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2007年11月

2007年11月25日 (日)

ミシュラン的紅葉狩り(1合目)

いや、もともとはミシュランとは関係ない
企画だったのだ。

私たちが高尾山に行くことを企画したら、
高尾山が★★★をとったのだ。
まさに、それは、時代が私に追いついてきた
瞬間。

・・・といっても、登山なんて小中のときに
1回づつ、半ば無理やりに学校行事に
連れて行かれるのみであった。
小学校は志賀高原、中学校は・・・どこだっけ?
もう場所も覚えてないけど、妹が燕山って
言ってたからたぶんその辺だ。

スポーツはからきしだめな私は、登山のときは
もちろん一番最後から、はぁはぁ息切らして
着いていくだけ。
いい思い出なんて全然思い出せないのだ。

だから、誘われたときも、私にしては
結構ダイレクトにお断り的な雰囲気を出しては
見たのだが、、、やはり伝わらず。
どうしても断り上手にはなれない私。

どうしてそんなに断りたかったかって。
体力に自信のないのはもちろんのこと、
登山なんて趣味でやったことはもちろんないので、
登山にふさわしい服装も道具も全然
持ち合わせていない。

ってか、登山にふさわしい格好って、
一体何なのさ。

と、再び断る姿勢の私を察したのか、
とあるURLが送られてきた。

それは、高尾山に登るときのポイントを
まとめたHP
であった。

しかし、見れば見るほど本格的。
リュックに水筒、ウインドブレーカー
いやだからさ、これから二度と行かないかも
しれない登山のために、こんなにいろいろと
買い揃えないといけないわけ?

と、今回の主催の登山好きな先輩(初対面)が、
そんな私にちょっと気が楽になるアドバイスを
くれたのだった。

・ズボンはジーパンでよし。
・弁当は俺が駅弁を買ってきてやる。
・女子のもちものは、水とタオル、そして
 服はなるべく厚着で。

お。なんかちょっと気楽になってきた。

さらに、高尾山についてもう少し調べてみると、
なんのことはない。
高尾山の標高は、599m
山のくせに、標高599m。
笑わせるんじゃない。
山育ちをなめるんじゃない。
私の通った中学の標高は、確か360mくらい
だったぞ。
そこから200mしか違わないじゃないか。
それで、山を語ってもらっちゃ困る。

よし、お姉ちゃん行ってやるよ。
山登りならぬ、単なる丘登り、行ってやるよ。

そういうわけで、当日。
結局、高尾山をなめた目で見るようになった私は、
ウインドブレーカーなんて二度と使わないものを
買うのはやめた。
買ったのは、ユニクロのフリースと、一応斜めがけの
リュックのみ。

しかも、前日は終電まで高校の友達(+妹)とダーツ。
おかげで、登山前だというのに、すでに腕が
若干筋肉痛という有様。

そんな斜に構えた、私の登山が始まった。

・・・次回、ミシュランにつられてやってきた
ミーハーたちとの戦い。

2007年11月23日 (金)

ミシュラン

それは確か、火曜日の朝のこと。
いつものように「めざましテレビ」を時計代わりに
見ながら、優雅にメイクタイム。

時刻は8時直前。
そろそろ大塚さんから小倉さんへバトンタッチ。
・・・の前に、明日の予告と占いね。

明日の予告では、
「ミシュランに載っているのはレストランだけじゃない!」
とかなんとか言っている。

ふぅん。そうなの。

「ミシュランに載っている日本各地の観光地を・・・」

その瞬間。
一瞬、なにか見慣れたものが目の横をかすめた気がした。

メイクの手が止まり、テレビを凝視してみるが、
何しろ予告である。
私がテレビの方向を向いた瞬間にはすでに
画面はまったく違う観光地に切り替わっていた。

でも、私はその一瞬の映像で確信していた。
あれは、絶対地元の国宝、善光寺にある仏像。

そう思った瞬間、もうメイクなんて後回し。
PCを立ち上げて、急遽検索開始。

すると、やはり
やはり私の予想は正しかった。

あれは、善光寺だ。
善光寺の仏像だ。

あの仏像、「びんずる尊者」・・・私は
あいつに名前がついているなんて全然
知らなかった。長野の夏祭りの名前って、ここから
来てたのね・・・を、私はもう何度こすったことだろう。

仏像とは、普通は触ることすら気がひけるものだが、
あの仏像に限っては、みんな、ひたすらこする。
群がってこする。
若者も、年よりも、みんなでこする。

なんでこするかって。
仏像の、自分の体の調子が悪い部分と同じ部位をこすると、
調子がよくなる
って言われているからだ。

おかげで、私も、冷え性で足が痛いといえば、
「足をこすって来なさい」と言われて人ごみの中に
押しやられ、小学校に上がれば、今度は
「頭がよくなるように頭こすりなさい」と言われて
みんなの一番前まで連れて行かれ、親に抱き上げられて
頭をなでさせられたものである。

おかげで、明らかに、私の小さいときよりさらに、
あいつの顔や体はのっぺりしてしまい、特に顔は、
どこが目でどこが鼻なんだか、もうさっぱり分からない。

そんな思い出の仏像が、ミシュランで★★★だなんてね。
(善光寺自体は★★だというのに。)

と、気づいたら遅刻直前。
まだメイク途中だし。
マスカラがかたっぽついてかたっぽついてない、みたいな。。。

とりあえず、明日めざまし見よう。
久しぶりに善光寺を拝ませてもらおう。

と、会社に駆け込んだ火曜日。

でも、結局、火曜日の夜は、給料日ということで
うきうきしてしまったおじ様方が、カラオケで

・40過ぎの親父がTRFを聞いてSAMダンス
・ビールをこぼした床でスケート
・雪合戦ならぬ、ポップコーン合戦
・自分のベルトで人を殴るプチSM
・タンバリンでカラオケの壁を破壊

という、史上最悪の飲み会に付き合わされた結果、
気づけば時間は25:30。

飲み始めたのは18:30だったから、計7時間飲んでたのか。
まだ火曜日(水曜の朝)なのに。

もちろん、次の日のめざましテレビのミシュラン特集なんて、
見れるような有様ではなかったのだった。

いいもん。
お正月に、例年より絶対込んでる善光寺に今年も行って、
びんずるさんを拝んでくるんだから。

2007年11月13日 (火)

親子の宿命

夜遅く家にたどり着き、
昨日のご飯があまっていたので、
超簡単だけど、満腹になる夕食を
作成し、いただきます。。。




その瞬間、私の目の前には、ある情景が
思い浮かんだのだった。

私の出身地は、どういう統計に基づいたものか
全然分からないが、
「全国で一番サバ缶を消費する市町村ランキング」
1位なんだそうな。

「竹の子+サバ缶汁」という、私の中では
かなり当たり前のメニューであったものが、実はうちの
地元でしか作られない料理であることが主な理由らしいのだが、
うちの父も、サバ缶の消費量アップに、少なからず尽力
していると思う。

なにしろうちの父、2日に1缶はサバ缶を平らげる。
別に、そんなにしょっちゅう竹の子汁を作っているわけじゃない。
ご飯のお供に、サバ缶をそのまま食べるのだ

母がどんなに手の込んだおかずを作っておいても、
夜遅く帰ってきた父は、母の作ったおかずには
ほとんど手をつけず、熱燗を飲みながら、サバ缶と
ご飯をひたすら食べ続ける。

せめて、サバ缶をお皿に盛ればいいと思うんだが、
父は、サバ缶のふたを開けて、そこにしょうゆをぶっこみ、
そのまま食べる。

そして、それだけでは足りなかったとき、
父は、おもむろに台所に出かけていく。
そして、いつもの引き出しを開けて、お湯を沸かし、
待つこと3分。

そう。父は、すでにご飯を食べ終わったあとにも
かかわらず、腹を満たすために、カップ麺
自分で作るのだ。

どうやら、父のこの食生活は、若かりし頃の一人暮らしの
ときに身についたらしい。
お金もなければ、たいした料理もできない。
そういう状況をなんとか乗り越えるための、
苦渋のメニューだったらしいのだ。

そして、その後30年たった今でも、あの頃の
貧乏メニューが忘れられず、今に至るというわけだ。

そして父は、サバ缶とご飯とカップ麺を平らげながら、
夜中のニュースを見て、私にコメンテーターのような
解説をするのであった。。。




そして、私の目の前の食卓に戻ると、
食卓に並ぶ夕飯は、

シーチキンの缶詰を缶ごとフライパンであっためて
 しょうゆをぶっかけたもの
・ご飯
緑のたぬき

・・・似ている。
微妙に違うけど、でも明らかに似ている。
サバ缶がシーチキンになっただけ。
しかも、シーチキンはやっぱり缶ごと食卓に並んでるし。

昔は、なんて健康に悪そうなメニューだろうと思ったのに、
一人暮らし生活が長くなってくると、どうしてこうも似て
しまうのだろう。

さらに、私の視界の先にはNEWS JAPAN
見てる番組まで、一緒。。。

父よ。
あなたの晩酌用熱燗を毎晩作っていた娘は、
着実にあなたと同じ道を歩んでいます。
このように無駄なところまでしっかりと。。。

2007年11月11日 (日)

眉山

眉山-びざん- (2枚組) DVD 眉山-びざん- (2枚組)

販売元:東宝
発売日:2007/11/23
Amazon.co.jpで詳細を確認する

先週のあの忙しい週末はなんだったのか。
今週は、どえらい暇じゃないか。
こんなんなら、先週の予定の中で、どれか
ひとつでもいいから、今週に回ればよかったのに。

昨日は、暇だから、押入れに山積みになった
もう着ない服たちをまとめて、田舎に送ろうと
思っていたのだ。
(そうやって送った服のいくつかは、母親の、
"若すぎる"私服になっていくのだが)

でも、雨の週末は、どうも、やる気がでない。
元来怠惰なので、誰からも時間の制約を受けないと、
まったく何もする気がおきない。

・・・たまったビデオでも、見るか。

と気合入れて見始めて4時間。
全部、見終わった。
ちゃんとタスクを終了できたのは、
久しぶりだ。
最近忙しかったからねー。

と。
気づいたら、また、暇に。
いやだから、服片付けてまとめればいいじゃない。
って自分でも思うのだが、それだけはやりたくない気分
なんだから仕方ない。

久しぶりに、DVDでも見るかな。

というわけで、借りてきたのが眉山
これって、やってたのは、今年の夏だっけ?

本当はBABELを借りてくるはずだったんだけど、
残念ながら売り切れだった。
だから、こいつを借りてきたのはいわば偶然なんだけど、
そういえば、再来週、徳島に行く用事があるんだった。
(いや、出張だから、観光はできないのだけどね)

で、話の内容もよく思い出せないままに、
菜々子のジャケットだけを頼りに借りてきてしまったのだが、
最近、諸所の事情から、「親子の絆」について
考えさせられることが多いこともあり、なんだかテーマも
今の私には響いてくるテーマだったりして。

原作は、さだまさしなのね。そういえば。
だからなのか、静かに進んでいくこの映画のテンポは、
夏々にも似たところがあるように思う。
あ。あの時も、大沢たかおか。

でも、単に静かなだけじゃない。
ときおり、激しい阿波踊りの音楽が、
そのテンポをぶち破ってでてくるのだが、
それがまた、アクセントになって、すごくいい効果を
出しているような気がする。
母も、娘も、あまり多くは語らないが、その音楽が、
母子の興奮というか、アドレナリンというか、そういうものを、
言葉の代わりに出していたのかもしれない。

ただ、やっぱりこういう映画はだめだ。
母親は強い人なのだが、なにしろ末期がん。
強がってはいるが、確実に弱っていっている。
そういう姿を見るのは、たとえ映画でも、
いたたまれないのだ。

でも、最後の最後に、母親が娘に残した言葉。
あれを見て、どんなに体が弱っていたとしても、
最期まで、母は偉大なのだと思った。

と同時に、母が娘に残したメッセージを見て、
なんだか思い出してしまった。

母親が、東京に行く私を駅まで送って、最後に
お金を渡してくれた、と思ったら、封筒に入っていたのは、
数万のお金と、手紙が1通。

書いてあったことは、確か、いつでも帰っておいで、とか、
体を大切に、とか、そういう当たり前のことだった、と思う。
実際、内容はよく覚えていないんだが、なんだかすごく
泣けた。

そして、最近、妹の家に行ったときに、見つけてしまったのだ。
妹の名前が書いてある、明らかに母の字の、茶色い封筒。

私のときとおんなじだ。
そして、私のときと同じように、妹もたぶん泣いたんだろう。
手紙読みながら、閑散としたローカル線の中で。

そう、映画の中だけでなく、やはり、うちの母を含め、
母というものは、偉大なのだ。

よぉし、明日こそ、そんな偉大な我が家の母宛に、
私が着なくなった服を送ってあげよう。
母が、気持ちだけでも若くいられるように。
まずは、集荷の予約を入れることとしよう。
時間的な制約を作らないとね。

2007年11月 7日 (水)

去るものと留まるもの

それは、9月のこと。
職場のいろんなところで、なんだか
私の名前が呼ばれているような、
そんな気がした。

しかも、みんな、私が「辞める」みたいな
ことを言っているのだ。

え。私、会社辞めるの?
まだ転職活動もしてないのに、急に
辞めなきゃいけないことになっても
困るんですが。
親になんていうんだよ。

と、思っていると、近くの席に新聞が
おいてあるのを見つける。
どうやら、号外らしい。

もう、お気づきであろうかと思う。
そう。
辞めていったのは、あいつだ。

あいつが、
「お腹痛いから、辞めるね」
って、言い残して、突如、あっさり、
辞めていってしまった。

あのとき、私は思ったのだ。
いや、お腹痛いくらいで辞めなくても
いいだろうと。
お腹痛いときは、辞めるんじゃなくて、
休みなさい。
治ったら、学校出てきなさい。
お友達はみんな、待ってるんだよ。
と。

あれから2ヶ月弱。
バスケのあとのカラオケで、日曜なのに、
ふらふらと終電で帰ってきたら、また辞めるって
いうやつがいるじゃないか。

そう。あいつね。

あいつが、
「お腹痛くないけど、隣のクラスと
合同チーム組もうと思ったら、
みんなに嫌って言われたから、
辞めるね。」
って。

そのとき、また、私は思ったのだ。

もう。
また辞めたいわけ?
そんなみんなで辞めたい辞めたいって
言わないでよ。
お勉強だって、お仕事だって、めんどくさい
こともあれば、大変なこともあるのよ。
そんなの当たり前だって言ったでしょ。
それに、今度はお腹痛いわけでもないんでしょ。
単純に嫌なことがちょっとあっただけでしょ。
そんなに簡単に辞めるって言わないの。
とりあえず、お姉ちゃん、日曜なのに終電で、
足も
筋肉痛、そして手のひらになぜか
(たぶんタンバリンのたたきすぎで)まで
できてて、とにかくすごく疲れてるんだってば。
だから、その相談は、とりあえず明日にしよう。

ってね。

そしたら、眠ってしまった私をよそに、
あいつを必死で説得し始めるやつら
現れた。

クラス委員のあいつが辞めたら、
今度のクラス対抗運動会で負けちゃうんだって。
だから、今辞めてもらっちゃ困るんだって。
でも、隣のクラスと合同チーム作ったら、運動会が
面白くなくなっちゃうから、それはやめようねって。

そりゃそうだ。と思った。
クラス対抗なのに、クラス同士が合同チームに
なったら運動会の意味がなくなっちゃう。

そうして、昨日はみんなで学級会。
クラスの子一人ひとりが、あいつが辞めないように、
日ごろの感謝の気持ちとあいつの重要性を、作文に
書いて発表した。

あいつは、家に帰って考えた。
みんなの作文を復唱しながら、部屋にこもって
考えた。

そして今日。
あいつは、何事もなかったかのように、
でも、ちょっとバツが悪そうに、帽子で
顔を隠しながら、学校にやってきた。

クラスのみんなは、それを暖かく迎えたのだった。。。

さて、この2つのケースを簡単に比べてみよう。

辞めることを許される人と、許されない人
いるってことだが、この境界線って、なんなんだろ。

・辞める理由
 →お腹が痛かったらやめていいけど、
  精神的にきつい、っていう理由は受理できません。

  ってことか。
  どっちかっていうと、精神的にきついほうが、
  普通の社会ではやめる理由になると思うんですが。
  まぁ、お腹痛い原因は、精神的にきついこと、と
  言ってしまえばそれまでなんだけど、今のところ
  そこまでははっきりしてないよね。

・代わりがいるか
 →片方のクラスには、誰かが辞めても代わりに
  なるような人材がたくさんいたけど、もう1つの
  クラスには、結局、代わりがいなかったのよね。
  (あんなに人数いるのに)

ってところかな。

じゃ、たとえば、「会社辞めたい」と思ったときの
必勝法としては、あらかじめ、仕事をがんがん
分担しておいて、自分の負荷を軽くしまくった挙句、
(雪の中を真っ裸で歩くなどして)おもむろに体調を
壊して、できれば病院に入ること、ってことか。

まぁでも、会社にしろなんにしろ、「辞めたい」って
言ったあと、たとえ、みんなに説得されて本鞘になったと
しても、みんなからの信頼はかなりなくなるってことが
今回よく分かったので、やっぱり、「辞めたい」だなんて、
そんなに簡単に言っちゃいけない
ってことだな。

2007年11月 5日 (月)

バスケとカラオケの関係性

結局、前回バスケに行ってから、丸2ヶ月?
スポーツは、やっぱり日課にはならないなぁ。
なかなか。

今回は、前回の反省を活かして、
3時間フル出場は避けることにした。

だって、あのとき痛めた右足の親指の色が、
まだ紫色なのだ。
もう痛み自体はないのだが、心の傷は深い。

それにさ、昨日アロマで思いっきり
足全体を揉んでもらってしまったのだ。
せっかくコンディションを元に戻した直後に、
また足を駆使するのは気が引けた。

そうして、勿体つけて家を出て、
体育館についたのは、集合時間の
1.5h遅れ。
ちょうど半分というところか。

この前の半分なら、ちょろいもんだろうと
思ったのだが、やっぱり2ヶ月もやってないと、
全然だめだ。

気持ちは前に行くのだが、足が前にでない。
なんかつんのめりそうだ。
運動会で久しぶりに全力疾走したお父さん
気持ち。

ゴール下の激しいボール取り争いにも
加われるわけもなく、結局、今日も、球技を
やったのではなく、どちらかというと、ジョギングを
やったような感じになってしまった。

・・・球技は、昔から苦手なんだって。
サッカーで、自殺点決めちゃってから、球技は
全体的にトラウマなんだって。

もういいよ、とりあえずさ、飲みに行こうよ。

と。
早稲田祭の真っ只中、群がる早稲田生たちを
振り切って向かった飲み屋。
のはずが、飲み屋も、おそらく早稲田生たちが
激しく飲んでいた。

私の大学、上品な大学だから、こういうの
わかんないのよねー。

と、部外者であることを主張してみるが、
なぜか、みんな驚いた顔。
「あれ。早稲田出身じゃないんだっけ。」

いや、違いますよ。
そんなはずないじゃないですか。
そんなの、一目瞭然じゃないですか。
これだから、早稲田の方は困るんだよ。

とか言ってるうちに、気づけば9時。
あらあら。明日は会社じゃない?
そろそろ帰って寝ないと、明日また
2時間休だよ。
2時間休は先週の月曜も使っちゃったんだよ。
そんな毎週使ってられないよ。

しかし。
一向に帰る空気ではない皆様。
みんな、元気ねぇ。
さっきまでドムドムとドリブルやってたのに、
まだ体力あるのかい。

そうして吸い込まれていったカラオケ
そういえば私、カラオケ10日ぶりくらいなんですが、
最近、カラオケ来すぎじゃないでしょうか。
で、これから忘年会が始まるでしょ。
もっとカラオケ頻度増えていくはずなんですよ。
やばいなぁ。
もう、レパートリーがないなぁ。

ってかさ、お酒飲んだ後って、カラオケには
本来向いていないのよ。
お酒飲むと、なんか、喉がしまっちゃうのよね。
だから、いい声が出なくなるのよ。
みんな、お酒飲んだあとにこぞってカラオケ行くけど、
これって、食い合わせ的には最悪なのよ。

って、薀蓄っぽいことギャーギャー心の中で、
唱えつつ、気づけば私の手元にはマイク
いろいろ言いながら、結局、歌っちゃうのよねー。
結局、好きなのよねー。

あーあ。
しかも、なんで1曲目からシャウト系
歌う羽目になってんだよ。
1曲目は、それなりに楽しい曲にして、
ウーロン茶片手に、まずは喉を開けるのが
セオリーでしょ。

しかし。
歌い始めたときに、私は気づいたのだった。

今日は、異常に声が出る

どうした。この調子のよさは。
今日まだウーロン茶飲んでないよ。
お酒しか飲んでないのに。

あ。そうか。
さっきバスケやったからだ。
激しく走って、ハァハァ言ってるうちに、
喉が開いたのね。
そういえば、中学のとき、吹奏楽の
練習の前に、音楽室の周り1周してから
楽器吹くと、調子よくなった、あれと一緒だ。

すばらしいな。
バスケのあとにカラオケ。
すごい相乗効果あるじゃないか。
カラオケやるために、バスケやるってのも
悪くないな。

と、いう風に、本来の趣旨(バスケ)
単なるおまけ(カラオケ)の関係性を間逆に
履き違えたまま、日曜の夜は更けていくのだった。

そして、本日も終電なり。
え。明日、会社?
なにそれ。

2007年11月 2日 (金)

大人になったと思うこと

そうしてまた一人、友達が結婚していった。

社内結婚ということが大きな要因であると思うが、
2次会はなんだか人・人・人でごった返していて、
同期のペースがまったくつかめないまま終了して
いった。

そんな日曜の夜9時半。

他の大人たちは明日の会社に備えて
おとなしく原宿駅に吸い取られていったのだが、
私たち、いわゆるがきどもは、なんだかとても
飲み足りない。

ま、飲みなおすとするか。

しかしながら。
毎回新橋付近がホームの私たちとしては、
原宿のようなおしゃれタウンは完全にアウェイ。
どこに行ったら飲み屋があるのやら。

そうしてやっと見つけた飲み屋。
その名も「さくら」。
お。ここなら、きっと「~水産」と似たような
やっすいレベルなのでは。

と、思ったのだが、お店に入って店員さんに
席を案内されて、たどり着いたところは、
外のテラス席

夜の原宿
木々がいい感じに配置されたテラス
最小限の暖色照明
テラスの向こう側は外苑の自然

そう。
そこは、ガキどもにはあまりにも似つかわしくない、
大人の空間だったのだ。

おそらく、3年前ならこういう空間には、
私たちは耐えられなかったであろう。
なんとなく落ち着かなくて、早々に店を出て、
カラオケに逃げ込んでいたに違いない。

しかし、入社して4年半。
私たちも大人になったもんだ。
すっかりテラスでくつろいで、みんなで
毛布など譲り合いながら、空の
ゆったりと眺める。
(東京砂漠だから、ほとんど星は見えなかったけど)

言葉は少ないけど、それが不服に感じない。

ああ。なんか落ち着くなぁ。

そうして、誰からともなく、同期としての5年間を
振り返るのだった。

そうかぁ。
内定したときからあわせると、もう5年か。
よく考えたら、大学よりも長い時間がたったのね。
もう少しで小学校すら卒業しちゃうよ。

最初は、こんな肉食獣みたいな同期たちの
なかで、どうしたらいいのか、深入りせずに
いこうか、と悩んだこともあったけど、いつの間にやら
一緒に星を見上げられるような関係になっている
ことに、なんだか不思議な感じを覚える。

今となっては、正式には同期ではなくなったメンバーも
いるけど、そんなことはなんの障害にもなっていない。

なんか、いいよ。
悪くないよね、こういう大人の友情。

そうして、メンバーたちの成長を確かめながら
解散していった日曜の夜であった。

そんな週の初め。
客先から直接家に帰ってきた私は、週末に
見逃したMusicFairの録画を再生した。

その日の特集は、90's Hit Song
米米とか、フミヤとかユーミンとか、
いかにも懐かしい面々が懐かしい曲を
歌っている。

ああ、なんて懐かしいんでしょう。
と、洗濯物をたたみながら拝見していた私。

しかし、ある1曲が始まると、洗濯物を
たたむ手が止まってしまった。

チャゲアスの、Say Yes

何十回も聴いた曲なのに、全然今まで
気づいていなかったところに激しく目と
耳を奪われてしまったのである。

それは、「チャゲのすばらしさ」だ。

今までは、飛鳥のほうしか気にならなかったのに、
その日はなぜか、どうしてもチャゲが目に付く。

なにしろ、飛鳥にぴったり合っているのだ。

アクセントのつけ方も、音の伸ばし方も、
雰囲気さえも。

それでいて、ぴったしあわせているところを
見せ付ける様子はまったくなくて。
「俺は何にもやってないぞ」って顔で、ちょっと
斜に構えた感じで、飛鳥を引き立たせている。

チャゲ、お前、なんて仕事人なんだ。

ってか、そんな地味だけどすばらしいところに
気づけるようになった私。
なんて大人になったんだ。

と、「大人」を実感した、10月終わりの出来事たちでした。

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