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2009年11月15日 (日)

過去と未来とゼロの焦点

その日、チェロ教室のあと、先生が不思議な
楽器
を弾いていたので、みんなでしばらく
鑑賞し、なんだか貴族のような気分に浸ったところで、
向かう先は、結局映画館。

だってあらかじめ予習しておいた松本清張の
ゼロの焦点が今日初日なんだから、行かない訳に
いかないじゃないか。

そういえば、この前太宰も生誕100周年とか言っていて、
このゼロの焦点も「松本清張100周年記念」とか
言っているから、つまるところ、太宰と松本清張は
同い年だってことだ。

そして、そんな同い年2名の作品の両方に、
広末涼子が出ているという、この摩訶不思議。
こういうのが運命っていうんだろうか。

なんて思いながら、始まった映画を見始めて20分。
私は気づいた。

この映画の主人公は、実は広末じゃない。
中谷美紀だと。

小説では、広末演じる禎子ばかりに視点が置かれていた、
「ゼロの焦点」であるが、映画では、広末だけでなく、
中谷美紀、木村多江演じる他の2名の女性にも、
それぞれ「焦点」をあてており、3人3様の、戦後の女の
生き様が描かれている。

その中でも、中谷美紀の存在感がすごい。

斜めに黒いハットをかぶり、ストライプのワイドパンツを
スタイリッシュに着こなして、信じられないくらい色白で。

もう出てきたとたん、その時代の人とは思えないくらい、
なにしろ「カッコイイ」のである。
(途中エナメルみたいな服着てるし)

でもそんな「カッコイイ」中谷美紀の暗い過去を、旦那で
あるところの料理の鉄人の人は結婚生活を3年も送っていながら、
何にも知らないのだ。

そしてその「何にも知らない」のは、新婚たった
1週間で旦那が行方不明になってしまった広末も一緒。
前職が何であったかも、結婚する前どんな生活を送って
いたのかも、気づいたら何にも知らない。

そう。結局、愛していても、その人の
過去がすべて分かるなんてことはない

っていうのが、この映画の大きなテーマ。

でも。

過去なんて実は知らなかったとしても、
広末だってたった1週間しか一緒にいなかった旦那を愛して
いたし、旦那もきっと広末を愛していたし、料理の鉄人の人も、
中谷美紀のことを、分かりにくいけども、愛していた。
過去なんて見ずに、未来に向けて歩いていこうとしていた。
それがきっと、「戦後の日本」の強さなのだと思う。
過去は、決して消えるわけではなく、最終的に、それが3人の
女を苦しめるのだとしても。

監督が犬童一心であったからして、予想通り、
「そんなところ写さなくても…」と思うような、グロテスクな
シーンはたくさんあったけども、それを超越するだけの、
女3人の深い深い、重い重い、分厚いドラマであった。

そうして、日本海の海原を見ながら感慨に浸っている私の
耳に流れてきたのは、エンディングテーマの中島みゆき

分厚い。歌声が分厚い。

ああ、女というものは、かくも力強いものなのか。
と、私は最後に中島みゆきの雄たけびを聞きながら
思うのであった。

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2009年11月 4日 (水)

日本シリーズ(イキツケノオミセの体で)

その日、田舎には屋根にうっすらと、ではあるが、
初雪が降ったのだそうな。

そんな冷え切った祝日の夕方。
降り立った後楽園駅。

普段ならまったりとラクーアに行くところではあるが、
今日は歩道橋を右に折れて・・・

向かった先は、東京ドーム

うちの新任ぶちょーさんは、大のジャイアンツファンで、
日本シリーズになると、部下どもに東京ドームの試合の
チケットを献上するように強要する(?)のだそうだが、
今年は人気がないのだか、必死で取りに行ったら思いのほか
たくさん取れてしまったのだそうな。

そんなこんなで、あまったチケットを処理すべく、
野球なんて全然知らない私が、なぜか日本シリーズ。

今日、ピッチャー、誰??

さて、東京ドーム、といえば、思い出されるのは、
夏のアメフト観戦

あのときのいいちこさんを思い出してしまったのは
ほかでもない。

今日の東京ドームも、キャラぞろいだったから。

さて、私たちのひとつ前の席には、頭頂部が残念な
ことになっている、「45歳、定職なし」を絵にかいたような
おじさまが1人。

首に、ネズミの国のパスポート入れみたいなものを
ぶら下げていることから、どうやらシーズン券を持っている
巨人マニアかと思われた。

そうして、相変わらず野球じゃなくて観客にばかり
気を取られているうちに、日ハムのピッチング練習は
終わり、巨人の皆様が守備練習に入ってくる。

Photo

そんなとき。

「45歳、定職なし」にとある変化が。

おもむろに手を挙げた定職なし。
そこに走り寄ってくるのは、ソフトドリンクを
売っているおねいちゃん。

喉でも乾いたのかしら。
と純粋な気持ちで見守っている私の前で、
あの定職なしは、ジュースを買うだけでなく、
おねいちゃんと親しげに話しこむ。

おねいちゃんも、「また来てくれたんですか?」
と、むやみに親しげ。

それにしても、こいつもしや、ひとりで巨人と
おねいちゃんを目当てにやってきたのか。

と思っていたところへやってきた、定職なしのお仲間は、
「43歳 日雇い」を絵にかいたようなおじさま。

その様子を後ろから見ながら、私はこの2人を、
「無職日雇い」と名付けた。

そうして一生懸命ネーミングを考えているうちに、
気づけばBushが淡々と始球式を終え、試合が始まった。

Bush

ホームラン合戦となった試合序盤。

「無職日雇い」コンビは、ソフトドリンクを卒業し、
ビールを飲むことに決めたようだった。

再び手をあげておねいちゃんを呼ぶのだが、
ここでも私は異変に気づく。

「久しぶり☆」と親しげに話しかけるおじさまたち。
にこにこと応対しながらビールをふるまうおねいちゃん。

なんかこの光景、なにかに似てるような…

とそのとき、思いついたのは、2週間ほど前に
お客さんに連れて行かれたおねいちゃんのお店。

あそこにもやはり、これ、と決めたおねいちゃんと
やたらと親しげに話すおじさまたちがいなかったか。

そうだ。
こいつらにとって、東京ドームはある意味行きつけの
お店
なのだ。

ソフトドリンクでも、ビールでも、飲み物ごとに、何人か
おねいちゃんを決めて、試合を見ながらおねいちゃんと
交流しているのだ。

そういう構造を理解したうえで周りを見直すと、
どうやら男性陣の多くは、多かれ少なかれみんな
決めたおねいちゃんがいるのだそうで、2列前の
男子は、隣に座って水割りを作ってくれる、焼酎売りの
おねいちゃんに狙いを定めているようであった。

点を取ってはとられる野球ゲームの一方で
繰り広げられる、男と女のラブゲーム

ドームはすげぇなぁ。

と思っていると、そこにやってきた、小笠原の2ベースヒット。

おおお!やっぱりラブゲームより
全然野球のほうがすげぇ!

と思って思わず立ち上がる私たちの前でやっぱり立ち上がる
「無職日雇い」コンビ。

そして、大盛り上がりの内野席で、あろうことか、
盛りあがった「無職日雇い」がこちらを振り向いて。。。

みんなで、ハイタッチ!

ついでに調子に乗った無職日雇いは、さっきのビールの
おねいちゃんを呼びつけて、ビール買うついでに、おねいちゃんに
お駄賃を渡しちゃったりする。

その後は完全に巨人ペースで、巨人がすげぇたびに
無職と私たちはハイタッチを繰り返しつつ、ゲームセット。

Photo_3

おそらくヒーローインタビューまで騒いで帰るのであろう
無職日雇いと、私たちは最後のハイタッチを決めて、
喜び勇んでラーメン屋に向かうのだった。

無職日雇いコンビの有志は、mixi限定で。

2009年11月 2日 (月)

バスケとママさんバレーの思い出

うちの母は、ママさんバレーチームに入っていた。

近所の主婦さんたちが集まって作ったバレーボールチームには、
不死鳥を意味するやたら大げさな名前がついていて、いかにも
強そうであるのだが、別になんのことはない、ふつーのママさん
バレー。

練習は毎週水曜日の夜、近所の中学校の体育館を
借りていた。

大きな水筒(ポット?)に、夏は麦茶、冬はお茶を
入れ、家にある漬物とかリンゴとかをタッパーにつめ、
ときにはバレーボールがいっぱい入った袋を車の
後ろに詰めて、母と娘たちは体育館に向かうのだ。

ばあちゃんたちと同居している家では、ばあちゃんが
子供たちの面倒を見てくれるので、バレーに連れてくる
必要はないんだが、うちは核家族だし、あのころは
父の帰りも遅くて、子供だけで家に残しておくのは
あぶないと判断した母は、ほぼ毎週のように、私たち
3人を連れて、ママさんバレーに行っていた。

母たちがバレーボールに専念している間、子供たちは
中学校の体育館のステージの上で、校長先生がお話を
するときの教壇を使って隠れたり、どこからかバドミントンの
ラケットを持ってきてバドミントンしたり。

多くの時は、子供は私たちだけではなく、他のお母さんが
連れて来た近所の子供たちと一緒だった。

9時。
バレーが終わると、母たちはモップがけをはじめ、子供たちも
それを手伝って、それが終わるとステージ下に集合。
各家から持ってきた漬物やらリンゴやらを取り出して、
みんなで反省会、もとい、井戸端会議をし、9時半ころみんな
車に乗って帰ってゆく。

それ以外の日は厳しく9時には寝るようにしつけられていた
私は、ちょっとだけ夜更かしはできるし、夜なのに友達と
遊べるから、ママさんバレーについて行くのがとても好きだった。

・・・っていう遠い昔の思い出がふと頭をよぎった、
昨日のバスケ。

夕方から始まったバスケに、異変が訪れたのは、始まってから
30分もした頃だろうか。

得点係をしていた私の眼に飛び込んできたもの。
体育館に向かって歩いてくるのは、大人2人と・・・
ベビーカー??

よく見ると、やたらでかい大人のほうは、バスケチームの
一員で、最近は遠方で働いているのでお休み中の
「元同期」。

そしてその隣にいるのは初対面だけど彼の奥さまで、
さらに、その胸に抱かれているのは・・・

かわいい赤ちゃんだった。

一時的に東京に戻ってきていた彼らは、今日バスケやってる
のを知って、子供連れで見学にきたというわけだ。

父親に全く似ず、くるくるの天然パーマでくりくりおめめの
女の子は、大人ばかりのこの状況がかなりアウェイであると
本能的に感じたのか、母親の手を離れるとやたら泣きわめく
のだが、大人たちはそんなこと関係なく、珍しい来訪者に
いろめきたつ。

そんな情景を見ながら、思い出したママさんバレーの
風景。

こういう風にして、このアラサーバスケチームが、だんだんと
「パパママバスケ」になっていけばいいなぁと思った。

大人たちがバスケをたしなむその横で、子供たちも
交流し、年上の子供が年下の子供の面倒をみて、
そのうち大人たちの試合の間に、子供同士で
試合やらせてみたりして。

思い描くだけでも、なんとも幸せな光景ではなかろうか。

・・・あ、もちろんその中には、私の子供だっている、はず。

2009年11月 1日 (日)

若手から外される日

まだまだ若手だと、あの時までは思っていた。

だから、2ヶ月に1回は部署内で「自称若手飲み」
企画し、評価面談で「中堅」と言おうとする課長を必死で
阻止し、「まだまだ若手アピール」を続けて
きたのだ。

だって、他のIT企業とは違って、老舗すぎるうちの
会社の平均年齢は、どう頑張っても40歳くらいだろうと
思われ、だから、どんだけアラサーだとしても、まだ
「あの一線」を超えない限り、つまり、「アンダーサーティー」
である限りは、「まだまだ若手」であるはずだった。

そう。あの時までは。

最近私の隣の担当に来た、「敏腕部長」さんが、
急に指令を出してきた、らしい。

「おれは若手と飲みたい」のだと。

その「敏腕部長」さんが前にいた部署の「若手」と、
うちの部署の「若手」の交流会をやりたいのだ、と。

あー、それはいい企画よね。

と、後輩から概要を聞いて、私はそうやって
反応した。

もちろん、私にもお誘いはやってくるだろうと、
当り前のように考えながら。

それなのに。

担当のスケジュール表をみて、私は気づいてしまった。

私が「若手」じゃなかったことに。

私より1つ下の年次の子のスケジュール表には
確かにその日、その時間に飲み会の予定が
入っているのだ。

そのまた1つ下の子も。
間1つ飛ばして、その2つ下の子も。
(間1つは空席)

でも、私の予定はすっからかん。

今まで、「自称若手飲み」とか言っても、「自称」の
ところは笑い飛ばしながら飲めていた。
だけどもだけど、この「自称」が、実はリアルであった
ことに、この瞬間、私は気づかされてしまったのだった。

そして運命の水曜日。

リアル「若手」たちは、うかうか、あ、いや、うきうきと、
「敏腕部長」さん行きつけの、「妖艶なおねいちゃんたちが
ご飯を運んできてくれる飲み屋さん」
に出かけて行く。

一人取り残された私は、残業するのもばからしくなって、
「若手じゃない」誰かとやけ酒でもしようかと思ったが、
こういう日に限って飲み仲間は見当たらず。

仕方なく私は、やけ酒代わりに
「やけラーメン&ギョーザ」
を一人で平らげて家路に着くのだった。

そんなやさぐれ土曜日。

久しぶりに渋谷センター街に出かけた私の周りには、
「そんな格好でよく捕まらないな」と思われるくらい
ふざけた格好をした、ハロウィンに浮かれる若者たち。

着ぐるみだの羽だのつけて浮かれている、おそらく
うちの会社のリアル「若手」と同年代だと思われる
その若者たちを見て完全にひいてしまった私は
つくづくと感じるのだった。

「あー、やっぱり私、もう若手じゃないのかもしれない」と。

誰か、若手から外されてしまい、かつ、まだ中堅には
なれない私に、何か名前を付けてください。

2009年10月25日 (日)

畳まない物語

久しぶりに買ったハードカバーの本、
村山由佳の新境地、ダブル・ファンタジーを読んでいて、
とあるフレーズが引っ掛かった。

この話、主人公がトレンディドラマの脚本家なので、いわゆる、
物語の書き方とかそういう話がちらほら見受けられる
のであるが、その中で、

「広げた風呂敷をあえて畳まぬようなもの」
という表現が出てくる。

もの、というのは、この文脈では脚本とか、物語とか
いう意味であるが、この瞬間には、そんなドラマとか
映画とか、はたまた小説とか、あったっけかな?と
考えたがすぐには思いつかなかった。

逆に、「広げた風呂敷をばったばった畳んでゆくもの」なら
比較的すぐ思いつく。

直近のものでいうと、なんといっても「ブザー・ビート」。

あの最終回の「風呂敷の畳み方」といったら、
見ているこちらが呆れてしまうくらいの勢いで、あれは
まるで、公園でフリマやってたらひどい土砂降りがやって
きたときのような、そんな有様であった。

まぁ、人生を永遠に語っていくドラマとか、小説とか、そんなの
あり得ないわけだから、風呂敷はどこかのタイミングで畳んで
いかないといけないのである。

・・・と、思ったのだが、そんなときに、私を戒めるかのように
「広げた風呂敷をあえて畳まぬようなもの」
に出会った。

それが、原作山崎豊子の、「沈まぬ太陽」である。

沈まぬ太陽〈1〉アフリカ篇(上) (新潮文庫)

沈まぬ太陽〈1〉アフリカ篇(上) (新潮文庫)

著者:山崎 豊子

沈まぬ太陽〈1〉アフリカ篇(上) (新潮文庫)

実は、山崎豊子を小説で読んだのは初めてである。
(だって、全体的に1冊じゃ終わらないから、家に本がたまって
しまうのですもの)

確かに、この人のドラマはちゃんとした、
「めでたしめでたし」にはならないものばかりなので、
それなりの覚悟はしていたのであるが、それでも
さすがに、最終巻(5巻)の真ん中あたりに来たときに
狼狽してしまった。

こんだけたくさんの問題が同時進行で起こっていると
いうのに、あとこれしかページが残ってないって
どういうことだ、と。

もしや、この状況からこいつは今から風呂敷を
畳み始めるのだろうか、と、極度に狼狽してしまった
私は、小説を読むうえで絶対やっちゃいけない犯罪
にまで手を出してしまう。

それは、最後の1/4を抜かして、とにかく最後の1ページを
読んでしまう、という、いわば「カンニング」みたいな暴挙。

さて、そんな、小説でも5巻もの超大作、しかも
5巻の時間をかけてもまったく「風呂敷を畳む暇のない」
この作品が、映画になるというじゃないか

その上映時間、3.5時間
しかも途中に10分間の休憩をはさむ、という、
日本映画としてはあり得ないほどのボリュームでは
あるが、それでも、逆にいえば、たったの3.5時間で、
この「大風呂敷大作」が語りつくされるのであろうか。

そんな期待と不安がないまぜの中、もちろん私は
上映初日に足を運ぶのだ。

意外にも超小さいスクリーンでの上映となった土曜の夜。

初日の新宿だから、当たり前のように小さいスクリーンは
満席になり、男女そろってやってきている人たちもいるが、
内容が内容だけに、観客たちの雰囲気は、どこかぴりりと
ひきしまっている。

それにしても、全部語りつくすためには、この映画、
どこから始めればよいんだろう。
あ、いや、どこから始めるつもりなんだろう、製作サイドは。

とか思っていたのもつかの間。
あまりにも衝撃的かつ象徴的なシーンからの幕開けで、
こんな長い映画なのに、始まって3分で、私はぼろぼろと
涙を流してしまった

今思えば、3時間半もやるんだから、もう少しゆっくりと
展開してってくれればいいのに
、と、思う。

なにしろ、最初の10分でぼろぼろと泣いてしまったが
ばっかりに、途中でもう涙も枯れ果ててしまって、
まだ前半だというのに、泣いた後特有のけだるさが
漂い始めてしまうのだ。

後半になっても、その勢いは止まることがなく、
汚い男たちの争いはとめどなく巻き起こっていき、
こちらが息も絶え絶えになったところで、物語は
結局何も解決しないまま、あ、いや風呂敷を
最大限に広げたまま」
終わってゆくのだ。

太陽は沈まない。
問題も解決しない。
風呂敷も、畳まれない。

出世をもくろむ男たちの物語は、濁流のように、
きったなく、また重苦しく流れ、その前日、出張して
2時までおじちゃんたちとカラオケしてほとんど
寝ないまま朝東京に帰って来た私は、ほっとほと
疲れ果ててしまい、そのあと飲みに行く気分にもなれず、
ほとんど無言でラーメン食べて、家に帰ってそのままベッドに
引き込まれる。

「あぁ、ブザービート見たい・・・」とぶつぶつと
つぶやきながら。

あ。ダブル・ファンタジーのレビューは、またいつか。
(もう少し大人にならないと語りつくせませんので)

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