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2008年1月

2008年1月27日 (日)

田舎の結婚式~披露宴編~

私は、携帯の「長野」のグループを開いたのだった。

とはいえ。
何しろ、中学を卒業してからもう10年以上。
当時は、携帯はおろそか、ポケベルさえ普及していなかった
時代である。

携帯の番号を調べても、全然出てこない。
おっかしいなー。
東京に来てからも、会ったことあると思ったんだけどなー。

結局、つかまったのは、後輩(ってことは○っこの同級生)の、
男女それぞれ1名づつ。
しかも、気づいたら2人とも、長野の住民に戻ってるし。
1人は子供2人目生まれてるし。

そんなこんなで当日。
会場に着いても知っている人といえば、
○っこの両親と姉妹くらい。

あー、なんで私、東京からわざわざ長野くんだりまで
やってきたんだろー。

と、半分後悔してると、式がスタート。

見回すと、○っこの友達に比べて、向こうの友達が
異常に多い。

まぁ仕方ないか。
6歳違いのカップル。
○っこは、高校卒業した後、東京に来て、いったん
田舎との付き合いは途絶えている。
それに比べて、高校卒業して、地元で就職した彼。
まだ卒業して2、3年だと、きっと週末は高校の友達との
交流もあるのだろう。

そんなこんな考えながら、すっかりきれいになった、
ウェディングドレス姿の○っこの様子を見ていると、
「誓いのキス」でヴェールをあげたとたん、肩を震わせる。

どうした?感動で震えてたり?
と思いながら成り行きを見守ると、

「うける。。。。」

という囁きが聞こえてきた。
肩が震えているのは、どうやら笑いを一生懸命こらえていたから、
らしい。

まったく、どこまでもマイペースなんだから。

ってかさ、Kちゃんは?
式、終わっちゃったけど?

とりあえず、電話かけてみる。
ってか、電話番号がメモリーにあったことに今更気づいた。

「ちょっと、今どこなのよ?」
「午前中仕事だったんだよ。あと20分くらいで着くから」

20分後ってあんた。
披露宴、あと10分で始まるんだよ!

そうして、私の隣の席のいすの上に、引き出物が
のっかったまま、始まる披露宴。
へたくそな司会。
つまらなすぎて酒ばかり飲む私。
しゃべる相手もいない。

「早く来なさいよ!ホテルの3階だよ!」
「今行くから!」

とメールをやり取りしてると、やっと扉が開いて、
Kちゃんが入ってきた。

保育園のとき、一番最後まで涎掛けが取れなかった
Kちゃんだが、いまや、(自称)カリスマ美容師
1ヵ月後まで予約がいっぱいなんだそうな。
それで、今日も午前中に5人の散髪を片付けて、
やっとここまでたどりつけたんだそうな。

「お前の頭も、言ってくれればアップしてやったのに」

って、仕方ないじゃん。
今まで、メモリーの中に電話番号あることも忘れてたんだから。

そんな話をしていると、隣のテーブルから、なにやらおじちゃんが
やってきて、私に話しかけてくる。

なんだかすごく近しい感じで話しかけられるんだが、
全然思い出せない。
あれ?誰だっけ?

・・・・・あ。そうだ。
うちの向かいの家のおじちゃん。
しばらく会ってないから忘れてた。

と思って、じっくり披露宴の座席表を見ていると、
知っているおじちゃんの名前がちょいちょい出てくる。

こうやってみてると、○っこの友達より、○っこの
お父さんの友達
のほうが多いんじゃないか。

#あとから母に確認したら、このあたりの結婚式は、
#隣の家の人を呼ぶのは当たり前、らしい。
#さすが、3軒隣は親戚。

そして、余興の時間になると、そのおじちゃんたちが、
両家1人づつ出てきて、演歌。(民謡?)

なんだこの行事。
東京では絶対に見られない光景だぞ。
大人ばかりがこんなに出張ってくるなんて。

そしてそのあとに、やっと若者の余興。

女子側は、○っこの高校の友達(?)が、かわいくダンス。
うん。これが披露宴の醍醐味だ。

一方。
男子側の余興は、ひどいもんだった。

夫婦と友達の3本勝負なのだが、
妊娠中の花嫁にコーラの一気飲みはさせるは、
お尻で風船割らせるは。

そして、それをあおる友達が、またひどい。

なにしろ、20歳。
しかも、旦那の高校は、土木課であったため、
友達、といっても、傍から見れば、いわゆる
○ンキーである。

そういうやつらが、どんなあおり方をするか、というのは、
解説するよりは思い出したほうが適切であろう。
あの毎年繰り広げられる、成人式の有様を。

「なんかさー、わかいよねー。」
「んー、でもあのくらいなら、まだかわいいんじゃないか?」

Kちゃん、あんた、心広くなったね。
それとも、今日車で来てウーロン茶しか飲んでないから?

さてさて。
若者ばかりで疲れちゃったから、とっとと出て、
2次会行こうよ。
2次会には、あと2人来るんだよ、吹奏楽部。

そうして、私は勝手にKちゃんの車に乗り込んだ。

2008年1月24日 (木)

長野かがやき国体

結婚式はいったん閑話休題。

毎度のことながら、めざましテレビをぼーっと
見ていた今日の朝。

新聞記事から1つトピックを取り上げるコーナーを
見ていたら、気になるニュース。

それは、長野かがやき国体は、超節約
というもの。

確かに、長野県民って、けちよね。
うちの妹はどんなに寒くてもなかなか暖房つけないし、
母親は、私がネックウォーマー買おうと思ったら、粗品で
我慢させたり。
父は父で、ガソリン代を節約しようと思って軽油の車を買ったら、
排ガス規制に引っかかるし。
(例が家族しかないじゃん)

とか思いながら、解説を聞いていく。
で、何を節約することになったわけ?

・企業協賛制度
 →ってか、今まで企業が協賛してなかったことが衝撃。

・防寒着の節約
 →寒いかもしれないけど、スタッフの人は地元の人だから、
  防寒着は自分のものを持っているわけで、だからそんなに
  支障はないんじゃないかと。

・選手宣誓台使いまわし
 →こんなの、たいした値段じゃないし、と思いつつ、
  どうせ開会式しか使わないんだから、安くなるなら
  やればいいんじゃん?

ここまではよかった。
がんばれ。と思った。

しかし。記事には載ってないけど、めざましテレビでは
とりあげられた項目。

・豚汁の支給廃止。おやきに変更。





 →馬鹿かと。
  豚汁なくすなんて、馬鹿じゃないかと。

雪国の人が考えたとは思えないこの発想。
お前は知らないのか。
スキー大会で、クロスカントリーで最後のきっつい坂を
ひーひー言いながらスケーティングで上って、やっと
ゴールしたあとに支給される豚汁のうまさを。
芯から体があったまっていくあの感覚を。

どうやら、豚汁を作るガス代のガスの金を節約
しようという発想で、ガスがいらないおやきになった
ということだが、できたてのものが支給されないと、
雪の上では体は到底あったまらないのだ。

防寒着も支給されない、豚汁もない、そんなことじゃ、
寒さに凍えてスタッフがかわいそうだ。

村井さん康夫ちゃんのときに硬直していた、
北陸新幹線用土地売却問題を進行させた、
その形跡は認めるけど、豚汁をやめちゃったら
何にもならないのだよ。

そんな怒りに震えながら立ち寄った松屋。
私は迷わず、牛飯豚汁セットを注文。

あー、今日もあったかい。

2008年1月22日 (火)

田舎の結婚式~事前調査編~

「○っこ、結婚するんだ☆」
っていうメールが、いきなり舞い込んできた12月のはじめ。

こいつはいつもそうだ。
自分のことを名前で呼んじゃうんだよな。
しかも、そんなに発音しにくい名前じゃないはずなのに、
どうしても真ん中が小さい「っ」になっちゃうんだ。
しかもそれが計算ずくじゃなく、天然だからまたほっとけないんだな。
半分姉みたいな存在である私としては。

いや、○っこは、別に、リアル妹なわけではない。

姉妹でもなければ親戚でもない。

単純に家が近いだけ。
でも、田舎では、「3軒隣は親戚」みたいなもんだ。

さらに、私の家と、○っこの家は、鏡みたいなもんだ。

私と○っこは学年が1つ違い。
私の妹(真ん中)と、○っこの妹は同学年。
私の妹(下の子)と、○っこの弟も同学年
そして、うちの母と○っこのお母さんはママさんバレーの
チームメイト。

(これはあんまり関係ない?)

狭い地域だから、当然保育園も一緒。
小学校も一緒。
中学も一緒。

そんなこんなで、私のうちは、家族ぐるみで、○っこの
家の家業を手伝いに行ったり、みんなで旅行に行ったり。

そして、中学に1年遅れて入ってきた○っこは、
迷わずおんなじ部活に入ってきて、部活の席も
私の真後ろ。

英語塾も同じ塾。
(これは、両家の姉妹全員一緒)

・・・そんな、いっつも私のあとばかり追いかけて来てた気がする
○っこが、結婚?

しかも、○っこのメールには、
・結婚するっていうこと
・結婚式の日付
・そして、「来れるよね?」の一言。

背景情報が、ひとっつもないじゃないか。
だいたいあの子、東京に飽きて実家に帰って、
それからフリーターみたいなことやってて、
彼氏なんて、いたっけ?

疑問は次々に浮かぶが、あんまり本人に直接ねほりはほり
聞くのも気がひける。

こういうときはあれだ。
「田舎情報網パワー」だ。

ためしに、母にジャブを打ってみる。

「○っこ、結婚するらしいんだけど」
「そうそう。年下の男の子でしょ?」

やはり。知ってるな、母。
ってか、年下?
それ、すごく興味ある!

今度は、妹(下のほう)にメールしてみる。
今は東京に来ている妹だが、この前、田舎に
帰ってたよな。

「○っこ、結婚するらしいんだけど」
「うん、お母さんから聞いたんだけど、相手、20歳なんでしょ?」

どうやら、情報は、○っこの母親→うちの母親→妹の
ルートを伝わってきているようだ。

ってか、話を本質に戻そう。
今、目の前にある問題は、「旦那が20歳」ということだ。

だって、20歳ってことは、うちの妹(下のほう)より
さらに年下ってことで、それはイコール、○っこの弟より
年下だってことじゃないか。

弟より年下の旦那
・・・いつも、なんとなくすげーことをやっちゃう子だったけど、
今回はまぁまたなんとも。

でも、そんな背景事情を知ってしまったら、今更「行かない」とか
言えるわけもなく。
結局、「行く行く、喜んで!」の2つ返事。

あ。行くって言った後に思いついた。
そういえば、誰が来るのよ、結婚式。

だってさ、よく考えたら、私、学年違うのよ。
○っこは気づいていないかもしれないけど。
別に学年が違うのは全然いいんだけどさ、部活の仲間、
どのくらい来るのよ。

そんな私の心配をものともしない、まったりした
お答えが返ってくる。
「えー、吹奏楽部はー、あと、Kちゃんかなー。」

ちょっと待て。
Kちゃんって、学年は私と一緒でしょ?
しかも、Kちゃんは、私の幼馴染ではあるけど、
○っこ的には部活の先輩でしょ?

・・・まぁ、そんなこと、私が今更言える立場じゃないんだけど。
こいつらから、先輩だの後輩だの、そういう概念をとりはらったのは
私なんだから。

あのとき、一応「部長」と呼ばれる立場にいた私は、
「先輩」とか「後輩」とかっていう「役割」のせいで、
部活の中に勢力図ができることをとにかく嫌っていた。
だって、別にここは体育会系の部活じゃないのだ。
みんなで同じものを作り上げる、「吹奏楽部」なのだ。
同じもの作るのに、1年や2年そこらの人生の長さのせいで
制約ができるなんてありえない。

・・・そんなこと言っていたら、一番ダメージを受けたのは、
たぶん私だ。
おかげで、私のこと「先輩」ってつける後輩は、誰もいなく
なってしまった。
少なくとも中学では。
よくても「~さん」。
席が近かった金管楽器の後輩たちは、呼び捨て。
毎日のようにコンビニでおでん買って一緒に帰ってた
後輩たちは、なんのためらいもなく、人のことを失礼な
あだ名で呼ぶのだ。

あ。話が反れちゃった。
そんなこんなで、学年の概念が皆無になった○っこは、
何を間違えたか、同じ学年の子をまったく呼ばず、
私とKちゃんだけを呼びつけたのだった。

「だって、他の人の連絡先、わかんないんだもーん」

またもマイペースにのたまう○っこ。
連絡先が分からないんなら、個人情報保護の時代に知り合った
友達でもないんだから、当時の連絡網見ながら、実家にかけなさい。
家の場所も分かるんだし。

・・・とも思ったが、半姉としては、やはり自分で動くしかない
気がしてくる。

仕方ない。
私も東京に来て長いから、どんだけ連絡取れるか分からないけど、
2次会にできる限り呼んでやるか。

私は、携帯の「長野」のグループを開いたのだった。

2008年1月19日 (土)

スキータオル

地元スキーをしながら思い出した。

それは、小学校のときの「スキータオル」。

雪国では、当然冬の体育の授業はスキーなのだけど、
リフトが完備されているようなスキー場が小学校の
すぐ近くにあるわけでもないので、スキーの種類は、
アルペンではなくて、クロスカントリーだ。

クロスカントリーは、まぁ言ってしまえばマラソンと一緒だ。
近隣の、雪の積もった田んぼの上を、ただひたすらに
走る、走る、走る。

走ると当然汗をかく。
特に晴れてる日は、最後はTシャツで坂上る人もいるほど、
とにかく暑いのだ。

しかし、散々汗をかいた後、寒々しい冬空の下を
歩いて家に帰らねばならないわけで、そうすると
汗が染みた服が、今度は凍りそうに冷たくなってきて、
そんな服を着たままだと、どうしても風邪を引いてしまうのだ。

そんな事態を予防するために、うちの小学校では、
各家庭で「スキータオル」を作らせ、持参させていた。

スキータオル。
作り方は簡単だ。
フェイスタオル(だいたい、粗品でもらった安いやつ)
を、真ん中で2つに切って、その両端をゴムでつなぐ。
これだけ。

そのタオルを、児童である私たちは、スキーを
始める前に、切った部分を頭からかぶり、それを、
素肌と服の間に滑り込ませるのだ。

そして、散々スキーで汗をかき、スキーが終わったら、
そのタオルを脱げばいいだけ。

そうすると、素肌に触れるのは汗でぬれていない
服の部分になるので、風邪ひかない、ってわけだ。

すばらしい。すばらしいね、雪国の知恵。

そして、ひたすら昔、3人の娘のためにスキータオルを
作り続けた母親は、大人になった私にも、スキーのときは
「スキーのタオル持ってく?」って聞くのだ。
いや、いらないよおかあさん。
だってさ、別に私、坂上るわけじゃないんだよ。
アルペンは、坂の上から下るだけなんだよ。

そう。アルペンは寒いのだ。
晴れの日はいいけど、この前みたいに大雪の中の
スキーだと、寒い。ひたすらに。
カイロ体中に貼り付けてても、寒い。

寒い、おかーさんさむいよー、って心の中で
ひたすらに叫びながら、都会から来たと思われる
みんなの服装を見てみると、みんな、なにやら
首のあたりから、タートルネックみたいなものが
出ているではないか。

そして、雪が強くなると、みんな、そのタートルネックを
口のところまで持ってきているのだ。

あれ、すごいあったかそう。

私たちがまだ子供だった頃、フェイスマスク、というのが
都会からスキーにやってきた人の中で流行っていたらしく、
みんな、プラスチックのくちばしみたいなやつ装着して
スキーやってたけど、あれはマジでかっこ悪くて、
みんなばかにしてたもんだ。

でも、布なら別にかっこ悪くないし、絶対にあったかそう。

東京に帰ってきて検索すると、あいつは、
ネックウォーマー」という種類のスキーグッズらしい。
最近のスキーグッズは、進化しているのねー。

はっきり言って、大人になった今、スキーのときに
必要なのは、汗対策のスキータオルじゃなくて、
防寒用のネックウォーマーだ。

次からは、ネックウォーマー装着して、ちょっと大人の
雰囲気でスキーしてみよう。

2008年1月14日 (月)

スキー場のサービス

正月は養豚場と化した実家にて、かなり太ってしまったので、
東京からやってきた会社の人たちとスキーをすることにした。

1日目は隣村のスキー場に行ったわけだが、
吹雪かつ濃霧の中、すさまじく凍えながら、
なんとか滑りきったわけだが。

2日目は、快晴の中、うちの実家の市内の
スキー場
に行ったわけだが、しばらくぶりに
行ってみると、すばらしくサービスがよくなって
いたのだった。

①ジモティへのサービス

実家に帰るにあたり、会社の人から、
「地元の人向けのチケットとかあれば使わせてほしい」
とのオーダーを承っていたので、実家に帰った早々、
母親に聞いてみたのだった。

そしたら、台所から、おもむろに母親が持ってきたチケット。

それは、市民向けの1日リフト券無料チケット
(しかも3枚)

通常1日券4,500円のところ、市民であれば無料、というわけだ。
(市内のスキー場であれば、どこでも無料になるようだ)

昔、こんなチケットなかったよな、と思って母親に
聞いてみると、なんともいい加減な答えが返ってきたのだった。

「区長さんのうちに行ったら、1枚持ってっていいよ、って
言われてね。」

母よ、でもここにあるのは3枚ではないか。

「本当は、1軒あたり1枚らしいんだけど、どうせ、年寄りしか
住んでない家は使わないから、3枚もらっちゃった。」

いいのかそんなことで。
聞いた話によると、このチケット、ヤフオクでは
結構いい値段で売ってたらしいぞ。
年寄りのうちでも、売りに出せば家計の多少の
足しにはなっただろうに、適当にもらってきてしまうなんて。

しかし、スキーをするのは、私含め4名。
1枚、足りないねぇ。

と話していたら、さらに割引チケットを取り出す母。

なんと、「地区名」と、「世帯主名」をチケット内に
書き込むと、1日チケットが、今度は1,000円
なるんだそうな。
(こっちはスキー場限定。スキー場側が配布しているものだろう)

こっちは地区の雑誌(無料配布)に入っていたんだそうな。

というわけで、本日のリフト代、4人で1,000円。

②子供向けのサービス

当日、スキー場に行くと、やたらと子供の姿が目立った。

聞くと、最近では、「中学生未満はリフト料金無料」
なんだそうな。

もともと、ファミリー狙いでいろんなプランを展開している
スキー場ではあったが、ついにリフト無料時代か。
そんなにサービスがいいと、市民としては、経営状態が
不安になってくるものなのであるが、おそらく、ペンション街
としては、泊りがけで家族で来てもらえば、その分儲かるから
大丈夫、と思っているのだろう。

ついでに、ボードレッスン(初心者用)も、1時間無料でやってくれるらしい。

なんともはや。。。

③レストランでのサービス

スキー場のもっとも大きなレストハウスの隣に立つ、
ちょっぴり小さいレストハウス。

大きなレストハウスに対抗するためだろうか。

入り口の看板には、
「お食事をご注文のお客様には、ケーキ無料サービス!」
の文字が。

ついでに、その店の放送を聴いていると、
「席が空かなくて、10分以上待っているお客様には、
手作りジャムを無料でプレゼント!」

おい。
お正月で、快晴で、子供はただで、市民もただで、
当然ひどい混みようのこのスキー場で、10分待ち以下で
お昼食べられたら、それはかなり奇跡的な状況だろう。

ってことは、お昼の時間帯は、ほぼ全員にジャムを
プレゼントしないといけないことになるぞ。

いいのかそんなことで。

というわけで、当然私たちは大きなレストハウスでなく、
ケーキ無料のレストハウスでお昼。
当然ケーキつき。

ただ、ジャムはやめておいた。
だって、スキーをやるのに、ジャム片手にできないし。

ちなみに、その隣の、大きいほうのレストハウスでは、
近所且つ親戚の伯母がバイトしていたことが後日発覚。

母よ。
そういう情報は、先に言ってもらわないと、
偶然会ってしまったりしたら、1時間は話聞かされて
ロスタイムを蒙ることになるところだったじゃないか。

そんなこんな、久しぶりの地元スキーでは、地元ならではの
すばらしさを再確認したのであった。

あ。ちなみに、
うちにあるチケットはほとんど終わってしまったので、
今から私にチケットをお願いしても、無駄です。
チケットがほしい人は、また来年ね。

2008年1月 3日 (木)

はじめての

Dsc01760

何はともあれ。
あけましておめでとうございます。

新年。
それは、初めての体験をするには
うってつけのタイミング。

それは、正月2日のこと。
ミシュランのせいでいつもの5倍くらい
混みあった善光寺で、行列の途中に
もぐりこんでせかせかと初詣を済ませた
帰りのこと。

車の中では、うるさい親戚の子供が来たら、
いったい何をさせればいいのか相談中。
なにしろ、親戚の子供がうちに来るたびに
UNOをやって、やりっぱなしで散らかして
帰るもので、とうとうUNOはなくなってしまった。

どうしようかしら。
またUNO買って帰る?
だってさ、UNOないと、きっとあの子、
また暴れちゃうよ。

と、そんな話を何気に聞いていた妹が、
去年までの秘密をついに打ち明けたのだ。

「うちにWiiあるよ」

え。
Wii?
茶の間のテレビのところにはなかったじゃない。
応接間にもあるようには見えなかったよ。

「私の部屋に」

ぬあにを?
おのれ、自分の部屋にWiiを隠し持っていたというのか。

「だって、私、500円玉貯金集めて買ったんだもん」

でも、でもさ。
Wiiを一人でやっても、面白くはないでしょ?

ね、帰りにさ、TSUTAYA寄って、ゲーム買って
帰らない?

「俺、そんなの興味ないからよらないよ」

というのは、車の運転手である、だ。
こいつ、年末からoracleのインストールが
うまくいかないから、早く帰りたいんだな。

でも、TSUTAYAには絶対寄らせて見せるぞ。

「お父ちゃん、Wiiには、ファイアーエンブレム
あるよ」

「え。ファイアーエンブレム、あるの?」

そう。私は知っている。
父の一番好きなゲームがファイアーエンブレムであることを。

こうして、すっかり父もWiiに興味を示し、
無事家族ご一行はTSUTAYAに到着。

ファイアーエンブレム(中古)を探す父を尻目に、
女子たちは、迷わずWiiスポーツ
妹がWiiをお披露目するというのなら、ソフトと
Wiiリモコン(2台目)くらいは、お姉ちゃんがお金
出そうではないか。

・・・父は、けちすぎて、結局ファイアーエンブレムは
買わなかったらしい。
中古で2,940円は法外、なんだそうな。

家に着き、妹にWiiをセッティングさせ、
早速Play。

まずは、テニスか。
普通に、振ればいいのよね。

というわけで、お姉ちゃんvs妹、開始。
2人ともテニスなんて、実際はやったこと
ないけど。

1ゲーム目。
やっぱりWiiに慣れている妹は違うらしい。
姉の完敗であった。

むむー。
ってかあんたさぁ、これから夜勤なんじゃないの?
一回寝ないと、夜勤中に薬間違えるよ?

(妹は看護士)

と、妹を寝かせて、一人でテニスの特訓を
していると、やってきたのは
夕飯の準備の途中では??

元陸上部の母が選んだ競技は、ボーリング。
母の世代は、ボーリングが大流行していたらしい。
そういえば、母の親族は、みんな漏れなくボーリングが
好きだ。

最初は、まっすぐに流れるボール。
しかし、ゲームが進むと、どういうわけか、
母も私も、ボールが左側にカーブする癖が
出てきた。

あれ。
まっすぐ投げているのにまっすぐ滑らない。
あせる私。
あせりすぎてストーブにぶつかり、
ストーブが緊急停止すること数回。

それでも、スピードを上げることを覚えた私は、
スコア180をたたき出す。
あせる母。
進まない夕飯の準備。
いつの間にか夜勤に出かけていた妹。

そんなこんなで3時間、Wiiに明け暮れた
私と母。

次の日は、2人とも、体の左側が全体的に
筋肉痛

そして、今日、母は暴挙に出た。

母が、夕方スーパーで買ってきたのは、
ロースとビーフと寿司
要するに、作らなくても食べれるメニューである。

そして母は、私に向かって言うのだった。
「ねー、ボーリングやろー。」

あぁ。
明日から2日間スキーなのに、絶対筋肉痛が
悪化するじゃん。。。

。。。。。。そんな、正月の、
母と私の初体験であった。
そういえば、まだDQ4終わってなかったんだった。。。

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