« 2007年8月 | トップページ | 2007年10月 »

2007年9月

2007年9月30日 (日)

10年ぶりの歯医者その1~いつの間に~

いつの間に、生えていたんだ、親不知。
(川柳風に)

私が飲みに遅刻するなんてめったにないんだが、
この日は仕方なかった。

だって、予約した「痛くない」歯医者は、
本日5時しか空いていなかったのだ。

これ以上、虫歯にびくびくしながら生きていくのは
絶えられない。
だから、その唯一空いている5時に、滑り込むしか
なかったんだ。

その日、なかなか歯医者に出かける決心が
つかず、なんとなく、フリーセルが終わらない
ふりをして時間をつぶす。

そして、結局ぎりぎりの時間になって家を出て、
電車に乗ったほうが早いのに、わざわざ歩きながら
覚悟を決める。
歯医者くらいにびくびくするな!

道に迷いながら、時間に5分遅れて着いた
歯医者は、意外に小さかった。

問診票を書いていると、歯医者特有の、
あの「ウィーン」という音が聞こえてくる。
そうか。痛くないといわれている歯医者でも、
あの恐怖心をくすぐる音を消すことは
できなかったか。

問診票には、
「以前の歯医者はどのような感じでしたか」
という質問があり、いくつかのチェック欄が。
私はしっかりと、
「怖かった」
「痛かった」
「説明をしてくれなかった」

にチェック。
こんだけ印象が悪いと知れば、今回こそは
できる限りやさしくしてくれるはず。

と。
ついに看護婦さんから呼び出しが。
運命のとき。

足を踏み入れた診療室には、一人ひとりの
診療台の脇に、テレビがついていて、
そのテレビでは、「天使にラブソングを」
DVDが消音で流れていた。
患者の気休め用ということか。

担当の先生は見た限り、ほとんど同い年
くらいのお兄ちゃん。
お兄ちゃんに、私の人生がかかっているのだよ。
がんばって!

モンダミンを出されてうがいをし、
先生がまずは口の中を診察。

と。
親不知が、虫歯になって、かけているようですね
といいながら、苦笑する先生。

先生!
その症状は、笑い事じゃないっすよ!
ってか、親不知っていつの間に生えてたんですか!

「親不知は、だいたい20歳前後に生えてくるものですので」

先生、ちょっと困った笑い。
先生!なに困った顔してるんですか。
もしや、先生新米だから、親不知治療するの初めて
だったりしない?
それとも、親不知が生えてることにまったく
気づいてなかった私に、ちょっとあきれてたりするわけ?

「とりあえず、レントゲンとりましょう」

もうすっかりおどおどしてる私。
親不知 虫歯 抜く? すげー痛い。
そういう単語が断片的に頭の中を
ぐるぐるぐるぐる回っている。

あわあわ言いながら、レントゲンを撮影。
最近のレントゲンって、口の周りを
カメラが1周するのねー。

席に戻ると、今度は先生が口の中の
写真撮影を始める。
もう、「天使にラブソングを」なんて悠長に
見てる場合じゃない。
親不知抜歯だなんて、大事だ。
ってか今日抜いたりする?
私これからお酒飲みたいんですが。

と、「天使にラブソングを」だったはずの
テレビ画面が、いつの間にか私の歯の
写真に。

すごい画質よいけど、その写真は
どうやって撮影したわけ?
しかも右端から左端まで1枚で撮影できてる
じゃない。

なんて技術的なところに目をつけて
気をそらそうとしていると、先生が
説明を始める。

「ここが、親不知ですね」

確かに、奥歯は昔ことごとく虫歯になっていて、
全部の歯に詰め物がされているはずなのに、
一番奥の1本だけは、なんにも詰め物されてない。

そんな歯が、左の上下と右の下に1本づつ。
右の上にはどうやら生える気配もない。
そして、右の下の歯は、斜めに生えてきて、
どうやら表面に出る前に前の歯にぶつかって
しまい、これ以上は出てこれないらしい。

で。
その親不知の左上の1本が、
写真でも分かるくらい、明らかに欠けている。

先生、苦笑い。
だからさ、その苦笑いはなんなの?

相変わらずもうてんぱってる私は、おずおずと
先生に聞いてみる。

「・・・やっぱり、親不知って、抜かないといけないんですか」

「そうですねー、やっぱりもう虫歯になっちゃって、
歯が欠けてるので、抜くことになりますねー」

やはり!!!!
やはり、抜かないといけないですか。。。

歯を抜いたのなんて、乳歯が大人の歯に
生え変わるとき以来だよ。
あのとき、ぐらぐらすることはするんだけど、
なっかなか自力では歯が抜けなくて、結構
歯医者で抜かれたもんなー。

「あのー、親不知抜くのって、すんごい痛いんですか」

「いや、上の歯なんで、そんなに痛くないですよ。
抜いたあとは、
痛み止めとか出しますし、心配しないで
大丈夫です。」

痛み止め?
痛み止め出さないとだめってことは、
薬飲まないとかなり痛いよ、ってことじゃない!
やっぱり痛いんじゃないか!
どうすれば、どうすれば痛くないっていうんですか、
教えてくださいよ、先生!

と。
本当なら、初回は治療しないはずなのだが、
応急処置として、虫歯に薬をつめることに。

・・・私、そんなに虫歯放置してたのか。
歯医者行きたくなかったとはいえ、お兄ちゃん先生に
手間をかけさせてしまったことはちょっと反省。

薬をつめた後、先生が念のために聞いてきた。
「何か、質問はありませんか?」

「・・・・・・・親不知、いつの間にか生えてたんですねー」

それ以外の台詞が、さっきから全然思いつかない。

結局、そのままとぼとぼと診療室を出る私。

あ、そういえば聞き忘れていたよ。
肝心な質問を。

仕方なく、受付でおねいさんに聞いてみる。
「親不知抜いたときって、そのあと何か食べても
大丈夫なんですか?」

ちょっと困った顔のおねいさん。
やっぱ受付の人は分からないのか?

「そうですね、1~2時間くらい、麻酔効いてますから、
その間はおかないといけないですね」

「あ。あと、その日はスポーツとかお酒とか
だめですけど、大丈夫ですか?」

あ。はい。
大丈夫です。
おねいさん、初対面なのに、私が飲みそうな
気配するんですか。
(被害妄想)
今日はこれから飲みますけど、とりあえず
来週は予定ありませんから。

というわけで、来週は、スポーツと
お酒のお誘いは、お断りさせていただきます。
あしからず。

そんなこんなで、来週は続編「親不知抜歯」
ホラー映画タッチでお送りすることになりそうです。

2007年9月28日 (金)

10年ぶりの

10年ぶりの、(おそらく)虫歯

いや、たぶん、この症状はきっともうちょっと
前から怪しかったんだけど、今までは気づかない
フリをしていただけなんだろう。
今から考えると。

でも、今日は明らかに、あの感覚、あの痛みは
虫歯であることを認めざるを得ない。

そして、虫歯ってことは、いい加減歯医者に
行かないといけないってことか。

歯医者
それは、世の中でもっとも嫌いな言葉の一つ。

痛いし怖いし、怒られるし、時間かかるし。

田舎にいたときに通っていた歯医者さんは、
入り口を入った瞬間に、強烈な消毒のにおい、
いわゆる歯医者さんのにおいがした。

待ち合わせ場所はいつもいっぱい。
そして、ドアをはさんだ治療室から、
いつも、お子様たちの大きな泣き声や
絶叫が聞こえてきて、それ聞いてるだけで、
もうこっちも十分泣きたい気持ちなのだ。

そうして名前を呼ばれて入っていくと、
だいたい歯の様子を診てくれる歯医者さんは
おそろしい女医さんで、最初に
「痛かったら言ってね☆」っていうんだけど、
痛い、って言ってもたいした効果は生まないどころか、
逆効果であることのほうが多い。

でも、この歯医者さん、きっと当時の田舎の歯医者
事情からしたらかなりいいほうだったと思う。
だって、一応、レントゲン麻酔があったから。

でも、麻酔が全然意味を成さないんだよね。
だって、麻酔を打たれるときのあの痛さったら。
だから、まず、席に案内されたときにチェックするのは、
あの、異常にでかい針の注射が先生の座る台に
置いてあるかどうかだった。
でも、もしそこに注射がセットされていなくても、
安心はできないんだ。
うがいとかしてるときに、だいたい看護婦のお姉ちゃんが、
もってくるんだよね。
でっかい注射を。

ああどうしようどうしよう。
歯医者に行かないと虫歯が痛む。
でも、歯医者に行くと麻酔が痛む。
どっちにしろ痛いじゃないか!
どうしたらいいんだ。

しかも、こんな東京砂漠で、歯医者につれてってくれる、
影響力のある大人もいない場所で。

歯医者もいっぱいあるし、いったいどこに行ったら
いいんだろう。

と、酔っ払いながら真夜中に歯医者検索。
キーワードはもちろん「歯医者 東京 痛くない」だ。

で。
いろいろ調べた結果、どうやら、最近のよさげな
歯医者は、「痛くない」らしい。

麻酔の注射は使うらしいんだが、注射打つ前に、
注射打つところに麻酔かけるんだって。
そうすると、注射打ってもほとんど痛くないんだって。

なるほどね~。

それから、最近は、レントゲンも前みたいに、口の中に
とんがったフイルムみたいなの入れて固定して、
口の中が軽く切れる、みたいなこともないらしい。

それに、治療計画や診断書とかも共有してくれて、
完全なるインフォームドコンセントの世界らしい。

なんか、10年前とえらい違いじゃないか。

この歴然たる差は、10年間の時代の流れなのか、
それとも、田舎と東京の差なのか。

よし!ちょっと安心した!
もう大人なんだから、歯医者くらいにびびってんじゃない!
ここはいっちょ、歯医者とは本当に「痛くなくなったのか」
確かめてみようじゃないか。

でも。。。最近歯医者に行ったことのある人がいたら、
教えて☆

本当に、絶対、痛くないんだよね?

2007年9月24日 (月)

姉の努め

みんなで餃子を食べながら、どうしてあんな
話の流れになったのか、(出張先で半徹夜の
次の日だったからか)
まったく覚えてないんだが、
この日の議題は「もし不倫したら妹に話すか」
というものだった。

そのときは、まだ餃子を食べはじめで、
待ち合わせ時間にほぼそろうことのない
私たちは、あいかわらずその日もそんな
感じで、偶然先に集まったのが、長男と
長女ばかりで、だからなのか、結構私たちは
本気でこの議題について話し合うこととなった。

「私は、余裕で妹に恋愛事情は話すよ」
と言ったのは、2人姉妹のおねいちゃんだったが、
その発言が、3人兄弟(姉妹)の一番上の神経を
逆撫でした。

3人兄弟(姉妹)の一番上としては、こんな破廉恥な
発言は、到底許されるものではない。

2人も下に兄弟を抱えた者からすると、
姉(兄)は、「下の兄弟の模範的な存在」という
ことになっている、というか、昔から親にそうやって
教えられてきているのだ。

お姉ちゃんなんだから、ちゃんとしなさい」って。

だからたぶん、妹からしても、おねえちゃんは
ちゃんと」しているものだと思っているに違いない。

そんなおねえちゃんが、ある日突然不倫だなんて
言ってみろ。
妹たちの道徳観念は丸つぶれ。
お姉ちゃんが不倫してるんだから、私たちだって
やったっていいだろうってなるに違いない。

妹たちが狂ってくるってことは、当然、妹たちを
目の中に入れても痛くない親たちだって狂ってくる。

家庭崩壊とは、きっとそのようにして始まるものだ。

・・・って、すんごい妄想して、熱く語り合ったけど、
別に、誰も不倫もしてなけりゃ子供ができちゃった
経験もない。

家庭が崩壊されるほど、一度大きく羽目でも
はずしてみたいもんだ。

って、水曜日のそんなたわいもない話を
急に思い出したのは、今日再放送していた
HEROを見たからだ。

社長の不倫をすっぱ抜いたフリーライターを
殺してしまった、その会社を愛する専務が言っていた。

「たかが不倫かもしれないけど、こんな田舎を
支えている地元の企業の社長が不倫なんてしてた
なんてことになったら、この土地の人は会社に
対する信用をなくしてしまう。
会社の信用がなくなったら、若者は田舎から出て行って
しまうし、そうすると、働く人のいなくなった土地は
国に頼るしかなくなって、美しい自然もなくなってしまうんだ。」
と。

私は、そうやって懇々と語る滝田専務に、
「姉」の姿を見た。
そうか。鴨居産業は、多くの家族たちを支える、
姉のような存在であったのだと。

そうだよね、やっぱり姉たる者、妹たちに、
破廉恥な姿をさらすなんて絶対にいけないのだ。
ばれそうになったら人殺ししないといけないくらい、
隠しておかなきゃいけないことだって、きっとあるのだ。

そうして、「姉」の理想像に確固たる自信を持った
姉は、今日もひたすら姉の努めを果たすんだ。

それはたとえば、誕生日を迎えたけど金がまったくない
妹に、ちょっと高めのプレゼントを買ってあげること。
そして、おいしいケーキを食べさせ、常に行きたがっている
カラオケで思う存分歌わせてあげること。

もちろん、妹の前では、「昨日の合コン、楽しかったよ!」
なんて、破廉恥な台詞は絶対に言わずに、ね。

2007年9月22日 (土)

真夜中の5分前

って、今はもう真夜中だけども、そういうんじゃなくて。

本多孝好を初めて読んだのは、1年ちょっと前。
やっぱり夏だった。

なんでその本にたどり着いたかって、たぶんそれは、
その文庫本の表紙の絵が、なんとなくさわやかなんだけど
寂しげで、そのちょっと涼しい感じが夏っぽくて、それで
買ったんだと思う。

FINE DAYS (祥伝社文庫)

FINE DAYS (祥伝社文庫)

著者:本多 孝好

FINE DAYS (祥伝社文庫)

その本は、4つのショートストーリーから
なっているのだが、どのストーリーの主人公も、
だいたい20代の、ようは子供から大人になる
過渡期の男子たち。

で、その男子たちは、一様に客観的で、あまり
自分がその物語の渦中にいることを好まず、
だからこそかなりクールで、ちょっと斜めな目線で
世の中を見ている。

その「斜め」は、たとえばもてない自分を哀れんで
恋愛に後ろ向き、とかそういうんじゃなくて、なんというか、
人生そのものにちょっと疲れた感じのかなり深刻な
「斜め」なのだ。

本来、私はこういう斜めな男子はあまり好きではないのだが、
話がリアルとファンタジーの間を行き来している間に、
この斜めな感じがいきなり崩れる瞬間がある。

その瞬間が、なんとも泣けるのだ。

そして、話は最後にまた、何事もなかったかのような
クールさを取り戻して終わっていくんだけど、その憂いが、
またすばらしい。

毎年、人気のある作家を寄り集めて出版している
文庫本がある。

I LOVE YOU (祥伝社文庫 ん 1-42)

I LOVE YOU (祥伝社文庫 ん 1-42)

著者:伊坂 幸太郎

I LOVE YOU (祥伝社文庫 ん 1-42)

毎年、かなりありきたりなタイトルで出版されるのだが、
今年も、I love youという、なんともありきたりで検索
しにくいタイトルだった。

その中には、伊坂幸太郎だったり、石田衣良だったり、
はたまた市川拓司だったり、聞けば即代表作が
思い浮かぶような作家ばかりの作品が詰まっていたが、
最後につづられる本多孝好の作品は、やはり秀逸だった。
(あ。今気づいたんだが、私と石田衣良は誕生日が一緒)

それは、男女の別れの風景を描いた作品で、
思い出話などしながら、二人は最後の食事をするわけだけど、
店を出るときに、ふと彼女が時々しかつけない香水
香りに気づいて、やっぱりその冷静な男性の中の、何かが
崩れるわけだ。

その情景は、本当に、話の最後の2ページくらいに
集約されてしまうのだけど、その2ページに、読む人は、
(というか私は)これ以上ないほど切なくなってしまうのだ。

そんなこんなで、一番最近私が出会った本多孝好が、
真夜中の5分前

真夜中の五分前 side-A (1) (新潮文庫 ほ 18-1)

真夜中の五分前 side-A (1) (新潮文庫 ほ 18-1)

著者:本多 孝好

真夜中の五分前 side-A (1) (新潮文庫 ほ 18-1)

ショートストーリーが主流の彼の作品には珍しく、
(すんごい薄いけども)一応2冊セットの作品だ。

恋人をなくしたことにより、時間が止まってしまった
男が、新しく現れた女性の力を借りて、過去を
忘れて再び目覚めるところまでがSide-A

しかし、その幸せはすぐにどこかに行ってしまい、
また時間が止まってしまった男が、過去は過去として
消化し、もう一度、今度は自分の力で時間を
動かし始めるのが、Side-B

やっぱり圧巻は、Side-Bの最後の30ページだ。

思い出の場所にやっとこさたどり着いた男が、
昔の恋人を思い出して、できることなら、再会して、
今の自分をどう思うか聞いてみたいと切望し、
それが絶対に実現しない現実に途方にくれる。

確かに、と思う。
長い時間を歩いてきた中で、人間は、自分でも気づかない
うちに、変わってしまうのだと思う。
だから、人生のある時期、一番自分のことをちゃんと
見ていてくれた人に、あのときの私の生きがいとか、
ポリシーとかを、私以上にきっと分かってくれて
いた人に、今の自分をきちんと評価してほしい。

自分ひとりで自分のことを判断して歩いていけるほど、
そんなに強くは生きられないから。

・・・そうして、途方にくれたあとで、彼は、横道にそれて
しまっていた自分の歩く道を、ちょっとだけ修正して
前に進んでいく。

・・・・・・
そのシーンばかりを、1日3回も読み直して、電車の中で
涙をにじませる私がいた。

だめだめ。
帰りの電車であれば、ファンタジーの中に迷い込むのは
ありだけど、行きの電車で迷い込んだら仕事できなく
なっちゃうってば。

私はとりあえず、ファンタジーより目の前の現実に
向き合うことを覚えないといけない。

2007年9月17日 (月)

超多忙旅行記~祭りの後~

そうして、かなりリアルな過疎化&少子化問題を
目の当たりにしながら、はてさて、次世代を
担うはずの私は、子供をはらむそぶりも見せず、
田舎に帰ってくるそぶりも見せず、こんな感じで
社会的に本当に大丈夫なんだろうか、といささか
真剣に悩んでいるうちに、女流薙刀は終了し、
ついに登場するいとこの息子、とその友達。

そこで勃発する2つ目の問題。

それが、「親ばかと野次」問題だ。

前の組の薙刀のときも、その傾向はちら見
できたのだけど、うちの組のときは、本当に
ひどかった。

まず、ステージの真下ににじり寄り、
下の娘を肩車して、食い入るように
薙刀見学を始めたのは、ステージにいる
いとこの子供の父親、ってことは、
うちのいとこのお兄ちゃんなんだけど。

「うぉらぁー!しっかりやれよー!」

うちのお兄ちゃん、ただでさえ声がでかくて、
しかもよっぱらうとさらに声がでかくなるのに、
今日はその声を一段と張り上げて応援している。

お兄ちゃん、まずはその肩車を降ろしなって。
後ろの人が全然見えないでしょ。

私も、親戚一同なので、できるだけステージのまん前で
カメラを構えたところで、薙刀は始まった。

Dsc01583

だけど、うちの子は、完成された前の組と違って、
年齢もかなり下だし、薙刀も今年が初めてなのだ。
しかも、うちの子は、声のでかい父親と違い、
利発だが、あまり運動とか得意なほうではないと
思う。

案の定、薙刀を高速で振り回すような難しいところは、
結構たどたどしい出来ではある。

しかし、だからと言って、あの周りの野次
ひどかったのではないか。

「おい!どうした!ちゃんとやれ!」
「もっとがんばれ!」

次から次へと小さい子供に対して振りかけられる怒号。

そして、それに便乗して声援を送る父親。
「ほら、○○、がんばれ!」
「やっちまえ!」

やっちまえって、別にその刀、神剣でもなんでもないんだから。

鳴り止まない怒号。
後ろのほうで、お祭りの練習の反省会を始める大人たち。

ああ、なんだかうちの子が馬鹿にされてるみたいで、
妙にむかついてきて、そして。。。

「がんばれ!○○!がんばれ!!!」

あー、結局、私も親ばかの一員になってしまった。

そうして、鳴り止まぬ野次や怒号の中、薙刀は終了。

最後に、親ばか代表のいとこのお兄ちゃんは、
おもむろにこちら側を振り返り、大声で、
「ありがとうございました!!!」

・・・・・・だからさ、お兄ちゃんを見に来たんじゃないんだってば。
なんでもかんでも、お兄ちゃんがお膳立てしてあげなくても
あの子は利口だからちゃんと生きていけるんだってば。

それにしても、お祭りのときの薙刀って、
私がよくお祭りに行っていた時代は、もっと整然と、
厳粛な空気の中でやっていたのではなかったか。

それが、10年たって、厳粛な薙刀は、運動会のかけっこ
同等の取り扱いになってしまった。

いとこの息子が成長した姿を見れたのはすごくよかったけど、
もうこんな大人たちの中にはいられない。

お父ちゃん、アイスでも買って、帰ろう。

・・・・・・
次の日は、お囃子の音でたたき起こされた。
なんか、うちのすぐ近くでお囃子がなっている。

もしや!

あわててパジャマを脱ぎ捨て、一応人前に出られる
格好をして、カメラを持って下に降りる。

お祭りの2日目は、薙刀とか獅子舞の一団が、
新築した家とか、子供が生まれた家とか、そういう
お祝い事のあるところを順番に回って、薙刀や
獅子舞を披露して、安全祈願をしてくれるのだ。

そして、その一団が回ってくる家は、一応上記のような
基準はあるのだが、結局は、役員の気の向いた家
ということになり、今年の場合、薙刀をやってる子の
親戚である我が家は、結構回ってくる率が高いはず。
何しろ、青年団を仕切ってるのはあの親ばか兄ちゃんだし。

家族そろって外に出てお囃子の様子をじっと見ていると、
やがてお囃子は信号を渡って、我が家の前にやってきた。

Dsc01597

ここでは、最初から最後まで全部舞ってる時間はないので、
プログラムの一部分を披露してくれる。

昨日と違って、観客は少ないので、ここでは落ち着いて、
息子の成長の様子を見ることができた。

そして、お兄ちゃんも、さすがに朝は酔いもさめて、
でしゃばる様子もなく、じっと息子の様子を見ている。

そして、短いプログラムのあと、寸志をもらって
お囃子隊は去っていく。

去っていくとき、先頭のお兄ちゃんは、
大太鼓担ぎながら、私たちに叫んだ。
「ありがとうな!」

その「ありがとう」は、寸志の3000円に対しての
ありがとうだったのか、はたまた、息子の薙刀を
鑑賞してくれたことへの、親ばか的なありがとうだったのか。

お兄ちゃんも、わざわざうちに寄ってくれて、
息子の成長した姿見せてくれて、ありがとうね。
でも、次に私が帰ってくるときまでに、その度を越した
親ばかは、自粛するようにしといてね。

さて、そろそろ私は帰ることにするよ、東京に。

・・・今夜は、合コンだからさ。
(親不孝者でごめんなさい)

超多忙旅行記~祭りの中~

夕方にやっとこさ長野にたどり着き、
せっせと母を手伝って大量の夕飯を用意した
というのに、6時過ぎにやってきたのは2名だけ。
しかも、その2名も、2時間ほど夕飯を食べながら
無駄話に花を咲かせ、散々酔っ払った挙句、
なんと、祭りが始まる前の、夜の8時に帰って
しまった。

うちの親戚は、いかんせんみんなマイペースなので、
こういう事態は、ままあることではあるが。

ままあることではあるんだけど、私、何のために、
田舎に帰ってきたんだっけ。
親戚の相手するためじゃなかったっけ?

まぁともあれ、父親が祭りに出かけてしまい、
親戚も帰って、家には、母と私(とばかウサギ)だけ。

もしかして、私が来なかったら、こんな浮かれた日の
夜に、母は家に一人きりだったのかと思うと、
ちょっと背中が寒くなる。

とりあえず、そろそろお祭り始まっちゃう。
早く神社に行かなきゃね。
と、小屋から抜け出したばかウサギを追い回して
小屋に戻す。
あんたはどうせ祭り行けないんだから、おとなしく
してなさい。

そうそう、言っておくと、この時点ですでに夜の9時
うちの田舎のお祭りは、夜の9時では、まだ何も
始まらない。

9:20。お宮に到着。
10年以上の間を空けて再び見るお宮は、
前に見たときより、確実に一回り、小さくなったような
気がした。

と。坂の下には屋台が集結している。
さて、そろそろ1つ目の屋台があがってくるかね。

あ。そうそう、解説しておくと、
うちのお祭りは、3つの地区(昔は部落と言っていたが、
たぶん今はそういう呼び名は使っちゃだめなのよね)

が集まって行われるわけだが、それぞれの地区ごとに
屋台(って言ってるけど、一般的には山車というのではないか)
を用意し、その屋台は、順番に、お宮の前の急な
坂を、大勢の人が引っ張ることによって引き上げられ、
整列するわけだ。

と、よく見かける顔が。
親戚のお兄ちゃん、つまりは、薙刀をやるいとこの
子供の父親である。

声をかけると、私がわざわざ東京からやってきて
いることへのねぎらいの言葉は一切なく、
「おぅおぅ。今日は、俺の祭り、たっぷり見せてやるからな」

誰の祭りだって?
言っとくけど、薙刀やるのは、お兄ちゃんじゃなくて、
お兄ちゃんの息子なんだよ?
自分は屋台引っ張って大太鼓を支えるくらいなのに、
大きなことばっかり言ってるんじゃないよ。

とか思っている間に、急な坂を上って、
屋台は神社前に整列。

Dsc01553

ちなみに、この伝統的な、遺産に指定されても
おかしくないような屋台に、なぜかうちの若者たちは、
それに似つかわしくない飾りつけをする。

写真をよーくみてもらうと分かるんだが、
今年のうちの地区の飾りつけは、
ビリーだ。

ちなみに、ほかの地区は風林火山スティッチ
それぞれ、地元の青年団がマスコットを考える
らしいんだが、せめてもう少し、統一感を持たせる
ことはできないものか。

屋台の傍らには、お神酒をそのままラッパ飲み
している父親。
さっきウコンの力を飲んで出て行ったから、
いつもよりは若干平気そうだが、これ以上
飲ませたらまたコンビニでアイスを20個くらい買って
帰ってくるような気がしたので、とりあえず集団から
引き離す。

柱に寄りかかった父親は、もう帰ろう、と
うわごとのように繰り返す。
俺の仕事はもう終わったんだから、帰ろう、と。

だめ。今帰るのはだめ。
確かに父の仕事(屋台の後ろで行き先をコントロールする役目)
終わったかもしれないが、お祭りはまだ開会宣言も
してなければ、いとこの子供の薙刀も始まっちゃいない。

やっとこさ、開会宣言が行われたのは、夜の10:10
こんな時間から小学生に芸をやらせようだなんて、
無理にもほどがあると思うんだが、これがうちの
田舎の伝統なんだそうな。

開会宣言が終わると、早速各地区ごとに、
薙刀が行われる。

いとこの子供の出番は、2番目。

最初の組の薙刀が始まった途端に、
なんだか、すごい違和感。

違和感の原因は、2つ。

1つは、この地区の薙刀をやっているのが、
女の子だということだ。

私がよく祭りに行っていたころ、
祭りに参加できるのは、男の子だけだった。

地区によっては、少子化問題のあおりを
受けて、お囃子にはやむなく女子を参加
させる地区もあったんだが、薙刀とか獅子舞とか、
そういうものは、男子でなければできない伝統
だったはずだ。

しかし、伝統を覆さなければならないほど、
少子化問題は深刻らしい。

しかも、その女の子は、もう小学6年生で、
薙刀3年目

薙刀は、大体小学校3年とか4年の子が
やるものであって、その機会は本来一生に
一度。

一度だから、大変だし、価値があったはずなのだ。
なのに、この子達はもう3年目。
3年目ともなると、もう教わらなくても薙刀の技術は
全部マスターしているので、もう希少価値も何もなく、
忙しいとお祭りの練習も休みがち。

親の感慨もそんなに深いところはないらしい。

東京では、そんなに実感わかない少子化問題も、
田舎ではかくも深刻なものなのか。

そして、2つ目に気になった問題が、親ばか問題
なわけだが、長くなってしまったので、この続きは、
うちのいとこの息子の薙刀を見ながら語ることに
しよう。

この続きは、また今度。

超多忙旅行記~祭りの前~

別府から朝一の飛行機で帰ってきて
いったん家に帰り、30分で荷物をまとめて
2つ目の旅行に向かう。

向かった先は。。。実家だ。

なぜ、こんな超多忙スケジュールをおして、
田舎にたった1泊で帰らないといけなくなったのか。

話は、1週間前にさかのぼる。

家の電話には、友達は電話をかけてこないから、
9割は家族からの電話だ。
(あとの1割は、なにかの押し売り)

電話に出ると、母はいきなり切り出した。
「来週の土曜日、帰ってこれる?」

来週の土曜日?
うーん、日曜の夜にはどうしても東京に
いなきゃいけない用事があるのだけど。
でも、土曜だけでいけば、まぁ帰れないこともないが。

煮え切らない様子の私に、母は次の攻撃を
仕掛ける。

「次の土日がお祭りなのよ。
お祭りだから○○さん(と、母は親戚の名前を挙げる)ちが、
遊びに来るって言ってるのね。
でも、お父さんは役が回ってきたから、屋台の後ろを
努めなきゃいけなくなっちゃって、○○ちゃん(と、次は
妹の名前だ)は、仕事は休み何だけど、その日は家に
いないっていうのよー」

要は、親戚がやってくるというのに、
父はお祭り妹はデートで、母は家に一人
母は、どちらかというと親戚が来るときは
料理を順番に出さないといけないので、
台所と茶の間を行ったりきたりする間の
接待役がいないと困る、というわけ。

そういう時は、一番てっとりばやいのは、
その、デートの予定が入っているという、
不届きな妹をねじ伏せればいいんじゃないのか。

・・・とも思ったが、若者にとってあまり娯楽のない
田舎で両親と一緒に毎日暮らしている妹。
かたや、毎日東京で遊んで暮らしている姉。
そう思うと、ちょっと妹にも遊ぶ時間を
与えてやってもいいんじゃないか、という
気がする。

そんな、まだ思い悩む様子の私に、
母は最後の一撃を繰り出す。

「それにね、○○が、今年は薙刀やるのよ」

今度の○○は、小学校3年になった
いとこの子供(=はとこ?)のことだ。

いとこの子供、なんて、現代の普通の親戚づきあい
的にはまったく価値をなさない関係なのではないかと
思うのだが、うちの場合は違う。

何しろ、実家から横断歩道渡って1分のところに、
そのいとこ(とおば)の家はあり、その、いとこの
子供たちは、休みともなれば、こっちの家にやってきて、
私たちが昔遊んでいたおもちゃを片っ端から
引っ張り出してきて、うちの実家を散々散らかして
帰って行くような、そんな関係なのだ。

だから、いとこの子供たちにとって、私は、
親や祖父母とほぼイコールの関係であるに
違いない。
(と、私は勝手に自覚している)

だから、その子が、わが地区を代表して
薙刀をやるなんていうのは、そのへんの
運動会よりもよほど鼻の高い行事なのだ。

だから、とっても忙しいのは百も承知だけど、
だけど私は行くことにした。

いとこの子供の名誉ある薙刀と、
多少の親孝行のために。

・・・と。
祭りはまだ始まってもいないのに、なんだか
すごく長くなってしまった。
仕方ない。1泊のくせに、またもや連載にします。

お祭り本番は、また、今度。

2007年9月14日 (金)

リアルタイム旅行記~別府~

いや、旅行じゃなくて、出張ね。
出張のはずなんだけど、なぜかやってきたところが
偶然別府だったのね。

そして、今日は夢のお一人様出張。
さらに、今日は珍しく、お客様の夜のお供も
しなくてよいわけで。

お客様のところを出て、タクシーに乗り込む。
出張先では、タクシーに乗ったらリサーチ、と
相場が決まっている。

あらかじめ調べておいた観光ガイドの
裏をとることにする。

「あのー、この辺って、砂湯があるって聞いたんですけど」
「そうそう。あそこの砂湯はねー、道後温泉と同じ建物
なんだよ。」

道後温泉の砂湯の建物は、残念ながら見たこと
ないのだが、わざわざ引き合いに出すくらいだから、
すばらしいに違いない。

「九州って、砂湯は結構あるんですか?」
「いや、あんまりなくてねー、大分と鹿児島にしか
ない
んだよー」

そんなにレア物なのであれば、行かないわけに
いかないだろう。

さっそくホテルにチェックインし、すぐ近くの
砂湯に向かう。

と。
地下道を渡ると、そこは、砂湯、ではなくて、
果てしなく続く(ように見える)歓楽街

いわゆる、スナックだらけの通りだった。

あれ。地下道を渡ったら、竹瓦通りなんじゃ
なかったっけ?
竹瓦通りって、こんな歓楽街なわけ?

・・・まぁ、地図的には、ここを抜けると砂湯が
あるって書いてあるし、行ってみるか。

だんだんと奥に入っていくと、スナック通りは
次第に風俗のお店へとかわっていき・・・・・・

そして、砂湯にたどり着いた。
趣のある、古い建物。

料金はちょっと高めの1,000円であるが、
なにしろレアなので仕方ない。

1,000円を受け取りながら、番頭のおばちゃんは、
「飲酒、妊娠、高血圧・・・の人はだめだけど、大丈夫?」
と、呪文のように質問を投げかける。
確か、さっき懇親会で多少ビールを飲んだけど、
そのあとにしっかりウーロン茶飲んだし・・・
「あ。問題ないです」

・・・さて、砂湯砂湯。

浴衣に着替えて砂湯に入っていくと、先に一組の
カップルがおばちゃんたちに砂をかけられている。
ごめんね、私は一人でさ。

そして、私も砂をかけられる。

水分を含んだ暖かい砂は、湿度たっぷりで、
非常に重い。
でも、意外に熱くはなかった。
うん、これなら耐えられるだろう。10分だし。

と思ったのは、ほんのつかの間。
一粒一粒はそんなに熱くなくても、
それらに体を挟まれて、密閉されると、
それは非常に熱をもってくるらしい。

これは、あれだ。
そのあたりのサウナよりよほど手ごわいんじゃないか。
ただでさえ、サウナ苦手なのに。

3分もたつと、顔から噴出す汗、汗、汗。
額の辺りから流れ落ちた汗は、耳の中に
ジャストイン。

ふぁ!!
かゆい!耳の中がかゆい!

でも、汗を振り払う役目の手も、重くて熱い
砂の中。

ぬぁぁ!かけない!!

一生懸命顔を振ってみるが、汗は耳の中から
出てくる様子はない。
そして、その間にも、いたるところに流れ落ちる
汗、汗、汗。

サウナだって汗かけばぬぐうことはできる。
ゲルマニウムの時だって、手はお湯の中に
入れているけど、顔を置くところにいつも
タオルが置いてあるので、そこに顔をこすりつけると
やっぱりぬぐうことができる。

でも、砂湯の場合はそういった汗をぬぐう手段が
すべて禁止されているじゃないか!
手ごわい!こいつは手ごわいぞ!

5分もたつと、
「そろそろちょっと動いて隙間作ろうかな」
って気分になってくる。

でも、周りを見回しても、例のカップルは
涼しい顔で、寝息まで立ててたりする。
あれ。どうして?どうしてこの非常事態に
寝られるわけ?

一方では、おばちゃんたちが、私たちのことを
一生懸命監視している(ように見える)。
ああ。きっと私が動いて隙間とかできたりすると、
おばちゃんが怒りながら、さらに重い砂を
乗っけてきたりするんだろうなー。

と。
それは8分もたったころ。
一生懸命顔を振り振り絶えている私に、
おばちゃんが、言葉どおり、手を貸してくれた。
ふぁ!ありがとうおばちゃん!
汗拭いてくれたりして!

ついでに、おばちゃんからの天の声まで聞こえてくる。
「あんまりつらかったら、手をちょっと出してもいいよ」

おお!おばちゃんから許可が!
監視してたんじゃなかったんだね!心配して
見ててくれたんだね!
そんなに応援してくれるんなら、私がんばるよ!
あと2分。

そんなこんなで最後は手を出したおかげでちょっと
涼しくなって、砂湯終了。

シャワールームでシャワーを浴びて、軽く湯に
つかり、最後にアクアブルガリア(なんて懐かしい!)を
飲んで、風呂をあとにし、再び向かう風俗街。

・・・しかし、最後の最後に私は気づいたのだった。
風俗街の通りの1本向こうの通りに、
「竹瓦アーケード」と大きな看板のある通りがあることに。。。

そんなこんなでリアルタイム別府は終了。
明日は、朝一の飛行機でいったん東京に帰り、
次の旅行先へ向かわねばならない。

だから、この続きはまた今度。

2007年9月11日 (火)

独特の悩み

小学校のときは、名簿が生年月日順だった。
だから、もちろん私が名簿の一番最後。
卒業式のときも、まだ私だけ11歳。

みんなに、ひたすら馬鹿にされたものだ。
みんなって、別に同学年の友達だけじゃなくて、
下の学年の幼馴染たちにも。

でも、うちのように子供の数が少ない小学校は、
一人一人、全員に丁寧に卒業証書を渡してくれる。
そして、名簿の一番最初の人と最後の私だけは、
「以下同文」ではなくて、文章を全部読んでくれるので、
馬鹿にされた分、もとは取った気分だった。

それが、中学に入ったら、急に状況が変わる。

中学の名簿は、五十音順
そうしたら、私の名簿順は、急に女子で1番。

今まで、人の様子を見ながらあとをついて
回ればよかったのに、急に何をやるにも
一番最初に指名されてしまう。

思えば、先生の話を注意して聞くようになったのは、
あの頃からだったか。
だって、まず最初に私が当たって、みんなに
見本を見せなきゃいけなくなったから。

それは、高校に行っても一緒。
大学では、名簿はアルファベット順になったけど、
それでも、私は名簿1番。

その頃からだ。
独特の悩みに思い悩むようになったのは。

大学に入ると、みんな購入し始めるのは、
携帯電話。

その携帯に、やたらとたくさん電話がかかってくるのだ。

電話がかかってくるのは、なんだか友達が多いみたいで
うれしいもの。
しかも、携帯買ったばかりとなれば、張り切って応答して
しまう。

・・・しかし、「もしもし」「もしもし?」と、
一生懸命電話に向かって話しかける私の耳音に
聞こえてくるのは、友達の声ではなくて、なにやら
「がさごそがさごそ」というくぐもった物音。

そう。誰しも1回は経験があるはず。
その名も、「バッグの中からこんにちは」

ようは、バッグの中の携帯電話にバッグの中のものが
あたって、いつの間にやら電話帳を開き、勝手に発信
してしまう、というわけ。

そして、電話帳を開くと、だいたい一番上には
私の名前があるので、私に発信してしまうのだ。

・・・はっきり言って、大迷惑。
こっちは応答しないわけにいかないし、電話でても、
しばらくはバッグの中からなのか判断がつかないから、
しばらく聞いてなきゃいけないし、周りの人は不振な顔。

でも、そのうち、携帯電話の形が、
ストレート型のものから折りたたみ式のものが
主流になるにつれて、だんだんと、バッグの中からの
電話は少なくなってきたのだけど。

最近、何年も前に関西に嫁に行った知り合いの人から
ちょいちょい着信が。

特にかけてくる用事もないはずなのに、気づくと
着信があるのだ。

ある日、ちょうどいいタイミングで電話が来たので、
ためしに出てみると。

・・・バッグの中から、では、ないようだ。
バッグの中特有のくぐもった音ではない。
何かもっとはっきりした、でもなんだかよく分からない、声?

と。遠くからはっきりした声が、だんだん近づいてくる。

「・・・こら、何してるの!やめなさい!」

聞き覚えのある、明らかに私の知り合いの声。

と、その声は、私に向かって言った。
「ごめーん、うちの子が勝手に電話かけちゃったのー」

そういえば、1年ほど前に子供が生まれたという
話を聞いたなぁ。

そっかぁ。
昔はバッグの中からだったけど、みんな持ってる携帯の
形も、生活の形も変わって、違う要因でア行の友達に
イタ電をするようになったのねぇ。

そして、その電話は昨日もかかってきていた。
どうやら、「ア行へのイタ電」のやり方を、覚えてしまった
らしい。

昨日は仕事中だったから電話出られなかったけど、
バッグの中から、じゃなくて、まだ話もできない子供の
電話なら、全然迷惑じゃない。

だから、また電話してきてね。
イタ電を繰り返しているうちに、いつの日にか君が
話ができるようになるのを、楽しみに待ってるよ。

2007年9月 8日 (土)

スポーティーウィークエンド(2)~激しくバスケ~

ゴルフからいったん家に帰って、お昼寝でも
しようかと思っていた。

でも、なにしろスポーツなんて慣れてないものなので、
何を持って行っていいのやら。

とりあえず、パジャマ代わりのやつとは
違う高めのジャージは、昨日買ったでしょ?
Tシャツはなんでもいいから、動きやすそうな
やつを持って。
あと、タオルと、化粧が落ちるかもしれないから
化粧品と。。。

あ、あと、靴。
・・・靴?
そういえば、屋内で履く運動靴が。。。ない!

この前買った運動靴は、さっきおろして、
ゴルフに履いていってしまったじゃないか!
そうだよ!バスケは屋内競技だよ

んー、でも、今から買いに行く暇はないし、
そもそもそんなにたくさん運動靴持ってても
仕方ないよねー。

よし!
靴底を拭けばなんとかなる!

と、急遽ぬれタオルで靴底をキュッキュッと
磨いて。

さて、持ち物は、こんなもんかなー。
あー眠い。眠いけど行かなきゃ。

ってか、誘われてはみたものの、
知ってる人っているのかしら。
同期は何人かいるって言ってたけど、
私の周りに、そんなにスポーティーな
同期はいなかった気が。。。

しかし、体育館の前で待っていたのは、
いつも同じフロアで働いている同期たち。

あれ。みんな、バスケなんてできる人たち
なんだっけ?

ってあれか。
私がいつもスポーティーな場所に来ないから
知らなかっただけか。

と、勝手に同期たちの意外な趣味に感心しながら
とりあえず、アキレス腱を伸ばしてみる。
何しろ準備運動も久しぶりすぎて、何をどう伸ばせば
いいのやら。

次々と集まってくる懐かしい同期の面々。
そして、同期ではないバスケ仲間たち。
総じて、他社のかたがたは、なぜかイケメンぞろい。

イケメンたちに囲まれてどぎまぎしていると、
突如始まるチーム作り。なんと男女混合
そしてそのままなだれ込むように試合開始。

3チームできたので、1試合目は私のチームは
見学。

試合は、4分×2(前半、後半)の8分
4分たったところでメンバー交代

おお!途中でメンバー交代できるのか!
じゃあ楽勝じゃん。

と。隣のイケメンがぽつりとつぶやいた。
「交代たって、うちのチーム、5人しかいないから
無理じゃん。」

あ・・・そうなの?
私交代できないの?

そしてはじまった私たちのチームの試合。

「とりあえず、攻められたらこのあたりを
守ってね」

はい、がんばります!

。。。そのがんばりも、維持できたのは最初の
2分程度。
何しろ、普通に走るのと全然違うのだ。
バスケでは、自分のペースは通用しない。
ボールが行く方向に、ボールに間に合うように
走らないといけないわけなので、常に
全力疾走しなきゃいけないし、急な方向転換も
しないといけない。

というわけで、体力は前半の4分が終わるのを
待たずに限界。
噴出す汗悲鳴をあげ始める足

ふらふらになりながら、何とか8分走りきり、
しかし、ボールにはまったく追いつかず、
安西先生にはこんな姿絶対に見せられない有様。

でも、汗の量は1人前。
なんか、私汗臭くなってるような気がするんですけど。
ってか、汗って、こんなくさかったっけ?
もしかして、10代のときと、汗のにおい変わって
きてない?

途中、交代要員もやってきて、若干サボれるように
なったものの、休憩あわせて計3時間も運動するというのは、
私の限界を激しく超えていた。

左足の股関節のところの筋が、最初に悲鳴をあげた。

しかし、一番悲鳴を上げたのは、慣れてない運動靴に
閉じ込められた足の指たち
方向転換をするときに、親指がどうやら運動靴の先っぽに
激しく激突するらしい。

最後の試合が終わった瞬間に運動靴を脱ぎ捨てると、
もう二度と運動靴は履くことができなかった。

■本日の成果■
ゾーンディフェンスのやり方
シュート1発
10代の頃とは明らかに違う汗のにおい
左足全体の、筋肉痛とはちょっと違う痛み
右足親指の激しい痛み

でも、久しぶりの運動のあとの食事は、単なるファミレスなのに、
すごくおいしい。
そういえば、小さい頃、よくお母さんのママさんバレー
くっついていって、おばちゃんたちに混じって、みんなで
お茶とりんご、食べたなぁ。

結局、全然バスケはできないし、体力も全然ないけど、
あんなにすがすがしくご飯が食べられるのであれば、
また行きたいなぁ、と思った、日曜の夜10:30であった。

・・・そんなバスケの後日談。
左足全体の痛みは、4日間治らなかったが、
最近やっと普通になった。

逆に、いまだに痛いのが、右足の親指
若干痛みは治まったんだけど、なんだか、
爪がちゃんと足についていない感覚、というか。

気になって、さっき、ペディキュアを落としてみると。

明らかに、ほかの爪と親指の爪の色が違う!!!
親指の爪だけなぜか真っ白だ!いや、白というより
薄い紫色

・・・どおりで、痛いはずだよ。

まぁ、爪の下の皮膚が内出血してるんだろうから、
しばらくじたばたせずにおとなしくしているしか
ないだろう。

と、いうわけで、またしばらく、激しい運動はせずに、
おとなしく1ヶ月ほどすごしてみようと思います。
1ヶ月たったら、また誘ってね。バスケ。

2007年9月 7日 (金)

スポーティーウィークエンド(1)~優雅にゴルフ~

田舎では、どうもスポーツ至上主義なところが
あって、どんな子にも半強制的にスポーツを
させたがる。

それは、毎朝のマラソンから始まり、
真冬のクロスカントリースキーの朝練
強制的に全員出席させられるクロカンの
大会

(あ。スキーばっかり)

小学校のときは、スキー部とか関係なく、
全員にこういう苦行を強いるのだ。
しかも、サボるとその日の反省会(だいたい反省会
という行事自体が無駄に思えて仕方なかった)で
「りぼんさんが、今日マラソンやってませんでした!」
と、スポーティーガールズたちの内部告発にあって、
大問題扱いされる始末。
体力つけるもつけないも、私の勝手でしょ。

小学生のときの私は、早生まれが主な原因だと
思われるが、何しろスポーツが苦手で、
かけっこも遅いほうの組、ドッジボールも
外野スタート、スキー大会も何とか走りきるのが
精一杯。

結果は全然でないのに、強制されるスポーツ。
そんな状況に、どんどん卑屈になっていく
少女の頃の私。

中学に入る頃には、
「スポーツができるだけのやつのどこがえらいというんだ。
私はそんな文化、絶対に認めないぞ!絶対に私は
スポーツなんて自主的にやらないぞ!」

と、どんどん間違った方向に進んでいって、、、

で、今に至る、というわけ。
週末はマッサージゲームが至福のとき☆

そんな、私に、突然の転機が。

その日は、記念すべきゴルフデビューの日だった。
結構前から、この日にデビューすべく、みんなでプライベート
レッスンの予定を立てて、ゴルフウェアを買い込み、
いざ向かったのは、とあるセレブ地域の打ちっぱなし。
明らかに、ん百万の外車に乗ったおじ様たちが、次々に
トランクからフルセットのクラブを持って降りてくる。

まだ勝ち組セレブにはなれない私は、当然自分の
クラブなんて持ってるわけもなく、受付のおねいさんに
ぼろっちいレンタルクラブを借りて、レッスンプロの
待つ3階へ。

と、3階には優雅にプライベートレッスンを受けている、
なぜか日陰なのにしっかりサンバイザーをつけた
おば様がた。

ささ、次のレッスンはうちらの番だから、そろそろ
引き上げてくださいませんかしら、おばさまがた。
(セレブ風)

というわけで、「はじめてのゴルフ」開始。
本日のポイントはこんなかんじだ。

・グリップは、左手の指でクラブを持つようにして、
 さらに、左手の親指を右手で包み込むように。
・まずは、肩まで振り切らずに、腰から腰の高さまで
 スイングしてみよう。
・スピードはいりません。のーんびり、振ってみよう。

 (といいつつ、レッスンプロのボールは軽々と60ヤードの
 あたりまで飛んでいった)

・足は肩幅くらいまでちゃんと開いて。
・ひざがまっすぐだと打ちにくいから、ちょっとひざを曲げて。

 (ちょっと曲げたら、10球くらい打ち込んだところで、
 ふくらはぎがぴくぴく言い始めた)

・右から左に体重を移動するから、最後は右足の
 かかとがあがるんだよ。
・ボールの上のほうを打っても飛ばないよ。

 芝生のところをしっかり触ってから打つように。
 (と、注意された私は、次のスイングのとき、あまりにも
 下のほうを打ちすぎて、芝生がボフッと鈍い音を
 たてた)

そんなこんなで1時間。
まったくうまくならないうちに、ゴルフレッスンは終了した。

■本日の成果■
10球に1回くらいのミート率
ふくらはぎの筋肉痛

その後、外苑前でセレブランチを食べて、飲む人は
ビールを昼間からぷはーっと空けて。

本当は、ここで終わるはずだったんだ。
優雅なまま、外苑前で終わるはずだったんだ。

・・・金曜日までの予定では。

金曜の夜にかかってきた1本の電話。
私が出ようとしたら切れたその電話が、
気になってかけなおしてしまったのが運命の分かれ道。

電話の主は、いきなり切り出した。
「日曜の夜は空いてる?」

夜?夜は空いてるのよ、残念ながら。
だってゴルフはお昼過ぎには終わるもん。
なんだろ。日曜の夜に飲むわけ?
またやんちゃなことを。
まぁ私も飲みなら行くけどさ。やんちゃだから。

・・・でも、電話の主が切り出した一言は、
私の想像をはるかに超える、やんちゃっぷりだった。

「ねぇ、バスケ、やらない?」

バスケ?バスケって、バスケットボールのこと?
スラムダンクのバスケットボールよね?

バスケなんて、中学のときに授業でやったのが
ラストだよ。
しかも、そのときも、私はまったく戦力にならなくて、
私と同じチームになったスポーティーな女子たちから
怒号の嵐だったんだよ。

・・・よみがえるトラウマ。
クラスマッチでの数々の失態。

「・・・バスケなんて、私全然できないよ」

「ああ。女の子なんてみんなできないから、気にしなくて
大丈夫だって。じゃあ6時に来て。地図送っとくから」

と、主は、言いたいことだけ言って、電話を切った。
ん?気づいたら、私、バスケやることになってるじゃん!
できない=お断りってことだったのに、どうして伝わら
なかったの?

ふと自分の体を見回すと、ぷよぷよの二の腕、
ぷにぷにの太腿。

ああどうしたらいいでしょう!安西先生

と、悩む女子のお話の続きは、また今度。

最近連載多すぎるだろ!という苦情は一切受け付けません。

2007年9月 6日 (木)

姉妹旅行記(3)~やっとこさ、江ノ島~

結局、人力車のお兄さんに乗っけてってもらった
八幡宮参拝は、ものの20分で終わってしまった。
だって、妹が、せっかく神社に来たのに、おみくじは
やりたくないって言うんだもん。
なにか、おみくじにトラウマでもあるんだろうか。

八幡宮から鎌倉駅までは、人力車のお兄さんの
手(足?)を借りずに歩いて戻って、江ノ電に乗り込む。
ごめん、お姉ちゃん、江ノ電待ってる間に、1本会社に
電話入れてよい?
(妹の承認は絶対必要)

と、妹が、やたら感激している。
気づくと、江ノ電が鎌倉駅に入ってきているところなんだが、
この旅で一番というほど、珍しく、妹のリアクションがでかい。
自分から何かをしゃべっている。

ちょっとどうしたの?
お姉ちゃん、まだ電話中なんだけど、終わってから
話してもらえる?

聞くと、
どうも、2両構成且つ、やたら作りが甘いところが、
地元のローカル線にそっくり!なんだそうな。
お姉ちゃん!電車が短いよ!

東京に来て、10両編成の東京メトロばっかり見てきた
妹にとって、このゆるーい電車は、ど田舎を彷彿と
させる、なんともなつかしいツールだったようだ。

でもね、お姉ちゃん知ってるんだよ。
地元のローカル線ディーゼル車なんだよ。
電車じゃないんだよ。
その証拠に、上に電線ついてないでしょ、
田舎の電車、もとい、ディーゼル車は。

それにね、江ノ電は10分に1本はやってくるけど、
ディーゼル車は1時間半に1本しかやってこないでしょ。
大雨が降ると、山が崩れて2ヶ月くらい運転できないでしょ。
江ノ電は海沿いを走るから、きっと2ヶ月動かない
ことはないのよ。

あ。でも、作りは江ノ電の方がディーゼル車より
甘いよね。
ディーゼル車は雪に合わせて作ってあるから、
頑丈よね。
江ノ電は穏やかな気候の土地を走るから、
おもちゃみたいな作りだよね。

・・・なんて、鉄子さんな会話をしていること20分。
電車は、急に路面電車になって、(このとき妹は
明らかに目をきらきらさせていた)江ノ島駅に
滑り込んだ。

よかったねー、電車が楽しくって。
お姉ちゃんもうれしいよ。

さて、ときにお時間の方は15:30。
やべ、ちょっと鎌倉で油売りすぎたか。
水族館がゆっくり回れないじゃないか。

結果として、そんな私たちの杞憂は、無駄に
終わったわけだ。
夏休み中だからなのか、水族館の営業時間は、
るるぶに載っているのより1時間伸びて、6時まで。
よかった、2000円払う甲斐があったね、
あ、お姉ちゃんが3000円払うから、やっぱり
1000円でいいからね。

それにしても、
美ら海水族館の色鮮やかな観賞用の魚たちと違って、
江ノ水は、なんか、食べられる魚の展示が多すぎやしないか。
鰯とか、鮎とか。
やっぱり、相模湾の魚が中心だからなのかねぇ。

挙句の果てに、なぜか、釣り針と一緒に魚が展示されて
いる。
これじゃ魚もびびっちゃうんじゃないかと思うんですが。

そんな気の毒な感じで各水槽を見て回っていると、
「今日最後のイルカショーがはじまりますよー」

相模湾の夕日とイルカプールのすばらしいコントラストに
すっかり見とれていると、

「本日のドルフェリアハーモニーでは、最高のパートナーである
アクアンとイルカの競演が・・・」

ねぇねぇ。
今のアナウンス、なんか変じゃなかった?
ドルフェ・・・?アクア?

ふぇ?って顔で見返してくる妹。
あ。あんた今、明らかにボーっとしてたね。
アナウンスなんて聞いてなかったよね。
あ。そういう周りの言うこと聞くのはお姉ちゃんの役目でしょ、
って顔してるね。
・・・はい、確かにそのとおりでございます。
聞き逃したおねえちゃんが悪かったです。

と、突如始まる大音量の音楽。
そして出てきたのは・・・イルカじゃなくてお姉さんたち。
しかも、調教師のお姉さんとは明らかに違う。

だって、なんか変なコスチュームを着ていて、
しかも、オペラ風に何事か歌っているのだ。
(どうやら、このお姉さんたちが「アクアン」であるらしい)

そして、さらにおかしなことには、お姉さんたちは
笛も持ってないし、えさも持っていないというのに、
イルカが勝手に音楽にあわせて飛び跳ねている。

さらにさらに、お姉さんたちが突如水中を
泳ぎ始める
始末。
ちょっとちょっと、お姉さんたちは何者なわけ?
歌は口の動きとちょっとあってないところを見てると、
歌は歌えない方々なのよね?
で、イルカと戯れてるけど、おそらく、調教師では
ないよね?
だって、調教師は泳げないし踊れないもんね?
とすると、一番近い職業としては、シンクロの選手の方?

なんて、イルカのことよりお姉さんたちのことを
考えているうちに、イルカショーは終了。

あ。そうだ、あっちのほうが、噂の、
「江ノ島海岸」ね。
ほら、お天気カメラの映像とおんなじ映像でしょ?

そして、最後に、私たちは生まれてはじめての物を
目撃する。

それは、「波の上を走る、サーファー」

なにぶん、山育ちの姉妹なので、サーフィンを
趣味でやっている人なんて身近にいたことがない。

だから、あれはあくまでもテレビの世界。
まじめに人間が波の上で立つことができるなんて、
あるわきゃないと思っていた。

それが、確かにたっているじゃないか。
波の上を走っているじゃないか。

人間って、すごいね。
あんなこと、できるんだね。
「クララがたった!」の気分だね。

と、感激しながら夕飯を食べて、姉妹旅行は終了。

海と山に囲まれた、おいしい空気を吸って、
すっかり元気になったハイジは、東京砂漠に
吸い込まれていった。

お互い、これでまたしばらくの間、砂漠のどまんなかでも
がんばれるね。

枯れちゃいそうになったら、すぐにお姉ちゃんに
言いなさいね。
また一緒に旅行に行こうね。

江ノ水のイルカショーの写真は、こちらへ。

2007年9月 2日 (日)

姉妹旅行記(2)~人力車~

私がいかの刺身と海老天を分けてやり、
代わりに妹の嫌いなきのこのてんぷらを
食べてやったことにより、妹の機嫌はどうやら
元通りに戻ったようだ。
それが証拠に、私がお昼中会社に電話入れてても、
いやな顔ひとつせず、ご満悦だ。

ああよかった。
これで平穏な旅が続けられる。

当初の目的地は江ノ島水族館だったけど、
この際、もうちょっと寄り道してから行こうよ。

1,2,3
「別にいいよ」

この子、別に、じゃなくて、「それがいいよ」っていうことは
ないんだろうか。
まぁ反対されるよりいいけどさ。

とりあえず店を出て、小町通りを鶴岡八幡宮方面へ。
そういえば、鎌倉って、絶対江ノ島とセットで日帰りなので、
だいたい鶴岡八幡宮で時間切れなのだ。
ほかにどこに寺があるのか知らないし。

それにしても、今日は暑いねー。
なんか歩くのめんどいよねー。

妹も、そうだそうだ、といわんばかりに、
珍しく大きくうなずいた(ように見えた)。

ちょうどそのとき、うつむきがちの
私たちの行く手をさえぎるのは、
真っ黒に焼けた、マラソンランナーのように
細い体型の・・・人力車の運転手(?)さん。

「どうですか、人力車乗ってみませんか」

人力車が異常に高い値段だということは
知っている。
だから、普段だったら絶対乗らない、んだけど、
でも、この強い日差し。
果てしなく遠く思える八幡宮。

・・・ちょっとさ、条件だけでも聞いてから
判断しようよ。

お兄さんいわく、
・料金は2人で、1km(1区間)3000円~。
2km(2区間)だと6000円で、そこから
 先は時間制で貸切。
・小町通りから八幡宮までの1区間だと、
 ちょっと小町通りから外れて、ほかのお寺も
 軽く案内してから八幡宮、というルートかな。
・1区間だと、時間的には10分ちょっと?
・単に1kmぐるっとまわるだけじゃなくて、
 お兄さんの鎌倉観光ガイドがつくよ。

3000円はちょっと高いような気がするが、
でも、観光ガイドつきには心を揺さぶられる。
お寺って、ただ見てもよく分からないのよね。

どうする?と妹を見ると、
どうやら、こういう姫君を輸送するような乗り物には、
興味津々の妹。
でも、あんた、お金は払えないのよね。

乗りたい。でもお金ない。
そんなとまどいの表情を全力で姉に向けてくる
妹君。

・・・分かったよ。
お姉ちゃんが2000円払うから、乗ろうか。

というわけで、人力車に乗り込む姉と妹。
人力車は小町通りを左折し、細い道を進んでいく。

思ったより速くて、風が気持ちいい。
と思ったら、下界では、お兄さんが玉の汗を
流しながらはぁはぁ息を切らせて走っている。
天国と地獄。

それにしても、小町通りはあんなにざわざわしてたのに、
ちょっと道をそれると、本当に閑静な住宅街。
沢にはカニがいたりして、まるでうちの田舎みたいだ。

と、妹がぼそっと感想をもらした。
「山が見えるって、いいよねー」

東京暮らしも丸3ヶ月がたったが、
360°山に囲まれた土地で育った妹にとっては、
延々と建物しか見えない東京の風景は、
なんとも味気ない、というか、窮屈な景色だったらしい。

対照的に、鎌倉は海と山に囲まれていて、
こんなに閑静で水もきれいで。

アルプスの少女ハイジみたいな感想だったけど、
妹の気持ちは、私もよく分かる。

と。
そんな私たちの会話を聞きつけたお兄さん。
「田舎はどちらのほうなんですか?」
「あ。長野なんです」

ちなみに、知らない人と話すのは、姉の役目だ。
妹は、私の横で笑ったりうなずいたりするだけ。
人見知りなのだ。

「僕、長野には建築の勉強で善光寺に
行ったことありますよ」

ふとお兄さんの頭のはちまきを見ると、
「牛に引かれて善光寺参り」のはちまき。
確かに、善光寺のやつですね、と言った私に、
お兄さんは、自分のことを語り始めた。
汗だくで息を切らせながらだったけど。

お兄さんは、昔サラリーマンやってたけど、
あんまり楽しくなくて、やっぱり人生楽しくなくちゃ、
と思って会社をやめ、今は、昼間は人力車を引っ張り、
夜は建築の学校に通って、日々建築の勉強してるんだとか。
いつかは建築士になるのが夢なんだそうだ。

お兄さん。。。
あんたすごいよ。
うちら、八幡宮までの1kmを歩くのが嫌で、
金に任せて人力車乗ったのに、お兄さんは
そんな人力車を1日に何十キロも引っ張って、
夜は勉強してるなんて。
ごめんね、1キロ3000円なんて高くない?とか
思って。
お兄さんみたいな、夢を持った素敵な男子になら、
3000円くらい、安いもんだよ。

そんなことを感慨深く思っているうちに、
人力車は小さなお寺を2つまわって、八幡宮の前へ。
最後にお兄さんと一緒に人力車に乗ったまま
写真を撮って、お兄さんとお別れ。

がんばってね、お兄さん。
うちらももうちょっと東京砂漠でがんばるよ。

そんなこんなで、姉妹は八幡宮の中に足を踏み入れた。

さて、次回はやっとこさ、江ノ島。

お兄さん案内による鎌倉の写真は、こちらへ。

無料ブログはココログ

ribbon

twitter

Booklog

最近のトラックバック

2020年7月
      1 2 3 4
5 6 7 8 9 10 11
12 13 14 15 16 17 18
19 20 21 22 23 24 25
26 27 28 29 30 31