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2008年2月

2008年2月24日 (日)

蔵王スキー旅行記(2)-樹氷との出会い-

旅館について、軽く昼飯を食べながら、
本日の滑走スケジュールについて話し合う。

滑走スケジュール、と言ってももう午後の1時。
リフトは5時には終わっちゃうから、滑っても
3時間ちょいよねー。

と、地図を開いてみるものの、ぱっと見だけでも、
なんとも広大なゲレンデ

私たちが今いるのが、地図の一番左側のほう。
その遥かに上のほうに樹氷が広がっており、
全国的に有名らしい「横倉の壁」をはじめとする
滑りがいのありそうなコースは、地図の一番右の
ほうに広がっている。

いや、私のようなペーペーは横倉の壁なんて
恐ろしいコース、絶対行かないんですけども。

横倉ゲレンデのほうに行ってみたいけども、
あと3時間ちょいで、地図の一番右まで行って
戻ってくるのは、ちょっと無理がありそうよねー。

って言いながら見上げた空は、冬型の気圧配置にしては
珍しいくらい真っ青だった。
今日樹氷見たら、なんだかちょっとすばらしい景色が
見られそうじゃない?

と、いうわけで、1日目は樹氷探索に出かけることに
決定。

しかし。
重たいスキーを背負って、急な坂を上ること10分以上。
汗だくになってスキー場に到着し、ゴンドラに乗っていると、
なにやら雲行きが怪しくなってくる。

ってか、スキー場のスタート地点から、樹氷までの
道のりが、異常に長い。

最初にゴンドラ乗って、
着いたところから微妙に下ってリフト、
リフト降りたらゲレンデ間の連絡通路をひたすら横に
滑っていく。

この連絡通路が曲者だ。
とくに、スノボ派の方々は、スケーティングという
技がないので、横に滑るのは誠に大変そう。

その点、スキー派、特に、無理やりでもクロスカントリーの
経験がある私みたいな人間は、かなり有利だ。
こんなスケーティングの実力が問われるコースは
初めてだ。

滑って乗って、滑って乗って、を繰り返して、
やっとのこと、「これに乗ると樹氷に到着!」という
ゴンドラにたどり着く。

Zao_2008__06(photo by Hitsuji)

しかし、このゴンドラが軽くディズニーランドみたいな
混みあいを見せていた。
すっかり雲行きも怪しくなって、軽くガスまで出てきてるのに、
「ただいま25分待ち」だって。

あー寒い、外で待ってるのは寒い。
って、カイロとか持ち出して震えてる私たちの前に、
ライバルが現れる。

それは、スキー目的ではなく、樹氷だけを見に来た
観光客の皆さん。

なんと、観光客の皆さんは、特別なチケットを持って
いるようで、スキーの私たちとは違うルートから
やってきて、ほとんど並ばずにゴンドラに乗れちゃうのだ。

いわゆるファストパス状態。

そんなこんなで、2時前から滑り始め、樹氷までたどり着いたのは、
15:30。
一直線に、寄り道もせずに樹氷をめざしたのに、
結局1時間半もかかってしまったというわけだ。

もうすっかり天気も悪くなって、ガスが立ち込め、
きれいなはずの樹氷も、こんな感じになってしまっていた。

Dsc01820

もう、真っ白で、何がなんだか。

こうして、いまいちぱっとしなかった1日目の樹氷。
たとえ飽きっぽいO型でも、これでは納得いかない。
樹氷の実力は、こんなもんじゃないはずだ。

でも、2日目はガスやら雪やらで天気は最悪。
樹氷なんて行けるわけもなく。

そして、迎えた最終日。
本来なら、3日目はもうスキーせずにまったりしても
よかったのだが、ちゃんとした樹氷を見るため、
筋肉痛のふくらはぎを励ましながら、同じコースを
通って樹氷に向かう。

天気は、奇跡的にも、1日目に増して良好。

ディズニーゴンドラは1日目の倍の、50分待ち
でも、幸いにも天気が悪くなることはなく、日差しが
あたたかいので、全然気にならない。
気になるのは、「ちゃんとした樹氷」のことばかり。

そうして、朝から滑り始めて、お昼近くにやっと
たどり着いた、「ちゃんとした樹氷」
それは、蔵王に来て丸2日、辛抱強く待った努力が
やっと報われた瞬間だった。

Dsc01832

さて、次回は、蔵王の他のゲレンデについて。

2008年2月23日 (土)

妹であるということ

スキーは一瞬お休みして。

金曜の朝。
二日酔いの体をなんとか機能させて洗面所に向かったが、
明かりが、つかない

ひとつのスイッチで、勝手に換気扇と明かりがつくのだが、
換気扇はがーがーうるさくまわっているのに、明かりだけが
つかない。

いや、十中八九、電球がきれただけなんだけど、
明かりがつかない、っていうのは、それだけでかなり
不安だ。

昨日までがんがん光ってたのに、なんでいきなり、とか、
もしかしてこれ、どっかがショートしちゃってて、電球替えても
つかなかったらどうしよう
とか、その前に、帰りに忘れずに
電球買ってこなきゃ
、とか。

真っ暗な洗面所でなんとか身支度を整え、会社に行くも、
画面に向かっていても、電車乗ってても、開札立ち会ってても、
頭のどこかで、「電球、電球・・・」。

ちょうどいいことに残業禁止デーだったので、健康的に
家路につき、サイズに自信はなかったけど、とにかく
電球を買ってコートのまま洗面所に駆け込み、電球装着

・・・・・・ついた!!!
でんきついた!!!!

と、安心したらどっと疲れが。
ベッドに倒れこむ。

すると。

突然鳴り出す電話。

また一回帰ったのに飲みのお誘い?
今日はさすがに疲れちゃったから、今から飲みに
行くのはちょっとねー。

とか思いつつ電話を取り上げると、妹の名前。
あら珍しい。

最初のころは姉のうちにパラサイト状態であった
妹も、ちゃんと仕事にも定着し、一人暮らしにも慣れて、
ここ3ヶ月くらいは、ほとんど連絡を取ってこなかった。

それが、メールではなくて、突然の電話。
どうしたことだろう。

「ねぇ、今からおねーちゃんち、行っていい?」

え。急にどうしたの。
(家の中はすごい散らかってるのに。。。)

「うちのアパートなんか改修工事を急に始めて、
ベランダの洗濯機がとりはずされちゃったんだよねー。
で、ここ1週間くらい、洗濯ができなくて。」

おお。そりゃ大変だ、大事だ。
じゃあ、一回家に帰って、洗濯物まとめて
持ってきなさい。
で、家で乾燥までして、明日の朝取りに来なさい。

姉の本能で、疲れが吹っ飛ぶ私。
ごっちゃごちゃになっていて、男なんて到底呼べない
部屋を、超特急で片付けて、なんとか見せられる状態になる。

そして妹がやってきたのは、夜の10時過ぎ。
洗濯を始めたら帰るかしら、と思ったが、帰る様子もなく、
私の横に座って宮崎駿を鑑賞する妹。

まるで実家にいるような、安心しきった妹の態度。
自分の家の洗濯機が使えないことも、大して気には
とめていないようにも見受けられる。

そんな妹を見ながら、ふと、結婚した友達の話を
思い出した。

就職して、知らない土地で暮らしていた彼女。
彼ができて、「電球切れちゃった」と話したら、
彼が電球を取り替えてくれた。
彼女はそのとき、電球を替えてくれる人がいるって、
なんてすばらしいことだろう、と感激して、この人となら
結婚してもいいな、って思ったんだそうな。

そう。
女子の一人暮らしって、楽しい反面、やっぱり
電球ひとつで結婚決めちゃうくらい、不安は大きいもの
なのだ。

私もそういえば、昔、家の部屋の電気が真夜中に切れて、
泣きながら男に電話したことがあったなあ。。。

でも、今の私には、100%頼れる存在がいない。
電球が切れても、お湯が出なくなっても、何かしら調べて、
自分で解決しないといけないのだ。

別に、解決できないことはないし、解決してみると
なんのことはないんだけど、解決する過程の中で、
誰かに不安であることを聞いてもらいたいし、できれば
解決に手を貸してもらいたいもの。

そういうときに、「妹」であることは、なんて安心なこと
だろう
と思った。
とりあえず、近隣の姉に相談すれば、洗濯機が使えない、
という由々しき事態も、何のことはないのだから。

姉であることには、何の不満もない私だけど、
妹、であるということは、楽、というわけではないかもしれないけど、
安心なんだろうなー、って、つくづく思ったのだった。

そんなこと言ってる一方で、やっぱり姉であることを
辞められない私は、本日、妹を
映画にご招待することに
なってしまったのだが。

まずは映画の前に、

・スペインの無敵艦隊とは何か
・エリザベスって言っても、
パイレーツオブカリビアンの
 ヒロイン
とは別。

という事前知識を植えつけないといけない。

これが、いわゆる姉の性。
こんなことしてるから、電球替えてくれる人が現れないのだな。

2008年2月18日 (月)

蔵王スキー旅行記(1)-O型旅行のマナー(前編)-

1年ぶりのスキー旅行。
去年は巨大企業の巨大な組合様に連れて行って
いただいたが、今年は同期の自主企画。

去年のスキー旅行の特徴として、
「8割がたO型」だったことが挙げられたが、
今年も集まったのはO型ばかりが5人。
「100%O型旅行」である。

どうしてもO型だらけになってしまうのはなぜだろうと
思いつつ、今回は、O型と旅行をするときのポイントを
考えてみようと思う。
そりゃぁもう、大人たばこ養成講座なみに。

①遅刻への対処法。
朝7:15。
寝不足の目をこすりながら東京駅に集合したのは。。。総勢4名。
ひとり、足りない。

ひとり遅刻、というのは事前に聞いていた。
3連休とはいえ、仕事が終わらないのでは仕方がない。

ところで、いつごろもう一人は、来るわけ?

ん?
って顔でそれぞれ顔を見合わせる面々。

「明日の朝も東京で用事あるとか言ってたような。」

え?
そしたら今日中には来ないってこと?

「今日の最終では来るって言ってなかった?」

お?
やっぱり今日来るってこと?

最終的なO型の結論としては、
「ま、いっか。来るって言ってたし、場所は知らせてあるから、
たどり着けるでしょ」

そんなこんなで旅館に到着し、スキーに行く前に、
おかみさん(というかおばちゃん)に、
「今日は5時半からすき焼きね」
と言われて思い出す。

そういえばさ、夕飯までにたどり着けるんだっけ?
もう一人。

ん?
って顔でそれぞれ顔を見合わせる面々。

・・・来ないよね。
たぶんたどり着けないよね。
5時半にここにたどり着くためには、お昼過ぎに東京
でないといけないもんね。

「あのー、一人遅刻なんですけど、夕飯一人分キャンセル
できますか?」

「・・・もう材料用意しちゃってるから、キャンセルはちょっとねー。
いいんじゃない?食べちゃえば」

・・・おばちゃん、あんたもさては、O型だな。

そうして、もう一人は、私たちがナイターを滑り終わったあとに
終電の山形新幹線に乗り込み、日付が変わる頃、無事
たどり着いたのだった。

O型が多少遅刻をしても、必要以上に
気に留めないこと。
遅れた人の夕飯は、代わりにみんなでおいしく

食べてあげること。

Zao_2008__32 (Photo by Hitsuji)

②事前調査
お正月、一緒にスキーに行った人には、血液型は
確認していないけど、絶対A型だったと思っている。

だって、1日目のスキーが終わって、夜みんなで
テレビ見てるときに彼が持ち出したのは、
3年位前に販売されていたらしい、全国スキー場ガイド

そこには、全国のすべてのスキー場のコースマップと、
レベル別に、このスキー場ではここを滑るべき、という
注釈が列挙されている。

そして、彼はそこに几帳面にも、自分の行ったスキー場の
ページにしっかりインデックスつけているのだった。

毎回、彼はそうやって、事前に、今度行くスキー場では
どのコースを滑るか計画を立てて滑っているようなのだ。

それに比べて。

「ねぇ、蔵王って、何があるの?」

「ん?樹氷?」
「あと、壁みたいなやばいところもあるんでしょ?」

みたいなあいまいな返事が返ってくるうちはまだいい。

「ってかさ、旅行が今日だって知ったの、この前の月曜日
なんだよね」

みたいな発言が飛び出す始末。

そんな私も、旅行が今日、ってことは知ってはいたけど、
その前の日曜日、東京に大雪が降って競馬が中止になったのを
理由に、私も買い物に行くのを中止して、家でぶるぶる
震えており、まったく準備なんてしてなかったんだが。

もちろん、誰もコースマップなんて事前に見ている者は
おらず。

まぁいいよ。行けばきっと滑れるよ。
どうせ旅館とかリフトとかその辺にいけば、地図もらえるって。

いつも行き当たりばったりだから、その時点で
なんとかするのが、O型のすばらしいところであり、
今回も、旅館でしっかり地図を見つけて、リフト
1つ降りるごとにみんなで行き先確認して、なんとか
樹氷まで、1日目のうちにたどり着けたのである。

O型が事前に何の調査もしてこなくても、
目くじらたてて罵倒しないこと。
逆に、O型のその場の勘には野生的なものまで
感じられるので、迷ったらO型に決めてもらうこと。
Dsc01815

次回、O型講座後編、の前に、蔵王について。

2008年2月 3日 (日)

父の背中

もう1回、結婚式を休みます。

2月に入って、上司が会社にやってこない。
金曜も、月曜もお休みだってさ。
理由は、子供のお受験

受験のときの子供の送り迎え、とか、
受かれば入学金、とか、
落ちたら次の受験手続、とか、
そういうことのために、会社をお休みするらしい。

そして、この傾向は、上司の、さらに上司にも
見られるわけで、結構忙しい日で、絶対残業だろう、って
いう日でも、「子供のお迎え」という理由で、そそくさと
退社していくのだ。

部下としては、「そんなに家庭が大事なら、
出世なんかしなきゃよかったじゃん
。」
とか思うわけだが、その愚痴は今回おいといて。

子供から見て、父親のこの姿勢って、どうだろう、
と思うわけだ。

子供は、父親が、自分の受験のために会社休む、とか、
自分の送り迎えのために残業しない、とか、そういうことを
望んでいるんだろうか。

うちの父親は、子供の面倒を全然みなかった、と思う。
子供から見れば、かなりの仕事人間。
夜は帰ってくるの遅いし、帰ってきても、酒を飲みながら
Javaの本読んだり、機械語がごちゃごちゃ書き込まれている
A3くらいの紙をごっそり持って帰ってきて、それの修正
してたり。

休みの日だって、部屋にこもって何してるかと
思いきや、家に仕事もって帰ってきて仕事してるのだった。

その分、母親は大変だったと思う。
子供を3人抱え、原付に乗って保育園の送り迎え。
私が前に立って、真ん中が後ろにつけられたいすにすわり、
そして、一番下は母親の背中におんぶ。
(あ。違法?)

下の子が生まれるときも、父は忙しくて休みを取れず、
母は一人で陣痛が始まったあと、祖父を老人ホームに預け、
私と真ん中を車で40分の母の実家に預け、
それから病院に向かったんだそうな。

でも、子供の私は、母が大変だったことは重々承知の上で、
やっぱり好きなのは父だった。

正確に言えば、仕事をしている父の背中が好きだった。
自分の子供に対しても、まったく子供扱いしない父親
好きだった。

子供に対しても、酒飲みながらテレビ見ながら、
それでいて仕事の資料見直しながら、難しいニュースの
解説しちゃったりとか、大河ドラマ見ながら、勝手に
話の続き教えてくれちゃったりとか、あとは、夜中に
ときどきがちで仕事について語っちゃうところとか。

だから、どうしても、上司とかを見てると、父親と
比べてしまう。

子供から見て、夜母親より早く帰ってきてしまう父親、とか、
自分の受験のために家で待機しちゃう父親とか、
そういうのは理想なんだろうか。と。
こういう大人になりたいと、思ったりするんだろうかと。

私はやっぱり、父は背中で子供を育てるもんだと思うから。
子供より、何歩も先を歩いて、子供はその背中を
追いかけて大きくなっていく
もんなんだと。



んー、でも、仮に結婚とかしたら、
私だって仕事してるのに、なんであんた子供の面倒
見ないのよ!

って、仕事ばかりしてる旦那に文句言いまくるんだと思うので、
100%否定はしないけどさ。
(だから、その前に相手見つけろ、って?)

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