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2008年9月

2008年9月28日 (日)

初秋の闘病記 その4

その日の午後も、その次の日も、病状は大して
変わらず、連日39℃を超える高熱。
やっぱり薬飲んだ後は1時間くらいで熱が下がるのだが、
また時間がたつと元に戻ってしまう。

そうして迎えた高熱7日目、木曜の夜のこと。
私は熱にうなされながら、変なを見る。
(あんまり覚えてないけど)

―私はどこかから落ちそうになって、必死で
誰かの足をつかんだ―
ところで目が覚めた。
宙をつかんでいる私。
さっき、誰かの足をつかんだ感覚はしっかりと残っていた。

後日、その話を聞いた時、伯父は言うのだった。
それは、死ぬか生きるかの境目だったんだと。

伯父も、昔死にかけたことがある。
そのとき、伯父もを見たというのだ。

―伯父は、どこかしらの穴の中にいて、上を見ると
1本の紐。
なにかやばい予感がした伯父は、必死でその紐をつかみ、
引き上げられた―
ところで、娑婆にもどってきたらしい。

とにもかくにも、全然自覚もなしに娑婆に戻ってきた私。
金曜の朝、熱を計ると、見事に平熱
あの夢を境に、熱が下がったのだろうか。

とはいえ、この日はおとといの検査結果が出る日である。
午後は会社に行っちゃおうかしら、とか思いつつ、
この日は1週間ぶりにしっかり化粧をして病院に
向かう。
それはもう、明らかに健常者と同じ勢いで、もちろん
タクシーも使わず、電車を使って。

しかし。

一昨日のお医者様の後輩であるところの女医さんは、
血液検査の結果を見て顔をしかめた。

「白血球の値が非常に下がっていて、カリウムもナトリウムも
標準値になっていません」

・・・すみません、あの、難しくてよくわからないのですが。

と、怪訝な顔をする私に、女医は説明した。

・カリウムとかナトリウムが下がっているのは、栄養が足りて
 いないから。
・白血球が下がってるってことは、熱の原因はなにかの
 ウイルスのせいでしょう。
 とはいえ、インフルエンザになるような時期でもないので、
 どこかでなにか変なウイルスに感染しちゃったんじゃない?
・白血球の値がこれだけ低いと、ふらふらするはずだから、
 まだ会社なんて行っちゃだめです。
 いや、行けるはずがない。

そうして、最後に付け加えるのだ。

熱も下がったんだし、週末は栄養とって、また月曜に採血
しましょう。

・・・え。
えっと、採血の結果って、もしかして。

冷たく言い放つ女医。
水曜日になりますねー」

おおおおおおお!
それは、それは困るんです!

そうして、私は女医に告白するのだ。
水曜から、旅行に行かねばならないのだと。
しかも、海外旅行。

もう、お金も全部払ってしまって、キャンセルも無理です。。。
と、かぼそく告白する私を見て、女医も少し同情したらしい。

看護師さんを呼んで、2人で何事か相談する。
「じゃあ、月曜の結果が火曜に出るかどうか確認するから、
ちょっと待合室で待ってて」

ちゃんとした結果表の紙じゃなくて、FAXで結果もらえば
1日早く結果がわかるんじゃないかというのだ。

私は、一縷の望みをかけて、待合室で看護師さんを待った。
行きたい。旅行に行きたい。

しかし。
回答が来る前に、会計のおばちゃんが私の名前を呼んだ。

あれ。会計のおばちゃんから何か報告が?
と思ったが、何も知らない様子のおばちゃん。

とりあえず金を払い、また椅子に座りなおして待つのだが、
確かに、女医の言うとおりだ。
長い間待っていると、頭がぼーっとしてきた。

金払ってから10分はたっただろうか。
会計は終わったのに帰らない、明らかに具合悪そうな患者を
見つけ、会計のおばちゃんが声をかけてきた。

「何か待ってるんですかぁ?」

待ってるよ。
あんたの病院の人から、待つように言われたから。

事情を話すと、診察室に聞きにいくおばちゃん。
そして、看護師が出てきて、おばちゃんに言うのだ。
「ここにメモ貼ってあるじゃないですか」

おばちゃんがメモを見忘れたのか、
メモはあっても、自分から伝えなきゃいけないとは
思わなかったのか、どっちにしろ、看護師とおばちゃんの
連携ミスである。

そんなトラブルのせいもあり、病院を出て、
駅に向かって歩きながら、明らかに私は
途方に暮れていた。

病気は全然治ってない。
旅行にも行けるかどうかわからない。
栄養取れと言われても、吐き気がしたあたりから、
何日も体が食べ物を受け付けてくれない。
食べ物のにおいをかぐだけでも気持ちが悪くなるのに、
週末自炊なんてできるだろうか。

そして、私は衝動的に電話してしまったのだ。
実家に。

思えば、今までは、今週中に何とかなるだろうと思って、
実家にも、この駅に住んでる下の妹にも、全く連絡して
いなかったのだが、ここにきて、病気の治る気配もなく、
真面目に心細くなってしまったのだった。

昼間だから誰もいないかと思ったのだが、
4回のコールで出たのは、真ん中の妹だった。
今日は夜勤なんだそうな。

「どうしたのこんな昼間に」

のんきに電話に出た妹の声を聞いたら、緊張の糸が
切れてしまったらしい。
急に涙がどっとあふれた。

「お姉ちゃんね、もう1週間も会社行けてなくてね・・・」

でも、妹の問診がほとんど進まないうちに、電車がホームに
入ってくる。

結局、ほとんど事情を話さないまま、電話を切ってしまった。

大の大人が、こんなことで泣いてどうする!
自分で自分を叱りつけながら、とぼとぼと家に帰る。

そしてその日の夜。

妹からただごとではなさそうな雰囲気を感じたが、
血相変えて電話してきた。

今から行くから!

と、珍しく行動の早い様子を見せる母だが、
明らかにあせっている様子の母親の声を聞いて、
逆に私は冷静に考えてしまった。

東京に慣れていない母が、ひとりで私の家まで
たどりつけるだろうか。
ってかその前に、今からローカル線に乗って、
今日中に私のうちまでたどりつけるのか。

それに、夜勤に行った妹はともかく、父の夕飯である。
父は何しろ、料理ができない。
ひとりにしておくと、作るのはカップめんかインスタント
ラーメン。

だめ。やっぱり今日出てきてもらうのはよくない。
とりあえず、私はコンビニの鍋焼きうどん買ってあるから、
お願いだから来るのは明日の朝にして。
そして、ひとりで私のうちに来ると言われると、逆に私が
心配になってしまうので、どこかまで下の妹に迎え来て
もらって。

熱がまた上がってきた私は、そのまま眠りについた。

そうして、母がやってきたのは、高熱9日目の、お昼前の
ことだった。

初秋の闘病記 その3

朝9時にタクシーを呼んで、救急病院に向かった。

余談だが、どうしてタクシーの運ちゃんは、病院に
向う、明らかに病人の私に、道を聞くのだろうか。
だいたい、タクシーを呼ぶ人というのは、ふだんから
車には乗らない人なので、通りの名前なんて知ってる
方が珍しいのだ。
それに加えて、意識がもうろうとしている病人に
道を聞くなんて、失礼にもほどがあるだろう。

通常の診察も始まっている時間なわけだが、
こういうでかい病院はだいたい混んでるものだ。
まずは救急外来に行って、お願いしようと思い、
救急の入口に向かったその時、
事件は起こった。

救急入り口で、私は見つけたのだ。
1通の張り紙を。

そこには、こんなことが書かれていた。

「当病院は、8月末をもって、救急外来および
病棟を閉鎖します。
ただ、今後も、今までと変わらない
体制で医療を提供…」

救急外来、閉鎖?
病棟も、閉鎖?

高熱を発する脳に、なかなか文章が届かない。
たっぷり3回は、文章読み直したころ、私はやっと
きづいた。

この病院は、9月から単なる町医者になってしまったのだと。
そう。私はこんな非常事態に、現代の日本医療が抱える
大きな問題
にぶちあたってしまった。

でも。
もうタクシーは帰してしまった。
今から他の病院に行く?
いや、他の病院なんてどこにあるか知らないし。

とにもかくにも、もうここに診療をお願いするしかないのだった。

覚悟を決めて病院に入る。
病院の待合室はどこもかしこも真っ暗だ。
そして、患者もほとんどおらず、患者の数よりも
多い、明らかに業者の皆さん(医療機器の販売?)
出入りしている。

病棟を閉鎖して、機器を入れ替えて、専門病院
として再出発

そんな、ドラマそのもののストーリーが容易に頭に浮かぶ
光景だ。

待合室でいろいろな通知文書に目を凝らす。

「救急外来は閉鎖しますが、先生は大学病院の先生に
来てもらっており、安心です」

的なことが書いてある。

その下には、曜日毎に違う、先生の名前が列挙されており、
大学の名前を見る限り、まぁ悪くはないと思われた。
毎日先生が違うのは納得がいかないけども。

今日の当番先生は大学から来た男性の方らしかった。

病院2つ目ともなると、もう説明するのも面倒なのだが、
とりあえず問診にこたえて、最後に付け加える。

「で、違う病院でもらった薬飲むと吐き気が・・・」

あー、それは消炎剤のせいですよ、とその医者は、
前の病院で、どんだけ吐き気しても飲み続けろと
言われた薬を2秒で否定した。

そして、とりあえず肺炎になっていたら困るので、
レントゲンに回される。

いや、私、喉は全然痛くないし咳も出ないって
言ったんですが。

真っ暗なレントゲン室にカルテを出すのだが、
明らかに中には誰もいなくて、39℃の熱でも
必死に「すみませーん」と叫ばなければならない。
飲み屋じゃないんだから。

そして、レントゲンの結果を見た医者は、
首をかしげるのだ。

んー、レントゲンは何ともない。

いやだからさ、喉は痛くないんだってば。

湯川教授風にいうと、「さっぱりわからない」
状態のお医者さま。

んー、とりあえず、採血しますか。

え。いやです、血をとるなんて、絶対。
と言いたい気持ちを必死でこらえて、採血される。

採血の結果は明後日出ます。
明後日は僕の後輩の医者がいるから安心だよ。

医者はそんなことを言って、とりあえず薬を処方し、
私を家に帰すのであった。

今考えれば、なんて無知だったのだろうと思う。
そして、意地張って誰にも(特に医療的知識のある人に)
相談しなかったことをリアルに後悔している。

後日、私は田舎で看護師をやっている妹に冷たく
言い放たれるのだ。
「うちの病院では、採血の結果は、1時間ででるよ」と。

そして、原因もわからないまま処方された薬のせいで、
えらいことになるのだが、それはまた、あとの話。

なんだかんだ言って、まだ高熱6日目

2008年9月23日 (火)

初秋の闘病記 その2

向かった医者は、自宅から歩いて5分くらいの
ところで、毎年花粉症の季節にはお世話になっている、
耳鼻咽喉科としては設備も整っており、鼻の消毒まで
してくれる、大変素晴らしい医院なのである。

そして、内科皮膚科も地味に併設されており、
耳鼻咽喉科はおそらく息子が、内科と皮膚科は
親父がやっていると思われる。

親父の診察は、どうやらすごく時間のかかるものらしく、
大して患者もいないのに、なぜか1時間以上も待合室で
待たされ、病院の待合室はなんだかとても陰気な雰囲気で、
ここにいることでそもそも具合が悪くなりそうな場所であり、
やっと呼ばれた頃には、絶対に家を出た時より熱が上がって
いたのだった。

診察をする親父医師は、もうよぼよぼの、いわゆるじじい
あり、「風邪ですか?」の私の問いにも、なにやらごにょごにょ
言っているのであるが、私の理解力が下がっているのか
親父医師の口が回っていないのか、なんだかよく
分からないまま、「38.5℃を超えたら熱さましを飲んで、
あとは消炎剤と抗菌剤を食後に飲むこと」
と受付の
看護師に言われて病院からとぼとぼ帰るのだった。
途中で春雨ヌードルを買って。

しかし、ここからが試練である。

帰ってから、とりあえず春雨ヌードルを食べて、
熱さましと食後の薬を飲んで寝ていたのであるが、
急に気持ちが悪くなって目がさめ、そのままトイレに
駆け込む。

そこからは、つわりの新米妊婦のような有様で、
一度やってしまったあとは、食べ物を見るだけで
もう気持が悪くて、でもなんか食べないと薬は飲めなくて、
仕方なく、ゼリーだけ食べて薬を飲み下すのであった。

そんなこんなで気持ちが悪いまま火曜の朝を迎えた頃、
私は気づいた。
こんなに気持ちが悪いのは、もしかして、いや絶対に、
この薬のせいじゃないの
と。

何しろ、薬飲むまでは、熱は高かったものの、つわりには
なってなかったのだ。

お昼頃になって、熱も下がらず、薬を飲むと気持ち悪くて、
もうあの病院にも頼れまいと思い、さてどうしようかと考える。

救急車呼べば、とりあえず入院させてもらえるだろうか。
でも、駅にポスターが貼ってあったではないか。
「やたらと救急車を呼んでは
いけません」
と。

そうだ。まだこうやって考えを巡らせることができるうちは、
救急車を呼んじゃいけないのだ。

そういえば、救急車呼ぶかどうかを相談する電話番号が
そのポスターには書いてあった。
とりあえずそこに相談してみようか。
そうしたら薬をやめるべきか、どこかほかにいい病院が
あるのか、なにかしらアドバイスをくれるはずなのだ。

そうして電話した、#7119

電話に出た消防署の人らしき人は、
「何の相談ですか?」と聞き、私が事情を説明すると、
看護師に代わるという。

そうしてしばらくたって電話に出た看護師。
薬を飲むと具合が悪くなるとの私の相談に、
薬の名前を聞くともなく、看護師は冷たく言い放った。

「病院でもらった薬なら、
その病院に対処法を聞いてください」

・・・・・・

その病院でもらった薬がやばそうだから、
病院以外のところに相談してるんでしょうに。

もう、いいです。
あんたには頼りません。

気づけば、もう西日が差す時間。

止まらないつわり、下がらない熱

どうしよう。
熱が出始めてからもう5日。
こんなに高熱が続いたら、まぢで死ぬんじゃなかろうか。

うーん。。。。。。
あの看護師の言うとおり、とりあえず前の病院に
電話して聞いてみるか。

にっくき薬に書かれた病院の電話番号にとりあえず
電話してみる。

事情を聞いた昨日の受付の看護師は、親父医師と相談
しているようだった。

そして、言うのだった。
「取りに来てもらえるのであれば、吐き気止めを出そうと
思うですけど、取りに来れますか」

いや、無理だろう。
なにしろ、昨日より熱は上がってるし、あんたの薬の
せいで、体力が格段に落ちちゃってるのだ。

「・・・いやー、取りに行くのはちょっと。。。」

「そうですかー。でも、薬は飲んでほしいんですよねー。
じゃあまた何かあったら電話してください。」

この期に及んで、薬は飲めだと。

だいたい、家だって、病院から歩いて5分なんだよ。
カルテに住所あるでしょう。
歩いて届けに来てくれたってよさそうなものだ。

決めた。
もうこの薬はやめよう。
寿命を自分で縮めるようなものだ。
そして、明日は入院もさせてくれるような、もう少し
大きな病院に行くことにしよう。

そして次の日。
ネットで緊急外来がある病院を探し、
最寄りの病院にタクシーで向かう私。

その病院が、またえらくややこしいことになってるとも
知らずに。

そんな高熱6日目の朝。

2008年9月21日 (日)

初秋の闘病記 その1

前の更新から1ヶ月。
いや、別にさぼろうと思ってさぼっていたわけじゃない。
1ヶ月のオフラインの日々。
それはもう、二度と娑婆に戻ってこれないのでは
ないかと思う瞬間もあった、それは大変な闘病の日々で
あった。
これは、そんな私のしょぼくもつらい闘病の記録

8月終わりの金曜日。
今思えば、朝から何かがおかしかったのだ。

土曜日かと思った
起きたら8時前で、土曜日にしては、早く起きてしまったわ、
と、そのまま二度寝しようとして、思い出した。
いや、今日土曜じゃねーし。

なんか寒い、もう8月終わりだもんなー、と
足にカーディガン掛けながら仕事をしていたが、
途中からなんとなく分かってきた。
周りの人は全然寒そうじゃないことに。

寒いのは、天候のせいじゃない。
これは、悪寒だ。

でも、今日は早退するわけにいかないんだ。
なにしろ久しぶりの飲み会なんだから。
いやぁ、今日も暑いよねー。あははははは。
(強がり)

ふるふると震えながら集合場所に行き、
1杯飲んだもののやばそうなので、
その後は暖かいお茶に切り替えるが、
外は大雨。
鳴りやまない雷。
2時間以上待ってみるが鳴りやむことも降り止むこともなく。

仕方なく、大雨の中を走ってタクシーを捕まえに行き、
びしょぬれで家にたどり着く。
体中の関節が痛くて、これは絶対熱が出てるだろうと思い、
とりあえず検温。

38.5℃
・・・やっぱりね。

とりあえず熱さまし。
と思って薬箱の中を探ってみて、気づいた。
薬が切れている。

うーんんんん。。。。
寝よう。
とりあえず今日のところは寝よう。
寝れば治るでしょう。

そうして迎えた土曜の朝。
検温。

39.0℃。。。
下がってない。
むしろ上がっている。

うーんんんん。。。。
とりあえず薬だ薬。
薬買いに行こう。

お店の人に勧められた市販薬を素直に購入し、
ご飯を食べる元気はないので、ゼリー状のものを
大量に購入して、ついでにカップめん的なものも
購入して、ゼリーを腹に溜めて薬を飲み下す。

薬は効いたようだった。
1時間半後には熱は下がって、大量の汗。

しかし。
それから30分後にはまた激しく悪寒がしてくるのだった。

それから先は、熱出る(39℃以上)→
薬で下げる→また上がる
、の繰り返し。

何なんだこのしつこい熱は。
食べ物もあまりうけつけないし、どうしたことだ。

そんなこんなで週末は体力の尽きた私とゼリーの残骸を
残して終了。

しかたなく私は、会社に休みの一報を入れて、
ふらふらと近くの診療所に向かうのだった。

でも、このときは私は、何も分かってなかったのだ。
こいつのしつこさはまだまだ序の口であったということに。

高熱、まだ4日目

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