通の手紙を残して、彼は消えた。

行方をくらませた彼が向かった先は、
ボリビア。

パッと見て思ったのは、28歳の革命に比べて、
なんと地味である事か、ということだ。

28歳のときのスパイスの1つであった
国連での演説とか、インタビュー映像は
(消息を絶ったあとだからもちろんだが)なく、ボリビア革命は
はっきりいって負け戦であるわけだから、カッコイイ
場面もなく、なんだか地味で、映画の冒頭、ラーメンで
お腹がいい感じになっている私は、大変申し訳ない
こととは思いつつ、本当に一瞬であるが、寝た。。。

でも、ゲバラは理想をかなえるべく、あの時の
キューバと同じように、ひとりひとり農民を
説得して回っているのである。

その信念のずぶとさには、ほんと、頭が
下がる。

それでも、農民はなぜかことごとく政府軍と
つながっていて(わいろでも貰ってたのだろうか)
彼らはゲバラたちを先回りして襲っていく。

この違いはなんであったのだろうか、というのは、
残念ながら映画を見ただけじゃ分からない。

あのときのキューバの農民より、ボリビアの
農民の生活は豊かだったのだろうか。

キューバでは、農民を信じることで成功した彼が、
ボリビアでは農民を信じた挙句に処刑されてしまった
という不条理な事実は、見ていてもはっきり言って、
面白くはない。

でも、それが現実なのだと思う。
彼の言葉通り、Patria o muerte
祖国を守れなかったら、死ぬしかないのだ。

処刑された彼を乗せたヘリコプターがかなたへ
飛んでいき、無音のエンドロールが流れる中、
私は漠然と考えた。

私にだって、なんとなく信じているものはあるし、
理想はある。
それはみんなだって、たぶん同じはず。

漠然とはしているが、信念と理想はあるだろう。

でも、それを実行する人が、いないのだ。
みんな、信念と理想の裏側に、それ以上に大きな
諦めを背負って生きている。

でも、少なくともこの映画を見たからには、
私はそろそろ、その大きな諦めを捨てないと
いけないんだろうと思った。

だって、今月の終わりには、私もとうとうあの頃の
彼と同じ歳になるんだから。

そうそう。
この映画の始まる前、予告編でやっていた、
アルジェリアの独立の映画がちょっと見たい。

・・・都内でも2つの映画館でしかやってないんだけどね。

2009年3月14日 (土)

Another DragonBall

今回は、20世紀少年とチェ・ゲバラのレビューを
すると言ったのに、こんなことになってしまい、
本当にすまないと思う

ほんと、私だってどうしてこんなことになってしまったのか、
まったくもって分からないのだ。

それは3月初めのうららかな春の日、、、だったかな。
急に天からのお告げがあったのだ。

「3/13は、ドラゴンボール観に行くことになったから。」

ん?観にいかない?じゃなくて、観に行くことになったから

気になってもう一度天に向かって確認した私に、
天は不思議そうな顔して言ったのだ。

「うん。行くことになってるんだよ。どうした?」

天からのお告げには逆らっちゃいけないって、
おじいちゃんが言っていた、ような気がしたから、
全然興味なかったけど、私は行くことにしたのだ。
全然興味ないのに、上映初日に

そんな上映初日の金曜の夜。
映画館に入って、まずびびった。

予想以上だ
あ。違うよ。みんなが思ってるほうと違うよ。
予想以上に、お客さんが少ないのだ

先週の、場末の映画館のチェ・ゲバラより
人少ないかも。
初日なのに。
新宿のシネコンなのに。

それにしても、気になるのはそんなまばらな
映画館で私たちの目の前にいる、女子5人組だ。
だいたい、ドラゴンボールなんてどう考えたって
少年漫画であって、女子が5人で上映初日に
観にくるような映画じゃない。

それなのに。
この子たちはなぜか盛り上がってるのだ。
異常なほどに。

そんな何とも不思議な空間に気を取られていると、
早くも映画が始まった。

そして始まった途端、また私たちは度肝を抜かれる。

ナレーションは語る。
それは2000年前、宇宙からやってきた神であるところの
PiccoloとOzaruが世界を破滅させようとして・・・

ちょっと待て。
今なんて言ったお前。
Ozaru」って言ったよね?オオザルって。
字幕版のくせに。
Ozaruオオザル大猿よね?
・・・日本語だろそれ。
Americanは大猿って言われたって絶対
分からないだろ。

しかし、そんな驚きなど、あとから考えれば何ともない。

映画のかなり序盤で、私は衝撃的なことに
気づいてしまったのだ。

それは、「孫悟空」なるHighSchoolStudentがふと
授業中に横の席に目をやったときのことだった。
そこには絶対高校生ではない、胸の谷間を明らかに
見せすぎているアジアンビューティー
がいて、
それに見とれていると、彼女は急に苺を艶めかしく食べ
始め、後ろに花畑が広がっていく・・・

という妄想が始まるのだ。

そこで私は気づいた。
確かにこれは、原作者の言うとおり、
「別次元のドラゴンボール」なのだと。

そして別次元のドラゴンボールとは、
なんのことはない、ちゃちいラブコメなのだと。

その後も、映画はときどきロードオブザリングやら、
ターミネーターやら、はたまたハイスクール・ミュージカルやら、
といった映画のパロディっぽいものをはさみながら、
ブルマとヤムチャ(こいつがチャラ過ぎる)がいちゃいちゃし
悟空とチチもいちゃいちゃしまくって、ドラゴンボールを
集めるという目的なんか、途中からもうどうでもよくなって、
3つくらい集めたところで全部ピッコロさん(というかピラフさんの
一味であったはずのマイたん)
に根こそぎ盗まれて、最後の最後に
ピッコロさんが苦労して集めたドラゴンボールを探しもして
ないのに土壇場で全部奪い返して終了する、というなんとも
ちゃちいストーリーが繰り広げられてゆくのだ。

ふざけんなよ、ってかふざくんなよ!
(女帝風に)

かめはめ波ができたらキスしてあげる!って
人馬鹿にしてんじゃねーぞ!

私、悪人みたいな人が好きかも!って
世界の重大事に
何言っちゃってんだよ!

そんな、欲求不満の私にはムカついてムカついて
仕方ないラブコメが満載の中、最後に悟空とチチが
「つきあうんだったら、はっきりさせとかないとね」とか
意味わかんねーアメリカンジョークほざいた後に、
お互いの腕試し(ってかちょっと手荒にいちゃいちゃしているだけ)
をしながらエンディングテーマのあゆが流れてきたとき、
私はついに怒りのあまり、食べかけのポップコーンを
投げ出してこぶしで自分の太ももを殴りつけた。

くっそぉ。
アドベンチャー映画のくせに、
どいつもこいつも
いちゃいちゃしやがって!

しかも、そのアユのエンディングテーマが終わると、
私をさらにイライラさせるできごとが起こるのだ。

詳しく語るのもイライラするので、見たい奴は勝手に
見やがれの気分なのだが、どうやらこいつら、こんだけ
アドベンチャーを勝手にラブコメにしたくせに、続編を
作って間違いをさらに増幅させる気があるように
見受けられる
のだ。

日本のアドベンチャー代表作を、どんだけコメディに
する気なんだおまいら。

そんなイライラする気持ちをなんとか抑えるべく、
私たちは、ふらふらと新宿の街に繰り出し、
場末だと思われる飲み屋に乗り込んだのだった。

なんか、原作者が「別次元のドラゴンボール」
だって言いきって自分の作品とは激しく切り離していたけども、
こちらとしては、原作者がなんだかなぁ、って顔しながら
このAnother DragonBallを鑑賞しながらぶつぶつぼやく
っていう裏DVDみたいなのを出していただきたいものだと
つくづく思う。

あ。そうそう。
次回こそ、真面目にチェ・ゲバラを語る。。。予定。

2009年3月 8日 (日)

ムービーウィークエンド(その1)

その週の月曜日。
豪華ハンバーグ目当てに、妹はのこのこ
仕事帰りに私と合流して、静かにしかしもりもりと
ハンバーグを食べていた。

ハンバーグは食べたいけど、いまいち人見知り。
そんな妹は、知らない人たちの前ではすっかり
無口ではいるものの、耳だけはしっかりそばだてて
いることを、私は知っている。

そんな妹の横で、私たちは来週から始まる
とある映画の話をして盛り上がっていたのだが、
そのとき急に妹が、「あ。」って言った。

その「あ」の意味、続きを聞かなくても姉は分かる。
だって、1月からずーっと言っていたのだ。

20世紀少年第2章が始まったら
観に行かないとね、って。

そういえば、私が先週スキー場で他人が敷いた
レールの上を一生懸命滑っているときも
、妹から
メールが来ていたのだった。

「お姉ちゃん、今日ヒマ?」って。

ごめんね、あの時は暇じゃなくって。
じゃあさ、今週の土曜は暇なの?

急に姉妹の会話を始めた私たちを、会社の
仲間たちは不思議そうに見ているけども、
先週妹のメール無視しちゃったし、20世紀少年も
ほうっとくと終わってしまうわけなので、他人の目を
気にしてる場合ではないのだ。

16時以降なら、暇だよ。
という妹の返事で、姉妹は映画を観にいこうと
即決したのだった。

でも、このときはまだ私もそんな予定じゃなかった。
そんな、2日で映画を3本も見ることに
なろうとは。

それは自習が続きまくって、さすがにやることが
なくなってしまった金曜の午前中。

私は、明日妹と行く映画館をチョイスしていた。

新宿の映画館は時間帯がいまいち。
六本木はやってない。
日劇だって今日までだ。

そんな感じで仕事よりもいじいじと悩みながらお昼
近くなってきた頃、私も妹と同じ感じで思わず
「あっ!」ってつぶやいた。

そうだ。忘れてた。
もうひとつ、そろそろ観ないと終わっちゃう映画。

チェ・ゲバラだ!

時間差で上映が始まった、28歳の革命と、
39歳別れの手紙は、そろそろ28歳の革命のほうが
上映終了となってしまう。

なんでこんなにほっといたかっていうと、
何しろこういう映画は、人を誘いにくいのだ。

合コンとかで、チェ・ゲバラが超見たい!とか
本気で言うと、なんかあやしい活動をしている女子かと
思われて絶対引かれることは目に見えてるし、
じゃあ同性と行こうと思っても、女子でそんなに日々
チェ・ゲバラがみたいなんて思ってるやつはそうそう
いないと思われた。

はい。
いまここで、「いやいや、そんなことないでしょう」
「女子がチェ・ゲバラ見たって全然大丈夫」と適当に
言い放ったそこの男子諸君。
じゃあ、彼女とデート行って、フルーツパーラーとかで
おいしいパフェを彼女におごりながら、「ねぇ、今日
これからどうする?」
とか若干にやにやしながら
聞いた瞬間、急に彼女が目をキラって光らせて、

「私、今日どうしても、チェ・ゲバラが
観たいの」

って言い出したらどう思うんだおまいら。

「いいよ、じゃ、15:30の回予約
しようか!」

って、即座に携帯持ち出して予約できるやつが
世の中にどれくらいいるだろう。

「え!チェ・ゲバラ??これから?次会ったときにしない?」
とかちょっと汗かきながらやんわり断られるのが
関の山だろう。

なーんてことを腹が空いた頭でボーっと考えながら、
「いいや、もう一人で観に行こう」
心に決めた。

そんな土曜日。

池袋で合流した私たちは、としまえんの映画館
向かった。

ちなみに、としまえんの映画館は今回初めて
利用したわけだが、家からも近いし、歩いて
いけるから最悪ノーメイクでもよいわけで
しかも今回1000円払ってカードを作ったら、
毎回300円引きで映画を見れることになったわけ
なので、一人で突然映画が見たくなった時はここに
来ればよいということに気づいた。

だから、私が今度から携帯も切っていて連絡が
取れないときは、としまえんの映画館で一人、
ボロボロ泣きながら感動映画を観ていることだろう。

と、そんな感じで前置きに大変時間がかかったわけだが、
やっとこさ、土曜日18:30、ロックな音楽を引き連れて、
20世紀少年第2章が始まった。

次回、たぶん真面目にレビュー。

2009年3月 1日 (日)

社畜的スキー学

スキー合コン、スキー合コン、と
張り切ってはみたものの、なんのことはない。
初対面とはいえ、集まったのは同じ会社の
人間同士で、これは合コンなんてたいしたもん
じゃなく、単なる社畜たちの集まりだと思った。

7時前に家の前でピックアップされたものの、
本日のスキー場も決まっていないような有様で、
手際の悪い男子たちに若干いらつきながらも、
車は何となく新潟方面へ走っていく。

渋滞のさなかに寄ったSAでパンフレット開きながら、
なんとなく行き先を上越国際に定め、渋滞をなんとか
抜けてスキー場にたどり着いたと思ったら、もう時間は
お昼前。

手際は悪いし渋滞にははまるし。。。
とぶつぶつ心の中で呟いていた私であったが、
ついてみたら、昨日までの天気が嘘のように
くっきりと晴れ渡っていて、しかもあったかい。

Cimg0294

それだけで、私の機嫌はすっかり良くなって、
テンション高くスキー板を踏みつけて、リフトに
向かった。

しかし。

あったかいにもほどがあるだろう。

おそらくそんなに標高の高くないこのスキー場では、
この天気に耐えられず、雪が溶け始めてシャーベット
みたいになり、全然スキーが滑らない。

おまけに、ゲレンデのところどころには土まで見えている
有様である。

まだ2月だというのに、まるでGWに雪山シーズンが
終わるのを惜しんで無理やり滑る春スキーのような
状況だ。

こんなコンディションでスキーをやるのは、いったい
いつ以来だろう。

なにはともあれ、こんな状況だって、せっかく来たんだから
滑らないといけないのだが、はてさてどうしたものか。
シャーベット状のところと、土がはみ出たところをうまいこと
よけて滑らないといけない。

そんなことを一生懸命頭で考えながら滑るものだから、
大したコースでもないのに、私はコース取りに手間取って
全然スピードを出すことができない。

そんな姿がかわいらしければ、初対面男子は許して
くれるんだろうが、いじいじしている私の姿は、残念ながら
大してかわいらしくなかったようで、男性陣をいらいら
させる結果となってしまったようだ。

そんないらついた男子が、私にある提案をした。

「誰かの滑ったあとのエッジの
あとを通って行くと、確実にきれいに
滑れるよ」

と。

そして、
「こうやって、こうやって、こうね」
とうねうねストックで自分の滑る方向を示したと思ったら、
すいすいと先に滑って行く。

あ。ついて来いってこと?

予想してなかった展開に、私はおろおろうしろから
ついて行く。
彼の滑ったエッジの後を。

そしてしばらく行ったところで待っていた彼は私に
言った。

「ね、きれいに速く滑れるでしょ」

た、確かに。

確かに、こぶを1つ乗り越えるたびに、さて、次は
どこのこぶを狙うのが、転ばずにイケる方法だろうか、
と考えながらちまちま滑るよりは、単純にエッジの後を
狙って滑って行くほうが、止まらずに早く滑れる。

その感想に、彼も満足したようだった。

しかし。

わかっちゃいるけど、なんか反抗したい私が
そこにいるのだった。

だって、この滑り方って、なんとも社畜的な滑り方
じゃないだろうか。

人の引いたレールの上を、
滑って行くときれいに滑れる

だなんて。

そんなことを考えちゃうのは、この滑り方の概念が、
この1ヶ月くらいの私たちの状況と、なんか
少しだけオーバーラップするところもあるからかもしれない。

1ヶ月くらい前に、私たちは会社のおじさまたちが
私たちに求めるいろいろな期待をずっしりと背負うことと
なったわけだが、そのおじさまたちが求めていることは
だいたい全部まとめて言うと、「偉くなる」ことであり、
それは、彼らの単なる希望ではなく、「偉くなる」ことが、
「私たちのためになること」だ
というのだ。

だから、おじさまたちは、将来の「私たちのためになる」
ように、いろんな手を駆使して、「偉くしている」
だと。

そういうおじさまたちの「配慮」によって、私たちは
知らず知らずのうちに、ひとの引いたレールの上を
歩いている
のだと、私はここ1ヶ月で痛感した。

でも、本当にそうなんだろうか、と、私はまだ答えが
出せないでいる。

確かに、人の引いたレールの上を滑るのは、考えなくて
いいし、苦労もしない。

でも、たとえば私が行きたいリフトは本当は左のリフトなのに、
人のつけたエッジの後をずーっと辿って行くと、着いた先は
右のリフトで、それに乗ると、私がだいっきらいなこぶこぶ
コースに行ってしまったり・・・なんてことはないんだろうか。

こぶのコースは、スキーのうまい人には大人気かも
しれないが、私のようなそんなに上手に滑れないような
人間には、左側のリフトを上った先の中級者コースを
滑るほうが、どれだけ幸せなことか。

やっぱ他人のレールの上を滑るばかりじゃねぇ、
道は自分で切り開くものだよねぇ。

と、ボーっと考えながら滑っていたら、私は気づけば
レールから外れていて、それに気付いた途端に、
大した坂でもないのに、シャリシャリの雪に足を取られて、
ばたっとこけた

・・・やっぱり、自分の力だけでは上手に滑れない、と
いろんな意味で愕然とした、春先のスキー場での出来事。

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